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明るい闇夜のつくりかた  作者: 合成着色料
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ダイヤモンド

明るい闇夜のつくりかた


この世界には、明けることのない闇夜がある。

いや、それは明るい場所の裏に潜んでいると言った方が正しいのか。

絶えずおびただしい数の命が奪われることによって成る、常に常闇の世界。

それを多くの人は「裏社会」と呼び、恐れる。


そんな裏社会を生き延び莫大な富を得た者の、その地位の証のような高層ビルの一室で、1人の青年が薄い硝子窓の向こう側に広がる摩天楼を見下ろしていた。

彼の全身は黒と紫に包まれ、街の明かりだけが入り込む暗い部屋に溶け込んでいる。その部屋の中で淡く光を持っているのは彼の、後ろで束ねた長い銀髪と白い肌だけだった。


「検討して頂けましたか、この暗殺の件を」


彼の後ろの扉が重苦しい音を立てて開き、スーツ姿の男が現れる。男の手には重そうなアタッシュケースが

下げられている。


「報酬は?」


青年の紫色の瞳が、スーツの男をとらえる。


「金ならいくらでも。そして、あの組織のボスが居なくなったからには、『我が社』がこの辺りのトップとなるでしょう。その暁には、我が社の製品をお望みの限り提供することを約束するとのことです。

……お受けしていただけますね?『ダイヤモンド』」


『ダイヤモンド』それがこの白い青年の、裏社会での通り名だった。


裏社会は大体、国ごとにいくつかマフィアだったりシンジゲートと言うような「組織」が中心になって成り立っている。組織の力の強さは裏社会での絶対的地位に比例する。地位があれば富でも何でも手に入れることが出来る。だから組織は組織同士で殺し合い騙し合い、潰し合う。


一方で組織に属さずに裏社会で生きる者達もいる。

そういった者達はほとんどが殺しなどの「プロ」だ。

彼らは組織からの依頼を請け負い金を稼ぎ名を売っていく。地位は無くとも、上手くすれば巨万の富など容易いし、成果を上げれば上げるほど組織からも、はたまた表の世界の住人すら、恐れを抱くようになるのだ。

ダイヤモンドと呼ばれる彼は、こちら側。狙撃を中心とした殺しのプロであった。

彼がいる高層ビルの持ち主はこの辺りを拠点とする巨大麻薬密売組織だ。今回は商売をしていく上で邪魔な組織のボスの暗殺を彼に依頼したのである。


「……お断りします」

「……は?」

「あなた方の薬などいらないのです、僕は。つまり、この依頼は僕にとっては無益ですので、帰らせていただきます」


そう男に告げて、ダイヤモンドは硝子窓の前から離れ男のそばをすり抜けて部屋を出て行く。

男が持っているアタッシュケースの中に詰まっているものなど気にもしていないようだった。


「……っ待て!!」


部屋の前に取り残された男が、去ってゆくダイヤモンドの背中に拳銃を向けた。


「……僕はまだ、死ぬ訳にはいかないので」


乾いた銃声が廊下に響き渡った。眉間に穴を開けて一言も発さずに崩れ落ちたのは男の方だ。


振り向きもしないままに男を仕留めたダイヤモンドは、その愛用の少し年季の入った拳銃をコートの内にしまってそのまま暗い廊下を歩いて去っていった。

銃声を聴いて組織の人間たちが駆けつけた時には既にビル内にダイヤモンドの姿は無く、ただ真紅に染まった絨毯の上に横たわった男の死体と、アタッシュケースから零れた白い粉の袋があるだけだった。


裏社会の狙撃手、ダイヤモンド。

ダイヤモンドという通り名は、彼の強さと、裏社会の人間たちの中ではかなり整った顔立ちをしていることに由来している。

裏社会でも5本の指の中に入るとも言われる殺しのプロである彼には沢山の噂があった。

その中でも本当の事だとされているのは、彼が今は姿を消した伝説級の暗殺者「カゲロウ」の息子であるらしいこと、凄腕の暗殺専門の殺し屋と天才ブラックハッカーを側近に置いていること、ダイヤモンドは極小数の組織を持っていて、仲間内には凄腕の武器職人、闇医者、走り屋などがいるということだ。

