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03 神子姫、ティータイムを楽しむ



 古くは宗教国家だったセレーノ王国。

 その名残を残した、王城に隣接している大神殿。

 私はそこで、生まれてからほぼすべての十八年間を過ごした。

 セレーノには枯れない花がある。

 建国神話に出てくる、国に恵みをもたらし、民を幸福に導く薄紅色の花。

 その花と同じ色の髪を持って生まれた王族は、神子として生涯を神に捧げる。

 それが――私、エヴェリーナ・セレーノ。


 平安時代の斎宮みたいに生涯独身のはずの神子が、なんで隣国の皇帝陛下に嫁ぐことになったかっていうと……。

 詳しく話すとめんどくさいので、簡単に言っちゃうと、国で反乱が起きまして! 反乱軍が勝っちゃいまして! 私、戦利品、みたいな!

 セレーノの王……一応私の父でもある人が、私が神殿でお国のためにと祈っている間に、まあ色々やらかしちゃったらしい。

 長き圧政についに国民が立ち上がる……! って前世に歴史で習った覚えがあるけど、まさかそれを実体験することになるとは。

 私がこの国に嫁がされたということは、シュトルム帝国は反乱軍側に協力したんだろう。

 そして、セレーノ王国と、その国の至宝たる神子姫を手に入れた。……って、自分で言うの恥ずかしいんだけど!


 実のところ、帝国側が指定したのか、反乱軍のリーダーが先に交渉のテーブルに乗せたのかどうかすら、私は知らない。

 一番に大神殿を狙った反乱軍によって、私の身柄は確保されて。彼らの本拠で監視されていた私は、城でどんな惨状が繰り広げられたのかもこの目で見ることはなかった。そんなに血は流れなかったとは聞いているけど。

