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1 梶原紗枝

「巫女とわら人形」に続く、巫女シリーズの2作目です。

真相がわかっていても知らんぷり。

謎解きをいっさいやらない名探偵の活躍を楽しんでください。

 雪で白く染まった稜線に反射して朝日がきらめく。低い空は雲ひとつなく晴れわたり、今朝は絶好のスキー日和になった。


 バスを降りた梶原紗枝(かじはらさえ)は、スキー板をかついで歩きだした。そのうしろにОLらしい2人の女性が続く。


 バスの乗客のなかでも、紗枝はひときわ背が高く、がっちりした体格をしている。高校時代は柔道の選手だった。


 紗枝は雪山を見上げ、まぶしい陽射しに目をすがめる。


 3月に入ってようやく有給がとれ、会社の同僚と3人でスキー場にやってきた。土曜日は仕事だったので、その夜にスキーバスで出発した。日月火の3連休を利用して、紗枝は思うぞんぶん滑走を楽しむつもりだ。


「――あ、痛っ」


 ダウンジャケットで着ぶくれた橘真奈美(たちばなまなみ)が、駐車場から出て、雪に足をすべらせて転んだ。真奈美は今回が初めてのスキーだ。紗枝は無理に誘ったが、スキーよりゲレンデでの男あさりが真奈美の目的かもしれない。


「まなちゃんは不器用なんだから」


 真奈美のそばに雨宮巫女(あめみやみこ)がしゃがんだ。


 黒いニット帽からのぞく巫女の顔は白く、丸眼鏡をかけている。身長150センチほどで、自分の身長よりも長いスキー板をかついでいた。


「まなったら、しょうがないな」


 紗枝は雪に慣れた足どりで近づき、真奈美の腕をつかんで軽がる引き上げる。彼女のふんわりカールした髪が、雪まみれになっていた。


「だって、こんなに雪がいっぱいある場所は生まれて初めてだし、歩きづらいし、荷物は重いし、スキー板は邪魔だし」


 泣きごとを言い、男ならその気になりそうな目つきをするが、紗枝には通じない。


「早く来ないと、おいていくからね」


 紗枝はそっけなく言い、先にたってずんずん歩いていく。


 巫女がすぐに追いついてきた。北海道生まれの巫女は、スキーの技量も一流だと聞いていた。長いスキー板で巧みにバランスをとり、軽やかな足つきだ。天気のいい日の雪道などはお手のものだろう。


「待ってよ~」と情けない真奈美の声が追いかけてくる。


「まなちゃん、大丈夫かな」巫女は心配らしい。


「大丈夫だよ。まなは、なんでもないアスファルトの上でもこけるじゃない。男の気をひこうと、わざとやっているんだから」


 視線を転ずると、スキー客らしい若い男二人に真奈美が起こされている。


 1人は脱色した長髪を肩まで伸ばした色男で、もう1人は橙色のバンダナにサングラスだ。2人とも派手な色合いのダウンジャケットを着ている。真奈美はお礼の頭を下げながらも、とても楽しそうな顔つきに見えた。


「ほらね。さっそく男がかかった」


「紗枝ちゃん、うらやましい?」


「あんなちゃらちゃらした男は趣味じゃないね」


 そう言い放ち、真奈美をおいて歩きだした。


 紗枝たちが宿泊予約をしたペンションは、3階建ての白い外壁の建物で、雪かきのされた駐車場の片側に位置していた。ペンションの背後から、アカマツの樹林帯がはじまり、雪をかぶった尾根へ続いている。


 紗枝と巫女は、建物の端にある玄関ポーチに向かった。


 靴についた雪を自動扉の前ではらっている最中、扉が開いて、猟銃をかついだ中年男が現われた。紗枝のわきを足早に抜け、戸外に出ていった。


 50歳ぐらいだろうか、屈強な体つきだが、中年太りで腹まわりに肉がついている。雪焼けした顔は浅黒く、ハンチングを目深にかぶり、ウールのシャツに焦げ茶色のベストだ。むっつりした顔つきで、紗枝たちには全く目もくれなかった。


