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近衛騎士副隊長は推しの幸せを願う【後編】

作者: 如月霞

こちら前後編の後編です

前篇からご覧下さい

どうしたら良いんだ……。


私は自宅サロンで頭を抱えていた。

卒業式まで後十日だというのに、推しが幸せになれる女性が見つからない。

目の前のテーブルには、現在学園に通学している女生徒全員のポートレイト。前世ではフルデジタルで二次イラストを描いていたが、ここにはアナログ画材しかない上に、資料としてまとめやすくする為に手の平サイズに描くという苦労を乗り越えて頑張った。


突撃してくる貴族マナー皆無のヒロイン。家格で差別しキツイ性格の悪役令嬢。自分の国以外を下に見る隣国の皇女。

目立つ3人以外でも、ヒロインの友達、悪役令嬢の取り巻き、皇女の侍女、その他のモブ女生徒と探索の手を伸ばしたが『この娘だ!』と思える相手が見つからない。


「お帰りなさいませ、アークライトぼっちゃま。ようこそいらっしゃいました、ディスクンぼっちゃま」

「ただいま〜。ディックが今日泊まるから〜」

「急にすまない。手間をかけさせるがよろしく頼む」


執事とマッチョと隊長の声が聞こえる。

女生徒のポートレイトを広げて頭を抱えている姿は、一応子爵令嬢としてどうかなと思ったけど、見られたところでマッチョと上司だから問題は無いだろう。多分。

正直、片付けるのが面倒。考えすぎて疲れた。

こてんとソファに倒れた所でマッチョと上司が入って来た。


「うわっ!セティ何してんだ?どっかで見たレディばかりだな?女騎士のスカウトでもするのか?俺も相談に乗ってやるぞ!見た目だとこの辺りのレディが良い体をしてそうだ!」

「これは王立アカデミーの女生徒だな。卒業式を前に怪しい者がいるのか?殿下に危険があるのか?」

「えーと、騎士も探していないし、危険だと思う生徒もいない」

「じゃあ何をしてるんだ?まさか!好きな女性が出来たのか?」

「確かに生徒を警戒するなら男子生徒の絵も必要だな」

「あー、妹が禁断の愛に目覚めたとか狂った事を言う兄貴は死ね」

「何て事言うんだ!兄に死ねとかいう妹に育てた覚えはないぞ!」

「育ててもらった覚えはあーりーまーせーんー。お父様とお母様に育てられてまーすー」


執事が紅茶を3人分運んで来てくれた。

私の力作ポートレイトコレクションはそっとテーブルの隅に纏められる。


「セレスティ嬢は何を悩んでいるんだ?一緒に考えるから話してくれないか?」


ディック兄さんがソファの前の床に座り込んで、倒れた私の顔を覗き込んで来た。


「いや大した事では無いのでー。隊長に相談する程の事では無いのでー」

「騎士団としての問題は無くても、大切な幼なじみの問題なら一緒に考えたいと思っているから、遠慮なく話してくれ」


えー。相談出来る内容じゃ無いよねー。

大きな枠で考えてみれば、第二王子近衛騎士副隊長として、第二王子の事を思って行動しているとも言えないでも無い。無いけれど、やってる事はお節介なお見合いババアな訳で。


