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どろゆり – 東陽女学院編  作者: 富士見永人
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 凛々亜(りりあ)のその言葉に、華純(かすみ)はおろか平子(ひらこ)ですらも言葉を失っていた。

 そんな平子を見て、凛々亜ははっと気づいたように口を手で覆い、「あらいやだ」と洩らした。

「ちがうのよ。平子。私は、そんな貴女だからこそ惹かれたの。十把一絡(じっぱひとから)げの()たちにはない、未知の魅力を持っていたから貴女に声をかけたのよ。貴女が華純や他の女みたいにそこそこ家柄のいい退屈な箱入りお嬢様だったら、私はこんなに貴女に執着していないわ。ああ。そんな眼で私を見ないでちょうだい」

「あ、あんた、私の正体を知ってて」

 さすがに驚いたのか、死にかけの金魚のようにぱくぱくと口を動かし必死で言葉を紡ぐ平子の口を、凛々亜は塞いだ。自らの口で。

「だまっていてごめんなさい。でも、私が貴女の正体に薄々気づいていて探偵を使って素性を調べていたことがわかったら、貴女に嫌われてしまうかと思ったの。でも、やっぱり貴女は私の大切な恋人。隠し事を続けてお付きあいするのも何だか疲れたわ。ひとつはっきり言えるのは、私の、貴女への愛に嘘偽りはないってこと。これだけは、どうか信じてほしい」

 はじめのうちは体をこわばらせていた平子であったが、凛々亜の濃厚(ディープ)接吻(キス)により段々と全身の力が抜けていき、流れに身を任せるようになっていった。それで平子の赦しを得たと思ったのか、凛々亜は恍惚とした眼で平子を見据え、言った。

「愛してるわ。平子。私のお姫様」

「お姫様だなんて。私、こんなに汚れているのに」

 自分の恥ずべき秘密をすべて知られていたというショックからか、平子はすっかり意気消沈し、凛々亜から眼をそらした。

「だからいいんじゃないの。平子。私を見て。地球上のどんな温室育ちの小綺麗なお姫様よりも、貴女は魅力的なのよ。たとえるならば、泥に塗れてもなお美しく、力強く生きる野性の百合(ハナ)!」

 凛々亜の言葉によって打ちひしがれていた自尊心を取り戻したのか、今度は平子の方から凛々亜に濃厚な口づけをした。

「凛々亜。あなたこそ本物のお姫様だわ」

「童話にはなぜお姫様同士の恋愛物がないのかしら。平子。王子様なんていらないわ。お姫様がいれば、それで幸せ」


「なぜですの」

 

 場に取り残された華純が、わなわなと身を震わせながら口を挟んだ。

「私は平子さんよりはるかに優秀で、器量もよくて、家柄もいいし、み、見た目だって」

 そう。華純もまた凛々亜にひけをとらぬ美貌の持ち主であった。平子もけして醜女(ブス)というわけではないが、見目麗しい大和撫子揃いの東陽女学院ではせいぜい中の下といった出立ちであり、彼女のような平民がなぜ凛々亜の眼に止まったのか、生徒たちの間では東陽女学院新七不思議のひとつと揶揄されるほどであった。

 平子との接吻を終えた凛々亜は、一変して路傍の石ころでも見るように冷めた眼で華純を見下ろし、こう告げた。

「あなたは本当に表面的な物事しか見えていないのね。だからあなたはつまらないのよ」

 華純には凛々亜が何を言っているのかよくわからなかった。しばらく押し黙っていると、凛々亜はふたたび平子とのキスを再開し、制服の中へと手を這わせて平子の体をまさぐりはじめた。

「あ、悪趣味ですわ。破廉恥ですわ」

 ヒステリックに喚き、地団駄を踏んでいた華純を凛々亜が一瞬横眼でにらみつけ、手首のスナップをきかせて何かをフリスビーのように投擲した。

「きゃ」

 護身術で合気道を習っていた華純は反射的に手を出して防御し、頭部への損傷を免れた。

 投げつけられたのは凛々亜のスマートフォンだとわかった。

「まだいたの。あなたにもう用はないからさっさと消えなさい。邪魔よ」

「私だって、凛々亜さまを――」

 そう言いかけた華純は、言葉を止めた。

 華純を見る凛々亜の眼――まるで家畜か何かを見るかのような――何の興味もないどころか、人間として見られてない、そんな眼であった。

 その場にいるのが耐えられなくなった華純は、廃人もかくやという虚ろな眼でとぼとぼと、覚束(おぼつか)ない足どりで白百合邸を後にした。

 すっかり火がついてしまった凛々亜はこの後、朝まで平子とめちゃくちゃいちゃいちゃしていた。


   * * *


「子供がほしいわね」

 凛々亜の唐突すぎる言葉に、ソファでくつろぎながら本を読んでいた平子はずっこけた。

「いきなり何を言いだすの」

 あれから三年が経ち、東陽女学院を卒業した平子は東陽女子大に進学し、同大学に通う凛々亜の家で同棲生活を始めていた。

 凛々亜は平子への想いを証明するために女遊びをやめた。

「ねえ、平子。なぜ女同士で子供は作れないのかしら」

「そりゃ、子供を作るには男の精子が必要だからでしょ」平子はあけすけに言った。

 だが凛々亜はそんなことは歯牙にもかけず、真面目な顔でこう続けた。


「もし私が精子を作れる体になったら、私の子を産んでくれる?」


 平子の思考が数秒の間、停止した。

「いや、無理でしょ。子供がほしいなら里親になればいいと思うけど、女同士のカップルって里親になれるのかしら」

「そうじゃなくて。私たちの子供がほしいのよ」

 凛々亜の眼は、真剣そのもの。

「平子。私ね、最近人工精子を生み出す研究をする財団を立ちあげたの。私たちのような女性同士のすべてのカップルのために。計画が成功すれば、目障りな男どもはこの世界から消え去り、女だけの楽園(ユートピア)が実現できるわ」

 平子の顔が、だんだんとこわばっていく。

「私たち同性愛者(レズビアン)は、なぜ影に隠れてこそこそと生きなければならないのかしら? なぜ女同士で結婚してはいけないの。なぜ女ふたりで子供を育ててはいけないの。それはね、お父様も含めた、昭和の化石のような連中が、この世界を牛耳っているからです。私は女性を愛するすべての女性のための、新しい世界を創ろうかと思います」

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