「なに、あの物騒なおやじは?」紗枝は眉をひそめた。


「猟銃を持っていたよね。きっとオオカミを撃つんだよ」


 巫女が真顔で言った。


「日本に野生のオオカミなんているわけないでしょ」


「わからないよ。こういう山里には女を襲うオオカミ男がひそんでいるかも」


「そうか。まなに目をつけた2頭も撃ち殺してもらおう」


 そんな話をしながらフロントに向かった。


 ロビーは閑散としていて、中央にぽつんと、イノシシの剝製が飾ってある。窓ぎわに並べられたソファセットにも、土産物屋にも、客の姿はない。シーズンオフが近いだけあって、泊り客はほとんどいないらしい。


 紗枝は記帳しながら、さっきの男について尋ねてみた。


「このペンションのオーナーの北村武彦(きたむらたけひこ)さんですよ」


 フロント係の30代の男が教えてくれた。


「泊り客じゃないんだ」紗枝には意外だった。


「村の有力者なんですよ。ふもとに豪邸があるんですが、猟が趣味で、狩猟期間になると、イノシシ猟が終わる3月15日まで、3階にある自分の専用室に滞在しに来るんです」


「ふーん」北村の浅黒い顔には、どこか鬱屈したかげりが感じられ、紗枝はあまりいい印象を受けなかった。


 紗枝と巫女は部屋に荷物を置いた。


 このペンションはアメリカ人の別荘を改築したもので、室内には土足のまま入る。2人がスキーウェアに着替え、すべる準備を整えたところで、ようやく真奈美が到着した。


「さっきの2人にスキーを教えてもらう約束をしたの」


 そう言うと、真奈美はスキーウェアに着替えようともしないで、化粧直しをはじめる。夜行バスで朝早く到着したのに、いちいちこんな真奈美につきあっていたら、いつまでたってもスキーを楽しめない。紗枝は苛立った。


「早くしてよ。あたしらはスキーをしに来たんだからさ。どうせ雪のなかに顔から転んで、せっかくの化粧を台無しにするだけじゃない」


「紗枝はそんな調子だから、いつまでたっても男に恵まれないのよ」


 真奈美に言われて、紗枝は、ふんと鼻を鳴らした。


 たしかに真奈美は男を惹きつけるが、ろくな相手は寄ってこない。しょっちゅう泣かされては、紗枝がなぐさめているのが常だ。


 紗枝たち3人がゲレンデに出ると、長髪の色男とバンダナの男が待っていた。


 真奈美は、長髪の色男にスキー板を着けてもらい、歩き方から教わりはじめた。男は2人とも、紗枝にも巫女にも目さえくれようとしない。


 真奈美が歩きだそうとして、危ない姿ですぐに転んだ。


「もう、運動神経がにぶくて、やんなっちゃう」


 バンダナの男に助けおこされた真奈美が、照れ笑いをする。


 紗枝はバカらしくなってきた。「先にリフトに乗っているよ」


 そう言って、巫女とともに歩きだした。


 初心者コースを楽々と滑り下りてきた紗枝は、両足のエッジを立てて停止する。ゴーグルを上げると、真奈美と男たちは、まだ同じ場所にいた。真奈美が男2人に左右の手を取られ、よちよち歩いている。


 滑走できるまでには、かなり時間がかかりそうだ。真奈美にスキーを真面目に習う気はないらしく、男にちやほやされたいだけなのだろう。つきあっていたら日が暮れてしまう。真奈美ばかり人気があるのもしゃくにさわるけれど。


「巫女と上級者コースに行くからね」


 紗枝は真奈美を放ったらかしにした。ちらりと、長髪とバンダナが目を見交わすのが視線に止まり、その顔つきが紗枝は気にかかった。


 山頂に上がると、紗枝は巫女と並んでスタート地点についた。


「紗枝ちゃん、お先」


 巫女がスキー板をまっすぐそろえ、ストックで雪面をついて、低い姿勢で直滑降する。その黒いウェアがみるみる小さくなっていく。さながら箒にまたがった魔女だ。


 紗枝はすぐ巫女のあとに続いた。急斜面に雪煙が上がり、景色が猛スピードで流れる。雪で白く縁取られたコメツガがコースに並び、そこに朝日が反射してきらめいた。


                  *

  

