01 神子姫、政略結婚する
新連載です。途中まで毎日更新予定。
よろしくお願いします。
やっばいめちゃくちゃイケメン、超ラッキー! かぁっこいーーー!!
ただいま、結婚式の真っ最中。
これから旦那様になる皇帝陛下と初めて対面した私は、心の中で黄色い悲鳴をあげた。
私、エヴェリーナ・セレーノ。セレーノ王国の第二王女。
本日、顔を見たこともなかったシュトルム帝国の現皇帝陛下との婚姻と相成りまして。
噂から想像していた悪人顔を土下座して謝りたくなるほど、そこには同じ人間とは思えないイケメンがおりました。
夜の闇を凝り固めたような黒髪に、絶対零度のアイスブルーの瞳。
怜悧な美貌は10万超えのお高い西洋ドールのようで、まるで人間味を感じない。
豪勢な紫色の礼服は一歩間違えれば悪趣味まっしぐらなのに、完璧に着こなしているんだからすごい。彼以上にこの服が似合う人はいないだろう。
ぽーっと見惚れる私に、彼は怪訝そうに片眉を上げる。
それから、白い手袋というまた萌えアイテムを装着した手を、こちらに差し出してくる。
「姫、手を」
きゃあああって悲鳴あげなかったのを褒めてほしい。たった一言に腰が砕けるかと思った。
声まで、声まで美声とかどんな二次元ですか……!
その美貌は正統派ヒーローらしくないから、ライバル的なダークヒーローか、複雑な生い立ちを持つ悪役か。どっちにしろヒーローを食っちゃうくらい人気出るタイプですね!
ヴェールをかぶっていてよかったと心底思う。真っ赤になっていたとしても隠せるから。
結婚式らしい白いドレスの上にかぶっているのは、よくある簡単に持ち上げられるタイプのヴェールじゃなくて、大きい一枚のマリアヴェールタイプだ。顔の上半分を隠しているから、相手からちゃんと見えるのは唇くらいだろう。
私からはわりと彼の顔も表情も見えるんだけど、彼のほうはうっすらとしか見えていないはず。もっと顔を近づけない限りは……って想像しただけでまた奇声を発しそうになった。
萌えすぎて震える手を、皇帝陛下の手に重ねる。握る、と言うには弱い、どこか優しさすら感じられる力が込められて、さらに萌え度が加速する。
手を!! イケメンと手を!! つないでいます!!!
「それでは、誓いの言葉を」
大司教様のお言葉にハッとする。
そうだった、まだ途中だった。むしろこれからが本番でした。
「この手は貴女を守るために」
「この手は貴方を支えるために」
「この手は剣を取るために」
「この手は盾を持つために」
イケメン……失礼、皇帝陛下から始めて、誓いの言葉を交互に言っていく。
リハーサルなんてないぶっつけ本番だけど、なんとかトチらずに済んだ。何百回と頭の中で復唱したかいがあったね!
ついで、皇帝陛下は私の手を取ったまま、それを高々と掲げる。
「そして、この手はシュトルム帝国の繁栄のために」
「この手はシュトルム帝国の繁栄のために」
よし、これで誓いの言葉はおしまい。
ケーキ入刀はないけど、これが始めての共同作業って言ってもいいんじゃないだろうか。
まあ始めても何も、顔を合わせること自体、今日が始めてなんだけどね!
まさかこんなイケメンだとは思ってなかったから、得しちゃった気分だよね!
本当、人生何があるかわからない。
大司教様に向けて、二人で頭を下げる。
皇帝陛下であっても、この儀式を執り行う大司教様には敬意を払わないといけない。国教だから、政治的な権力とはまた違ったものがあるんだろうな。
お偉いさん方が立ち並ぶ中を、皇帝陛下にエスコートされながらゆっくりと歩く。
あれ? もう終わり? というあっさり具合だけど、神殿で行われる結婚式はあくまでひとつの儀式でしかない。
なので、実際のところこれからが本番と言ってもいいくらいだ。
皇帝陛下との結婚式。形式に則って神に誓う儀式のあとは、当然ながら人に向けての告示が必要になる。
人生初の結婚式。それも相手は皇帝陛下となれば、本当ならもっと緊張しないといけないんだろう。
でも、今まで見たことないレベルのイケメンを目の前にしたら、頭が黄色い悲鳴で埋め尽くされて全部ふっとんだ。それくらいの破壊力だった。
こっそり横目でうかがえば、やっぱりイケメンはイケメン。涼しげな表情でこちらをチラリとも見ない。
澄みきったアイスブルーの瞳は、氷陛下というあだ名にふさわしい。
実際、そんなあだ名がついたのは、目の色だけが理由じゃないんだろうけど。
なんて、よそ見をしていたせいか、慣れない高いヒールがカクンッと横を向いた。
「っ!」
「……気をつけろ」
「ありがとうございます……」
危なげなく抱きとめられて、ぎゃあっとまた心臓が大暴れし始める。
私のことなんてお構いなしという様子だったのに、即座に反応しちゃうんだからデキる男はずるい。
イケメンすごいよー! 何やらいい香りがするよー!
