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華純が圧力をかけたことなどつゆ知らずの凛々亜は、今日も一年百合組の教室まで出向いてきて隆子や良子の眼の前でお構いなしに、いやむしろ見せつけるように平子に濃厚な接吻をしている。
「いやですわ。凛々亜さま。友達に見られていますわ」
幾多もの女生徒、噂によれば女教師にも手を出している百戦錬磨の凛々亜のキスはまさに魔法使い級とも呼べる次元にあり、あまりの快感に平子は腰が抜け、へなへなと床に座りこんでしまった。
「凛々亜さま、なんておやめになって。平子。愛しい私の妹。校則や常識にとらわれない貴女のつかみどころのない奔放さに私は惹かれたの。どうかありのままの貴女でいてちょうだい」
実のところ平子も同じ年頃の娘としてはかなり経験豊富なのだが、凛々亜はそんな平子すらも虜にし、骨抜きにし、征服してしまう。
「平子さん。私のキスでは何の反応もなかったのに」
「ああ。そんなに顔を紅くお染めになって」
凛々亜とのあまりの実力差に隆子と良子は嘆き、慄き、逃げるようにその場を去っていった。
「おっほん」
誰かがわざとらしく大きな咳払いをした。
「凛々亜さま。皆が見ておられます。あなたも東陽の生徒なら、あまり慎みをお忘れにならぬよう」
そう間に割って入ったのは委員長であり生徒会書記の道子であった。
「あら。いいじゃない別に。堅苦しい人ね。細かいこと気にする女はモテないわよ」
「おそれながら」と、前置きしてから、道子は続けた。「あなたと下谷さんとでは住む世界が違いすぎます。お付きあいなさるなら、互いの生活水準や価値観が近しい者同士が良いのではないかと」
「平子が平民の出だから付きあうな、と言うの。なぜ貴女に私の恋人を決められなければならないのかしら」
凛々亜の、明らかに敵意むき出しの声色と視線に、道子は一瞬たじろいだ。
「そうは言いませんけれど、あなたには華純さまという方がいらっしゃるのですから、あまり下谷さんと……その、い、いちゃいちゃなさらない方が」
理知的な態度から一転、彼女もやはり東陽女学院に通うお嬢様ゆえか、頬を赤らめて凛々亜と平子の行為をどう表現したらいいかわからずもごもごと口籠ってしまった。
「あら。私と華純はただの友達よ。恋人の関係じゃないし、ましてや体の関係なんてないわ」
「かっ……体の関係……ですって……」
いったい何を想像したのか、道子は顔をストーブの如く紅潮させ、両の手で顔を覆い、走り去った。
「人目のあるところでいちゃつくのはどうかと思うわよ。白百合グループのお嬢様として」
頬を赤らめ、呼吸を乱しながらも、平子は凛々亜を嗜めた。
「あらいやですわ。平子までそんな堅苦しいことを言うなんて。自分がいつか死ぬ身であると自覚すれば、本当はどうでもいいことには眼もくれず、大切なことに集中できるようになるのです。今日が人生最後の日だとしても、貴女との交流を我慢しろとおっしゃるの」
「ちょっと何言ってるかわかんない」凛々亜の高説を真顔で退け、さらに平子はかねてから気になっていた凛々亜と華純の関係について問う。「それに、華純って女――」
凛々亜は「華純はただの友達」だと言い張っていたが、華純の方はそうは思ってないんじゃないだろうか。あの嫉妬深そうな女が大好きな凛々亜さまを奪られてだまって引き下がるとは平子には思えなかった。あくまで天下のお嬢様学校・東陽女学院卒という経歴がほしい平子にとって、それは悩みの種だった。
「平子。私と接吻している時に他の女の話をするなんて」華純の名を口にした途端に凛々亜は頓狂な声をあげ、平子を地面に押し倒し、激しく体をまさぐりだした。「おしおきよ」
「破廉恥、あまりにも破廉恥ですわ」ふたたび様子を見に戻って来た道子の手にはスマートフォンが握られており、凛々亜と平子が相思相愛している様子が映し出されていた。
この頃になると凛々亜と平子の仲は晴れて学院中に知れ渡り、それまで学園内でもっとも有力視されていた凛々亜×華純カップリング説は風前の灯火であった。
が、平子が危惧していたとおり、彼女の甘い日々も長くは続かなった。
『一年百合組の下谷平子は、東陽女学院校長・援藤交一を体で買収して不正な手口で入学した売女である』
学院高等部の掲示板に謎の怪文書が貼られていたのだ。