 太陽が沈みはじめ、冠雪した山の稜線を茜色に染める。午後6時を過ぎ、スキー場にはライトが灯され、ナイターが始まっていた。


 ナイターコースの向かい側の、コメツガの林がシルエットをつくる雪道を、真奈美は例の二人組と歩いていた。


 真奈美は疲れきり、長髪の色男にもたれかかっている。あたりにひと気はなく、まっさらな雪面が林のあいだをぬって続く。ペンションに戻るにはこっちのほうが近道だから、と2人の男たちに言われていた。


「ずいぶん歩くのね。本当にこっちのほうが近いの?」


 真奈美はもうくたくただった。ぺたんと雪の上に膝をつき、座りこんでしまった。


「あと少しだって。ねっ、手を貸すから立ち上がって」


 色男が手を差し出す。


「この林をぬけたら、ペンションの明かりが見えてくるよ」


 バンダナの男が励ますように言う。


 色男のほうとだいぶ親密になれたと真奈美は感じていた。色男が真奈美の練習相手をつとめているあいだ、バンダナ男がしばらく姿を見せないときがあった。その間に、2人の距離はぐっと縮まったようだ。


 林を抜けると、狭い空き地に出た。月明かりに白く照らされ、黄色いライトバンが停められている。その奥の林の切れ目から、車の走行音が聞こえる。道路からこの空き地に無理やり車を乗り入れたのだろう。


 真奈美は突っ立っていた。


 ペンションが見えてくると思っていたら、薄汚れたライトバンがあるだけ――。


「あの」と視線を転ずると、色男の顔つきは変わっていた。


 クールだった目は血走り、優しかった口もとはねじれている。真奈美の腕をつかんだ手に力をこめ、ライトバンに引っぱりはじめた。


 真奈美は危険を感じて暴れだした。色男が、真奈美のぶんもかついでいたスキー板を放って、力づくで押さえにかかる。バンダナ男もスキー板を投げ出して加勢に入る。真奈美は2人に抱え上げられた。叫ぶ口は、手袋をした男の手でふさがれた。激しく抵抗するが、男2人の力にはかなわない。


 そのとき涙にかすんだ視界に、黒い影がよぎった。


 それは林を飛び出すや、二度の跳躍で飛びかかり、色男を突き倒した。真奈美は男とともに倒れ、バンダナ男もつんのめるように膝をつく。突然の出来事に呆然とする真奈美の耳に、低いうなり声が聞こえる。


 黒い獣が四つ足をいからせ、立ちはだかっていた。


 犬よりひとまわりは大きく、肩がもりあがり、首のまわりのたてがみが逆立っている。黄色い両目をらんらんと輝かせ、大きく裂けた口から白い息をふきだす。いまにも飛びかかりそうだ。その獰猛な姿はまさに――。


「オオカミだ」色男が声をあげ、尻もちをついたまま後ずさる。


 バンダナが奇声を発し、よつん這いでライトバンに向かう。立ち上がった色男とバンダナもあたふたと乗り込んだ。


 ライトバンは大きくバックすると、タイヤをきしませながら向きを変える。林のすきまに突っ込んで、急アクセルで走り去った。


 真奈美はその場にへたりこんだままだった。


 黄色く光る両目が向けられる。黒い獣が大きな体を低く構え、ゆっくり近づいてきた。真奈美は震えあがり、恐怖で歯の根が合わない。逃げたくても腰が抜けていた。


「シルバー。もういいよ」


 林から黒い人影が現われた。


 獣の足がピタリと止まり、太い首を後方に捻じ曲げた。


 真奈美が目をみはっているうちに、樹々の影から抜け出すように、ほっそりした青年の姿が浮かび上がる。


 20歳前半だろう、ぼさぼさの髪をえりあしまで伸ばし、細面に穏やかな表情を浮かべる。作業着の上から、ダウンジャケットをはおり、首輪を手にしている。


 獣のそばに膝をつき、そのたくましい体をなではじめた。青年の口もとがほころんだ。獣の目には敵意がなくなり、信頼と服従の色があらわれる。青年になでられているのが、嬉しくてしかたない様子だ。


