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追憶

 その不幸は全く予期せぬ形で突然、僕の身に降りかかった。僕は、さっきまでの死闘を終え、今日の夜を安全に過ごすべく帰路へと着こうとしていた。ところが、そこで見てしまった。自分と同じく、汚い泥まみれのコートを羽織ったあの男に。焦る僕。ナイフを出して確認する。そして、自らの不運を嘆いた。その男は紛れもなく、さっきまで、僕が自分の身を守るため、追い回していた男だった。その男は泥だらけの格好にもかかわらず、まだ開いているファミレスに入ろうとしていた。その時、明かりでその男の顔が初めてはっきりと見えた。そして、僕は驚愕した。

「兄ちゃん……?」

 それを説明するには些か時間の遡りが必要だ。

 

「兄ちゃん」と言っても、それは僕の実際の兄を指すわけではない。小さい頃なら誰でもある 思い出。少し年上の子供に遊んでもらうということ。その年上の子供のことを小さな子供は「兄ちゃん」と呼ぶ。その男の顔は、色々と変わってはいたものの、「兄ちゃん」だった。

 あれはまだ、僕が小学校低学年くらいの時だった、兄ちゃんはその時小学校の高学年だったか、中学生だった。僕らは近所の友達と近くにある駐車場で鬼ごっこをしていた。そこに一人塾帰りらしい年上の少年がやって来た。彼は鞄を肩から降ろして、

「仲間に入れてくれないか」

 そう、言った。僕らも彼のことを知らないわけでは無かった。近所に豪邸があって、そこには一人息子が居る。彼はどこぞの会社の社長の息子だとか。性格は悪く、挨拶しても返事をしないとかなんとか。ともあれ、あまり関わりたくはない相手だった。それが、今、目の前で仲間に入れて欲しいと言った。仲間達は躊躇った。だけど、僕は

「良いよ」

 短くそう答えた。

「ありがとう」

 素直に喜ぶ彼。実際、どんな人間か知らなかったし、正直、僕は両親が嫌いだった。だから、両親の日頃言っていることを鵜呑みにするのが気にくわなかったというのもある。それからは、ひたすら鬼ごっこ。まさかとは思っていたが、本気で走って逃げるわ、本気で追いかけてくるわ、少しは手加減というものをしろよ、と子供心に思った。けれど、性格が悪いなんて嘘じゃないか。とても優しくて、面倒見の良い人だった。楽しかった。だけど、そんな楽しい時間はそんなに長くは続かない。日が暮れて、仲間達は次第に帰って行き、最後に僕と兄ちゃんが残された。

「まずい! 隠れろ!」

 突然兄ちゃんは言った。僕は分からないなりに車の影に隠れる。

「あなた、今の時間までどこをほっつき歩いていたの!」

 大人の女性の声。その声に兄ちゃんは何も言い返さない。

「答えなさい! 何をしていたの!!」

 どうやら、彼の母親のようだ。彼に今まで何をしていたのか詰問する。だが、彼は何も返さない。しまいに、怒りが頂点に来たのか息子を打とうとする彼女。その時、僕らと遊んでいたのだと、言える勇気が僕には無かった。僕は、彼が打たれるのを車の影で見つめていた。結局、彼は一言も口を開かず、数発打たれた後、諦められたのか母親に連れて行かれるように帰っていった。