「悪い事はして無いと思うんですけどね、多分」

「何で多分ってつけるのかわからないけど、俺の妹は悪い事はしないぞ!素直で可愛い妹だ!」

「アークは本当にセレスティ嬢が好きだな。しかし、俺もアークに同意するぞ。セレスティ嬢は間違った事はしない」


何だこの兄達は。思考放棄して妹と妹分を信じすぎか。

兄さんは相変わらず脳筋だし。こんなのが隊長で大丈夫なのか、第一王子近衛騎士隊。

ディック兄さんに至っては、騎士隊の仕事が終わっている時間で、卒業を控えて大人の女性扱いされる私に気を使ってわざわざ呼び方まで変えてるし。律儀か。


「さあ!兄を信じて!信じてくれないと兄ちゃん悲しくって、セティの部屋の中で、今から朝まで上半身裸で木刀振るぞ!」

「アーク、いくら妹とは言えレディの部屋に入るな」

「んー。兄さんが居座るなら野宿するから勝手にどうぞ」

「可愛い妹を野宿させる訳ないだろう!兄さんもついて行くぞ!」

「アークが野宿するなら、セレスティ嬢が野宿する必要が無くなるぞ」

「そうなのか?じゃあ素振りだな!一緒にやるか?」


何だか絡まれてるのが面倒になってきた。

私がやっていた事を話したとして、今までと何が変わるのか。何も変わらない。推しの幸せを守り、最高の王子妃を探すだけだ。


「わかったから、話すから、鬱陶しく聞くのやめてくれる?」

「任せろ!俺は元々鬱陶しく無いぞ!近衛騎士団の中でもさっぱりしていると有名だ!」

「それは単じゅ、えっと、流石兄さん!」

「だろう。さあ!頼りになる兄さんに話すんだ!」

「アーク、セレスティ嬢が話し辛くなってるぞ、黙って待て」


結局話すまで終わらないよね、この人達は。


「もうすぐ殿下の卒業式でしょ」

「そうだな!可愛いセティも卒業だ!」

「卒業式にはユークレイ殿下の婚約者が発表される筈だけど、殿下に相応しい相手が見つからない」

「どういう事だ?」

「だって、王立アカデミーには殿下に相応しい、殿下を幸せにしてくれる、殿下にとって最高の相手がいないんだもん!」


いないんだよ!いたらここで頭抱えていない。私が望んだのは、素敵なレディが集まる王立アカデミーで殿下が最高のレディを見つけて幸せ学生生活を送り、卒業式で婚約発表。

相思相愛の二人を祝福して、その後はハッピーエンドから始まる新しい生活の二人を守り、推しの子供達を守って行くという壮大な計画があったのに、相手がいなかったらハッピーエンドすら迎えられないじゃない!


「殿下が幸せになるところを見たい!殿下の婚約発表が見たい!殿下がヒロインとかを蹴散らすところが見たいいいいいい!」


魂の叫びと共に、ほとほとと涙が流れる。

ソファに倒れたままの私の前でずっと床に座っていたディック兄さんが慌てた顔でハンカチを出して渡そうとして来た。

受け取るのも面倒なのでそのままにしていたら、そっと拭いてくれる。お世話係健在状態。


「セティの言ってる事がよくわからんのだけど、二つ聞きたい事がある。兄さんも悲しくなっちゃうから泣かずに答えてくれないか?」

「ううー。泣いてないもん、勝手に涙が出てくるだけだもん」

「それが泣いているって事なんだけどな、まあ、良いや。一つ目、セティはユークレイ殿下と婚約したいのか?」

「は?何で?」

「だってずっと殿下の事を気にしてただろ?休みの日に殿下をこっそりつけまわしたり、殿下に好意を持っている女生徒をつけまわしたりしてたし、時々『殿下大好き!好きすぎて死ねる!主に顔!顔が良い!』とかこっそり叫んでたし、殿下に近づく女生徒の邪魔をしたり、殿下のポートレイトを何枚も描いたりしてたから」


は?


「何で知ってるの?」

「だって兄だから当然だろ?質問は殿下と婚約、結婚したいのか?だぞ」


恐っ!ある意味ストーカーのストーカー⁈妹のストーカーとか変態⁈

ただの脳筋だと思っていたら、恐ろしい兄だった!私に気配一つ感じさせずストーキングするとは。


「兄さんの行動が怖すぎるけど答えるわ。婚約も結婚もしたく無い。さっきから言ってるけど、殿下が幸せな婚約や結婚する所が見たいの。隣に並んだら見られないじゃ無い。それに、王子妃なんて外交や社交が大変でしょ。大好きな顔はある程度の距離をとって眺める方が良いに決まってるでしょ!」

「ディック、可愛い妹の言ってる事がわかるか?」

「残念ながら理解出来ない。とりあえず結婚したい訳では無い事はわかった」

「だな。じゃあ二つ目の質問。婚約したい相手、好きな相手はい「いないけど」

「「早っ!」」

「だっていないもん」


自分の婚約?何で?私が好きな相手?何で?

