罪の始まり
扉の鍵が、開かれようとしている。やばい、どうしよう。TVとかで色々ニュースを見るときは何とでも退治してやると思ってたけど、実際に遭遇すると身体が動かない。動揺のあまり思考が働かない僕は逃げることだけを考えた。だけど、唯一の出口には謎の人物が居る。ベランダから飛び降りるにも、ここは四階。違う世界にまで逃走してしまう。仕方がない。こうなったら隠れてやり過ごそう。急いでベランダに出て身を屈め、潜めた。その途中に、あの時渡された拳銃を持って。
ベランダから息を潜め、玄関を見る。ノブが動いた。次いでゆっくりと扉が開いて、人影が現れる。暗くて顔は見えないけど、体つきからして男だった。男は警戒しつつ、手に持ったナイフを前に構えてこちらに真っ直ぐ……。
「ん? 真っ直ぐ? 真っ直ぐ?!」
驚きと恐怖で悲鳴を上げそうになるのを必死にこらえた。おかしい。部屋は真っ暗で、加えて僕は閉じたカーテンの隙間からこっそり覗いている。なのに、男はあたかも僕が何処にいるのか分かっているかのように真っ直ぐこちらに向かってきている。もしかして……、化け物?!
「殺される! 殺される!」
とにかく恐くて、とにかく逃げたくて、ベランダの、しゃがむとエアコンの大きな室外機で死角になるところに隠れた。と、何かが床に当たった音が聞こえて、手に持っているものを見る。
「拳銃……。」
使えるのかどうかも分からないけど、僕はそれをしっかりと両の手で握りしめた。
そして――、窓が開かれた。
ゆっくりとベランダへと姿を現す、男。警戒しているのだろう、そっと出てくる。
「おい、居るんだろう。俺には分かってるんだぞ」
小さくしかし強くこちらに語りかけてくる、男。僕は怖くて動くことが出来ない。
「出てこい! 分かってるんだ!」
語調が強くなる。だが、言葉の端々に彼もまた僕のことを恐れているのだということが感じて取れた。だけど、それを逆手にとってどうこうするというような余裕は僕にはない。そもそも恐怖で動けないのだ。
「出てこないならこちらから行くぞ」
そう言うと一歩また一歩足音が動き始めた。後少しで僕は見つかってしまう。どうする、どうする。焦る心とは裏腹に敵の足音は近づいてくる。このままだと殺される。間違いない。何も出来ずに殺されてしまう。そう思ったとき、ふと、手にしっかりと握りしめていた拳銃が目に入る。このままだと殺される。殺されないためには……殺すしか無い。必死だった。自分に引き金が引けるのかなんて分からない。だけど、目の前に死があるんだ。僕は恐怖で強張ってカチコチの身体を無理矢理立ち上がらせた。男が驚いて後ろに下がる。
「く、来るな! き、来たら、撃つ!」
震える声で銃を前に突き出し、叫ぶ。男は警戒しながらも少しづつ躙り寄ってくる。
「来るな!」
嘆願するように叫ぶ、僕。だが、それを聞かずに近づいてくる敵。
「うわああああああああ!」
引き金を引く。銃声が鳴る。男は驚いて後ろに下がる。どうやら、男には当たらなかったらしい。どこかでホッとしている自分が居た。
「く、口だけじゃないんだ!」
出来る限り虚勢を張る。男は一度は離れたものの、又もこちらに近づいてくる。
「く、来るなぁああああああああ!」
僕が二度目の引き金を引こうとしたとき、男が大きく動く。
「!」
僕は恐怖で一杯になり、咄嗟に両腕で顔を庇う。
暫くの沈黙――。
僕は顔の前に構えた両腕をゆっくりと退かし、相手の様子を見る。と、驚きの光景が目の前に広がっていた。男が土下座していたのだ。
「娘の命を救って下さい!」
彼は額をベランダの床にすりつけて叫んだ。僕は正直混乱した。その場で撃てばすぐに終わったのかもしれない。でも、出来なかった。自分の死の危険がとりあえず少し遠くに行ったように思えて初めてあることに気付いた。
(この人にも叶えたい願いがあるんだ。だから、恐怖を押して僕の所に来たんだ)
そうだ、この人にも叶えたい願いがあるんだ。娘を救って欲しい? ということは、娘さんがどうかしたのか。気になってきた。
「と、とりあえず、中で、話を聞かせてください」
僕は何か出来るような気がして、とりあえず中で話を聞くことを提案した。
「ありがとうございます!!」
男は感謝の言葉を言った。だが、その時は気付いていなかった。僕にはこの人を救う事など出来はしないということを。
僕らはベランダから室内へと場所を移した。男はその場に座り、僕は飲み物でも入れようと台所に行った。もちろん、拳銃は肌身離さず持っている。死ぬのは怖い。悔しいけどそうだった。台所から男の姿を見る。男は深刻そうな面持ちだった。と、台所に居る僕に向かって、また土下座をして
「娘を助けてください!」
と言った。僕は事情も全く知らないものだから、
「とりあえず、話を聞かせてください。今、お茶入れますから」
そう言った。そうすると男は一言返事をして、また深刻そうな面持ちで僕を待った。
お茶が入り、話をすることにした。僕は拳銃を持ったまま机の椅子に腰掛ける。部屋の明かりが嫌味ったらしく僕を照らした。彼は口を開く。
「娘は生まれたときから十年の余命を宣告されていました」
「どうして産んだんですか?」
「えっ」
僕の疑問は彼を傷つけたに違いない。だが、言わずにはおられなかった。僕は生まれることを幸せだとは思えない。まして余命十年の命など、与えられるだけ不幸だとしか思えなかった。僕の質問に少し当惑しながらも彼は答える。
