同性の親友に告白されたとき、わたしは1つの罪を絆創膏で覆い隠した(12月6日深夜、あとがきに追記あり)
皆様は『愛と絆創膏』という曲をご存知でしょうか?
アンジェラ・アキが歌う、片想いの切ない歌です。
異性の気持ちがちっとも分からないと相談を持ち掛けてくる『あなた』に対して、友達という立場に甘えてしまっている『わたし』。
その仲から、恋愛には絶対に発展しない。いっそ縁を切って恋の相手を選びなおしたいと『わたし』は心の中で何度も誓うのだけれど、でも『あなた』がわたしを必要としてくれる度に決意が揺らいでしまうの―――そんな曲です。
わたしはその曲を聞く度に、思うのです。この曲の『あなた』は、わたしなんだと。
そしてこの曲の『わたし』は、あの時の、あの子のことなんだと―――そう思えて、仕方がないのです。
わたしは私立の中高一貫校に通っていました。
その学校は当時の私立としては珍しくもない男女別学の学び舎で、わたしは中学1年生から高校3年生までの間、異性との接点を断たれて過ごしてきました。その間、言葉を交わした異性は恐らく親族かコンビニ店員くらいのものでしょう。
思春期のその時期に異性との接点を断たれると後々に響き、大学生活で大変に苦労したのですが……その話は別で致しましょう。
とにかく、わたしはその時期のおおよそ大半を色恋と無関係に過ごしてきたわけです。恋愛とは、大学入学して以降の『おとな』な話なのだと、当時のわたしは考えておりました。
……その考えが覆ったのは、高校3年生の春先のこと。まだまだ自分達は『こども』であると勝手に思い込んでいた頃のことでした。
わたしには親友と呼べる友達が1人いました。仮に名前を、Sとします。
Sを一言で表すのであれば、漫画の中の人です。
親はお金持ち―――それも私立校にありがちなそこらの富裕層、なんてレベルではありません。群を抜いての超大金持ちです。わたしは、家政婦さんという存在が実在するのものなのだとSの家で知りました。
そしてSは、頭がいい。校内トップとはいきませんが、常に10位圏内に入っておりました。成績見せ合う仲でもあったので、150位(後ろから数えて30番目くらい)をうろちょろしていたわたしはいつも恥ずかしい思いをしていたように記憶しています。
それ以外でいえば容姿は中性的。それと、S一人の為に用意されたウォークインクローゼット(わたしの家のリビング以上の広さがありました…)には、もう、芸能人か!と突っ込みたくなるほどたくさんの服が置かれ(飾られ?)ており、見た目にも気を遣っていたりする。そんなのが、Sでございます。
ね、漫画の中の人みたいでしょう?
そんなSと仲良くなったきっかけは本当に些細なもので、帰り道が一緒の方向であったことでした。
わたしは自転車、Sは徒歩。中学入学当初は友達作りに精を出していたものですから、帰る方向が一緒というだけで声をかけ、わたしは自転車を引いて歩いてSと一緒に下校するようになったのです。
気づけば一年、二年―――お互い、部活動があったり何だったりでタイミング合わない時が多かったのですが、それでも週一くらいの頻度で一緒に下校をしていました。
三年、四年―――お互い別のコミュニティで友人関係を築きながらも、クラスが離れ離れになっても、一緒に下校するその30分ばかりの時間は変わらずにありました。
話すことは勉強のことであったり、読んだ本のことであったり、悩みごとの相談であったり、色々です。一週間の間に何が起こっただとか、うちのクラスではこんなことがあったんだなんて、他愛のない話ばかりでございます。
……わたしはSの、一番の親友であるという自覚に酔っていたんだと思います。すごいS、何でもできるS、ほかのひとより大人びているS。そんなSと友達でいられて嬉しいな―――なんて、そんな感情があったんだと思います。
だからわたしは、Sのことを友達以外の感情で見ていませんでした。友達以上というものが、同性同士では親友でしかあり得ないと思っていました。