せっかく苦労して、推しの側近になったのに?

『推しが幸せになる応援をする活動はまだ始まったばかり。私はまだ登り始めたばかり、この長い、推しを愛でる生活をな!』状態なのに?


「いないとなにか不都合があるの?」

「不都合はないけど、父さんと母さんがアカデミーの卒業後、誰かと婚約させるつもりだぞ」

「何で⁈」

「何でも何も、可愛い妹も18歳だぞ。結婚はもう少し後でも、婚約してないと変な男が寄ってくるかも知れないだろ」

「そんなもん蹴散らすから大丈夫」

「セティが大丈夫と思っても、父さんと母さんは大丈夫だと思ってないし、俺も心配だからな。気になる相手がいないなら、親を安心させる為に諦めて婚約しとけ」

「嫌よ!」


勢いよく体を起こす。


「一生結婚しないで、殿下を見守るんだから!おはようからおやすみまで暮らしを見つめるんだから!ダスカー家には兄さんがいるから後継問題も無いでしょ?私が一生結婚しなくても良いはずだもん」

「それが無理になった。俺、婿入りするから」


?????

脳筋マッチョを婿に?どこの物好きだ?


「セレスティ嬢、2年後になるがアークはリクレルト侯爵令嬢の卒業後に、令嬢と婚約する事になった」

「リクレルト?リクレルト令嬢って、トリフェナ・リクレルト侯爵令嬢?何で?」


なんでそこで悪役令嬢の名前が出てくるの?


「元々トリフェナ嬢は、小さい頃に王宮主催のパーティーでユークレイ殿下に拝謁して以来殿下を慕っていたそうで、アカデミーに入学して毎日会えると喜んでいたら、セレスティ嬢が常に殿下の側について不要な人物が付き纏わない様に警護しているからまともに近づけなかったそうだ。それで思い切ってセレスティ嬢の兄である、アークにセレスティ嬢のスケジュールを聞き出そうとして殿下を慕う気持ちを相談した。でも相談されたのがアークだからな、妹はレディの邪魔をする様なやつじゃないとか、トリフェナ嬢も可愛いからもっとニコニコしてたら良いんじゃないかとか、トリフェナ嬢は頑張り屋さんだから素直になったらもっと可愛いとか答えたらしい」

「大好きな相手の為に頑張る女の子は可愛いだろ」

「兄さん、それって口説いてるとしか聞こえないわ」

「そうか?俺は思った事を言っただけだぞ。あ、後、セティの誕生日プレゼントを街で選んでたら偶然会ったから一緒に選んでもらったぞ。お礼にリボンとか買ったら凄く喜んでくれたな。トリフェナ嬢が選んだプレゼントをセティが凄く喜んでたからリボンだけじゃ悪いと思って、ちょうど庭のバラが綺麗に咲いてたからプレゼントしたら、そのお返しにレストランに誘ってもらって行ってきた」

「それまで生肉とか修行用木人とか重り入リストバンドだったのに、今年の誕生日のプレゼントがいきなりまともな物になった理由が今ここで明かされた!しかも天然脳筋なのに乙女心をガッチリ掴んでる!」

「少し前にリクレルト侯爵家に父さんと母さんも一緒に呼ばれて言ったら、婿入りしてリクレルトが持っている王国第三軍の指揮権も継いでほしいって言われて、第一王子も俺なら国を守る将軍として活躍出来るしそうしてくれるとこの先王太子になる自分も心強いって侯爵に推薦状を書いてくれてたから、婚約を受ける事にしたんだよ」


そういえば、少し前からトリフェナの様子が変わった。モリーンにあまり絡まなくなったと思ったら、ユークレイの近くをうろうろして、近づけまいと声を掛ければ近衛騎士団の仕事内容や必要な物を聞いてきたり、私の事を聞いてきたり。

あれがこれか!マッチョ兄さんの喜ぶ物を探ったり、妹の私と仲良くしようとしていたのか!


