バイブル 1-2
声の聞こえた方角、ラダからしたら後ろ側は凹凸が認められなかったが、どうやら見えにくくされていた通路へと開く扉があったようだった。
ほとんどの電源がきてないように見えたので、見落としてたのかもしれない。
今、その扉は横にスライドして開いており、車椅子に乗った少年が厳しいような困ったような、複雑な顔つきで少女型のヒューマリオノイドを叱るように話しかけていた。
「むやみの攻撃してはだめだと命令しただろう?」
「は、い、マスタ、ア」
「相手を確かめたら、攻撃する前に僕に報告をしてから、命令をもう一度待て。いいね?」
かんで含めるように言い聞かされると、今まではガラスのように透明に見えていた彼女の瞳に理解と、理性の輝きが戻った気がした。叱られてしょんぼりと肩を落とす姿からは、先ほどの暴走してたときのような無色の狂気はほとんどなりを潜めていた。
まだ警戒の色を解かないジョゼを宥めて、近づいてくる車椅子に視線を合わせる。
「すみません。この子は見たことないヒトには余計に警戒してしまって・・・」
少年は後ろについてきた少女型のヒューマリオノイドに視線を向けながらそう詫びてきた。
「この子はイリスと言います。見ての通りちょっと乱暴になってますが・・・」
イリスを見つめる少年の瞳に、ラダは自分と同じような感覚をみとめた気がした。それは寂しいような、もどかしいような、何とも気持ちの持ち方を、どう表現したらいいのかをまず迷ってしまうような。けれどその底にあるのは・・・たぶん、親しさ。自分にとって一番の存在に対する思い。
「そうですね。ちょっと乱暴というか・・・・でも君の言葉はちゃんと通じてるんだね。」
頷きながら立ち上がると、少女、イリスは頭半分ほどはラダよりも低かった。外見年齢はたぶん、16、7才くらいだろうか。
ラダが笑いかけてもイリスは無反応であったが、少年のほうは嬉しそうに笑みを返してくれた。
「はい。僕の言うことは彼女に届くんです。」
少年は車椅子から身を乗り出して手を伸ばす。その手を握り返そうとしたラダをジョゼが止めた。
「ジョゼ?」
咎めるようなラダには目を向けず、警戒を解かないままなのを不思議に思っていると、少年のほうが肩をすくめて見せた。
「優秀ですね、君のヒューマリオノイドは。ちゃんと僕がヒトではないと見抜いている。」
「えっ?」
ヒトではない?いや、どう見ても、ヒトの反応にしか見えなかったのだが、ジョゼが警戒を解かないと言うことは、それが正解なのか?
困惑気味に見守るラダの前で、少年はいまだ警戒し続けるジョゼに向かい、丁寧に説明した。
「でも、そこまで警戒しなくても、僕は何もできませんから、安心してください。」
ほら、と彼は自分の足を指さした。
「その足は動きますね?」
ジョゼの指摘にますます驚くラダだったが、彼は苦笑を深くするだけだった。
「本当に優秀なんだね・・・。君の優秀さの半分でいいから、イリスにほしかったなぁ・・・」
しみじみと眼を細めてつぶやきながら、心底羨ましいという彼に、ラダは先ほどから困惑の局地にあるばかりだ。
眼を白黒差せているラダに、説明しますからと告げて、彼は奥の部屋に案内を申し出た。
「失礼しました。僕はカシュァ。どうぞ奥へ。・・・確かにこの足は動くことはできます。でも、せいぜい立つのが精一杯で、歩くのまでは、困難なのです。」
「あの、すみません、失礼なこと聞いて・・・」
まだ不満そうなジョゼに代わり小さく頭を下げると、カシュァは気にしなくていいと笑って許してくれた。そして、またジョゼの優秀さをほめたたえ、少しばかり羨ましいとはっきり言われてしまった。
とにかく、ラダとジョゼは先に行くカシュアを追いかけて、スライドしたドアをくぐり抜けた。一番後ろからついてきたイリスも警戒しながら、ジョゼはいつにもまして神経質になっているように見えた。それはまるで、あの頃の姿に少しばかり重なって見えてしまい、あまり思い出さないようにしていたラダの心を、にぶい痛みが浅く突き刺さった。
そのラダの、悲しみに似た切なさを視線のはしにとらえたカシュァが、ほぼ同じ表情をしていたことを、その本当の意味を、ラダは知らなかった。




