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1.強制縛りの解れる日

 数か月前の自分なら、今の自分を見たらどう感じるだろう。少なくとも呆れるか驚くか……もしかしたら憤りさえ感じるのかもしれない。


 現代に限らず過去数十年から進化を続けてきたオンラインゲーム。現存する全てのタイトルにおいて、それらはゲームとしての要素だけでは無く、良いのか悪いのかコミュニケーションツールとしても重宝されている。

 VR……――所謂ヴァーチャルリアリティと呼ばれるテクノロジーを利用した物も昨今は多く普及しており、その多くは基本音声通話(ボイスチャット)も可能という物ばかりで、『別にゲームで遊びたい訳では無い』といった人種に対しての需要がある。

 だがしかし、ゲームはゲーム。プレイを純粋に楽しむユーザーの方がまだまだ数多く、自分もまたソレに当たるプレイヤー側。


 ――だった。


 <<十一月十六日 02:37 >>――自室にて。


 (つまらない……)


 残っていたカフェイン飲料(エナジードリンク)を一気に飲み干した後、空いた缶を握り潰してコンビニの袋に入れる。


『あー……じゃあ俺パーティ抜けます』


『ですね! じゃあ私もそろそろ!』

『じゃあこのまま解散ですねー(*'ω') 私もこれで失礼します!』


 嘗てはエンジョイ勢を謳っていた自分も、今やこんな有様。


 今は丁度ダンジョンをクリアし、漸く待機ロビーに戻ってパーティメンバーはそれを皮切にチャットにてメンバー達が一人、また一人と脱退の意思を伝えながらに抜けて行く。


 ―このタイトルの一般ダンジョンにおけるパーティの仕様は最大メンバーは4人。


 脱退したのが3人と言うことは、残されたパーティメンバーは当然、今は自分だけ。


『PTプレイ、ありがとうございました』と最後に伝えようとするも途中で止まったタイプをバックスペースで削除した後、『また今日も一人』と、自分の口からは溜息が漏れる。


 参加してくれたプレイヤー達に対して、申し訳なさと軽いストレスに浸る間も待たずポンッと言った乾いた通知音が鳴った。


 通知音の正体は一般エリアチャットやサーバーチャット、今はもう鳴る筈の無いパーティチャットでも無く、個人チャットだった。


 画面を覗けば、


『寄生すんなw別ゲー行けやww』


 目に映ったチャットは、なるほどいつも通りの内容……


 (――本当につまらない……)


 此方の反応が無いと分かるとずっと俺のターン!状態に入ったのか、彼は続け様にこちらに対しての罵詈雑言を続ける。


 そんな彼、彼女(?)のプレイヤー名を見ると、パーティを最後に脱退したプレイヤーからのチャットだった。


 顔文字を多用した内容のチャットをよくする人で、プレイヤー名も非常に可愛らしい名前のプレイヤーではあったのだが、俗に言うネカマプレイヤーだったのか……


 まぁ、これも一種のロールプレイングだな……と、鳴り続ける通知音を外付けのスピーカーをミュートにする。


 この作業も、もういつもの日課になりつつある。


 見れば画面内オブジェクトにある時計を見れば、もう時間は深夜2時を既に過ぎていた。

 あと数時間もすればこのゲームもメンテナンス時間に入る……これ以上長く続ける意味は無い。


 (丁度良いし、今日はPC落として寝よ……)


 落とすと言ってもモチロン電源を……

 こうなってしまった最初の頃は、本当にあれやそれやを全て床に叩き落としてやろうかと思った事もあったけれども。


 気付けば、すっかり弁慶気分に浸って居た彼も、一向に返事の帰ってこないチャットに飽きたのだろう、見れば通知によるタブの点滅は止んでいた。


 鬱屈とした気分のままにゲーム内オプションを開き、ゲームクライアントを閉じる。


 クライアントウィンドウが閉じた後は流れる様にシャットダウン作業を済ませ、席を立つ。


 ベッドへと向かう足を止め、ふと振り返り、今まで自分の腰かけていたゲーミングチェアを見つめた。


 初めて入ったバイト代で購入した物で、当初は当然それなりに愛着を持っていたが、今の自分にはもうそんなものも無くなっている様だ。


 ベッドに横になって、照明の消えた暗い天井を見上げながら、件の彼のチャット発言を思い出してしまい、思わず顔を顰める。


 『(クローズドベータ)テスターの恩恵あるのに攻撃も移動も遅ぇwwwざっこwwww』


 何人のプレイヤーに何度似た事を言われたのかもう覚えてはいない、とにかく日常会話レベルで貶されていたというレベルなのは間違いは無いと思う。

 一応あのゲームにはハラスメント行為や誹謗中傷の類の内容を含む発言を通報する機能もあるにはあるが、自分は一度たりともそういった機能にお世話になる事は終ぞしなかった。


 多かれ少なかれ、彼らの言い分の方が正しかったのだから……――


 ――自分の操作しているキャラクターの速度パラメータも、運営者により設定された現在のレベルの上限値……所謂カウントストップ(カンスト)を既に迎えていても尚、それでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()|の方が下手をしたら速いまであるのだ……。

