11-3
一瞬だけ形をとどめた砂の像のように、指先から触れた場所から崩れ落ちる。砂になる。消えていく。
「そん、な」
言葉は響くことを忘れてしまったらしい。
発した先から、地に落ちている気がした。
そして何より、この景色をエイリオは知っている。
嫌な予感にぞっとした。
かつて好んでいた本に裏切られた時の様に、今度はかつての記憶が、自分を裏切ろうとしているのか。たどり着いた恐ろしい考えに、焦らない訳がなかった。
慌てて周りを振り返ったら、景色だけは色を保っていた。しかし、煙に炙られているのだろうか。霞むような目の錯覚に、もしかしてと、浅く息をつく。
「エイミー……君なのか?」
誰に聞くまでもなく訪ねるが、応える者がいる訳でもない。空気がとても寒々しく思えてならなかった。
最早崩れ去り、足元の灰は、今にも風の中に消えてしまいそうだ。それを、何処からともなくやって来た、小さな蟻が運ぼうとしているのを見つけた。
「君の物語が、実現しているとでも言うの?」
口にしてから、まさかと思う。荒唐無稽な思い付きに、ふふと笑ってしまった。
だが、口をついて出た笑みとは裏腹に、氷の塊か冷え切った鉛を飲み込んでしまったみたいに、腹の中が重たく冷たくなった気がした。
逃げるように踵を返す。
駆けだして向かったのは、先程婦人たちが色めいて、話に花を咲かせていた場所だ。
駆けた彼の勢いに煽られたのか、ふわりと砂塵が舞う。嫌な予感がどぐっと心臓を叩いた。
力強く首を振った彼の姿に、往来の人が不思議そうにしていた。
あの、と通りかかった人に声をかけようとして、すぐに首を振る。手の節が白く浮き上がるほど強く握ると、また逃げ出した。
「フラム……」
お守りの様に、小さく呟く。あれほど憎たらしかった態度で、今こそ叱咤して欲しかった。
広場に出ても、やはり見知った姿はない。
教会が打ち鳴らしはじめた、少しひび割れた鐘の音が、ひとつ、ふたつ、まるで急かすように鳴り響く。がらんがらんと、耳障りな音を喧しく立てているというのに、エイリオの耳にはほとんど聞こえていなかった。
妙に、自分の呼吸が聞こえる。
浅く息をついている自覚はあっても、落ち着く余裕すらないように思えた。
何もかもを振り切る為に、旧知の男が営む屋台へと近づく。先程彼が座っていた場所を恐る恐る覗き込むと、小さな砂の山が出来ていた。
乾いて張り付いた喉が、ごくりと鳴る。嗚呼と、意識していないのに零していた。
肩が重く、背中から力が抜けて行くような虚脱感にしゃがみ込みたくなる。
しかしそれではいけない。
止まっている場合ではない。
しっかりしろと、自分の足を叩いて、エイリオは急いで辺りを伺った。
「っ……フラム、何処だ!」
叫び声は虚構に消える。
唯一、広場に面した店先に足を運ぶ僅かばかりの客や、のんびりと過ごす人が何事かと彼を見ているくらいだった。訝しむ視線は気にならないが、答えがない事が何よりも堪える。
視線を上げている事すらも耐えられなくなって、思わず視界を覆った。
「何が起きているんだよ。お願いだ……助けて」
心細さに、自分でも気が滅入っているのが嫌でも解った。けれど何故これほど不安なのか、解らなかった。
ただこの場に留まっていたくなくて、最後の鐘の余韻を鳴らす教会を見上げた。
「…………父さん」
今だけでいい。ほんの少しだけでいいから、落ち着くまでの時間が欲しい。そう思った時には、ふらふらとしながらも足を運んでいた。




