13-1.夢の中の悪い夢
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その場所は、街の外れの開けた場所にある。その場所は、手入れが全くされていないせいで、平野の草が伸びたい放題の場所である。
「えいっ!」
気合の入った掛け声と共に、下草の上部が横凪ぎに叩かれる。柔らかい葉が三枚ほど、勢いに負けて宙を舞った。
「ふう」
振り回していた枝を握る手を緩め、少女は何度となく肩で息をする。すっかり湿ったシャツの袖で、額に浮かぶ汗を拭った。
「……あつい」
額に張り付いた金糸のようなブロンドの髪を振り払って、まだ年端の行かない少女はシャツの裾をはためかせた。
長い事棒を振り回して火照った身体に、汗が冷えて心地よい。
一息ついて、汗が引いたら帰ろう。そう考えていた時だった。
汚してしまわないように、出掛ける時は必ず羽織っていた外套を拾おうとしゃがんでいたら、脇に小石が投げられた。視界の端で、伸びきった草の影にそれは落ちる。
面倒くさく思いながら振り返ると、予想していた通りの姿が四人程、そこにはあった。
「おい、こんなところでまーたさびしく一人で棒あそびしてるのか? なあ?」
彼女よりも頭一つ背の高い、リーダー格の少年は、意地悪く笑った。同調して囃し立てる周りの声は、聞き取る気すら起きなかった。
「……何か用なわけ」
少女がうんざりした声で尋ねれば、賑やかさはぴたりと止んだ。
「素直に仲間に入れてほしいって、そう言えよ。そしたらいっしょに遊んでやってもいいんだぜ」
「あんたたちにおねがいする事なんて、何もないから」
つんとそっぽを向いた少女に、少年たちもムッとする。
「この男女。人がさそってやってるのに、女のくせになまいきなんだよ、ちび。なぐられない内に、いっしょに来いよ」
「みんなを後ろにならべてつれ回すなんてカッコ悪い。それとも何? またわたしに、やられたいんだ?」
にわかに険が増した彼らに、少女はせせら笑って木の棒を握りなおす。その先端を向けられて、彼らが微かに息を呑んだ。
「この人数を相手して、たたかうつもりか?」
「棒あそびかどうか、見せてあげるよ?」
挑戦して告げると、彼らは一様に喉を詰まらせて黙った。皆、一度は彼女の枝に叩かれた事があったせいだ。
少女にとって、少年たちをあしらう事は造作もない事だった。
街から街へと移動して、物流を担う商人たちを守る父は、彼女の元に戻って来る度に、仲間たちからも一目を置かれる父が手ほどきをしてくれた。彼女の母親が嫌がるからと理解しても、娘にせがまれ断れなかったせいだ。
お蔭で彼女は少女らしい遊びを好まない。代わりに、少年とはいえ負ける筈がない。
父にすら褒められる事実が、何よりも彼女の自信になっていた。
故に。
「このっ」
最初の一人が、気圧された気持ちを跳ねのける様に突っ込んでくる。
広げられた腕を冷静に見ながら避けて、少女はすれ違った尻に棒を振った。うわっと声を上げた姿がつんのめって顔から転ぶ。拍子に鼻をぶつけたのか、つつっと鼻血をだしていた。
「あっわあ!」
「大丈夫?!」
顔を真っ青にして慌てたのは、物怖じしていたもう一人だ。
鼻血を出した彼に駆け寄ると、どうにかそれを止めてやろうと袖でごしごしと拭っていた。当然、圧迫されない鼻血がそんなもので止まるものでもなく、少女は呆れて半眼した。
「ばかじゃないの」
涙目になりながら、鼻血姿をその場から連れ出す気概には少しだけ感心する。
しかしすぐに、こっそりと後ろから近づいてきていた姿がある事に気が付いた。飛びついて来ようとした少年には、振り返りざまに思い切り握りこぶしを振り回した。
「ぎゃあっ」