 ただでさえ高レベルになればなるほどダンジョンの難易度も上がっている中でそんな奴がパーティに入ってきたら、良い印象など皆無と言っていい程の物になる……寧ろ自然な事だ。


 しかしそうとは言っても、これまでそうして来た他のユーザー達は露ほども思ってもみなかっただろうな、と腕を額へ。


 問題のあのゲーム……『眠れる神(Sleeping)の遺物物語(Legacy)』を開発、運営しているチームの人間ですら予想だにしなかっただろう……


 CβTの参加者である者へのみ配布される特典の内容物であった《CβT装備ボックス》、

 インベントリ(ゲーム内かばん)内で使用すると、運営により設定された二十四種のアイテムの中から、各自好きな物を一つだけ選択し受け取る事が出来ると言う、形式的にかなりベターな物ではある。


 が、それら二十四種のアイテム達は全て他プレイヤーとの取引、交換は不可能な上破壊不能……そして今後の入手は不可能というアイテムコレクターとしても垂涎の一品だった。


 ラインナップは武器や防具だけに留まらず、アクセサリ装備にファッションアイテム……アバターアイテムなんてのもあり、その殆どが高能力値補正を持った物ばかりだった……

 のだが、そんなアイテム達の中に一つだけ、良いのか悪いのかまた違った意味で目を引かれるアイテムが存在した。


 そのアイテムの名は『Noblesse(ノブリス),()Oblige(オブリージュ)』。


 見た目は西洋風の甲冑をモチーフとした白金(プラチナ)色の|鎧で、まず見た目が良かった。

 他のアイテムとは違い唯一、このアイテムだけが装備条件が一切設定されておらず、どれだけレベルが低かろうが高かろうが、男性キャラクターだろうが、女性キャラクターだろうが装備ができるという一品。


 しかしこのアイテムにはいくつか問題があった。


 なんとこの鎧は、防御面のステータスも無ければ、その他の補正も一切持たないという問題児だったという事が大きく、まず一つ目。 


 それ故に多くのユーザーにはネタ枠として取り扱われ、遂にこのアイテムを選んだプレイヤーは誰一人居なかった――


 そしてこの問題児(ノブ・オブ)は一度装備すると解除が不可能という呪いのアイテム然とした厄介なだけに飽き足らず、

 装備者へのデバフ(速度ステータス)効果(-100%)付与を持つアイテムだったという事を……


 ――アイテム『Noblesse(ノブリス),()Oblige(オブリージュ)』、その唯一(1of1)の所持者である自分一人が誰も彼もが言う特典、恩恵に苦しめられているのだと……。


 このまま続けるくらいならもういっその事、辞めてしまおうか……とさえ思う。


 裏切られた様な苛立ちと言い様の無い後悔の念が、額に乗せた腕の重さに加わったのか、まるで沈められるかの様にして静かに意識が落ちてゆく。


 「モテ囃されたあの頃に戻りたいとまでは言わない……。けど、せめてほんの少しでもいいから救いは欲しかったなぁ……)


 まるで寝言の様にそう締めた彼からは寝息が聞こえてくる……。

 と同時に、シャットダウンをしたはずのPCがひとりでに立ち上がると、また()()()()()()()取り付けられていただろう部屋中の複数台の小型の無線カメラが起動する。


 今までの彼の様子をずっと見ていた人物はというと、

 まるで恍惚とも取れる表情を浮かべながら今も尚、妖しく口元を歪めて笑っている。


 その微笑は嘲笑の類では無く、猟奇的な物といった方が早い物。


 しばらくして、彼の様子に()()()()()満足したのか、モニターの前に佇む()()は……


 「この人ほんっとぉぉ……にっ! 良い! ……と言っても、この人がこうなったのはボクが仕事サボ……ケホンッ……ミスをしてしまったせいなんだけど! あはー……」 


 爛々と恍惚の表情を浮かべながら独り言を漏らし、一人身を悶えさせていた。


 「もう十分でしょ! 元々ゲーマーとしての素質も十分以上に持ってる。明日からまた這い上がれるよね? ンフフ」


 朗かに笑い垂れた前髪を耳にかけながらに席を立つ彼女は、何列にもなる巨大な機器の中の一つに寄ると主電源と思われる物をオフにする。


 「それじゃ、おめでとう! これでキミは遂にチュートリアルを修了した! これから先、キミは口汚く罵る周りの人間の事なんて、きっと気にならなくなる――」


 電源を切ると同時に鳴り続けていた様々なマシンからは駆動音が止む。

 続いて彼女が一か所のラックから箱状の何かを引き抜くと同時に非常灯が灯った事で部屋は何とも不気味な赤に染まる。


 「――メンテナンス後のキミの反応が楽しみだよ! 狂ってしまったキミの小さな世界をボクが治してあげる! 門を叩け、さらば開かれん! ……なーんて、今のキミには陳腐な言葉に聞こえるかな? 酷いマッチポンプになってしまったけれど、きっとキミはボクに感謝をする事になる。んふふ♪ ……さぁて、今日は久々に徹夜かなぁ……」


 左の肩を叩き、モニターの向こうで横になる彼の寝顔を指で撫でると、彼女はその場から立ち去って行くのだった。


 *********************************



 *(※現在はここまでとなります※)

 

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