 翌日、その日は日曜日だった。インターフォンがなり、出て行く母親。

「なっ!」

 なんだか玄関で母親が驚いているような声を上げた。その後、最近聞いた声で、

「息子さんに会わせて下さればそれで構いません」

 随分偉そうにものを言っているのが聞こえた。僕は、走って玄関まで行く。

「兄ちゃん!」

「よっ!」

 心配するような、罪を詫びるような、それでいて嬉しいような複雑な顔で彼の元に現れる僕。それに対して、彼は至って明るかった。

「今から遊ばないか?」

 誘われた僕。隣で躊躇う母親。僕は放っておいて喜んで、

「何して遊ぶ?」

 と言った。とりあえず外に出ようということで外に出た僕ら。二人で何をして遊ぶかを考える。と、突然彼が、

「昨日はすまなかった」

 と謝ってきた。本当なら昨日助けられなかった僕が謝るはずなのに、僕は気まずくて逃げたのに、彼は謝った。

「僕の方こそごめん」

 言われて初めて謝る僕。

「何が??」

 きょとんとする彼。どうやら、僕が何を詫びているのか分からなかったらしい。

「俺は大人が大嫌いだ」

 そう言い出す、彼。僕はどうしてか分からなくて尋ねる。

「どうして嫌いなの?」

「汚いからさ。人を道具扱いすることしか考えない。どう人を使えば効率的か、そればっかりだ。俺も道具の一つでしかない。あんな生き物、この世に存在すると思うだけでおぞましい」

 いくつか小学校低学年の僕には分からない単語が含まれていたが、口調から察するにどうやら心底大人が嫌いだったようだ。

「えー、僕は大人になりたいよ」

 彼が嫌いなものになりたいと素直に言う僕。彼は尋ねる。

「どうして?」

「格好良いじゃん」

 僕は答えた。それを聞いて心底不思議そうに、

「何が格好良いんだ?」

 と問う彼。僕は笑顔で

「腕時計!」

 と言った。それを聞いて爆笑する。その後で、寂しそうに。

「腕時計なんて自分を縛る時間をいつも肌身離さず持っておく道具だよ? そんなのの何が格好良いのか俺にはよく分からない」

 そう呟いた。その後はまた、近くの子供達を連れて鬼ごっこをした。それから、兄ちゃんとは長い付き合いになる。歳を取るに連れて変わっていく悩みを相談したり、どこかちょっと遠い所に遊びに連れて行ってもらったりした。ある日好きな子が出来たと相談したときの好奇心で満ちあふれたあの顔を僕は忘れない。でも、当然だけど不思議に思う。

「お兄ちゃんどうして同じ歳の友達と遊ばないの?」

 その言葉はいたく彼を傷つけたらしく、暫く黙り込んで寂しそうな笑顔で答える。

「友達が居ないからだよ」

 それは、聞いた僕にも辛い言葉だった。僕は怖くてそれ以上は聞けなかったけど、きっと、何かの事情があったんだろうと理解した。

 歳月は流れ、兄ちゃんは大学に進学することになった。僕もそのころは中学生で同学年の友達と遊びだして次第に彼とは疎遠になり始めていた。ある日、家のインターフォンがなった。

「なっ!」

 玄関で驚く母親に向かって。また、声は変わったものの中身は変わらず生意気な口調で、

「息子さんに会わせて頂きたい」

 そういう声。僕は玄関に向かう。そこには兄ちゃんがいた。

「よっ!」

 笑顔で僕に挨拶してくる兄ちゃん。僕らは外で話をした。

「大学進学するんだってね」

「ああ」

「どうして今日はまた?」

 そう尋ねると彼はポケットから腕時計を取り出して、

「これ、お前にやるよ」

 と言った。さすがに、そのころには腕時計の一つくらい持っていた僕。あの時の彼の言葉がひしひしと分かりだした頃だった。しかし、僕は憶えていた。昔、僕が何を言ったのか。彼もまた、憶えてくれていたのだろう。だから、その時計を受け取った。

 

 その腕時計は今、僕の手首に巻かれている。

「嘘だろう」

 ファミレスを見つめながら呆然とする、僕。どうしたら良い。兄ちゃんも参加しているなんて、それって殺し合わなくちゃいけないってことだろう。どうすればいい。どうすればいい。

「そうだ!」

 僕の浅知恵が働いた。

「兄ちゃんと仲間になれば、とりあえずは戦わなくて済む」

 もしかしたら、もう忘れられているかもしれない。僕の顔が分からなくなっているかもしれない。だけど、僕は戦いたくない。

「よし、行こう」

 僕は兄ちゃんの入ったファミレスに入ることにした。

今回もご覧頂き有難うございました。また次回も是非ご覧ください。

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