20-1.トーキィ・ミラージュとすれ違いの少女
目の前の姿に真っ直ぐ視線を向けると、にこにことしていながら、獲物を値踏みしているような視線に気が付いた。思わず苦笑してしまう。
「……君ってヒトは意地が悪いね。私が何を言おうとしているのか理解しているくせに、面白い事を言えだなんて無茶を言うんだから」
トーキィにしてみれば、まさかそんな事言われると思っていなかったのだろう。「ええ?」 と目を見開くと、噴き出した。
「嫌だなあ、そんな事ないよ? 意地悪呼ばわりなんて、酷い言い草じゃない」
「君には打倒な呼び名だと思うけどな? だって、君が言ったんじゃない。私やフラムから隠れる為にここに居たって。
フラムはさて置くとするけどね。私からも隠れたい理由が、私に対して後ろめたいものじゃなければ、わざわざ私からも隠れる必要はなかった筈だよね?」
同じく笑顔で返してやると、トーキィはぽかんと口を開けていた。やがて、堪えきれなくなったのか、くすくすと腹を抱えて笑いだした。
「ちぇ、失敗したなあ。得意になって、余計な事は言うんじゃなかった」
その屈託のない笑みは、残念だと言う割に残念そうには見え難い。むしろ、ここまでたどり着いた事を喜んでいるようにも伺えた。
「それでそれで? 御用はなんだったかな、エイリオ?」
わくわくとした様子で尋ねられて、エイリオも困った。
「何でそんなに君が楽しそうなのか、私には全然解らないよ。君を追い詰めようとしているかもしれないんだよ?」
「どうして? 面白いじゃない。君の物語はそうしてクライマックスを迎えるんだろう? 見せ場はやっぱり、きらきらしてないとね」
「……おかしなヒトだ」
言葉通り嬉しそうなトーキィに、エイリオもすっかり毒気を抜かれてしまう。
だが、彼の言うとおりであるならば、ここで気を抜くわけにはいかなかった。
「トーキィ。どうか、私にそれを――――エイミーを返して欲しい」
じっと赤い瞳を見据えながら、その手にしている本を示す。トーキィは驚くこともせずに、首を傾げた。
「君が必要ないって言ったのに?」
「もちろん、一度貴方に譲ったものを返してくれなんて、虫のいい話だって事は解っている。けど、どうしても私には、エイミーである事が必要なんだ」
口にしてから、何かが違うと感じて首を振った。
「……いや、違うな。彼女がもう一度、自分の力で立ち向かいたいと叫んでいるんだ。どうしようもなく、私ではなく、彼女として。
私と彼女は違う。けれど、確かに心が思うんだ。エイリオではなく、エイミーとして再び、自分の成し遂げたかったものを成し遂げたい、と」
胸の前で拳を握って語るエイリオに、トーキィはひょいと肩を竦めた。
「それでも変な話じゃない? 君はヒーローになりたかったんだろう? 女のままでは成し遂げる事があまりにも困難だから、女と言う理由で皆が諦めさせようとしてくるから、それが嫌だったんじゃないのかい?」
「ヒーローには、今だってなりたいと願っているよ」
真っ当な指摘に、エイリオは苦笑した。
「けどね、それはエイミーが願った願いだ。彼女は女だろうが、男だろうが、父親のようなヒーローになるって決めていた」
独白するようなエイリオが、トーキィには不思議に思えてならないらしい。よく解らないと言うように、肩を竦めていた。
「ふうん? なら、男の君は、そもそもいらないって?」
「そう、だね。そういう事になるのかな」
自分で肯定する事は、エイリオにはいささか苦しかった。自尊心の高い彼が、彼を否定しなくてはいけないという事は、自分の矜持を捨てる思いだった。
それでも。エイリオは止まる訳にはいかなかった。
「ただね、いつだって私は、私のやりたい事で自分を認めて欲しいと思っている。それってつまり、彼女だって同じ思いの筈なんだ。根底は、彼女の方にあるのだから」
自分と彼女は別人だ。それは何度となく言われた言葉だった。
今ならフラムがそう言い続けた理由が解る気がした。そうでなければ、同じ指針を元にしていながら正反対を向いている二人が、各々の存在を認めにくい。
悔しいながらも、あの不機嫌顔は一番自分を見てくれていたのだと思い知る。
トーキィは未だに、不可解そうに両眉を上げていた。今度こそよく解らないと言わんばかりの表情に、エイリオも笑う。
「初めね、フラム・リドリーはとても感じの悪い男にしか思えていなかったよ」
「感じ悪いのはいつもの事で、今更だよ」
全くその通りだと茶化すトーキィに、思わず吹き出してしまう。だが、吹いたのが良くなかったのだろう。おもしろくなさそうに唇を尖らせた姿に、少しだけ申し訳なくて笑みを収めた。
「気に障ってしまったのなら、謝るよ」
「続けて?」
お道化たトーキィは、気にしていないとひょいと肩を竦めた。
「実際ね、人の事見下してるのかって思う程、口を開けば嫌味ばかりで、本当に嫌な奴だった。私のやろうとしている事を、全部頭ごなしに否定しかしてこない。むしろ、ああしろこうしろって、まるで自分の言う通りにしておけば間違いないって言わんばかりだった。
そんなに私の事が気に食わないなら、放っておいてくれればいいのにって何度も思ったほどだよ。どうしても、相手を自分の思い通りにしたいのかって、反抗心しかなかった」
「はは、間違いなく僕の知っているフラム・リドリーだと思うけど?」
思っていた事を明け透けに晒すと、トーキィは面白そうにくすりと笑った。同調者がいて嬉しいよと笑顔で言う彼に、エイリオは少しだけ眉を落とした。
「でもね」
切り出した言葉に、トーキィも黙る。残念そうに鼻を鳴らしたのは、エイリオの気のせいではないだろう。
「彼はそれでも、私を見ようとしてくれたよ」
「突っぱねてもまとわりついて来るから、君自身に諦めがついただけなんじゃない?」
トーキィは面白くなさそうに身体を揺すって、右に左に首を振ってみせた。
一つひとつが的を射ているせいで、エイリオは笑ってしまう。
「あれ、困ったな? それも否定できないね」
だがすぐに、真面目腐って首を振った。
「最初は本当に、トーキィの言う通りだったよ。君の甘言に乗ってしまうようなバカは、これ以上バカをやらかさない為にも大人しく自分のいう事を聞いておけよって、そう言わんばかりだった。
ああ、どうせならトーキィ、君にも見て欲しかったなあ。私が他の物語にうっかり現を抜かして、食べられてしまいそうになったときにね、彼、世話の焼けるクズはさっさと食われろ。その方が清々するって顔をしていたんだよ」
「ふふ、バカは許しても阿呆が嫌いだからね、あれは」
「死ねばいいのにって目で見られた私は、さしずめその阿呆かい? トーキィ、君だってなかなか酷い言い草じゃない」
「そう?
ま、結局僕とあいつは隣り合わせに相反しているからねえ。あれがどんな顔をしたかって状況は、大体目に浮かぶよ」
しれっと宣う悪戯顔に、エイリオは恨めしく、じとりとした視線を向けた。どうやら噴き出した事を根に持った仕返しらしい。やられたらやり返す彼に、エイリオは呆れて半眼した。




