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4-2


 山々に囲まれた穏やかな丘陵にある、小さな農村の外れ。朝もやに光が差し、辺りは白んで天に続く階段が射している。


 その光を受けて降り立つ輝くヒトの存在に、まだ若く、山暮らしらしくあか抜けない男が、腰を抜かして見上げていた。



 それは英雄の物語。


 幾度となく読みふけった記憶が、自然と物語を思い出させ、目の前の静止画に動きを与え始めた。



 ある日男は神によって、戦う力は持たず、許す事と受け入れる心を与えられた。


 その心をもって、今度はお前が人々の心を受け止めて許し、寄り処になりなさいと、使命を与えられたのだ。


 後光を背負うそのヒトが、一点を指さす。


 今はまだ、辺境の地に生きる冴えない男でしかない、主人公の行く末に、最初の道を示していた。人々を救い導く旅に出よと、向かう指針を示されたのだ。



 彼はその先を辿るように、立ち上がる。指された先を、振り返る。


 そんな()と目が合って、エイリオは驚いた。

 彼もまた、同じように驚いている。


 エイリオが言葉に詰まってじっと見返すと、景色は次第に広がり、丘陵地帯を吹き抜ける湿った草の香りに包まれた。


 風に遊ばれた襟足が頬に触れる。

 モノクロだった筈の景色は色づいて、鮮緑が鮮やかだった。

 遠い山々は青く染まり、朝もやの澄んだ空気が肺に染みた。



「君の事を、僕は知っているよ」

「え?」



 主人公の彼は囁いた。戸惑うエイリオを宥めるように、ぼさぼさの前髪の向こうではにかむ。


「何度も何度も本が擦り切れるまで、僕の気持ちに寄り添いながら、いつも僕を応援してくれていたでしょう?」


 確信を持ったように告げられた言葉に、エイリオは一瞬言葉を失った。


 ここにいる彼は、使命を与えられたばかりの彼ではないのだと理解する。

 幼いころに繰り返し読んで、ずっと仲間に入れて欲しかった主人公に、やっと気が付いて貰えたような、不思議な高揚感に震えた。思わず口元が緩む。


「そうだね、×××××。幼いころ、貴方の冒険に心が躍った。貴方がこれから出会う沢山の仲間の一人に、いつも加えて欲しいって思っていたよ。貴方みたいなヒーローになりたくて仕方がなかった」

「嬉しいな。でも、どうして?」

「……私がこうありたいって願い訴える程、周りはそれを否定する。それでも、いつかあなたみたいに、根気よく対話して訴え続けていれば、変わると思っていた。でも……」


 言いかけた言葉を、エイリオはそれ以上語れなかった。迷い、視線を彷徨わせた後、苦笑する。


「今は以前の様に訴える必要がなくなったんだ。その事が、何よりも嬉しい」


 エイリオが笑ったのに、彼は痛ましそうな目を向けた。


 やがて、何かを心に決めたように、唇を引き結ぶ。緊張した趣で、彼はその手を差し出した。乾いた唇をなめて、震える声で告げるのだ。


「恐れなくていい、君の選択は間違っていない」


 まるで、彼が初めて民衆の前に立つ特別な場面の様だった。


 初めて山を下りた彼が最初にたどり着いた街で、重い税に苦しむ人々を奮い立たせようとした、そんな彼の冒険の始まりを思い出す。


「これから成し得たいと思った事を、その手で成し得ればいいんだ。不安なら、僕が君の手を引き、先を行く。進む事を躊躇うなら、僕が君の背中を押そう」


 彼の表情は不安そうで、よく見ると足も微かに震えていた。

 あまりにも弱々しく、選んだ言葉の強さとは裏腹に、まるで説得力がない。世界を救った後の英雄のふりをして、実は使命を与えられたばかりの、頼りない彼なのだと理解する。


「そんなに怯えている貴方が、私を導けるとでも言うのかい?」


 くすっと笑ってしまいながらも、思わず尋ね返していた。男も頼りなく笑う。


「今の僕ではそう言われても仕方ないだろう。でも、だけど、貴方と向かう先ならば、きっとどこまでも行ける気がするんだ。

 これから始まる途方もない冒険だって、恐れずに進める気がするんだ。

 ねえ、だからさ。僕と一緒に来てくれないかい?」


 主人公には頼りない。

 しかし幾度となく憧れた、世界を救う未来のヒーローの姿に、断る理由も無いように思えてしまう。


 憧れた彼と共に果てしない冒険に出られると言うならば、これほど嬉しい事はない気がした。


「私も……連れて行ってくれると言うの?」


 その手を取ろうとすれば、目の前の彼もまた嬉しそうに顔を輝かせた。


「ああ! もちろ――――」


 しかし。


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