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5-3

 

 *


 ニコライは建物に入ってすぐに設けられた応接テーブルに、フラムを通した。彼は何かを探るようにじっくりと見回しているが、ニコライの目に新しいものなど無い。


「こちらにどうぞ、お兄さん。知りたいのは市街でいいかな」


 簡素な応接一式を区切る為に置かれている、地図を納めた戸棚で先は、カーテンで目隠しされている。

 誰が使ったのかは不明だが、使いっぱなしになっていたマグカップにニコライは気が付いた。流れ動作で手に取り、場所を開けた。



 常駐している時に使っているデスクには、書きかけの巡回のレポートを置きっぱなしにしてしまっていた。これが上司に見つかっていたら、尚更小言を言われるところだったと苦笑してしまう。


 当の上司の姿はなく、奥の部屋で茶の温度についてエイリオに文句を言っている声がした。ついつい失笑を堪えようとして、唇が歪む。


「はは、賑やかで悪いね」

「いや。こちらこそ、あれはただの方便だ」


 軽く手を振ったフラムに、ニコライは噴き出した。


「ははっ、いいからいいから。ポーズって大事だろ?」

「そうか」


 フラムはそれだけ頷くと、示されたソファに大人しくついた。


 その姿を確認しながら、ニコライは書棚の地図をローテーブルに並べていく。対面に回り、改まって足を組むと「それで」 と首を傾げて口火を切った。


「ルフロッテと話したかったなら、もう少し待って貰おう。あんたは誰で、何用なんだろう?

 俺はニコライ・サコー。あんたが連れて来たルフロッテとは、腐れ縁だ」

「ああ、なるほど。……そうか」


 一人で納得した様子のフラムに、ニコライは片眉を吊り上げて首を傾げる。辛抱強く待っていたら、再びフラムに見据えられた。

 何かただならぬ予感がして、ニコライの背筋も自然と伸びる。


「フラム・リドリー、修書士だ」

「修書士……。司書とは違うんだったかな」

「厳密には。まあ、違いなんて解ってもらわなくていい。今重要なのは、あんたが知っているかどうかなんだ」

「俺が知っているかどうか? ルフロッテと話したいんじゃないのか?」

「追々で間に合う。それよりも、あんたと話しておきたい」

「雑談でよければ喜んで」


 にこっと、人好きする笑みを浮かべても、フラムからの反応は得られない。ニコライは仕方なく、先を促した。



「俺は今、とある物語について追っている」

「物語を、追う?」

「エイミー・ルフロッテだ」

「エイミー……?」


 フラムは真っ直ぐにニコライを伺っていた。


 フラムにとって、嘘は言っていないからなのだろう。しかし、表情もなくじっと見られては、流石のニコライもそわそわと落ち着かない。


「ええと、その子がどうかした?」

「あんた、エイミーに覚えがあるな?」

「んー?」


 ニコライは首をひねった。


「昔の彼女の一人かな? いや、ルフロッテの血縁の話か? ……いや、あいつにキョウダイなんて居ない筈だ。

 じゃあ……それは、誰?」

「もちろん血縁とは違う。ならば、あいつ自身と女ならどうだ?」


 ニコライには覚えがあるような気がした。しかし、思い出せそうなところで思い出せない。


「ルフロッテ自身と女?」


 そんな雲を掴むような奇妙な感覚を見えないものとして惚けたら、即座にフラムに返された。奥にいる筈の姿を示す。


「あいつと女の像は、結び付かないのか」

「あ、ルフロッテの女って事か」


 ニコライは思わず、無表情をまじまじと伺った。やがて、ははあと合点がいく。


「あのな、お兄さん。流石の俺も、他人のもんに興味ねえんだわ」


 だから、妙な疑惑は勘弁してくれるか? 苦笑を浮かべるニコライに、フラムはイラついた様子で舌打ちした。


「馬鹿な事言ってくれるな。あいつ『が』女だって話だ」

「は?」


 ニコライは一瞬、言葉を失った。


「ええと……あんた、正気で言ってるのか?」


 腐れ縁の相手の性別なんて、嫌と言うほど知っている。だと言うのに、エイリオと共にやって来た修書士が、改めて何を言っているのか解らない。


 フラムはニコライの返答に失望したのか、深く溜め息を溢していた。


「俺の事を痴呆と思ってくれようが勝手だがな、ならば、あんたは男の胸を触る趣味でもあるって事なんだな」

「おい待て、それとこれとは話が違う。あれは誤解だ」


 よもや投げられると思っていなかった爆弾を投げられて、流石のニコライも焦った。


「あるような気がしたものがなかったから、確かめただけだ」

「誤解じゃねえ。だから、その違和感が正しいから、気が付く事はないのかって聞いている」


 だが、フラムは蔑む訳でもなく、物解りの悪い子供に言い聞かせるように唸った。


「……は?」


 ぽかん、と。ニコライの口は開いたままになった。


「え、は?」


 驚いてしまったのも無理はない。聞き間違いだろうか。

 そうに違いないと、自己完結しようとして、漸く一つの結論が出た。


「ごめんね、お兄さん。この街には精神科医が居ないんだ。一番近い所でたしか、街道沿いに行って二つ目の街くらいだったか?」


 結論に基づいて、広域の地図を取り出そうとする。だが、フラムは怒る訳でもなく、溜め息をついていた。


「なるほど。ならばやはり貴様は、男の胸を喜んで触るような変態だって事でいいな?」

「いや、解った。頼むからその不名誉な事言うのはやめてくれ。誤解だ」


 うんざりとして項垂れるニコライに、それ以上の追撃はない。ちらと伺うと、フラムの視線はすでに遠くにあった。


 そんな彼の様子に、ニコライも気持ちの余裕を取り戻した。告げられた言葉を吟味しようと、思考を巡らせる。

 

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