10-2
広場から逸れて脇道にエイリオが入っていくまで、フラムは口を挟むことすらしない。
ただ静かに、露天の親父から逃げるかのような、前を行くエイリオを追いかけた。
そんな彼の背中に、何かしら思うところがあったのだろう。脇道に入る直前、もの言いたそうにフラムが振り返り足を止めた事を、エイリオはついに気がつかなかった。
「良かったのか」
「ん? 何が?」
ゆったりとした歩調で先を行くエイリオに追いつくと、フラムが訊ねた。首を傾げて目線だけで伺う姿に嘆息していた。
「言われた事で何か、気に障っているんだろ」
フラムに指摘されて、エイリオは苦い表情を浮かべる。
「君に指摘されてしまうなんて、そちらの方が不気味で、それでいて悔しいなあ」
「そいつはどうも。褒め言葉として受け取っておこうか。で? あんたは何を気にしているんだ」
「んー……」
言い渋るエイリオに、フラムはますます眉間に皺を寄せ渋面する。不快を隠そうともしない様子に、エイリオは噴き出した。
「そう怒らないでくれるかい。ちょっとね、これでもまだ、可愛かったなんて言われるとは、思ってもみなかったんだ」
「そりゃ、仕方ないだろうな」
「仕方ない?」
フラムはさも当然の事だとして頷く。だが、何故そんな事を言われなくてはいけないのか理解が出来なかったエイリオは、腹の上で両腕を組んだ。
「何故?」
「エイリオ。ここはあんたの故郷で有る以前に、エイミーの生まれ育った場所だ。当然、彼女を知るものは多いだろう。何より今は、この地のあちこちに残っているエイミーに関する記憶が、ミラージュに影響されている。お前とエイミーとが混同しているのは、仕方がない事だ」
「でも」
「ここの街からすらもエイミーの存在が感じられなくなった時が、お前がお前で有ると認められた時って事だ。逆も然り。決めるのは、あんた自身だ」
淡々と指摘されて、エイリオは考えた様子でブロンドの髪をかき上げた。
「まあ……うん。それもそうか」
状況を理解しても、エイリオとしては受け入れ難いと感じているのだろう。落ち着きなく、何度か視線をあちらこちらに移した。
やがて、手にしたままだったラップの包みに目を落とした。
「ああ、折角貰ったんだ。早速食べる? 歩きながらなんて行儀悪いけどね」
露骨に話を反らしたエイリオを、フラムは特に責めなかった。
ひょいと肩を竦めただけで、差し出されたエンガディナーを受け取った。
丁寧にカットされた断面には、カラメルを纏う胡桃がぎっしりと詰まっている。エイリオはそれを頬張ると、しっとりと焼き上げられた生地とかりかりとした食感と共に、口の中に広がるカラメルのほろ苦さと胡桃の風味に頷いた。
同時に、物珍しそうに見ていたフラムが口にするのを待って、エイリオは尋ねる。
「どうかな。君の口には合うかい?」
「甘い。……けど、悪くない」
「なら良かった」
エイリオが胸を撫で下ろしている間も、フラムはじっとその横顔を伺っていた。
それに気が付いていながら、あえて受け流した。仕方がなさそうに溜め息をこぼしているのを聞いて、エイリオはホッとした様子で微かに口元を緩める。
「ねえフラム」
不意に改まった様子で口を開いたエイリオに、フラムは訝しんだ。そんな様子に、思わず唇の端が上がる。
「何だ」
「もし彼が、私にとって大切な場所に居るのだとしたらさ」
「ああ」
「彼がいるのは、ここか、家があった場所だと思うんだ」
そう言って指示したのは、教会の裏手に作られた小さな墓地だ。
人の出入りを阻むかのように、高い鉄格子の向こう側に、切り出した板状の石であったり、彫刻の施された墓石であったりが雑然と並んでいる。
手入れだけは細かくされているのだろう。下草は綺麗に刈り取られ、隅に寄せられている。定期的に磨かれている墓石群は、古さを感じさせても、打ち捨てられているようには見えない。
がらんとした墓地に、人の気配どころか鳥までも息を潜めているかのように、生き物の気配はまるでない。
「ここに何かあるのか」
「……私の、ヒーローが居るんだよ」
少し寂しそうにしたエイリオに、フラムは口を閉ざす。暗くなりそうな雰囲気を察して、エイリオはくすりと笑った。
「ああ、しまったなあ。寄り道になるけど、後で花を買ってもいいかな?」
笑われた理由が解らないのだろう。墓地に目を凝らしている姿は、相も変わらず険しい表情でこちらを睨み付けている。
「好きにしろ」
「ありがとう」
「礼を言われるも何も、どうやらここには居ないみたいだからな。花を手向けたからと言って、何かが起きる訳でもない」
「それってつまり、家の方で何かあるかもって事だよね? そう思うと、なんだか緊張してしまうな」
あっけらかんと笑うエイリオに、呆れたのだろう。
「ぬかせ」
フラムは溜め息をまたこぼすと、それでと軽く腕を広げた。
言われるまでもなく先を察した。眉を落としたエイリオは、ひょいと肩を竦めて道なりに足を向けた。