衝撃の事実が次々と!しかも脳筋のくせに出世していく!大丈夫なのか?脳筋が将軍で大丈夫なのか?

でも確かに兄さんは野生の感が凄い。騎士隊長としてやっていけるのも、危急の際には思いついたままに部下に命令をして、毎回それがぴったりハマるという謎の能力が発揮してたな。


「だからさ、ダスカー家の跡取りはセティが婿を取らないといないんだよね」


気軽に言ってくれるな、脳筋兄さんは。

私はガックリと脱力した。いつの間にか、前の床から私の座っている隣に移動したディック兄さんが、「落ち着いて」と言いながら私を支えつつ紅茶を渡してくれる。流石隊長兼お世話係。流隊。


「セレスティ嬢、アークの事情は説明したから俺からセレスティ嬢が喜ぶのではないかと思う話をしようと思う。ユークレイ殿下から相談を受けたんだが、来年アカデミーに入学するレディが聖教会から聖女認定された。公爵令嬢で俺が身辺調査を依頼されたんだが、とても可愛らしく優しく身分で人を差別しない立派な令嬢だった。殿下は調査結果を見た後、実際に令嬢と会ってお互い何度も話し合ってグロッシュ王の許可を取り、令嬢が入学後落ち着いたら婚約されると決めたんだ。まだ非公式だからセレスティ嬢にも話せなかった」


へっ⁈

聖女?聖女って何?しかも来年入学?

いや待って、あ、あれだ!続編だ!『風と光のconcerto〜グロッシュ王国学園再訪』


アカデミー入学を控えた公爵令嬢が、父の視察先の村で大規模な野盗の襲撃に遭い、多数の怪我人を前に癒しの力を発動させる。それまで、優しく公平だが守られていたばかりの令嬢が、アカデミーの中で自分の力で出来る事と向き合って成長したり恋をしたりする、ってやつ。

やった。確かにやった。アカデミーを卒業して制服ではなくジュストコールに身を包み、国の為に何が出来るかと模索するユークレイがカッコ良かった。主に顔とか、顔とか、顔とかが。卒業しちゃってるから始めはあまり会えないんだけど、聖女として王宮に行き分岐を間違えず進んで接触出来れば攻略可能になる。買って直ぐまだユークレイルートの情報が無い中で、メモを取りつつ何回もセーブとロードを繰り返して攻略可能を知らせる演出が出た時は三徹目で、涙が止まらなかった。


そこかー。あれはゲームを思い出す限り魅力的なヒロインだった。

じゃあ、私の3年間は?続編ヒロインと出会うなら無駄だった?いや、私の3年間が無かったら、トリフェナは推しの婚約者になって、モリーンは推しに突撃し、皇女は国の力をひけらかしてグイグイ来ただろう。

とすると、やはり3年間は無駄じゃなかった。


「よし!早速聖女の情報を集めなきゃ!」


私が胸の前で拳を握ると、その拳をディック兄さんに包み込まれた。

改めて気がついたけど、手大きいな。これくらい大きかったら、安定して剣が握れる。男性になりたい訳じゃ無いけど、こういう細かい所は良いなって思う。

で、決意をした私の手を握ってくれるという事は。


「ディック兄さんも協力してくれるの⁈すっごく助かる!」

「それは無理だ。セレスティ嬢の情報集めは非公式で個人的すぎるからな」


何だ、てっきり俺に任せとけだと思ったのに。

手を振り払おうとしたが、がっちり掴まれてる。流石団長握力が凄い。


「離してー」

「ディックちゃんと捕獲しておけ。セティもうちょっと話を聞いてくれ」

「聞けも何も、捕まってるから!早く離してー、聖女の家にちょっとお邪魔しないといけないから!」

「ユークレイ殿下と聖女の婚約は王命になっているし、本人達もお互い想い合っているからお邪魔しなくても大丈夫だぞ。だから安心して俺の代わりに婿をとってダスカー家を継いでくれ。家にあるトレーニング器具はお礼に全部やろう」