 獣に首輪をはめた青年が、真奈美に近づいてきた。そのうしろには獣が素直につきしたがっている。


「シルバーはオオカミじゃないから心配しないで」


 青年が真奈美の前にかがみ、優しい眼差しを向ける。


「日本にはもう野生のオオカミはいない。人間が絶滅させてしまったからね。シルバーにも4分の1はオオカミの血が混じっているけど、残りはグレイハウンドなんだ」


「……グレイハウンド?」


「犬の仲間で、人間の友達なんだよ」


 真奈美は泣きだした。両腕を青年の首にまきつけ、泣きつづける。青年はとまどった様子だが、真奈美の背中を優しくなでてくれた。


「ありがとうございます。お名前はなんておっしゃるんですか」


 青年の胸に顔をうずめながら真奈美は尋ねる。


「ぼくは畑山則雄(はたけやまのりお)といいます」


「畑山さん、本当に感謝しています。お仕事はなにをなさっているんですか」


「地元の動物園の飼育員ですけれど」


「畑山さんが助けてくれなかったから、わたし、いまごろはどうなっていたか。飼育員というのは、月々いくらくらいもらっているんでしょうか」


「――えっ。ぼくの給料ですか」


「ぶしつけなことを聞いてしまって、すみません」


 真奈美は青年の首にまわした腕に力をこめ、自慢の胸を押しつけた。身体を震わせ、両目からありったけの水分をあふれださせる。


                  *


 紗枝はペンションの部屋で携帯電話を切った。


 真奈美にはつながらなかった。


 午後7時近くになり、これから3人で食堂に夕飯を食べに行くつもりだ。真奈美が帰ってこないので、さすがに紗枝は心配になってきた。真奈美と別れたときの、あの二人組の顔つきが思い出され、なんだか気になった。


 もう一度、電話をしようとして、部屋のドアが開いた。


 真奈美が興奮した様子で入って来た。ふんわりしていた髪はくしゃくしゃに乱れ、瞳はらんらんと輝いている。室内に入るなり、


「日本狼は、1900年頃、奈良県で捕らえられたのを最後に絶滅してしまったの」


「――は?」紗枝はなにごとかといぶかった。


「オオカミは家畜や農作物を荒らす害獣だからと、銃や毒餌などで殺されてきた。でも、一方的にかれらが悪いわけじゃないの。人間が森林を伐採し、動物を乱獲したせいで、オオカミは住みかを追われ、獲物をうしなった。人里に下りてきたのも、人間がかれらを追いつめたからよ。生きていくにはしかたないじゃない。それなのに害獣と決めつけ、絶滅させるなんて、あんまりよ」


 そこまで話して荒い息をついた。


 紗枝は、窓ぎわの椅子に座っている巫女と顔を見合わせた。


「真奈、いったいどうしたの。なにがあったのよ」


「日本のオオカミは絶滅してしまったけれど、アメリカやヨーロッパにはまで生き残っていて、その亜種である大陸狼が、近くの動物園で飼育されているの。とても貴重な動物だから、明日、みんなで見にいきましょう」


