相棒は怪人二十面相
常闇の裏社会で恐れられる狙撃手、ダイヤモンド。
謎に包まれたその彼には、2人の側近がいた。1人は暗殺者、もう1人はハッカー。彼らが実はダイヤモンドの兄弟でしかもまだ高校生だということは、ほんの一握りの人間しか知らない。
「からんー、ひまー」
「………そんなこと俺に言ってどうする」
2人の愛する兄、ダイヤモンドこと柊 紫苑がお土産を片手に仲間の元へ向かっていた頃、紫苑の妹である柊 華藍と義理の弟である柊 赤蓮は学校にいた。
彼らこそダイヤモンドの側近の暗殺者とハッカーなのだが、まだ16歳の彼らは仕事がない時は普通の人と同じように高校に通っている。
「屋上にでも行けばいいだろ」
「最近屋上さあ、結構な頻度でカップルが不法侵入してんだよなあ。俺と華藍という立派なカップルの居場所だってのに、なあ華藍?」
「寝言は寝て言え。お前とそういう関係になった覚えは無いぞ」
今は昼休み。もう昼ご飯も済ませてしまい、やる事がない。
赤蓮は机に突っ伏し、華藍は長い脚を組んで何をするでもなく外を見ている。
華藍は見てくれは男だが、女の子だ。
女子生徒の制服は普通、胸元は深緑色のリボンタイで下はチェックのスカートだが、2人の通う高校は制服の着方は自由と言うことになっていたので、華藍は迷い無く胸元はネクタイ、下はスラックスを選択した。というか男子制服一式を購入した。10歳になった頃から1日も怠らず鍛え上げた彼女の逞しい身体には女子用のサイズはキツかったのである。ましてや胸も無いので男子制服はジャストサイズ。ショートヘアにキリッとした顔立ち、同じく鍛えている赤蓮と大差ない体格と身長のお陰で全く違和感はない。何も知らない人が見たら普通に男子生徒だ。
ちなみに、そんな華藍は男子生徒からは遠巻きにされる一方だが女子生徒の反応は、異質な存在として見る者と逆に憧れを抱く者で二つに分かれる。
それでもやはり前者の方が多いから、華藍といつも行動を共にする赤蓮も同時に避けられたりする。
「お前と休み時間を過ごしたい女なら俺以外にもたくさんいるだろ」
「華藍以外の女の子はみんなめんどくさいからやだよ」
「お前そんなんで女に殴られても知らんぞ」
「華藍以外の女に易々と殴られるくらいじゃ裏社会では生きていけねえよ」
しかし赤蓮を避けるのはほんの一部だ。赤蓮は容姿も性格も良いのでモテている。しかし当の赤蓮は華藍にしか興味が無いのだった。華藍はそんな赤蓮を見てはこいつは本気で趣味が悪い、と常々思う。
「…じゃあチェスでもやるか?」
「俺が絶対負けるからやだ。…カジノゲームしないか?」
「俺が絶対負けるから嫌だな」
「………おい」
こういう会話をしては、いつも紫苑や仲間に息ピッタリだねと言われる。8歳の頃に親友となってからというもの、喜びも、押しつぶされそうな程の苦しみも共に味わってきた2人はお互いのことを相棒と呼ぶ。
「あーもーいいや」
「寝るのか」
「いや、音楽でも聴いとく」
「そうか、俺は寝る」
そう言うが早いか、華藍は鞄から小さいマイ枕を取り出し、それに腕枕をプラスしてさっさと昼寝体制に入ってしまった。
赤蓮も首に掛けていたヘッドフォンを耳にかけて、スマホで曲を選択する。そうして曲を聞いているうちに赤蓮もいつの間にか眠ってしまっていた。
「……らぎ!……柊!起きろって!!」
「ふあ…何だよ、人の安眠を妨害すんじゃねえよ…」
しばらくして赤蓮はやけに興奮したクラスメイトの声で起こされた。直後、今ので華藍が起きてしまったのではないかと慌てて隣を見る。華藍は寝ているところを無理矢理起こされると悪魔レベルで機嫌が悪くなるのだ。幸いにも華藍はまだ微動だにせずに眠っていた。内心安堵のため息をついて、赤蓮は先程起こしてきた2人に視線を移す。
