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明るい闇夜のつくりかた  作者: 合成着色料
2/3

おみやげタイム

翌日、快晴。

昨日の仕事が空振りだったダイヤモンドこと柊紫苑は、赤蓮と華藍が学校へ行ったあと、愛用のライフルを収納した大きめのバックと紙袋とを持って外出していた。

そのまま向かった先は、住宅街から少し離れた所に建つ、元々は工場の宿舎だった建物だ。

ここには紫苑の仲間たち…いわゆるファミリーのメンバーの数人が暮らしている。ここは元々紫苑と華藍の父親であるカゲロウの持ち物だったが、そのカゲロウも今では行方知れずなので今は息子である紫苑が勝手に使わせてもらっているのだ。


紫苑はエントランスから建物内に入ると、キッチンやソファの置いてある広間のテーブルに紙袋を置こうとした。


「…うわあああ!」

「えっ!?」


その時、2階からすごい叫び声が聞こえてきた。

紫苑はバックだけを持って急いで2階へ続く階段を駆け上がった。部屋のドアが続く廊下を走り1番奥にある部屋の前まで来るとドアをドンドンと強くノックする。


「樹!?大丈夫!?…発作でも起きた!?」


しばらくすると、静かにドアが開いて中から気弱そうな青年が顔を出した。


「ご、ごめんね、大丈夫。日本で咲かすのが難しいって言われてた花が咲いてたから、嬉しくってつい…」


青年の後ろに広がる部屋には、多種多様の植物のプランターが所狭しと並んでいる。


「ああ、この前から言ってたあれか。何事かと思いましたよ」

「ごめん、びっくりさせちゃって…最近、体調は落ち着いてるから大丈夫」


紫苑の幼なじみのうちの1人である彼は織部おりべ いつき。植物研究は趣味で、樹は武器の改造・メンテナンス担当を請け負っている。生まれつき心臓が弱くいつも薬が手放せない樹は滅多にこの宿舎からは出ないが、改造の腕は裏社会でも有名なほどだ。


「博士のお陰だよ…。あの人ちょっと…いやかなり雑な人だけど、医者としての腕はいいから…」

「かなりというか雑でしかないですけどね。僕も昔からお世話になってますし」

「その博士、お土産首長くして待ってるから」

「分かってる。ちょっと先に顔だしてくるので、先に広間に行っていて」


その博士は、1階にある広い部屋を医務室兼自室としている。紫苑が部屋に顔を出したときにはソファに脚を投げ出して眠っていたが、紫苑が声を掛けると飛び起きた。


「紫苑くんおかえりィ!怪我とかしなかったかい?」

「ハズレでしたのでご心配なく。」

「そりゃ良かった。あっところでお土産は?」

「ちゃんと買ってきたのでご心配なく。」


その博士、アドニス博士は長く華藍に負けないくらいのくせっ毛に髪と同じ色のネイル、ショートパンツにピンヒールという出で立ちで、ちなみに性別不明だ(博士が意図的に隠している)。

神技と呼ばれる医療技術を持つ闇医者で、昔は外国の巨大組織に所属していたらしい。今はファミリーのメンバーだけはただで診察から治療からなんでもしてくれる医療担当だ。こんな格好をしていても年齢は30を超えているらしく最年長メンバーでもある。


「さーてお土産お土産〜♪」


……まあ年上の威厳的なものを感じることは少ないが。


「あれ?」

「博士?…何か?」


紫苑は博士と共に広間に戻った。先に部屋に入った博士が声を上げたので紫苑もつられて部屋を覗き込むと、さっき机に置いていたはずの紙袋は無くなり、代わりに4組の小皿とフォークが並べられていた。ソファには樹が座っている。