彼の腕に支えられるままに体勢を整えて、また歩みを進める。
一瞬のことだったし、周囲からは仲睦まじく寄り添っているようにも見えたかもしれない。
それから、バルコニーに出て国民に笑顔で手を振ったり、宮殿に戻ってから宴に参加したりと、なんだかんだで時間が過ぎていく。
その間中、ずっと隣にいた皇帝陛下は、ほんの少しも笑うことがなくて……なるほど氷、と納得してしまった。
しかし、笑わなくてもイケメンはイケメン。むしろ陛下の美貌は笑わないからこそ完成しているのかもしれない。
第一印象的には、もうイケメンってだけで120点満点をあげちゃう。印象っていうかほぼ見た目だけなんだけど。
いやでも見た目って大事だよ。異性に興味を、好意を持てるかどうかって、80%くらいは見た目で決まると思うんだ。まあ面食いの理論ですけど!
とある事情で生まれたときから神殿暮らしだった私は、ヨボヨボの司教様以外の男性とお知り合いになる機会がなかった。
周りはみんな女性ばかりだったから、余計に異性に対する免疫がない。
若い男性ってだけで落ち着かないのに、旦那様になったのは人気投票一位間違いなしのイケメンダークヒーローですよ。意識するなって言うほうが無理でしょう。
もし、冷たい表情を和らげて微笑まれたりしたら、それだけでコロッと行っちゃうだろう。チョロインと呼ぶがいいさ。
陛下の美貌を横目で堪能しながらの宴は、私だけ先に抜けることになった。
そうして、侍女さんたちに身体の隅から隅まで丹念に磨かれて、あまりにも頼りない薄手のヒラヒラとした寝間着を身にまとう。
そりゃあ結婚式当日の夜ですから。このあと何が待っているのかはもちろん、わかっておりますとも。
この世界にも初夜はあるんだなぁ、って思うとちょっと不思議な気分になって、笑っちゃうけど。
この世界……少なくとも私が知っている範囲の知識では、誓いの口づけは存在しない。
用意されたドレスが偶然白だっただけで、本来なら礼装の色も決まっていない。誓いの言葉だって全然違ったし、指輪交換だってしない。
結婚した、という実感が薄いのはそのせいなんだろう。
そうそう、この世界、って言うからには、別の世界も知っていたりするんです、私。
何を隠そう、今は二度目の人生。前世、あるいは過去世と呼ばれる記憶が、私には残っている。
どうして覚えているのか、って聞かれると、まあそういうものだからとしか答えようがないんだけど。
18歳までしか生きられなかった前世の記憶は、わりとこの身体に深く根を張っていたりして。
ちょーっとサブカルチャーに詳しくて、ちょーっとミーハーだった前世の私が、氷陛下に対してキャーキャーはしゃいでしまう。
氷みたいに冷たい瞳が私を映していた。握られた手は、手袋越しでもうっすらと体温を感じた。
支えてくれた腕は思っていたよりもガッシリと力強かった。
今思い出してもドキドキしてくる。もしかしたら、これがいわゆる一目惚れっていうやつなのかもしれない。前世含め、始めての経験だった。
あんなにかっこいい人と夫婦になれたなんて、結婚式を終えてもいまだに信じられない。一生分の運を使い果たした気がする。
まあ……正真正銘の政略結婚なんですけどね。
しかも、私側の立場が弱すぎる感じの。
相手にとっては、私なんて厄介者でしかないんじゃないかなっていう。想いを返してもらうことなんて夢のまた夢。
とはいえ、女は度胸って言いますし?
最初から諦めてたんじゃ何も始まらない。当たって粉々に砕け散るまで恋は終わらせない!
まずは、今日の夜が勝負どころ。
そもそも、初夜に顔を出してくれるかも怪しい。最初にして最大の難問だ。
私を隅々まで磨いてくれた侍女さんたちは、満足そうに部屋から出ていっちゃったし。
時間を潰すための話し相手もいないなんて、この期待でふくらんだくせにぺっちゃんこな胸をどうしろっていうんだ。
思わず、肉付きの足りないふたつのふくらみを軽く揉む。
……陛下、この胸で満足してくれるかな。いやそもそも手を出してくれるか……だからそもそも今日来てくれるかどうかも……って堂々巡りじゃん!
ベッドの上で一人ボケ一人ツッコミを繰り返しているところに、コンコン、とノックの音が転がり込んできた。
「エヴェリーナ様。皇帝陛下がいらっしゃいました」
や、やったー!! 天は我に味方したーー!!
反射的に立ち上がっていた私は、ガッツポーズするのをすんででこらえた。
脳内では勝訴と書かれた紙を掲げ持った人が駆け回っている。訴えてないけど。
「お通しして」
声は震えなかったかな。もっと違う言い方のほうがよかったかな。
カチャッと扉が開かれて、その向こうからイケメンが覗く。……失礼、陛下が顔を出す。
アーロイス・イデアール・シュタム・シュトルム。シュトルム帝国の若き皇帝陛下。
さらりとした黒髪は、短髪というには少し長く、無造作に流しているように見えるのに怪しい色気が漂っている。
やっぱり目を引くのは、アイスブルーの瞳。
冷たくて、冷たすぎて、触れたら火傷しそうな色をしている。
陛下は無表情のまま、挨拶もなく部屋に入ってくる。
侍女は陛下のあとに続くことなく、しずしずと扉を閉じてしまった。
室内に残されたのは、無言で棒立ちの二人。
き、気まずい……。
「お茶でも……飲まれますか?」
「……頂こう」
本当、いい声だ……なんて聞き惚れている場合じゃない。
一生俺のためにお茶を淹れてくれ、って言われるくらいおいしいお茶を淹れないとね!