「なあ!また新しい情報を掴んだんだよ!」
「…あー、裏社会の?」
「そうそう!」
裏社会の情報なんて言ってはいるが、彼らはただのそういうのが好きな人達である。裏社会がテーマの映画などの虜になって本気で裏社会が映画みたいにかっこいいものだと思い込んでしまっている連中だ。
そしていつも何かしらの情報を掴んで裏社会とのコネクションを取ってみようとか考えているあたり馬鹿な連中である。
赤蓮は以前彼らが本当にただの一般人かどうか確かめるために探りを入れた際に、彼らに同じようなことに興味がある仲間だと勘違いされてしまい、以来ちょくちょくこうやって絡まれるのだ。
彼らもまさか目の前のクラスメイトがその裏社会の、しかも結構有名な人物だとは思わず、いつも大体ネット上で見つけてきたどうでもいい情報を赤蓮に力説するのだった。
「ところで?今度は何に関する情報なわけ?」
「聞いて驚け!ズバリ、裏社会の凄腕スナイパー、ダイヤモンドに関する情報だ!!」
「!!」
赤蓮もその辺に関してはプロだ。動揺を顔に出したりはしない。しかし何となく華藍の方をちらりと見た。するとさっきまで熟睡していたはずの華藍も姿勢はそのままに片目だけしっかりと開けて厳しい視線を2人に向けていた。
「ネット上にな、ダイヤモンドに依頼するための極秘サイトがあるらしいんだよ!それを…」
「ちょ、ちょっと待てよ。お前ら、そんなこと何処で聞いたんだよ?」
「捜査一課の親父から聞いた!」
ああそうだったな、と赤蓮は内心で頭を抱えた。
2人組のうちの小柄な男の方は、父親が警視庁の捜査一課に所属していた。だから結構この2人組はやけに詳しかったりするのだ。
(息子に変な入れ知恵すんなよな……っていうか、マズイな…)
「そのサイトに今日の放課後、学校のPC室のパソコンでアクセスしてみようと思う!」
「いやいやおかしいだろ!なんで自分のでやんないんだよ!?」
「自分のでやったら俺たちの家が特定されちまうかも知れないだろ!?ダイヤモンドの仲間にスーパーハッカーいるらしいしさ!」
はいそれ俺ですけどー。ってか学校が特定されるのはいいのかよ、と喉まで出かかった。
何にせよそのサイトにアクセスされるのはマズかった。何故ならばそのサイトは赤蓮がネットに作った罠のようなもので、アクセスしたパソコンを1発で乗っ取るお手製ウイルスが仕込まれているのだ。
ウイルスに感染したパソコンはまず絶対におちる。
普通のウェブからのアクセスならおちるだけだが、ダークウェブなどからのアクセスだと相手のパソコンを破壊するシステムが組み込まれており最悪の場合パソコンが爆発しかねない。
ウイルスは赤蓮の持つコンピュータで管理され、ウイルスにかかったパソコンのデータと位置情報は即座に赤蓮のコンピュータに転送されてくる。これのお陰で、裏社会で誰が何処でダイヤモンドを狙っているのかがすぐ分かる。
このサイトのウイルスのことは裏社会では有名なのだが、この2人組はそこまでは知らないようだ。
「なあ、止めといた方がいいんじゃねーの。裏社会の連中なんて殆ど人殺しなんだろ。危ないじゃねーか。
というかなんでそこまで裏社会とか好きなんだよ?」
「だってハードボイルドでかっこいいじゃん!」
そんなもんなのか!?と言う顔で華藍の方を見ると、華藍も半分呆れたように知らん、といった表情をした。
「あーあ、もう知らね。勝手にやってくれ。何が起きても俺は知らねーからな」
