7-2
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あまりの恐怖にハッとした。
跳び起きた拍子に、自分に上着がかけられていた事に気が付いた。
「はっ……はっ、はっ……」
叫びかかった声は低い。
息が上がり、びっしりと脂汗が額に滲む。
ひゅうひゅうと、喉の奥が繰り返し細かなリズムを刻む笛のように鳴っていた。
全力で走った後の様に、喧しいくらいに胸が内側から叩かれる。無理やり落ち着けようと息を吸ったら、かえって咽てしまった。
「落ち着け」
低い声が、なだめるように告げる。
父親のものではない。なだめすかすような、言葉のままに従う事が、少しだけ癪に感じる声だった。
「俺が解るか」
未だに息が落ち着かない。自分の身に起きた事を把握したくなくて、促されるままにのろのろと目を向けると、感情の伺えないオレンジ色の目と合った。
「フラム・リドリー……」
異変を見逃すまいとしているのだろうか。観察されているような居心地の悪さに、直ぐに視線を反らした。
だが、お蔭で回りを伺えるくらいの余裕が出来た。
「ここは……?」
見覚えのある場所に、首を傾げる。
三方は本棚に囲まれており、最初に連れ込まれた部屋だという事を知る。
「何故ここにっ……?!」
「お前が倒れて、あのままあそこに居続けるのも厳しかったところで、お前が一度目を覚ましたから、許可を得た上で場所を移させてもらった。……けど、覚えていないのか」
怪訝そうに尋ねられても、エイリオに覚えはない。差し出されたタオルを握りしめて項垂れると、溜め息が出て来た。
「……そうか。また、この場所に逆戻りされて、大事に大事に匿われていろって言うんだね」
思わずこぼしたものは、愚痴の様で自嘲する。自分でも弱っていると嫌でも解った。
「いや」
だが、思いがけず否定されて、首を傾げた。
「落ち着いたのならば、出掛けるぞ」
「出掛ける? どこに?」
「お前を縛っている場所に」
エイリオにかけていた上着を取り上げたフラムは、至極当然のように告げる。ますます訳が解らなくて、エイリオは眉を顰めていた。
「どういう事かな」
「エイミーを取り戻すにしても、取り戻さないにしても、お前が変わりたいって願った芯の部分に、エイミーの意思が強く関係している。多分、エイミー自身が『お前に変わりたい』って願っていても、どうしてもお前に譲りたくない部分があるんだろう。それが、拒絶反応として出て来た」
「なんだいそれ。まるで私とエイミーが別人みたいな言い方をするね」
思わず鼻で笑うと、肩を竦めて軽く受け流された。
「実際別人だろ。例えエイリオ、あんた自身が、エイミーの望んだものが形になった結果生まれた存在だとしても、こうなった以上あんたはあんただ。エイミーじゃない」
「君が私を認めているみたいに聞こえて、なんとも気味が悪いな」
腕を擦ったエイリオに、今度はフラムが小ばかにして笑っていた。
「認めていなかったのは、あんたの方だろう? エイミーという物語から背表紙を譲り受けておきながら、あんたはそれをミラージュに差し出して消そうとしたんだからな」
「……エイミーは私で、私自身の過去を明け渡す行為が、存在を認めていないと言われないといけないだなんて、思う訳がないさ」
思わずそっぽをむいたせいで、フラムがどんな表情をしているかは解らない。しかし、確実に呆れている事は窺い知れた。
窺い知れてしまう事すら、何だか悔しい。
「それにしても、拒絶反応って言われてもね。毎回そんな子供の我儘みたいな事されてたら、私としては堪らないんだけど」
そう思わない? とお道化て振り返ったら、白い眼を向けられていていた。薄ら笑いも、自然と引っ込む。
「冗談くらい笑ってくれてもいいんじゃないかな、カタブツ」
「褒め言葉だな」
素っ気なく返されて、肩を竦めた。
「それで、何処に行くっていうんだい?」
「それは、あんたが一番良く知っているんじゃないか」
「……解ったよ。地図はあるかい?」
「持って来よう」