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20-2

 

 トーキィもそんなエイリオの視線に気が付いた様だ。


「それで?」


 だが取り合う事はしなく、ひょいとまた肩を竦めた。


 あしらわれてしまう自分が、何だか悔しい。エイリオは反抗心が湧くものの、どうにか気持ちを宥めたくて、ふうと溜め息をつく。


「あの可愛げのない仏頂面はさ、何度となく私に呆れただろうに、辛抱強く導いてくれたよ。もちろん、動機自体は君の事があるからかもしれない。でも、私のために動いてくれた事実が、何よりも嬉しかった」


 エイリオは自然と笑った。


 トーキィにとってそれは意外だったのだろう。信じられないものを見たような、ぎょっとして、わずかに目を剥いていた。

 彼が黙っているのを良い事に、エイリオは続けた。


「だからかな。お蔭かな? 気が付いてしまったんだ。

 私は、男になりたかった訳ではない。自分の力で成したいと願った事を成し遂げるのに、男であるとか、女であるとか関係ないんだって事に」

「あいつ相手にお蔭なんて言う奴がいるとは、思ってもみなかったよ」

「あっはは! そうかな? でも、うん。やっぱり『お蔭』なんだよ。あれが感じ悪かったから、鼻を明かしてやりたくなって、乗せられるままにこんなところにまで来る事になったんだもの。