一緒にやるって言うかと思ったのになー、とぶつぶつ言いながら去ってゆく2人組を見送った赤蓮は思わずため息をついた。
「……忠告はしといたからな」
その日の夕方。
部活動生もちらほらと帰り始める頃、帰宅部なので本来この時間には居ないはずの赤蓮と華藍は学校内にいた。
2人は1度は家に帰ったが、とある用事でもう一度学校に出向いたのだ。
「わざわざウイルスを解除してやるなんて、お前にも人並みに優しいところがあるんだな」
「まっさかあ。ただのお情けさ」
2人は授業が終わった後、すぐには帰らずに返却期限の迫った小説を返すため図書室に寄っていた。
図書室で十数分過ごしてから昇降口に向かった時、2人は昼休みのあの2人組が慌てて逃げるようにして学校から出ていくのを見た。
それを見ただけで大体察しはついた。あらかた、アクセスしたら案の定ウイルスに感染したんだろう。先生達がそんなふざけた事のためにパソコンの使用許可を出すわけはないし、無断で使った上にウイルスで壊れてしまったとなれば、逃げたくもなるだろう。
そこで2人は一旦家に帰り、赤蓮だけが持つワクチンソフトを持ち、居てもあまり目立たない部活動生の帰り際の時間を狙って学校に引き返したのだ。
「ウイルスに罹った筈のパソコンが急に治ったりしたら怪しまれるんじゃないのか?」
「大丈夫だろ。あいつらだってわざわざ先生に事情を説明したりなんか出来ねえだろうし、特に問題は無いと思うぜ」
誰ともすれ違うことなくたどり着いたPC室には電気が着いていない。幸いにもあの2人組の他は来ていないようだ。しかも一番奥のパソコンの椅子だけが不自然な位置にあってあの2人組がどのパソコンを使ったのかは一目瞭然だった。
「さーて、さっさと直しちまおう」
パソコンの電源をつけてみるとすぐさま文字化けの羅列が画面に映し出される。完全に感染していた。
赤蓮が慣れた手つきでパソコンを弄るのを華藍は後ろでぼんやりと見つめていた。赤蓮がどうやってウイルスを解除しているのかはハイテク音痴な華藍にはさっぱりだが、手つきだけでも十分に赤蓮の技術がかなり優れたものである事が分かる。
「全く、あいつらも馬鹿な連中だよな。ふつーに考えて、人殺しの作ってるサイト覗くとか危険極まりないだろ。相手が俺たちだから良かったようなもんだ」
「高校生なんてそんなもんだって兄さんも言ってただろ。痛い目見なきゃ分からないんだろうよ」
家で赤蓮から事情を聞いた紫苑も流石に苦笑していたのを思い出す。いたいた、そんな人。とか言っていたので、紫苑も高校時代はある意味苦労したんだろう。
「欲しいものがなんでも手に入る奴らは良いよな。奪われる方の人間の気も知らねぇで」
赤蓮は伸ばした前髪をかきあげ、失明している右目に軽く触れる。赤蓮が一番最初に、裏社会に奪われたものだ。赤蓮の表情からはいつもの笑顔は消え、ただ冷たい光を宿した左目だけが画面を見つめていた。
華藍はそんな相棒の様子を後ろからただただ黙って見守っていた。
「……はい完治!アクセスの履歴も、ワクチンソフトの形跡も全く残ってないぜ!さすがは俺!」
それから数分も経たずして、先程の冷たい気迫は何処へやら、テンション高めな終了報告がPC室に響いた。
その帰り際、赤蓮は女子テニス部の部員数名に話しかけられていた。
「柊君!今度ゲームするとき見に来てよ!柊君がいてくれたらいつもより頑張れるし!」
「へー、いつ?暇だったら見に行くけど」
「暇だったらじゃなくて絶対来てよー」
明るい性格で話しやすく、かと言って軽い訳でもない赤蓮は男女問わず人気がある。誰もが良い奴と信じて疑わない。そんな赤蓮の、学校内では華藍しか知らない真実。
