6-1.父の面影
「憧れについては、そこのお喋りが言った通りだよ」
「頼むよ、怒るなって」
エイリオは顎でしゃくると、ニコライは苦笑した。ならば初めから余計な事を言うなと思うが、お調子者のニコライに言うだけ無駄な気がしてならない。
仕方なく、言葉を探して視線を反らした。
「父は街と街とを行き来する、商人の渡し役をしていた」
「渡し役……」
「有体に言えば護衛さ。西の流民が丁度増えていた頃だったからね。荒っぽいことだって、道中起きる。
お蔭で父が家にいる事は少なかったけれども、今でも、あの広い背中とごつごつした手は忘れられない」
エイリオの目には、ふと昔見た光景が映った気がした。
追いかけっこしていた子供たちと、泣いている自分。父の大きな手の平と、強く叩かれた背中。
久方ぶりに帰った父の姿に、安堵を交えた母の表情。一転、父が自分に与えようとしたものを見つけた母が、ヒステリックに声を上げ、その背中を攻め立てた。
そして――――。
「ルフロッテ?」
黙ったエイリオに、ニコライが声をかけた。
ハッとしてこちらを見上げる二人を伺っている目を合う。心配そうなものと、静かに続きを待つものとがあるだけで、思わず苦笑してしまった。
「私に反撃する事を教えてくれたのは、間違いなくあの人だ」
ゆっくりと自分の手に目を落としたエイリオを、急かす野暮はもういなかった。
「人との戦い方を私に教えて、よく母に叱られていたね。人の殴り方も、身体の動かし方も、力以外の方法で戦う事の大切さも、全部父が教えてくれた」
そこまで話してしまえば、最早隠すほどの事でもない。
「母は父のような乱暴者になるなって口酸っぱく言っていた。けど……父は、乱暴者なんかじゃない。橋渡しの中でも商人の人達からの信頼も厚く、仲間想いの父は、同じ渡し役の人達にも慕われていた。
父はいつも言っていた。自分は、やりたい事をやりたい様にやっているだけだ。それがたまたま橋渡しという役割で、自分の決めた道だ、と。だから、嫁に野蛮と言われようが、自分の信じたものを胸張ってやり通すだけ、とね。
かっこよかった。父が家に居る時だけは、いくらでも泣いていい気がしていた。甘えた分以上に甘やかしてくれるからね」
くすくすと笑う表情は、懐かしいと言わんばかりだ。そしてふと、遠くを見やる。
「ただ、父にも欠点があった。父自身でも笑い飛ばしていた事なんだけどね、自分には致命的に学が足りないって。だから、その分を私に補ってくれれば嬉しいって言っていた。
それ以来かな。父の役に立てるように努力して、父みたいな人になるって決めたのは」
しん、と部屋の中が静まる。足元から這い上がるような寒さを思い出して、エイリオは足を踏みかえた。
「冷えて来たね。温かい飲み物でも入れようか」
まるでその場の空気を換えるように、エイリオは切り出し、給湯室のある奥へと向かった。その背中に、フラムは静かに問いかける。
「その父親は、今どこに」
足を止めたエイリオは、振り返るとくしゃりと笑った。
「もう……いないよ。護衛の仕事を全うしたのさ。
さあ、これが私のヒーローの話だ。満足しただ、ろ――――っ」
刹那。ぐわんと酷い耳鳴りを、エイリオは感じた。
「ルフロッテ?!」
身体が傾ぐ。視界が回り、頭の芯を殴られたような痛みが走った。とてもではないが、彼は立っていられなかった。
「……ち、が…………で」
視界が暗転する直前、喉まで出かかった言葉が、エイリオを余計に苦しめた。
誰かぬくもりのある腕に抱き留められた事だけが、エイリオには解った。