「樹、先に準備してくれてたんですね」

「あっ、それはぼくじゃなくて……」

「そっ!私よ!」


紫苑と博士の2人の背中を後ろからぽんっと叩いたのは、綺麗な金髪に空色の瞳を持ったアメリカ人女性。


「ジュリア!戻っていたのなら一言くらい……」

「すれ違いになっちゃったみたいね。さっきまで私、コーヒー豆とか買いに行ってたから」

「どーりで」


彼女はファミリーの運転・スパイ担当のジュリア・マリーゴールド。彼女も紫苑の幼なじみだ。彼女もここに一部屋借りているが、スパイ活動が多いので紫苑以上に不在なことが多い。加えて母国はここ日本からは離れたアメリカ合衆国だ。それでも少しでも暇を見つけては帰ってくる。それくらいにファミリーの皆が好きなのだ。


「さてさて、みんな揃ったことだしデザートタイムにしようか?」

「はいはい。今回はリクエスト通り、向こうの有名店の洋菓子諸々ですよ。僕はコーヒーとお茶を入れるので、お菓子は各自適当に選んでくださいね」


間もなく広間はお菓子の甘い香りと香ばしいコーヒーの香りに包まれた。ちなみにコーヒーを飲んでいるのは紫苑とジュリア、紅茶を飲んでいるのは樹と博士だ。


「博士、いつも寝てばかりなんですからカフェイン摂った方が良かったのでは?」

「安眠は健康の第一条件だろ?私という名医が言うんだから間違いないね」

「博士はそんなもんでしょ。私は紫苑のブレンドが舌に合うから」

「そんなもんとは何だよ、ひどいなぁ」

「まあまあ…紫苑くん、いつも美味しいお土産をありがとう」

「ああ、気にしないで。これが『条件』なんだしね」


このファミリーのボスは一応紫苑という位置づけになっている。そうなったのには色々と訳があるのだが、この組織は仲間内でお金のやり取りをしない。つまり、『自分の金くらい自分でなんとかしよう』制である。

メンバーのほとんどは組織ではなく個人で仕事をしている。赤蓮と華藍も、夏休みなどの間に個人で仕事を請け負うこともあるし、樹は他の人間の銃のメンテも有料で引き受けているし、ジュリアは色んな方法で稼いでいるらしいし、博士は元いた組織を抜ける際にボスからくすねたお金がたんまりとあるらしいしで、だから別に上の人間に従わなくとも自分でどうにかできるわけだ。

ただし紫苑は、昔から自分のためではなく、弟達を食べさせていくために厳しい仕事をしている。そんな自分のサポートをしてくれる皆に、少しでもお礼をしたいと、紫苑はいつもお返しをしていた。

赤蓮と華藍には、当たり前かもしれないが居場所と毎日の美味しいご飯と愛を。

樹には外国の珍しい植物の種子をお土産に持って帰ったり。

ジュリアには仕事先で得た情報だったり、さっきのブレンド豆だったり。

博士には……だいたいお菓子だ。

というか、大体の場合は有名店のお菓子か紫苑手作りのお菓子かのどっちかになり、1週間に1回は必ずこうやって集まってデザートタイムを楽しんでいる。


「ここのお菓子はいつも美味しいですね。……でも、おかげさまで僕、店の人に顔を覚えられてしまいましたよ」

「貴方みたいな人が何回も来たら、そりゃ覚えるわよ」

「えっ?どういう意味ですか…?」

「だからそういう意味よ。……良い意味でね。」

「?」

「ダメだってジュリちゃん。この子はそういうことにはほんと無頓着なんだからさ」

「そうね、全くもう」

「ねえ樹……2人は何を言いたいのか分かる?」

「あ…あはは、褒めてるんだよ多分…」


しかし、こういった関係性が成り立つのはここにいる皆が幼い頃から紫苑と友達だったからこそだ。そうでもなければ幾ら小規模とはいえ仮にも組織としてまとまるはずがなかった。


