11-1.例えばそれは、泡沫
閑静な街並みは、どこに行っても水の柔らかな音がついて回る。
エイリオが目指したのは、街の中枢から少し歩いたところにあった。集合住宅かアパートメントの様に軒を連ねるそこは、この街ではありきたりな造りだ。
軒先には生活用水を引き込むための小川が引かれ、橋と言うよりは足場という方がふさわしいような、支柱を全く必要としていない、板切れのような小さな橋が並んでいる。
こちらの方は、表とは違い、あまり積極的に手入れがされていないらしい。壁や屋根の上の緑が濃かった。
しかし、人そのものは多いようだ。買い物かごを下げた子供や、道の端に集い立ち話をする婦人たちがあちらこちらに見られた。
エイリオがその都度軽い挨拶をして回っていたら、中には昔を知る者が居る。不思議でもない。古くから住まう婦人方に至っては、見目麗しい彼にきゃらきゃらと色めき立つほどだった。
だか、周りがはしゃぐほどに、エイリオの気持ちは沈んでいた。微かに表情を曇らせてしまいながら、じっと観察するような視線を感じて先を急いだ。
「手間取ってしまって済まないね」
「いや」
苦笑交じりに後続に話を振ると、フラムはいたって無感動に首を振った。
言葉よりも呆れた表情の方が雄弁だ。何を話しても自分には不利に思えて、エイリオはそれ以上の言葉は飲み込んだ。それよりも、道の先に見えた場所に変わりがなくて、安堵に肩を落とした。
「あそこが我が家だよ」
「家……?」
エイリオが先を示すと、フラムはあからさまに眉を顰めた。
跡地と呼ぶ方がふさわしいだろうか。そこに、建物はなかった。
空き地のまま、建物があったらしい石の基礎だけが、物寂しくも建物の土台である枠を作っていた。草木は伸びたいままに伸びており、その場所が跡地になってから、随分と時間が経っているのだろう。
「色々あってね、壊してしまったんだ。だから戻るに戻れなくて」
詳しい事を言うべきか迷って、エイリオは何処か申し訳なさそうに言う。
恐らくフラムにはそうされる理由が解らなかったのだろう。気を揉んだ様子でコツコツと踵で地を叩いていた。
すぐに自分でそれに気が付いて止めると、大袈裟に溜め息を零していた。やれやれと言わんばかりに、暗褐色の短髪をがしがしとかき上げる。
「別に、あんたが謝る事でもないだろう」
「それはね、そうかもしれない。けど……」
フラムの様子にエイリオは苦笑した。先を続けるか、やめておくかを迷って、やがて唇を引き結んでいた。
身振りで腹の中から何かを出すように手を振ったが、それすらも諦めて肩を落とす。
「白状するとね。どうもさっきから、『私』を知っている人達と話す事が辛いんだ。気まずいって言う方が正しいのかな?
私は相手を知っていて、向こうも幼い私を知っているから、旧知の仲のように話す。けど、どうも解らない。喉の奥に何か、綿のようなものが引っかかっているような、少しの違和感がどうしても抜けないんだ」
どうにか息苦しさを逃がそうとして、エイリオは胸元を掴む。うだうだと悪いね、と笑うエイリオに、フラムは溜め息をついた。
「アホか。当たり前だろう。んなもん、悩んだり気負ったりしているだけ時間の無駄だ。あんたとエイミーは別人だって何度も言っただろ。なら、諦めて割り切れ」
「薄情だなあ、君は。私の心当たりにトーキィが居なかったって解った途端、それかい?」
エイリオは思わず唇を尖らせる。そんな彼に、フラムは鼻で笑った。
「あんたが感じている違和感含めて、それでも今を選ぶんだとばかり思ってたよ」
フラムの言葉に、エイリオは思わず目を見開いた。
まじまじと見返されたフラム気まずいのだろう。視線を流したかと思うと、家のあった跡地を睨み付けていた。
「……あいつはここにいる。けど、ここじゃない。多分、エイリオ。あんたにしか見つけられない所だ」
「私にしかってどういう事だい? そう言われてもね……」
戸惑って眉尻を落としても、フラムは決めつけたきり取り合わない。
「気になるものとか、他になかったか?」
促されて考えて見るものの、エイリオは困って頬をかいた。
「気になる……うーん?」
辺りに何か答えはないかと視線を移していたら、丁度視界の端に捉えた姿を振り返った。
「あっ」
通りの向こうを過った姿は、生成りの外套に着られたような、フードをかぶった姿だった。遠目ながらも、その姿が塔の近くで見かけたであろう姿だと確信する。
忽然とみられなくなった姿が無事であることに安堵して、小さく息を吐いていた。
直後、聞かれていたのだと思い出して、隣をにっこりと伺う。
「彼女が、『気になる』かな?」
「お前それ、明らかに別件だろう」
案の定呆れたフラムに、エイリオはにやっと笑った。
「まあまあそう言わずに」
溜め息を露骨にこぼす姿を慰めて肩に手を乗せたら、嫌そうな顔をされていた。
エイリオにはそんな顔をされるだろうと解っていたせいか、余計に可笑しさがつのる。苦々しい表情から、次第に険しく眉間の皺が深くなるので、エイリオは切り上げ時だと判断して一足先に駆けだした。