「なに言ってんの。あたしらは動物園のために来たんじゃないでしょ」


「自然は尊いものよ。みんなで守っていかなくちゃ」


「オオカミなら東京の動物園でも見れるでしょ」


 紗枝はそっけなく言った。


「みいこ、あなたならわかってくれるよね。オオカミはみいこの仲間でしょ」


 すると真奈美は、相手を巫女に変えたらしい。


 窓ぎわに向かい、巫女の両手をがっちりとつかむ。


「オオカミは昔から魔女の使い魔として使われてきたじゃない。絶滅にひんしているかれらの気持ちが、みいこならわかるよね。わかるに違いない」


 巫女は、呪いの儀式をやったり、神秘占いをしたり、妙な霊薬を作ったりするので、魔女と決めつけているらしい――。紗枝はため息をついた。


「明日、みんなで行くと決めたから」


 真奈美が力をこめて言う。その目はらんらんと輝き、鼻息は荒い。うなじの毛は逆立っているだろう。拒絶しようものなら、オオカミに変身する勢いだ。


 ちょっと動物園に立ち寄れば満足するだろう、と紗枝は承知した。明日の午前中、真奈美の言うとおり狼を見物しに行くことになった。


 翌日もよく晴れ、スキーにはうってつけの天気となった。


 ペンションから一歩足を踏みだすと、外気は冷たく引きしまっていた。まっさらな雪道を、真奈美が先にたって紗枝と巫女を案内する。せっかくのスキー日和なのに動物園かと――。紗枝は早く滑りたくて体がうずうずしていた。


 雪をかぶったトドマツが林立するあいだを、雪道は続いている。樹々のあいだから陽射しが斜めに横切り、枝葉についた朝つゆをきらめかせた。


 真奈美のいう動物園はスキー場の近くにあるという。ガイドブックに、そんな案内は載っていなかった。スキー場のガイドだから、それも当然だが、真奈美がどうしてその動物園の存在を知ったのかが、紗枝には疑問だった。


「――真奈ちゃん、きのうの夜、男の人といっしょに帰ってきたよ」


「男って、例の二人組?」


「違うよ。犬を連れた若い男の人にペンションまで送ってもらっていた。窓から見ていたんだ。ちょっと顔にかげりのあるいい男で、ダウンジャケットの下に、動物園の作業着っぽいつなぎを着ていたよ」


「そういう魂胆か」


 紗枝は、先を歩く真奈美をにらみつけた。


 20分ほどで動物園に着いた。〈にこにこ動物園〉と大きく書かれたアーチ門をくぐり、券売所で退屈そうにしている係員から入園券を買って、敷地に入った。


 きれいに除雪された園内に、客は数えるほどしかいなかった。歩道にそって、ぽつんぽつんと檻のあるのが、なさおさら閑散と感じられた。


 動物も退屈そうだ。猿山では、たくさんのサルが体を寄せあっている。檻の向こうでライオンが気だるげに寝そべり、キリンが長い首を柵にもたげている。


「――で、彼氏はどこにいるの?」


 紗枝はさりげなく聞いてみた。


「オオカミの世話をしているらしいから」と言いかけて、「飼育員を見にきたわけじゃないのよ。貴重なオオカミを観賞するためなんだから」


「いいから。もうネタはあがってんの」


 と紗枝は、巫女の背中にぶつかりそうになる。いつのまにか巫女が前に出ていた。その身長が紗枝の肩ほどしかないので、気づかなかった。


 巫女の視線は、猿山を挟んだ先の、作業員宿舎らしき建物にそそがれていた。防寒具を着た5、6人の作業員がそこに集まっている。


 なんだろう? 紗枝たちは猿山を迂回して近づいた。


 人垣の中心には、飼育員らしき青年が背中をまるめてうずくまっていた。ダウンジャケットの背中を震わせ、低いうなり声をあげている。


「畑山さん」


 まっさきに真奈美が飛び出した。畑山の震える背中に手をかけたとたん、


「触るな」畑山の顔には野獣のような猛々しさがあった。


 彼の足もとに横たわっているのは、灰黒色の毛におおわれた大型犬だった。犬の両目から光りはうせ、黒い毛玉のように転がっている。畑山は真奈美をそっちのけで、犬のむくろに顔をうずめ、うなり声をあげつづける。


「……ちくしょう。シルバーを撃ちやがって」


 畑山の目に涙が光った。



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