―――だからあの日、『こども』であったわたしは衝撃を受けたのです。
あの日、わたし達はいつもと変わり映えなく下校の道を歩いていました。
わたしの手には自転車のハンドル。それを引きながら歩いて、Sと他愛もない話を交わしていました。
……ふと、Sが無言になりました。わたしも、そういう気分の時もたまにはあるよねと思ってSに倣って黙りました。
2人とも、無言です。
歩いて、信号待ちをしていても、無言で。
信号が青に変わって、歩き出しても、無言で。
長い、長い沈黙だったと思います。1つ坂を上って、下りかけたところ。Sが口を開きました。
「ねえ、こうやって黙っていても、同じ時間を共有できて嬉しいって思う気持ち―――何か分かる?」
「んー、分かんないなぁ」
「これが恋だよ」
―――世界がひっくり返ったかと思いました。いや、まず、聞き間違えかと思いました。わたしはひとの話を落ち着いて聞けない子だと、親にもよく叱られておりました。
でも、間違いなく、聞き違えではなかったのです。Sはわたしに、恋愛感情を持っていると告白してきたのです。
わたしは、必死に考えました。道を行く歩数が重なる程に気まずくなる。答えづらくなる。道に終わりは見えないけれど、自分から終わりを切り出さないと苦しくなる。そう、咄嗟に思いました。
なので、わたしは2歩ほど歩いたところでこう答えました。
「そっかー」
……それだけです。それだけで、頭がいいSは理解してくれたでしょう。わたしが恋愛感情を持っていないということに。
その日はそのまま無言で歩きました。何かをしゃべれるわけが、ないでしょう?
「……じゃあね」
Sの家の門の前に着きました。いつもならここでお別れ、なのですが。
わたしはこのまま別れたくないと思いました。
「あ、あのさ! うち、Sのこと―――友達と思ってて。それは今でも変わってないよ!」
フォローの気持ちでした。告白して、ふられて、そのまま気まずくなって疎遠になってしまうという話はドラマや漫画でいくらでも見てきました。
だけどSとはそうなりたくないし、Sもわたしが離れて行ってしまうことを怖がっているはずだと―――『こども』のわたしは思い込んで、そう告げました。
「―――ありがとう」
そう言って、Sは笑ってくれました。そして門をくぐっていきました。
―――きっと、あの笑顔は苦笑いだったんじゃないかと、今のわたしは思うのです。
その後、わたしとSの仲はそれまで通り。何もなかったように週一で下校の時間をともに過ごし、変わり映え無く残りの高校生活を送りました。
わたしはSが心の中で踏ん切りをつけ、またいつものように友達付き合いしてくれることを嬉しく思いました。丁度良い距離感というのは、心地よいものです。
そして、それ以上近くに寄り添いたいという思いは、どれだけ時間を重ねてもわたしの心に芽生えませんでした。
Sは友達で、Sもわたしのことを友達として見てくれている。それでわたしは満足だったのです。
月日は流れ、一年が経ち、わたしは地元の大学に受かり、無事に大学デビューを果たしました。
小学生以来の同年代の異性―――わたしには、異性が宇宙人に思えて仕方がありませんでした。わたしは迫りくる宇宙人のプレッシャーに負け、1カ月で5キロも痩せてしまいました。
一方、Sは東京の大学を受験し、志望校に落ちてしまっていました。ただ、別の東京の大学にとりあえず入学し、仮面浪人して来年また第一志望の大学を受けるのだと言っておりました。
そうしてSとわたしは高校卒業を機に物理的に疎遠となってしまったのですが―――それでもSが帰省してくる夏休みや冬休みを利用して顔を合わせておりました。
大学生になったわたし達、自由に使えるお金も時間も増えていました。一緒に映画を見に行ったり、Sに連れられお洒落なカフェ巡りなんかをしたり―――未だに、その時出てきた紅茶より高い飲み物を飲んだことがありません。一杯1,200円て……