がつん、と音を立てて、相手の頬に当たったのが解った。蹲って涙目でこちらを見上げた姿を、鼻で笑って脛を蹴る。
ぎゃっと再び悲鳴が上がる。彼はその場で二、三転がった。すぐに痛みが和らぐのも待たずに、四つん這いに逃げ出してしまう。
そんな情けない姿に、少女ももう目を向けない。未だ呆然と突っ立っていた姿にうんざりとした目を向けた。
最後に取り残されたリーダー格の少年は、三人があっという間に逃げ出した様子にたじろいだ。
「かかって来るんじゃないの?」
挑発されても、分が悪い事は流石の彼にも解ったらしい。
「くそっ! 女のくせにヤなやつ!」
「どっちがよ。男のくせに弱すぎ」
最後の一人が逃げ出して、漸く彼女は腕を下した。
少年の捨て台詞に、唇が不満にとがる。むすっと不貞腐れて立っていたのも束の間、早く帰ろうと少年たちが消えた方へと向かった。
街の入り口に設けられた塀に腰かけていた少年は、呆れたように見下ろしていた。
「そんな顔するくらいなら、すなおに仲間に入れてもらいなよ」
目も合わせないようにしていたのに、呆れた様子で告げられた。知った風に言う少年に、彼女も黙って居られなかった。
「うるさいニコ。そっちこそ、見てるくらいなら、あいつらどっかにやってよね」
「無茶振りだよ。おれは、ここに座ってただけだから」
ひょいと肩を竦めて惚ける姿を、少女は恨めしそうに見上げた。
街に暮らしている訳ではない少年にとって、街の子供と仲良く遊ぶ必要性を感じていないらしい。年こそは同じのくせに、妙に大人びた態度と言動の彼が、何だかずるく見えてならなかった。
「あっそ」
やる気のない奴に構っていても仕方がない。早々に判断した少女は、不貞腐れてそっぽを向くと、街の居住地区へと足を向けた。
何を思ったのだろう。塀に座っていた少年は軽やかに飛び降りると、何を言う訳でもなく彼女の後をついて来る。
「ついてこないでよ!」
「たまたまだよ」
白々しく言う姿が堪らなく憎たらしい。そんな姿にだけは知られたくなくて、こっそりと目元を拭って足を速めた。
だが、彼女の背中を眺めながらのんびりとついて来る姿は目敏い。
「泣くくらいなら、やんなきゃいいのに」
「泣いてない!」
「それで本当にヒーローになるって言うの? そこはヒロインだろ?」
「わたしが何をめざしても勝手でしょ!」
少女が少し足を速めても、後ろの声との距離は変わらない。
「でも、声が涙声だよ」
「うるさい、バカ! あっち行って!」
ちらっと振り返って叫んだのが失敗だった。
「あ、ほら。やっぱ泣いてる。目が真っ赤たよ」
少しばかり笑みを含んで指摘してくる声が憎たらしくて、また声を上げる。
「見るなバカ! ついてこないで!」
「うしろなんて気にしなきゃいいじゃない。それに、そんな事言われても、君がおれの前をかってに歩いているんでしょう?」
「じゃあ反対向いて歩いてよ! 勝手にわたしを見ないで!」
「なにそれ、どんな無茶振り? おれ、頭の後ろには目はついてないから、うしろなんて見ながら歩けないよ」
くすくすと、面白そうに笑う少年の声が堪らなく腹立たしい。ついには我慢できなくなって、キッと後ろを睨みつけた。
「あっそ! じゃあわたしが先に行けばいいんでしょ!」
「あ、おい!」
静止の声を、聞く訳がなかった。全力で走り出した少女を呼び止めようとして、すぐに声は遠ざかる。
追いかけることは流石の彼も諦めたようだった。
その事にホッとしながら、今にも鼻の奥をつんと刺してこようとする涙を誤魔化そうとして首を振った。
「泣いてないもん。泣かない。ヒーローは、泣かないんだから」
何度も何度も呟いて、自分をそうして奮い立たせた。
何度か呟き、目元をこすっている内に、震えていた声も落ち着いた。丁度家が見えて来たところで、心からホッとした。