 ああ。もちろんね、気が付けたのは君のお蔭でもあるよ、トーキィ。貴方がここにいたから、私は本当の事を知る事が出来たんだって、解っているよ」

「ばかばかしい。僕は自分の為に、君が盲目していたところに居ただけだって言っただろう?」


 吐き捨てる様に告げられて、エイリオは首を傾げた。


「何でだろうね。君の言葉が、わざと悪役になれる言葉を選んでいるようにしか聞こえないんだ」

「お人よし? それともバカで阿呆なの? 君の言ってることは意味が解らないよ」

「どちらだろう? どれもそうかもね、否定しないよ。私は馬鹿で、阿呆で、お人よしなんだよ。

 だってね、エイミーも、君を拾ってしまうお人よしだっただろう?」


 違うかなと首を傾げたら、トーキィは苦虫を噛んだ様な顔をした。


「君がこんな面倒なこと言う奴だったとはね……」

「誉め言葉だね、ありがとう」


 悔し紛れの雑言は、しれっとエイリオに受け流された。

 エイリオはそんな事言われ慣れていて、取るに足らないと言わんばかりに胸を張っていた。


「……話を戻すとね。ならば、君に折角叶えてもらった身体ではあるけれど、私には必要がないんじゃないか。そう気が付いてしまった。

 だって、私が憂いていた事は、他でない私自身が気にしていた、本当に小さな事でしかなかったのだから。

 女だから、自分がやりたいと願っている事が否定されているんだなんて、全部誰かに言われた訳でもない、私の思い込みだったんだから」


 一息つくと、エイリオはひとつ視線を落とした。やがてもう一度、立ち向かうべき相手を見据える。


「だからね、トーキィ。どうか、エイミーを返して。

 私は、私として見定めた道を進み、私の苦労を決めたい。私の選んだ場所を、苦労して可哀想だなんて、誰にも言わせたくない」


 はっきりと言い切ったエイリオの目には、はっきりとした決意が見て取れた。だからだろう。じっと見返したトーキィが、先に折れて溜め息をついた。


「あーあ。まさか君が、書きかえてもなお、そんな事言うとはね……」


 視線を反らしたトーキィは、面倒くさそうに眉を顰めた。その表情は、常に飄々とした様子とは打って変わる。



 エイリオには、何の事を言っているのかすぐに判断が聞かなかった。

 怪訝に眉を顰めていると、トーキィは呆れたのだろうか。疲れた様子で欄干に身体を預けていた。


「気が付かなかった? 君の決意を歪めたのは、他でもない僕だ」


 突きつけるような言葉に、エイリオは戸惑った。


「え?」

「物語を奪うには、その核を書きかえてしまえばいい。心当たり、あるでしょう?」


 にやりと、挑発するように笑った姿に、エイリオはまさかと目を見開く。


「まさか、男になりたいと、私が願ったこと……?」


 心当たりはそれしかない。

 自らの力で成すべき事を成したいと、そう願っていたにもかかわらず、男になる事を望んだ自分が不思議だった。


 だが、環境が環境だ。家族の事も、仕事の事も、ずっと『こうだったら』と思い続けていたせいで、どれが正解なのか解らなくなっていた。


 まさかという思いに、エイリオの視線は揺らぐ。だが、もしも自分の読みが外れているとなると、何が嘘で何が本当なのか解らなくなりそうだった。


 もしかしたら、単にエイリオの考えをかき乱したいだけかもしれない。そう思おうとするも、どれも本当のことで、どれも疑わしく思えてならなかった。



 目に見えて動揺したエイリオに、トーキィにも、彼の不安が解ったのだろう。にいっと唇の端を吊り上げて嗤って身体を起こした。


 不安そうにしていたエイリオに近づくと、その表情を覗き込む。それは、エイミーの気持ちを追い詰めた時に見せた、嗜虐に満ちた表情だ。


「君は甘いね。甘くて、優しい」


 くすくすと笑った声は、粘度の高い毒のようだ。澄んだ水に落とした、一滴のインクのように、じわりと広がり澄んだ水を微かに色づける。


「ふふふ、信じられない? でもね、僕は紡ぎ手だ。嘘も誠もぜーんぶ、僕の手の上で作り出せる」


 君もよーく知っているでしょう? そう尋ねられてしまえば、否定する事も難しい。実体験が、何よりも物語っているせいだ。


「けど……」


 口にしようとして、エイリオは押し黙る。先程まであったトーキィへの親しみも、途端に弱々しいものになった自覚があった。


 不意にトーキィは満足そうに、にこりと口元に弧を描いた。


「いいよ。そう心配しなくたって、返してあげるとも」


 屈託なく笑ったそこに、最早先程まで満ちていた悪意はない。


「けどね、君は忘れていない? 君とエイミーは元々一人。君たちを収める為の表紙は、たった一つしかないんだよ」


 あまりにも何事もなく笑うから、エイリオの怯えた様子を楽しんでいただけにも見える。あるいは本気だったかもしれない。


 その質の悪さに頬を引きつらせながら、エイリオはのろのろと彼に目を向けた。


「……そう、だね」

「つまりエイリオ? 君がエイミーをいらないと言ったからこそ、今の君がいる。ならば、エイミーを取り戻した君は、どうなるか。解っているよね?」


 頷きかけて、エイリオは固まった。そこに、畳みかけるようにトーキィは続ける。


「君とエイミーは確かに同一人物だ。けれど、別人だ。

 君たちの器とも言える背表紙はたった一つ。君か、エイミーか。どちらを選ぶかは、君の自由だよ?」


 さあ、好きな方を選ぶといいよ。揺らいだ気持ちに付け入るように、トーキィは尋ねた。



 エイリオは躊躇った。


 トーキィの言葉の通りならば、全て彼が仕組んだ道筋の上を行っているだけという事になる。自分の考えで決めた事だと思っていた事でさえ、全て彼の予測の内という事だ。


 だとしたら。自分が今下そうとしているこの決断は、果たして正しいものなのか。疑いたくなるような事を言われて、疑わずにいられる訳がなかった。


 単にトーキィが揶揄いたかっただけかもしれない。そうだとしても、疑心のある状態の決断を、あとから自分が納得できるだろうか。漠然とした不安に、迷いが生じる。


「私は……」


 自信が出ない。恐る恐る、先を口にしようとした。


 その、時だ。

 背後の扉が、乱雑に開けられた。その音に、トーキィは笑った。


「あは。お姫様を守る、仏頂面の勇者の登場だね?」

「黙れ、くそったれ」


 低い声が、唸るように告げる。愛想も素っ気も何もない声が、苛立ちを隠そうともしなかった。


「てめえ、ミラージュ。ふざけた事をしてくれる」

「嫌だなあ、迷子になったのは君の自己責任だろう?」


 にやにやと笑うトーキィに、扉を蹴り開けたフラム・リドリーは盛大に舌打ちした。

 

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