そして、このまま何事もなく友人関係は続いていくのだろうと根拠もなしに考えていたわたしだったのですが、とうとう最後の日が来てしまったのです。
それはわたしが大学2年生を迎えようとしていた3月末、春休みの真っ最中のことでした。
携帯が鳴り、この春休みも帰省する予定だとSから連絡がありました。わたしはそれまで通りどこかに遊びに行くものだと思い、待ち合わせの駅だけ決めてその日を迎えました。
「ちょっと、携帯貸してくれる?」
今日はどこに遊びに行こうかなぁと考えていたわたしでしたが、Sは会うなりわたしの携帯を求めてきました。
「ん、うちの? どうしたの、もしかして携帯どっか行ったん? 鳴らした方がいい?」
「ううん。ちょっと、やりたいことがあって」
「??? まあ、いいよ。はい」
当時の携帯は折り畳み式のガラケー。暗証番号のロックなんてつけていません。
わたしは無造作にSへ携帯を渡し、Sが何やら携帯を操作しているのを、のんびりと対面で眺めながら待っていたのです。
「……ありがとう。返すね」
「はーい」
わたしは携帯を受け取ると、何ら確認せずにそれをカバンにしまい込みました。他の人ならいざ知らず、Sがすることで悪い事などないはずなのだから。
そう、思っていました。
「それで、今日はどこ遊びにいく?」
「……ううん、遊ばない」
「え?」
Sは首を振りました。わたしは、わけが分からなくて狼狽えました。
「もう、〇〇(わたしの名前)とは、遊ばない」
「え、ええ、えっ?」
駅の改札口、券売機のすぐ横で取り乱したわたしはさぞ通行の邪魔だったでしょう。
でもわたしは、その場から動けなくなりました。Sが何を言っているのか分からなくて。
「もう、連絡もしてこないで―――というか、さっき〇〇の携帯からボクのアドレス全部消したから」
「ええっ!?」
カバンから携帯を取り出そうとして―――止めました。Sがそう言うってことは、嘘ではないんだろうから。確認することに意味なんてない。
でも、なんで? どうして? わたしの戸惑いは収まりません。
何かSを怒らせるようなことをしてしまったか。前の冬休みの別れ際、どんな別れ方をしたか、Sがどんな顔をしていたか、思い出そうとしました。
でも、浮かんでくるのはいつもと変わらぬSの表情。別段おかしなことはなかった冬休みの出来事―――記憶からは、疑問を解決することができませんでした。
「……もう、いつ連絡してきてくれるのか待ってるのが、つらいから……」
Sが言ったその言葉で、遅まきながらわたしは疑問を解くことが出来たのです。
Sは―――ずっとわたしに、恋愛感情を抱いたままだったのだと。
友達だと思っている、それは変わらないよとわたしか告げたあの日からずっと、Sの思いは変わっていなかったんだと。
きっとSは、わたしからの反応を、返事をずっと待っていたんだと―――
それをわたしは裏切ってしまっていたんだと、その時初めて知ったのです。
その日、Sとはそのまま別れました。
帰り際、携帯を覗くと宣言通り、Sのアドレスは全て消されていました。ご丁寧に、Sとやり取りしていたメールも全部消されていました。
それ以外、繋がりがあるところはSの実家だけでしたが―――とても格式高く、敷居をまたぐには恐れ多い場所です。ましてやSを傷つけたわたしなんかが、踏み入れていい場所ではないと思いました。
だからSがその後どうしたのか、今どうしているのか、わたしは知りません。そのまま東京で暮らしているのか、家業を継いであの豪邸で暮らしているのか、分かりません。
ただ、記憶だけが残っています。そして、『愛と絆創膏』を聞く度に、思い出すのです。
関係を繋ぐ為に貼った絆創膏。それは正しく、絆創膏なんだろうか。
友達であることを求めて貼った絆創膏の裏で、きっと愛は痛みに変わり膿んでいく。
友達であることを強要することは罪なのだと、今のわたしは思うのです。
(12月6日追記)
感想欄で勘違いされている方もいらっしゃったので、この機会だからこそあとがきで書いておきますが。
私は男です。