「ムキムキマッチョ兄貴エキスの染み付いた器具は要らないから!」

「嬉しいくせに遠慮するな」

「嬉しくない」

「それでな、父さんと母さんが挙げてた大量の婚約者候補を、兄さんが可愛いセティの為に調べたら全員弱すぎて話にならなかったんだよな」

「え?全員文官だったとか?」

「いや、模擬戦を申し込んでボッコボコにした。模擬戦を断った奴は奇襲した。いやあ、第一王子にめちゃくちゃ叱られたが、最後は緊急時の訓練だって事にしてくれたぞ!」

「止めたんだがな、すまない、力不足だ。アークは空き時間やほんの少しの隙間時間を使って全員襲ってしまった。現在セレスティ嬢は、いきなり襲って来る悪魔の妹として恐れられている」


ぎゃー。私の知らない所で恐ろしい事に!ユークレイが悪魔の妹を側に置いているとか、風評被害が酷すぎる!


「に、兄さん、そんな事したらトリフェナ嬢やリクレルト侯爵に婚約破棄されるのでは無いでしょうか?」

「優しいなあ、兄さんを心配してくれるのか!安心しろ、トリフェナ嬢は『凄くお強いんですね』と褒めてくれたし、侯爵は『奇襲に対応出来ない奴はもっと訓練すべきだな!』と同意してくれたから。で、侯爵がセティの婚約者を探してくれるって言い出したんだ。だけど侯爵に紹介された相手が気に入らなかった場合、立場上断りにくいだろ。だからディックに相談したんだ」


デイック兄さん完全お世話係。

で、相談したから後はお任せという訳らしく、ニコニコと笑っている。

私はため息をついた。


「何か、いつも迷惑かけてすみません」

「迷惑だと思った事は一度も無いから安心してくれ」

「それは、ありがとうございます。では手を離してください」

「嫌だ」


は?


「兄さんの話は終わりました。で、ディック兄さんがリクレルト侯爵からの見合い話の相談に乗ってくれているんですよね。だったら私も安心して聖女の観察に行けます。なので、手を離して下さい」

「嫌だ」

「ええと、聖女に危害は加えませんよ?見るだけですよ?あ、心配なら一緒に行きますか?ユークレイ殿下の近衛騎士団団長として、殿下のお相手に失礼しない様に私を監視して下さって構いませんし」

「行かない」

「じゃあ手を離して下さい。ディック兄さんを引きずって連れてける力はありませんから」

「嫌だ」


仕方無いな。こうなったら隙をついて抜け出すか、休暇を申請しておはようからおやすみまで聖女を監視する事にしよう、そうしよう。


「わかりました。監視は諦めました。ディック兄さんの調査報告を信じます。聖女は素敵なレディ。なので寝ます。手を離して下さい」

「嫌だ」

「セティ、ディックの話まだ残ってるってさ。俺、夜食食ってくる」

「兄さん待って!何かディック兄さんがエラー起こしてる!これちょっと回収してって!」


悠々と出ていくマッチョ兄貴。いると鬱陶しい上に頼りにならないが、今はいないと困る!

たーすーけーてー!迷惑かけすぎてエラー起こしてるよ!バグってるよ!運営に!運営の窓口はどこだ⁈


「はーなーしーてー」

「い、や、だ!」

「わかった、わかりました。まだ話があるんですよね、聞きます。聞きますから」

「離すと逃げるから離さない」

「逃げませんよ?」

「逃げないなら手を握っていても構わないだろ」


構うわ!このままだと逃げられないじゃないですかー。一瞬でも離れれば、瞬発力は私が上だから引き離せるはず!後は窓から飛び出すだけ!