 気づけば私は皇帝陛下に嫁ぐことが決まっていて、あれよあれよの間に準備が整っていた。

 帝国が私を欲しがる理由は、人質としてだけじゃなく、いまだに影響力の強い神子が旗頭として担ぎ出されないよう隔離したかったんだろう。

 でも、それなら皇妃にする意味は? と考えても、私には答えを見つけられそうにない。

 帝国側のほうがもちろん立場が強いに決まってるんだから、神子がどんな扱いをされたって、セレーノ側は文句を言えない。

 セレーノには神子以上に交渉に使えるものがなかったんだから、しょうがないことなのだ。






 ……の、はずなのに、どうしてこうなった。


「お妃様、そろそろお時間です」


 そう声をかけてきたのは、侍女のイーダ。

 私につけられた侍女の中でも、常に私の側近くに控えているのが彼女だ。


「そうね……今日も、いらっしゃるの?」

「ええ、もちろんですとも! 陛下がお妃様とのお約束を違えるはずがございませんわ!」


 イーダは瞳をキラキラさせながら強く肯定する。まるでアイドルに憧れる中高生のようだ。

 約束と言っても、時間が合うときは一緒にお茶をしようというだけのもの。

 拘束力なんてほぼないはずなのに、嫁いできてから半月間、連続ログインボーナスは途絶えていない。

 しかも、ティータイムだけじゃない。朝食と夕食も基本的には一緒に取っていて、遅くなることはあっても夜もきちんと訪ねてくる。

 天下の皇帝陛下。しかも、自身の結婚式という大きな行事の直後。忙しくないはずがないだろうに。


 申し訳なさを覚えながらもバルコニーで待っていれば、時間どおりに皇帝陛下はやってきた。

 闇色の髪に氷色の瞳。近寄りがたい怜悧な美貌は、氷陛下の名にふさわしい。

 けれど……。


「エヴェリーナ」


 私の名前を呼ぶ声は、いつもどことなく柔らかく響く。

 私に向けられるまなざしは、冷たいどころかあたたかさすら感じる。


「いらっしゃいませ、陛下。来てくださってありがとうございます」


 内心戸惑いつつも、私は笑顔でお礼を告げる。

 今まで敬語どころか人と話す機会自体が少なかったから、礼儀にうるさい陛下の側近に聞かれたら盛大に眉をひそめられそうだ。

 いつものようにお茶を淹れて、二人っきりのティータイム。

 少し離れたところに侍女と護衛はいるけど、気配の消すのが上手だから意識していないと忘れそうになる。


「勉学は進んでいるか」

「はあ……ぼちぼち……ですかね」

「ぼちぼち、か……」

「ぼちぼち、です……」


 呆れられたかなぁ、と思いながらのんびり紅茶をすする。

 今まで神殿の奥で引きこもり生活をしていた私は、学ぶ機会を持たなかった。

 そのせいで、シュトルム帝国の皇妃として恥ずかしくない教養を身につけるため、この年になって一から勉強する羽目になっております。

 でも、一般常識すらろくに知らない私には難しい問題ばかりで、教育係のため息を聞く毎日。

 知識だけじゃなく、普通の王女だったら完璧だっただろう礼儀作法なんかもボロッボロなんだから、本当に私っていいところないなぁ。

 ポキモンの名前なら151匹言えるんだけどなー。子どもの頃の記憶力ってすごいよね。


「焦る必要はない。貴女のペースで身につけていけばいい」


 皇帝陛下は、あわい微笑みを浮かべながら私を励ます。

 優しい、よね……。


「……ありがとうございます」


 いまだに慣れない美麗なお顔からどうにか目をそらさずに、私はお礼を口にした。

 嫁いできてからまだ半月しか経っていないけれど、陛下の第一印象はあっけなく崩された。

 若干口下手なところはあるものの、氷陛下ってあだ名はいったいなんなんだってくらい、優しい。いっそ甘いと言ってもいい。

 名ばかりの妃として捨て置かれるのかと思ったら、ご飯の時間もお茶の時間も取ってくれて、口数は多くはないけど雑談にも付き合ってくれる。

 そして、初夜以降も一緒に寝ている。相変わらずベッドを半分に仕切って。


 おかげで嫁いできてからの日記には毎日陛下が登場する。

 その日の笑った回数とか、その日の眉間のしわの深さとか。若干、陛下観察日記になりつつある。

 皇帝って実は暇なのか? って頭を傾げたくなるけど、そんなはずはないだろう。それくらいは私だってわかる。

 となると、麗しの皇帝陛下は新妻のためにわざわざ時間を作ってくださっていることになるんだけど。

 それは、なにゆえ……? と疑問はさらなる疑問を呼んでいる。


「エヴェリーナ?」


 じーっと見つめていたからか、陛下は怪訝そうに私の名前を呼んだ。

 アイスブルーの瞳がすがめられると、それだけで迫力満点だ。キャッ、突き刺すような視線にドッキドキ!


「エヴィ、です。そう呼んでくださいますか、陛下」


 エヴェリーナって名前、長いよね。

 長ったらしいし舌を噛みそうだなって自分でも思うから、そんな提案をしてみた。

 それに、愛称のほうがより親密な感じがしませんか。どうですか。


「エヴィ……」

「はい、陛下」


 にっこり、と笑顔で応える。

 うん、やっぱり愛称で呼んでもらうと親しさ満点でいいね!


「……俺のことも、名前で呼んでくれるとうれしい」


 陛下はそう言いながらすっと目をそらす。……照れてる?

 まさかそんなふうに言ってもらえるなんて思いも寄らなかったから、自然と笑みがこぼれた。

 陛下も、私と距離を詰めたいと思ってくれているんだろうか。

 始まりは政略結婚だけど、お互いがお互いを尊重しながら愛を育んでいけたら、言うことはない。


「アーロイス陛下?」

「陛下はいらない」

「アーロイス様」

「……まあ、それでいい」


 それでいいって言いつつも、アーロイス様、ちょっと不満そう……?

 もしかして様付けが気に入らなかったのかな。さん付けとか、呼び捨てで呼んでほしかったとか?

 いやいやいや、さすがに属国の王女の立場でそんなふうには呼べませんよ。今は皇妃だけど、それもまだ若葉マークだし。

 ……まあ、いずれは、そう呼べるくらい親しくなれたらうれしいけどね!


「アーロイス様、お茶おいしいですか?」

「……ああ」

「それはよかったです」


 初夜のときのお茶を気に入ってくれたのか、アーロイス様とのティータイムではいつも私がお茶を淹れている。

 侍女さんのお仕事を取っちゃうのは申し訳ないけど、アーロイス様のリクエストだからしょうがない。

 しょうがないっていう理由のおかげで、遠慮なくお茶を淹れられるのがうれしい。私の趣味みたいなものだったから。

 今日のお茶は、春の季節にふさわしい、爽やかな花の香りの紅茶。

 私はストレート。アーロイス様ははちみつをスプーン一杯入れるのが好きだと教えてもらった。

 そうやって少しずつ、相手を知っていくことができる。距離を縮めることができる。


「アーロイス様に私の淹れたお茶を飲んでもらえるのが、とってもうれしいです。飲んでくださってありがとうございます」


 まっすぐアーロイス様を見つめながら、心のままに告げる。

 たぶん私はすごく機嫌のいい表情をしているだろう。頬がゆるんでいるのが自分でもわかる。

 好意を持った人に、自分の淹れたお茶を気に入ってもらえるなんて、本当にしあわせなことだ。


「……俺も、貴女の淹れた紅茶を飲めることが、うれしい」


 アーロイス様は視線を下に向けながらも、ちゃんと言葉にしてくれた。

 これは……やっぱり、照れているんだろう、たぶん。

 一緒に過ごす時間を取ってくれるおかげで、ちょっとずつ見えてくるものがある。彼の少し不器用な誠実さだとか。

 ……やっぱり、好きかもしれない。

 最初はイケメンでラッキーってだけだったけど、氷陛下は噂と違って、ずいぶんとお優しいから。

 政略結婚の相手が、好きになれる人で、よかった。


 私には拒否権なんてなくて、もうどうにでもなれって感じで臨んだ政略結婚だった。

 自分の立場の弱さは自覚しているし、宮殿を歩いていると私を認めていないんだろう鋭い視線を向けられることもある。

 ただ、アーロイス様が私を尊重してくれているからか、表立って何か言ってくる人はいない。教育係もきっと慎重に選んでくれたんだろう。

 自分に皇妃なんて大役が務まるのかはわからない。できないことのほうが、圧倒的に多い。

 それでも、今の私はここでがんばっていきたいと思う。

 がんばったらその分だけ、アーロイス様は認めてくれるような気がするから。


 どうしてアーロイス様がこんなに私に優しくしてくれるのかは、わからないけど。

 アーロイス様も歩み寄ってくれようとしているなら、きっと私たちはちゃんと夫婦になれるんだろう。



 ……まあ、一向に夜の営みはないんですけどね!







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