横にいる今2
夕暮れの河原の土手というのは一人で座っていると独りぼっち感が凄い。河原に座っている大人というだけでも話しかけにくいのに、その上男性がシャボン玉を吹いていたとしたら誰が話しかけられるのだろうか。男性は自分でも変な行動をしている自覚はあったが、奇妙な行動をしておきながら心の中では話しかけて欲しいという感情が芽生えていた。
「人が何をしようが勝手だよなー・・・ 」
寂しい場所で独り言を呟いても寂しさに言葉が吸い込まれるだけ。河原に冷たい風が吹き、ほんのりと下水の香りがする河川の流れる場所で、大の大人がシャボン玉を吹いているということは変わらなかった。男性は自分が何でシャボン玉を河原で吹きたいと思ったのかという疑問には自分でも答えられない。ただ、自分がシャボン玉を吹こうと思い至った時に誰かが頭の中でシャボン玉を吹きたいの?と聞き返してきたのは確かだった。
「何だったんだろうなー・・・ 」
独り言に誰も答えてくれないのは知っていても、誰かが答えてくれるのには期待してしまう。男性は実際に誰かが返事をしたら怖いと思いつつも独り言を河原に向かって投げ続けた。夕日が街並みに沈んでしまっても空の色はまだ青さと明るさを残している。男性が息を吹きつけるたびにシャボン玉はまだ輝き、草むらの暗がりへと消えていった。
太陽みたいに輝く人もいればシャボン玉みたいに消えていく人もいる。人生は理不尽だよなーと男性は何も考えていない頭で考えていた。
「太陽ってみんなを焼き尽くすのが好きなのかな」
太陽みたいに輝く人に嫌な思いをしたことがあるのは自分だけじゃないだろう。男性は自分で太陽みたいに輝く人と例えておいて、その人たちを太陽と呼んだのはなぜなのかと疑問に思っていた。
「頭が空っぽの時はどうでもいいことが気になるよねー・・・ 」
男性は頭が空っぽになっている自分は好きだったが、何となく悲しかった。自分のことは好きなんだけど他人が目に入るたびに自分のことが小さく見える。そんな気持ちはないでしょうかと自分に問いかけていた。太陽みたいに輝く人みたいに嬉々として人生を生きていたら、夕やみに染まる河原でシャボン玉なんか吹いてねーか。男性はそう結論付けるとシャボン玉を吹くのを止めて河原に寝っ転がってみた。
空はより深い青へと変わっていき、いずれは真っ黒に近い青色に変わるのだろう。同じ毎日を生きる退屈さをみんなはどうやって打破してるんだろうな。男性はどこにもいない誰かに頭の中で話しかけた。
「忙しければ退屈なんて感じる暇なんてないだろ」
自分自身への質問をバッサリと切り捨てるような自分もいる。男性は独り言を声に出したことを後悔してため息を吐いた。ため息を吐いたところで振出しに戻るわけではないと理解していたがため息を出さないよりはマシだった。
「ため息ばかりだな」
男性は自分の頭の声かと思ったが自分は声を発していないのに、聞こえてくる自分の声があまりにも現実に発せられたような声だ。男性は上半身を上げて起き上がると男性のすぐ横には茶色の猫が前足を立てて座っていた。猫の口が動くと同時に自分の声がするという気持ち悪さに男性は眉をひそめる。
「何をまじまじと見てんだ? 誰かに話しかけて欲しかったんだろ? 」
背筋からぞわぞわと恐怖が湧き上がり、男性は有無を言わさずにその場から逃げ出した。猫が可愛い声で喋りかけてきたのならば怖くなかったのかもしれない。だけど見たことのない猫が自分自身の声で話しかけてきたら、悪い意味の異常な出来事が起こっていると判断せざるを得ない。男性は猫が喋りかけるような不思議な出来事は許容できても、猫が自分の声で喋りかけてくるのは受け入れられなかった。
男性がしばらく走った後に路地裏の道で休んでいるとすぐ近くのブロック塀の上で黒猫が丸まっているのに気づく。そして、黒猫も男性の声で話しかけてきた。
「逃げるのは分かるけど少しぐらい話を聞いてもいいのに」
男性は恐怖に駆られてまた逃げ出す。男性は逃げている最中に少しずつ冷静になって状況を分析した。何がきっかけか分からないけど自分は幻覚と幻聴が聞こえるようになってしまったのか? 男性が疲れ果てて知らないアパートの入口の階段に座っていても、やっぱりアパートの小さな庭には灰色の猫がいる。灰色の猫は男性の声で男性に話しかけてきた。
「病気ではないよ。つーか、いつまで走るつもりなんだ? 」
男性は猫たちに腹が立って声を荒げて質問をし返す。
「お前たちは何なんだよ!? 」
灰色の猫はキョトンとした顔で答える。
「喋る猫だけど・・・ 」
そこじゃない。男性は心の中で強くそう思いながらも喋る猫に何を問えばいいのか分からない。男性が息を切らしながら喋る猫を見ていると喋る猫は頭を後ろ脚で掻きながら喋り出した。
「お前が独りぼっちは嫌だっていうから喋りかけてやったんだろ。何で逃げるんだよ」
男性は独りぼっちが寂しいと思っていたことは自分の中で認めても、それを口にしたのかどうかの記憶は定かではない。そして自分が素朴に喋る猫の言葉を受け入れている奇妙さに疑問を抱きつつも男性は喋る猫の問いかけに答える。
「誰だって猫に喋りかけられたら怖いだろうが!! 」
喋る猫は即座に反論す。」
「お前が寂しいって言ったんだろうが!! 」
男性は自分が寂しいと本当に言っていたのかを記憶を辿る。冷静な時ならば独り言とぼんやりと思考の区別を付けられたかもしれないが、今の状況じゃそれ以前の出来事を正確に思い出すのは難しい。男性が両腕を抱えて悩んでいると喋る猫が勝ち誇ったように言い放つ。
「ほら、お前は寂しいって言ったんだ!」
男性は不満気な様子で文句を言った。
「うるせー!! 卑怯者!! 」
大変な状況の時に論理立てて意見や記憶を述べるのは難しい。男性の頭の中では卑怯者という言葉はちゃんと理論構築されていたが、喋る猫の頭の中に同じような理論が共有されているのかは分からない。喋る猫は首を傾げて言った。
「お前は何言ってんだ? 」
男性はさらに頭を抱えてしまう。喋る猫は卑怯者なのかもしれない。