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4-1.英雄の物語

 

 足音は妙に大きく聞こえる。だが、響いた途端にすっと消えた。


 腹をすかせた子供たちは岐路についたのかもしれない。いつの間にか、楽しそうに話す声は聞こえなくなっていた。

 それどころか、カウンターで話すフラム達の声すらも、そびえたつ壁のような本棚の角を一つ曲がっただけで、とても遠くなった。


 人気の薄れた館内は、まるで自分の周りだけ空間が切り取られてしまったかのような静けさがあった。その静寂が、今のエイリオには心地よかった。



 深く息を吸い込むと、沢山の紙やインクの独特な匂いに満たされる。同時に喉の奥の水分が、乾ききっている空気に干されているのが解った。

 少しだけ埃臭さを感じるのは、最上段に古めかしい本が多く収蔵されているからだろう。それすらも、気持ちを落ち着けてくれるような気がした。


「……勝手すぎる」


 ぽつ、と呟いた言葉は、エイリオにとってとても弱々しいものだった。視界を消してもう一つ息を吐くと、見ないようにしていた今日自分の身に起きた事が、一度にのしかかって来て重たく感じる。



 なぜ、と。

 声に乗せずに唇を震わせて、仕方がないのかもしれないと遣る瀬無さが募る。うっすらと開いた視界に納まった自分の手のひらの大きさに、フラムに対する怒りが蘇りそうになって、慌てて視線を反らした。溜め息は、深い。


「止そう」


 半ば、自分に言い聞かせて首を振った。

 自分の置かれている現状について考えても仕方がないように思えた。また、訳の解らずにいた内についてきてしまった事に後悔しても、憂鬱にしかならない気がした。



 自分の気持ちを振り払うためにも、辺りの棚に目を向けた。本の属性、あるいは著者、物によっては大きさによって組織化された本が、各々の場所を守って並べられている。


 新しいものは未だ誰の手にも触れられた事がないと言わんばかりに、丁寧にかけられた保護のフィルムは艶やかだ。これほど沢山の本があるならば、読まれる事無く古くなっていくものがあったとしても不思議はない。


 逆に古いものは幾度となく読み込まれたのかもしれない。


 背表紙に補修がされて、タイトルを知る事すら叶わなかった。何気なく抜き取ろうとして、背表紙がみしりと悲鳴を上げる。

 息を呑むほど驚いて、飛び上がる思いで手を放した。思わず周りを見てしまうが、誰かが彼を見張っている事もない。ほっと胸をなで下ろすが、小さな罪悪感はあった。



 やがて、自分は何をしているのだろうと苦笑してしまう。思い出して、溜め息をこぼした。


 気を取り直すように辺りを伺って、一冊に目が留まった。吸い込まれるように目が留まったのは、その本をよく知っていたからかもしれない。



 懐かしさからその本を抜き出すと、自然に口元に笑みが浮かんだ。さらりとした紙の手触りに促されて、ぱらぱらとページを繰る。版画のようなモノクロ印刷のペン画に、手が止まった。


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