「何年付き合ってると思ってるんだ?離した瞬間窓を打ち破るだろ」

「ソンナコトシマセンヨ?」


ふお!手が拳の上から移動して、両手首掴まれた!


「話が終わったら手を離す。だから最後まで黙ってきちんと聞いてくれないか?」

「ワカリマシタヨ」


一瞬疑わしそうな目つきをされたが、破顔して爽やか笑顔になるディック兄さん。怖いよ、壊れてるよ?

アッシュブロンドと黒眼の美形様がお壊れになりましたぞ!


「セレスティ・ダスカー子爵令嬢、私、ディスクン・アラダイトとアカデミー卒業後に婚約していただけませんか?」

「あ?」

「近衛騎士団の仕事を続けたければ勿論そうしていただいて構いません」

「うえ?」

「ユークレイ・グロッシュ殿下にはもう相談済みで、許可もいただいています」

「はう?」


壊れた団長が私の手首を掴んだままで、手の甲にキスしやがりましたぞ!おかしいですぞ、普通は手をすくい上げてするやつですぞ?

というか、私にこんな事をする事自体、おかしいですぞ?言葉遣いもいつもと違いますぞ?耳の錯覚だと思うけど婚約とか言ってますぞ?


混乱した私に畳み掛ける様に笑みを深めたディック兄さんは、左手首を握っていた右手を離して、ポケットから一枚の書類を出してひらひらと振って見せつけて来る。

ユークレイの婚約許可署名入り、婚約届けだ。レアい!欲しい!私とディック兄さんの名前が文章に入っているのが謎だが、婚約という素敵ワードに推しのサインが入っているとか!


「セレスティ嬢はユークレイ殿下を敬愛して止まないけれど、自分が結婚する気は無いと言いましたよね。私と結婚していただければ、ずっとユークレイ殿下の騎士を続けられますよ。このままだと、リクレルト侯爵に婚約者を紹介されて結婚。結婚後に妻が騎士である事を認める男性はまずいませんし、リクレルト侯爵の選ぶ相手は軍所属の可能性が高いですよね。だとすると、地方領主や、国境警備などで王都から離れてしまいますね。それでも良いのですか?」

「ソレハイヤカナー?」

「私なら兄も妹もいますからダスカー家に婿入り出来ます。セレスティ・ダスカー嬢、婚約していただけますよね」

「ゴビガダンテイニカワッテルヨ?」


体をひかれ抱きしめられる。耳に何か当たってるー!

それにしても全く隙が無い。流石団長。捕らえたものは離さないって、離してー!


「セティ、俺はずっと君を見ていた。小さい頃は可愛いと思っていた。妹がいたから同じ気持ちだと思っていたけど、理想の貴族の娘を目指す妹と違って、セティはいつも一生懸命で、感情が顔に出て、負けず嫌いで、気がついたら目が離せなくなっていた。幼なじみの妹だから面倒を見ていたんじゃ無い。大切な君だから側にいられる様にした。君が令嬢達の事を調べていた事も、休日に殿下を陰でこっそり見ていた事も、神殿で『殿下に素敵な王妃がみつかります様に』と祈願していたのも知っている。先に近衛騎士団に入団した時も、セティがユークレイ殿下を慕っているのを知っていたから殿下付きを希望したし、聖女の話が出た時もこれで婚約を申し込めると思ったよ」


ヤンデレ?ヤンデレなの?

ユークレイに近づく令嬢達をストーキングした私が、ストーキングされてたっぽいんですが?

やだー、するのは良いけどされるの怖すぎ!

後、ゼロ距離であちこちに唇をくっつけないで下さいー!

兄さん助けてー!マッチョ召喚ってドウヤルンデスカー?