しかし、その実態を知るものはほんの一握りだった。


そして、彼らの『本当の姿』を知るものはほとんどいないと言っていい。いや、知らない方がいいのかも知れない……



数時間後、日本。

東京都心から少し離れた住宅街。

そこに建つ、周りの家より少し大きな作りの一戸建ての普通の家のガレージに、黒い車が停められた。

車から降りてきたのはあのダイヤモンドだ。

彼は後部座席のドアを開けると、今回は使うことのなかったスナイパーライフルの入ったバックとスーパーの袋を2つほど取り出してドアを閉めた。


「買い物用のバックも持ってきとけばよかったな…」


そうぼやきながら車の鍵をリモコンで閉めた彼は玄関に回って家のドアを開けた。


「ただいまー」

「「おかえりー」」


リビングに入った彼を出迎えたのは、高校生くらいの2人の少年だった。1人は黒髪に緑色の目をした少年。

もう1人はダイヤモンドと同じ銀色でふわふわしたくせっ毛の髪、青紫色の瞳を持つ少年だ。


「兄さん、今日は先に風呂にする?」

「いや、先にご飯にしよう。2人とも、お腹すいてるでしょう?」

「手伝うから、そんなに急がなくていいぞ」

「あ、俺も手伝う」

「お前は台所に立つな!」

「ふふ…助かるよ、華藍、赤蓮」


ダイヤモンドは自室へ行きバックを仕舞いコートやベストを脱いでクローゼットにしまうと、再びリビングに降りてエプロンを身につけた。

キッチンではもうすでに弟たちが買ってきた食材を冷蔵庫に入れたり調理器具を取り出したりしていた。


ダイヤモンドの本名は、ひいらぎ 紫苑しおんという。仕事は裏社会の殺し屋、趣味は料理とお菓子作り。好きなものは甘くて美味しいもの。性格は温厚で心優しく少し天然。職業のことがなければ普通の好青年だ。

先程の2人は彼の兄弟だ。

黒髪に緑色の瞳の彼はひいらぎ 赤蓮あれん

紫苑の義理の弟に当たる少年で現在高校一年生。

実は彼が噂のダイヤモンドの側近の内の1人で、天才ブラックハッカーである。

もう1人はひいらぎ 華藍からん。紫苑の実の弟…と言いたいところだが実は弟ではなく妹なのである。赤蓮と変わらない身長と体つきの彼女も側近のうちの一人、暗殺専門の殺し屋だ。


「それで兄さん、今回の仕事はどうだった?」


夕ご飯に紫苑が作った唐揚げを口に運びながら、赤蓮は向かいに座って夕ご飯を食べる兄に視線を投げた。


「うーん…なんと言うか、はずれだった。成功したら薬あげるとか言われたからさ、断っちゃった」

「あー、典型的なはずれパターンだな」

「そうだよ。僕は人生において粉は薄力粉とか膨らし粉とかパン粉とか、食べ物を美味しくするためのものしか使わないって決めてるんだから」

「と言うことは、しばらく暇なのか兄さん」

「うん」

「だったら、隣町に美味しいコーヒーショップが出来たらしいから今度行かないか?」

「いいね!最近仕事多かったから、ちょうどいいよ。今度の土曜でいいかな?」

「やたっ」

「おい、誘ったのは俺なんだが?なんでお前まで普通に付いてくるつもりなんだ、赤蓮」

「え?だめ?」

「もちろん来ていいよ、赤蓮。コーヒーは僕の奢りだから」


こうしていると、3人は誰が見ても裏社会になど縁のなさそうな仲のいい普通の兄弟だ。これが、殺しを生業とする彼らの本当の姿である。

ダイヤモンドは…柊紫苑はこの常闇の世界の中で、家族や大切な人たちと共に生きることを選んだ数少ない存在だった。そして彼の弟たちや仲間たちもまたそんな彼を慕い同じ思いでついてきた。でも皆、最初からそれが出来ていたわけではなかった。


彼らはいつの日も、古傷を抱えながらも暗闇の中でも明るくあろうとしているーー。


「……自分でしなくていいんですか?」

「もう俺自身では制御出来ないんだ。今のところ上手く出来るのは兄さんだけだから」

「そうなんだ……」


紫苑はいつもお風呂から上がってきた華藍の髪をとかして乾かしてやっていた。華藍の髪はなかなか強いくせっ毛で、特にヘアスタイルに興味のない華藍がとかしたのでは翌日頭がひどいことになってしまう。なので華藍が小さい頃から扱いに慣れている紫苑が整えるしかないのだ。


「はい、終了」

「ん……」

「寝るならソファの上か自分の部屋で寝てね、華藍」


紫苑に髪を乾かして貰い終わった華藍は長い脚をソファの外に投げ出した格好で横になって寝始めた。

そんな妹の頭を少し撫でてやってから、紫苑は自分のカップにコーヒーを入れて、窓の外の夜空を見上げた。


「今日は星が綺麗ですね………若菜さん」


その独り言は誰にも聞かれることなく、暗い夜空の向こうに消えていった。




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