あれは本当の赤蓮ではない。
「……で。見に行ってやるのか」
「華藍が同行してくれるなら行くよ」
「普通に行かない」
「ですよねー」
2人は学校を後にし、夕日の沈みかけた川沿いの道を歩いていた。
いつものようにたわいのない話をして2人だけで家に帰るのが、赤蓮の密かな楽しみだ。
途中でふと華藍は足を止めると、道端にあった自販機で缶珈琲を二つ買うと、1つを赤蓮に投げて寄越した。
「これ華藍の奢り?」
「囁かだが残業代だ」
「はは、ありがと」
お疲れ様とか言わないところが華藍らしいなあと思いながら赤蓮は缶を開け中の琥珀色をした飲み物を喉に流し込む。華藍チョイスの苦くも香ばしい味がじんわりと広がる。
「…前から思ってたんだが、お前はあれだな。怪人二十面相みたいだな」
突然、華藍がそんなことを言った。
「…っていうと、江戸川乱歩のやつ?なんでまた?」
「さっきのお前を見てそう思っただけだ。お前は笑顔が大半だがいつも器用に相手や場面に合わせてコロコロと表情を変えている」
「二十もバリエがあるわけじゃねえし、そんなに大したもんじゃねえよ」
「お前がキレた時のあの血に飢えた獣みたいな表情なんざ学校の奴らが見たら腰抜かすだろうな。お前は大した詐欺師だよ」
「褒め言葉として受け取っとくよ」
夕日が完全に沈み切った。真っ赤に染まった空の下、今度は赤蓮が足を止める。
「でも、俺の心は一つだけだ。俺の心は、兄さんと家族と、君のためだけにある」
空や川面に反射する赤色の中で、赤蓮のエメラルドのような色をした瞳が華藍にだけ、真っ直ぐに向けられる。
「俺は君だけの怪人二十面相だ」
赤蓮はそういって、いたずらっぽく、同時に無邪気な顔をして笑った。
これが、赤蓮の本質。
誰に対しても偽の表情を向ける赤蓮が、大好きな人にだけ見せる本当の表情。
「…俺しか知らない顔……か。悪くないな」
「…ん?何か言った?」
「いや、お前は本当に趣味が悪いな、と」
「趣味が悪いのは学校のやつらの方だろ。華藍の相棒である俺は世界一趣味の良い人間だよ」
「そうだな。お前の相棒が俺で良かったと思ってる」
「えっそれって…」
「お前みたいなやつ、俺以外の奴の手には負えないだろうからな」
「なんだそういう事かよ…」
「不満でもあるのか?」
「無いから相棒してるんだろ?」
元のように道を歩くうちに、空が赤蓮の好きな赤色から、華藍の好きな深い藍色に変わっていく。一見すると全く違うふたつが、同時にあることでより一層輝きを増すように。
そんな空を見上げて歩く赤蓮の中に、ふと思い浮かんだ小さな疑問。
俺、華藍が居なくなったりしたらどうなってしまうんだろう。
いつも当たり前みたいに傍にいてくれた人が、呆気なく消えてしまう。そんなことが、生きている限り起こりうるということを赤蓮は痛いくらい知っている。
考えているだけで、自分自身が無くなってしまうような恐怖に襲われそうになる。
「赤蓮?ぼーっとしてると置いて帰るぞ」
「ん、ああ、何でもない。兄さんの夕ご飯が待ってるし早く帰ろうぜ」
守らなければ。
このカッコよくて強くて優しい相棒を。その為に強くなったんじゃないか。
もう何も奪わせたりするものか。
今度時間があるとき、姉さんに改めてそう誓いに行こっかな。兄さんも一緒に。
そんな思いを胸に、赤蓮は相棒と共に兄の作った美味しいご飯が準備された家に帰ったのだった。
ちなみにその後、例の2人組は流石に懲りたのか、裏社会の情報を無闇やたらに集めることはしなくなったのだった。
続く