手首はしっかり掴んだまま、ゆっくりと体を離したディック兄さんが、私の顔を爽やか笑顔で覗き込んで来る。


「セティ俺と結婚しよう。そして一緒に殿下の側にいて、君は殿下を守って、俺が君を守る。とっても幸せだろ」

「いやそこは殿下を守って?」

「じゃあセティが殿下を守って、俺が殿下とセティを守る、さあ、今すぐ婚約届けにサインをしよう!」

「力強い!力強い!どこからペンを出した⁈無理やり持たせて上から手を握るな!」

「悪い様にはしない!愛してる!」

「ぎゃあああああああああ!」

「この書類にサインすれば、ユークレイ殿下の名前とセティの名前が並ぶぞ!」

「やだそれ最高!って!待って!せめて父様と母様に相談させてえ!」

「大丈夫だ、この時の為に君さえ良ければ俺を婚約者にしてくれるとご両親の言質も取ってある!」

「外堀埋められてるー!」


がちゃ。


「あれまだ終わってないのか?頑張れディック!」

「裏切り者ー!兄さんのマッチョー!」

「はっはっは。褒め言葉だな!サンドイッチ持ってきたぞ!口に入れてやろうか?」

「やめろー!もぐもぐ。次はチーズサンドを!」

「アーク、俺が食べさせる!」

「はっはっは。そうしろそうしろ!」


結局、この後、両親と執事がやって来て、『兄さんと私の扱いに長けていて』『婿に入ってくれて』『この家の事を良く分かっている』のはディック兄さんしかいないと四人がかりで説得された。

何だよ、お前らグルかよ。というか、ディック兄さん我が家の事情掴みすぎ。

婚約書のサイン?しましたよ?

推しと私のサインが並んだ所で、届けを持ち逃げしようとしたら、察知していたディック兄さんに阻止された。

浮かれた家族が夜中だというのにダッシュで王宮に届を出しに行った後から、ディック兄さんが家で暮らし始めた。

お世話係の優しい兄さんがゼロ距離口説き生物になった。解せぬ。


こうして、私の卒業半年後、第一王子は王太子になり、ユークレイは王太子補佐となった。

続けてユークレイと続編ヒロインの聖女と殿下の婚約が発表され、国民に祝福された。聖女めちゃくちゃ聖女だった。

推しと聖女の婚約発表パーティーは一生脳内再生余裕。結婚式が待ち遠しい。


手作りお菓子計画を尽く私に粉砕されたティティス皇女は、絶対に美味しいお菓子を作ってやると全力で取り組んだ結果、凄腕のパティシエールになってしまい王都のパティスリーで大活躍。イケメンパティシエと何だか良い雰囲気になっていると聞いた。


性格の悪かった悪役令嬢トリフェナは、在学中に脳筋アークライト兄さんと婚約。兄さんの天然がうつったのか、きつい顔立ちから優しい顔立ちになり、性格もふんわりまんまるになって、後輩にも慕われる様になった。性格以外のスペックは高かったし、努力家だったしね。


ヒロインのモリーンは、攻略相手の一人に私にもかました高速肘鉄をクリティカルヒットさせてしまい、危うく男爵家から放逐されかけた所でその体術を見込んだ聖教会で警備を担当する武闘家として働いている。鉄拳スキル所持のふわもてちゃんにクラスチェンジしたらしい。


私は制服からジュストコールに変わった美麗ユークレアの近衛騎士をディック兄さんと続けている。

ディック兄さんは勤務時間以外になると「ディスクンかディックと呼べ」と言ったり、愛を囁いてきたり、やたらとゼロ距離接触してきてウザい。私より身体能力が高いので、逃走も回避も封じ込めてくる。ウザい。ハッピーエンドってウザいものだなと思う今日この頃だったりする。

書いていてどんどん長くなってしまいました。

気がつけば後半は脳筋マッチョが凄腕恋泥棒に!

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