12-2
「私はね、貴方みたいに、誰かを守れる人になりたくて、ずっと頑張ったんだよ。でもさ、女の癖に生意気だって、何度も言われた」
懐かしむような声は穏やかで、決して過去を悲観している訳ではない。しかし、淡々と告げるせいか、押さえつけた気持ちが見え隠れする。
「悔しくて、悲しくて。そんな時、父さんの事をよく思い出したよ。父さんなら、どう言ってくれるかなぁって。
……あ、でも、そっか。もうこうなっては、父さんにも誰か解ってすら貰えないのかもしれないのか。なら、顔を合わせる事がなくて良かったのかも。父さんを悲しませたい訳じゃないからね」
誰が聞いている訳でもないのに、言い訳染みていて苦笑した。すぐにそれも、深い溜め息に変わる。
「ただ私はさ、やりたい事をやっていたかっただけなのに。どうして皆、解ってくれないんだろうね」
不貞腐れた言葉を呟くと、昔を思い出して止まない。
きっとこの場にあの人がいたら、腹を抱えて笑い飛ばしていた事だろう。そうしてひとしきり笑った後、大きな手で頭が取れそうになるほど乱暴な手つきで、それでいて温かい手で撫でてくるのだ。
決まって言うのはこの言葉から。
頭の悪い俺には難しい事は解らねえが。そう笑う。
けれどエイリオは知っていた。
そうやって笑う父が、本当は誰よりも物知りだった事を。
謙遜と言えば美徳にも聞こえるが、その実侮られ、裏で馬鹿にされていた事も知っている。
「…………なあんて」
余計な事まで思い出して、少しばかり苦い気持ちがこみ上げる。思わず何をやっているんだと自嘲して、甘えるみたいに墓石に寄りかかった。
「貴方はここに、入ってすらいないのにね」
ひやりと冷え切った岩肌が、体温を奪っていくのが解る。ここに故人の名残なんてものは何もないのだと再認識しただけだった。
彼にとって、もののついでだった。不意に過った思いに、相手も居ないのにそういえばとこぼした。
「街の人は、エイミーを覚えていてくれたんだね。てっきり、貴方が居ない以上、厄介者にしか見られていないものなのだとばかり思っていたよ」
思い込みだったみたいだね、と。思わず瞼を閉じて肩を竦める。
そうしていると、何故か傍に父親がいて、静かに話を聞いてくれているような気さえしてきて、気持ちが緩んだ。
だからだろう。自然と心の内を晒していた。
「不思議なんだ。彼女は他ならない私自身だから、こうして男として生きようと思った経緯も、その時の強い思いもしっかりと心の中にある。
だけどね、女として人に認められたがっていた彼女が、よく私に身体を譲ってくれたなあって。他人事みたいに思える事がね、自分の事なのに不思議でならないんだ」
その原因とも言える仏頂面を思い出して、腕に顔をうずめた。
「きっと、そう思うのもフラムのせいだね。あいつ、何かにつけて私とエイミーは別人だって言うんだもの。
全く。それにしても私がこんなに困っているのに、あいつは一体どこに行ったんだろうね。まさかあの顔で方向音痴だなんて、誰が思うと思う?」
つらつらと不満を零し始めると、まるでグラスに注ぎ切った水のように溢れてくる。
ただ少しくらい、今だけは零しても構わない。瞼の裏に映った父親の姿が告げた気がして、それまで重石のごとくのしかかっていたものが軽くなった。
暖かな日差しのおかげなのか。あるいは記憶の父が、エイリオの話を聞いて穏やかに笑っていた事に、ホッとしたせいだろうか。うとうとと、瞼が重くなるのを感じた。
「ああ……ふあ。折角だから、目が覚めたら、全部終わっていたらいいのにな……」
少しばかり拗ねたくなった。こんなことを思うことすら可笑しく思えてならなかった。
思わず口元を緩めながら、やっぱり父の存在は凄いと感心する。
「おやすみ、父さん」
さわり、風が吹き抜けた。まるで、まどろむ彼をそっと包み込むかのような、優しく頭を撫でるような、柔らかな風だった。
緑は心地よく、風は暖かい。腕の下の墓石はひやりとしていて、穏やかな眠りに誘うようだ。
穏やかな天候とは裏腹に、まどろむ中、エイリオは少女の声を聞いた気がした。