そしてもうひとつの、彼らがずっと『仲間』であり続けられる理由。それは、それぞれが負った、今も残る心の傷。

そして今はもういない、大切な仲間の存在。


「そういえば私が柊ファミリーの仲間の1人だってこと、結構知られて来ちゃってるみたいなのよね」

「まああれだけ一緒に仕事したりしてればねえ」

「仲間……、か」

「ん?」

「やっぱり裏社会でここまで親しい関係を持つのは危険も伴いますよね。すいません今さらですけど、巻き込んで」

「……………」


暖かな雰囲気だった広間に、沈黙が訪れる。


「……ほんと、今さらね」

「ほんっと君ってやつは、何でもできるくせに人に甘えるってことだけは下手くそだよねえ」

「え?」

「だから今さら気にすんなってことさ。私たちは家族ファミリーだって言ってくれたのは君だろう?」

「博士……。あなたがそんなこと言ってくれるような人だったとは」

「……ん?今君なんだかすごいさらっと失礼なこと言わなかったかい?」

「とにかくね、ぼくは昔からすごく紫苑くんに助けてもらった。今のぼくじゃ全然足りないくらい……」

「……………」

「だからぼくは、少しでもお礼がしたいだけ。それはジュリアちゃんだって、博士だって、赤蓮くんや華藍ちゃんだって、同じ筈だよ」

「……ありがとう。何だか前にも同じ事、聞いた気がするけど」


もう6年になるんだね。


「私たちも一緒ってこと。仲間なんだから」


それは紫苑にだけではなく、今は亡き紫苑のもう1人の『大切な人』へ向けられた言葉だった。


柊紫苑はたまに、仕事中思うことがある。

スコープの向こうで自分に狙撃された相手が倒れる。その人を取り囲んで大丈夫か、誰が殺ったんだと騒ぐ人達。

果たしてこの殺された人の死を、周りの人達は本当に悲しんでいるだろうか。

大体のやつはこの人の財産はどこに行くかとか、次は誰がボスかとか、そういうことしか考えてはいない。

はたまた、自分を殺そうとして返り討ちにあって死んだ部下は果たして上の人間や仕事仲間に自分の死を残念に思ってもらうことはあるのだろうか?

否。

そういう人間たちと自分の価値観は大きく違うのかも知れない。いや、違うには違いないけれど、でも、やっぱり思う。そんなのは、悲しいと。

人の命を奪う仕事をしといて、と言われるかも知れないが、やはりそう思ってしまう。

紫苑が手に掛けるのはだいたい、無力な人も殺すような非道な人間ばかりだが、それでも虚しいことだと思ってしまう。たとえそんな感情がいつか自分の首を絞めることになっても、きっと拭いされることはない。


暖かな響きを紫苑は噛み締める。

自分はいま、幸せだと。


仲間だと言ってくれる人がいること。

6年前ー自分が死にかけたとき、本気で自分の死を恐れ、助けようとしてくれ、泣いて、そしてこの世に呼び戻してくれた、大切な仲間がいる。


『いいか、紫苑。お前は自分の強さを、大切な人を守るために使え』


幼いころから忘れもしない、大切な言葉がよみがえる。


「まだ、死ぬわけにはいきませんね」



「……ねえ、紫苑くん。博士に苺取られてるよ」

「え?…ああっ!!何してるんですか博士!!」

「だってあまりにも辛気臭い顔してるからさー、今なら完全無欠の君でも出し抜けるかなっと」

「さっきちょっと見直したのに…僕が間違ってた……」


広間に明るい笑い声が戻った。そして、

いい歳した大人たちの、もっと言うと犯罪者たちのゆったりし過ぎな午後が過ぎていく。


「コーヒーと紅茶のおかわり要ります?」

「「「お願いします!」」」


続く




サポメンのプロフィールです。


織部おりべ いつき

性別:男 年齢:24歳 武器制作・改造等担当

紫苑の幼なじみ。生まれつき心臓が弱い。

気弱で臆病、怖がりだが優しい心の持ち主。


アドニス博士

性別:不明 年齢:30代前半らしい 医療担当

凄腕の闇医者。最年長メンバー。紫苑とは中学時代からの付き合い。


ジュリア・マリーゴールド

性別:女 年齢:24歳 運転・スパイ担当

紫苑の幼なじみ。明るく姉御肌。日本での生活が長いので日本語は普通にペラペラ。



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