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5-4


「いや、でも……女だったあいつが、男に? それはそれは……」


 膝の上に立てた腕に顎を乗せて、考え込むように視線を反らす。やがて俯いたニコライは、手で表情を隠すとぽつりと呟いた。


「……なんとも可愛そうにな。はは、可愛そう過ぎて、笑えてきたわ。く、はは!」


 堪えていたものにくつくつと肩を震わせ、腹を抱えて吹き出した。


「あっははは! あーあ、ばっかじゃねぇの? あいつ、そんな事本気で気にしてたんだな! ははっ!」


 笑い転げるニコライに、フラムは感情の伺えない目を向けるばかりだ。「おかしな話か?」 と尋ねられて、また笑う。


「可笑しいと言わずになんて言えばいいんだよ、お兄さん? だって、それ……くくっ!」


 フラムにはニコライが笑う理由が解らないのだろう。怪訝な様子でありながらも、大人しく彼が落ち着くのを待った。


 ひとしきり笑った後、ニコライは目元を拭って何度か深呼吸をした。やがて、失礼と断って改まる。


「いや、まあそうは言っても、確かに今は、あいつが女だったとは思えないけどな?

 でも……『成れる筈のないのに、なぜかヒーローになりたいって言う、変わり者のルフロッテ』 って茶化した覚えなら、確かにあるぜ」


 自分の記憶をたどって片目をつぶったニコライに、フラムは微かに眉を顰めた。


「成れる筈のないヒーロー?」

「ああ。『そこはヒロインじゃないのか?』 って、笑った覚えがある。

 こうして思い返すと、違和感があるな。あの時は王子様に守られる姫でも目指しておけって意味で言ったはずなのに、これじゃあただ、女顔をからかってる嫌味にしかならないし?」

「ああ」


 ニコライの言葉に、フラムはわずかに視線をさまよわせた。


「……すごく、助かる」

「……俺にはあんたが解らないよ。お礼を言われる事か? これ」

「大事な事だ」


 フラムの質から考えると、それは珍しい行動に見えた。視線を落としてぽつりと呟かれた言葉に、ニコライも事の大きさを感じずにはいられない。



「あいつの身に、何が起こっているんだ?」


 漸く落ち着いてきたニコライは、改まった様子で尋ねた。フラムは直ぐに答えようとせず、眉間に皺を刻んで目を閉じていた。


 答えて貰えないのか。釈然としない気持ちが募り、言い寄ってしまいそうになる。だがその直前で、フラムが目線を上げていた。


「あんたは笑っていたけれど、『彼女』にとってはそれほど深刻に悩む事だった」


 端的に告げられて、ニコライは意表を突かれたように見返した。やがて、言わんとした事を理解すると、気まずそうに頬をかく。


「あー……その、笑ったのは悪かったよ」


 なんと言ったものか逡巡してしまいながらも、とつとつと応えた。ただ、と口ごもったニコライを、フラムはじっと待つ。


「ただあいつ、俺の言った事も、傍にいた意味にも、全然気がついてなかったんだなって、思ってな」


 ニコライは拗ねた様に溢してしまい、すぐに首を振った。


「いや、まあそれはいいさ。

 そんなに気にするなら、こんな仕事就かなきゃいいのになって思ったけど、よくよく考えたら、巡査って仕事も多分、一番憧れに近かったからなんだろうな」


 ニコライがなるほどと思っている前で、フラムは体勢を起こした。


「憧れ? 一体何に」

「父親さ。どこに行ったのかも解らず、結局遠くに置いてきてしまったヒーローの話は、昔からよく聞いたから。

 まあ、プライベートな話だし、詳しい事を聞きたいなら本人に――――」

「何を余計な事話しているんだ? ニコライ」

「おっとっと、いけね」


 不意にかかった声に驚いて、ニコライは首を竦めた。声の主を振り返ると、案の定エイリオの姿があって、睨まれる。


 ニコライは誤魔化すように、にへらと笑った。


「はは、ルフロッテ。綺麗な顔が台無しなくらい、怖い顔をしてるよ」

「誰のせいだろうね?」

「心当たりはないけれど、身の安全を考慮して沈黙を貫こう。それよりも、奥のあの人はどうした?」


 鋭い視線を返されて、ニコライは澄まし顔を取り繕った。


「奥で特権階級撲滅のための演説を、熱心に聞いているよ」

「そりゃ何より」


 じとりと睨んでいたエイリオも、暫くそうしていたものの、もう一つ自分を見ている視線に気がついた様だった。

 深く溜め息をつき、対面に座る姿に目を向ける。



「それで、何か言いたそうだね? 修書士官殿」


 話を振ったエイリオに、フラムは意外そうにした。


「それは聞いてもいいって事か?」

「どうやら藪蛇だったみたいだ。そう解釈されるとは思ってもみなかったよ」

「潔く諦めて貰えると有りがたいね」


 遠慮なんて言葉とはまるで無縁だと言わんばかりのフラムに、エイリオは呆れた。同時に、話してやれよと言わんばかりの目で見て来る同僚に、うんざりとしてしまう。


「私個人の話なんて何が楽しいって言うのか、理解に苦しむね」

「別に楽しいから聞くんじゃない」

「ああ、その先は言わなくていい。仕事だからって言うんだろ? 聞き飽きた」


 大袈裟なくらいに肩を竦めてみせると、エイリオも諦めたようだった。傍の書棚に寄りかかって腕を組む。面倒くさそうにしていながらも、どこから話そうかと眉間を揉んだ。

 

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