16-2
恐らく流れの行商人だろう。
薄汚い外套は、夜露や砂埃を長い事防いで来たのか、随分と年季が入っている。
しかし、その下に身に付けている革の軽装備はよく手入れがされているのが解る。彼らにとって、何が身を守るために必要なのか、よく理解しているようだ。
いささか商売人には似つかわしくない強面である。どちらかというと、父親と仲間たちと同じ匂いをエイリオは感じた。
より大きな街中で自分が巡回していたら、間違いなく一度は声をかけて、身元を尋ねたところだろう。しかし、各地を流れる行商人には、渡し役を雇わないために、屈強な姿が多いともいう。
行商人と言うと、腐れ縁の穏やかな両親くらいしか知らないエイリオに、彼らが一般的なのかどうか知る由もなかった。
「商人……」
だが、もしかして、と思わない訳がなかった。
母が同行を頼んだのは、彼らだと言うのだろうか。
訝しんでじっと伺うが、行商人らしきものたちも、じっと見つめるエイリオに気が付いた様子はない。
やはりあれが、かつて聞かされた『母親がついて行った行商人』かと、苦い気持ちがこみ上げる。
どれほどあれから探しても、ついに見つける事が出来なかった者たちかと思うと、堪らない。叶う事なら、今すぐに彼らの前に出て行って、全員を退けてやりたかった。
もちろん、そんな事をしても意味は全くない事だと解っている。
握りしめた手綱の向こうで、エイリオが飛び出してしまわないかと伺ってくる。そんな心配そうなメニエルに気が付くと、ふっと苦笑して首筋をそっと叩いた。
「大丈夫、君が私に見せたいもの、ちゃんと最後まで見届けるから」
半ば、エイリオ自身に言い聞かせているようなものだった。
納得はしてくれたのだろう。メニエルは視線を先に向けた。深く息を吐くと、覚悟を決めてエイリオも向き直る。
行商人たちは、やはりエイリオのかつての家の前で足を止めた。ドアをノックしている様は、特別怪しくは見えない。しかし、エイリオにとっては許しがたい相手に違いなかった。
彼らさえ母の同行を許可しなければ、きっと今もこんな仲互いしたまま、気まずい思いをしなくてよかった筈なのに。
言いがかりだと解っていても、そう思わなければ、エイリオの気持ちは落ち着かなかった。
扉はすぐに開けられた。その様に、それほど母が出て行きたかったのかと、落胆せずにはいられない。
二、三ぼそぼそと人の耳を警戒したように話し合うと、母と話していたらしい一人が、後続に顎で合図した。
二人は母親と入れ代って室内に入っていく。普段、父親の仲間すら入れたがらない母親からは、考えられない事だった。
どれほど覚悟していても、やはり見知らぬ行商人と道を行く母親を呆然と見送ってしまう。
「どうして……」
だが、気が付いてしまった。
通り過ぎていく彼女の表情がフードの陰から見えた途端に、疑問は一息に膨らんだ。
「どうして貴女は、そんなに泣きそうなの」
こんな母の顏、自分は知らない。
彼女は血の気の引いた表情で、それでも真っすぐ先を睨み付けていた。よく見れば、胸の前で握る手は白くなるほど握られて、微かに震えていた。
その表情は、明らかに娘に対する怒りから来ているものではないと確信する。何かを恐れ、それでも逃げられないものに向かって行くような表情だった。
そんな顔を母がする覚えがなくて、エイリオは戸惑った。
「一体これは……!」
誰の記憶なんだ。
誰に言う訳でもない疑問は、意味を成さない気がした。
口をつぐむと、一行を見送っていたメニエルが小さく鳴いた。まるで行こうと促すみたいだ。
きっと、今の顔は真っ青に違いない。そう確信していながら、エイリオは頷いて手綱を繰った。
メニエルが軽い足取りで駆け出す。最早、メニエルの上でバランスを取る苦痛も身体の痛みも、感じている場合ではなかった。
確かめなければ。
ただ、その思いに駆られていた。




