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2-2

 

「それは、懺悔か何かですか? そんなに失われた人たちの事が気になると言うならば、形跡だけでも周りから集めればよかった事でしょう?」

「そうだな。もっと早くに気が付いていたら、そういう手もあっただろう」


 端的に同意して視線を反らすフラムの姿に、エイリオは違和感に眉を顰めた。怪訝そうなエイリオに促されて、視界の端にこちらを納めていたフラムは、観念したように肩を竦めた。


「身近にいた奴らは皆、忘れていたよ。そいつの名前も、姿も、何もかもな。俺だって例外じゃない。中にはお前みたいに会う機会があった奴は何人かいたが、それでも今こうして覚えているのは、虫食いだらけになった、その原本を手に入れたいきさつに過ぎない」

「では、その人物と本はどこに? 私のような者というのも、直接会った事のある人物の虫食いだらけの原本というのにも、興味がでるな」


 尋ねられて、フラムは初めて視線を落とした。


「…………さあ、な。どいつの本もこの部屋にある事は確かだが、すべての本を開いても、もう俺には見つけられない」

「おかしな話だ。ここにあるものがそうならば、全部見ればいずれはたどり着けるだろう?」

「それでも見つからないから、気の毒だって話だ」


 悔しがる様子もなく、諦めを滲ませていたその姿は、先程までその中の一冊を探していたのだと気が付かされる。改めてエイリオを見据えると、修書士の男はきっぱりと宣言した。


「あんたもいずれ――――否、エイミー・ルフロッテも、ここにあるものと同じになる。

 エイミーが抜けた部分にあんたは収まって残るだろうけどな。エイミーのすべてが失われる前に、それを俺は止める」

「二の舞は貴方の心が痛むから? つまり、今の私にとって、貴方に協力する意味は全くないって認識でいいのかな」


 皮肉を込めたエイリオに、フラムは鼻で笑う。


「言っただろ。てめえの意思は関係ないってな」

「やれやれ。はた迷惑な修書士官殿だ。何故、それほど取り戻す事にこだわる?」

「何とでも言えばいい。書籍を集め、後世の為に分類し保管する。司書の仕事と同じだ。それが俺の仕事であり、使命みたいなもんだからな」


 こちらを睨むようなフラムをじっと見返していたエイリオは、一筋縄でいかない様子に肩を竦めた。自然と出た溜め息が、妙に疲れを助長してきてならない。


「まあ好きにするといいよ、フラム・リドリー修書士官殿。私が協力しなくとも、貴方は好きにするみたいだからね。私も好きにさせてもらおう」

「いいとも」


 そこが二人にとっての妥協点だった。そこに、フラムが横柄に頷いて付け足す。


「ただし、あくまであんたはリベロニアの保護対象だ。嫌がろうが好きにしたかろうが、行動の自由は制限されるものと思っておけ」

「……やはり貴方が嫌いだよ、フラム・リドリー」

「もとより好かれる気もない」

「その様だね」


 エイリオは胡乱な目を向けながら、肩にのしかかる気がする重いものを振り落とそうと、腕を回した。



 じっとその様子を伺っていたフラムは、無駄な事をしていると言わんばかりにまた鼻で笑った。


「ま、どの道あんただってエイミーの場所が完全に空くまで、修書士を頼らざるを得ねえって事、理解しておいた方が身のためだって忠告しておいてやるよ」


 含みを持たせて笑う姿には、エイリオも警戒せずにはいられない。


「……どういう意味だい」

「今のあんたは攫われやすい。こちらとあちらの間にいるようなものだからな」

「こちらとあちら? 一体誰が攫うっていうんだい?」

「本に住む妖精、とでも言えばいいか」


 変わらない表情の姿に、エイリオは一瞬言葉を失った。


「……これはこれは。まさか君のような朴念仁から、そんな可愛らしい言葉が聞けるとはね」


 戸惑った挙句絞り出した言葉に、フラムは仕方がなさそうに肩を落とす。


「はあ……信じないだろうな。だが物語に住むあいつらは、いつだって良くも悪くも人に影響を与える。一度『書きかえられた』お前ら被害者は特に、な」


 これ以上ここで話していても無駄みたいだ。そう一人呟いたフラムは席を立つ。

 本棚の一角を軽く押すと、滑るように棚の一角は下がり、唯一の出入り口がぽかりと口を開けた。


「一緒に来い。何をするにしても、てめえの目で見た方が早いだろう」


 物分かりの悪い子供に言い聞かせるような上からの物言いに、エイリオもムッとした。


「手短に願いたいね。こちらとしても、こうしてサボってばかりはいられないのだから」

「ハッ! さぼり、ね。少しはあんたの身に起きている事の重大さを、理解して欲しいものだ」

「善処したいところだけど、君相手ではそれも難しいね」

「減らず口は慎め。『館内はお静かに』だ」


 唇に人差し指を立てて、嫌味のように注意してくる。エイリオはそんな姿を横目にくれながら、小ばかにして肩を竦めた。


「それは、君にも言える事だろう? 修書士官殿?」

「……あんたの周りにいた男どもの気持ちが、なんとなく解る気がする」

「おやおや、どんな気持ちか是非お聞かせ願いたいなあ。私にはよく解らなくてね」

「いいから黙ってついてこい」


 エイリオが続いて扉をくぐるや否や、フラムはその腕を乱雑に掴むと歩き出す。お蔭で、うんざりとした様子で首を回すエイリオを、フラムは視界に収めずに済んだ。

 

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