「生まれるまで分からなかったんです。それまではずっと幸せになってくれるだけで良いと思っていました」
「なるほど。すみません会話を途中で遮ってしまって」
「いえ、それで、ずっと苦しみ続けました。娘を生んだことは間違っていたんじゃないか、と。どんな顔をして会えば良いのか、と。とうとう俺は逃げました。その苦痛から」
「逃げた、というのは?」
「目を背けて暮らしたんです。熱を出したときも仕事に行きました。ついには妻と離婚して娘は妻が引き取りました」
「なるほど。言ってはなんですが、最低ですね」
僕は怒りを覚えた。親というのは子に命を授けた時点で罪を負う。それから逃げるなど、許せなかった。だから、初対面にもかかわらずはっきりと言った。
「はい。最低だと思います」
男もキッパリと答えた。続けて男は語る。
「それで、ある日娘が危篤になったんです。その時、娘が俺のことを呼んでいると言われて、いてもたってもいられなくなって、すぐに病院に向かいました。その時は一命を取り留めたんですけど。その帰りにあの人に出会って、この戦いに参加したんです」
「そうですか」
「娘を救ってやってください!」
また土下座をする彼。話を聞いて、死ぬのが怖いから出来ませんなどとは到底言えなかった。確かに彼の一連の行動には許せないものがある。だけど、彼は今、娘を救おうとしている。自分の罪を償おうとしている。生きることになったからといって、彼女が幸せになるかは分からない。だけど、僕なんかよりはよっぽど希望のある少女に違いない。僕の望みに比べて、彼の願いはなんとも高尚で、生きてるって感じがした。僕はただ一言、
「人ってそういう願いのために生きるんですね」
そうつぶやいた。
もう決定している。もし、ここに人の命を量る天秤があったなら、きっと彼に、彼の娘に傾くだろう。死ぬのは怖い、だけど、そんなこと言い出せるような状況じゃなかった。
「分かりました。死にます」
――僕は応えた。
男は何度も「有難うございます」と涙を浮かべて言った。
僕はその場に立ち
「僕はこうやって立ってますから、刺してください」
そう言った。すると男は、分かりましたと言って立ち上がり、最後にもう一度、礼を言った。
自分より未来のあるものが生きるべきだと思った。それにあんなふうに必死に頼まれては、断れなかった。それに生きることに無意味に執着している自分のどこかに少し苛立ちみたいなものを感じていた。
男の目を見る。その目は確実に殺意を秘めていた。娘の命のため目の前に居る僕を確実に殺す。背中が嫌な汗で濡れる
(怖い)
男がナイフを僕の方に向ける。
(怖い)
少しの間を置く。
(怖い)
それが全速力で僕の方に走ってくる!
(怖い!)
その時、僕の中の恐怖のバロメーターが一気に上昇し、さっきまで必死に押さえつけていた理性を簡単に凌駕した。
「うわぁああああぁああああ!」
僕は足元に倒れこみ、済んでのところで男の凶器から逃れた。その時自分が持っていた拳銃が床に落ちる。拳銃の存在に気付いた僕は咄嗟にそれを拾い両手で構える。
――その時……
――銃声……
――倒れる男……
僕は暫く状況を理解できずに、自分に倒れ掛かる男を呆然と見ていた。と、男が力を振り絞って顔をおこし、僕の耳元で
「どうして?」
とつぶやき、息絶えた。
少しして、視線を右手に握られている拳銃に移した。
――僕が殺した。
夢の中、暗闇から男が現れる。
「どうして?」
男は僕に問うた。僕は必死に弁解をする。
「あれは事故だったんだ。僕は確かに死のうと……」
それを聞いてまた男は問う
「じゃあ、どうして拳銃を握り締めていたんですか?」
自答した。何故、ずっと握り締めていたんだろう。生きるための力を。傷つけるための力を。僕には無いのかも知れない、死ぬ勇気は、命を絶つ権利は。それでも、それを認めるのが怖くて同じ言葉を繰り返す。
「だからあれは事故だったんだ。僕は確かに死のうと……」
再び同じ疑問を投げかけられる。
「じゃあ、どうして拳銃を握り締めていたんですか?」
僕は観念して本心を語る。
「僕は死ねなかったんだと思います、恐くて。でも、助けようとは思ったんです! 助けられると思ったんです。話せば……」
そう、救えると思っていた。だけど違っていた。言葉じゃ人を救えない。
「話せば助けられる? そんなわけないだろう!」
「!」
「俺は娘を救いたかった。救いたかったんだ! どうして俺を殺したんだ! どうして!」
男がにじり寄って来る。
「うるさい! 僕は死ねない。死にたくないんだ!」
耳をふさいで叫ぶ僕に男は言った。
「ならあんたの望みはなんなんだ?」
耳をふさいでもその問いは聞こえてくる。
「あんたの願いはなんだったんだ?」
「どうして俺を殺したんだ?」
「あんたの願いはなんなんだ?」
「どうして俺を殺したんだ?」
繰り返し現れる詰問の言葉。僕は耐えられなくなる。
「うるさい!」
目が覚めた。床の冷たさが恐い。どうやら、気絶していたようだ。と、自分の上にのしかかっていたはずの男の姿が無くなっている。
「死んだら消えるのか」
僕は呟いて立ち上がる。男の持ち物らしき財布と鍵、病院の住所を書いた紙、男の得物だった短刀、その他何点かの遺品が床に落ちていた。思考がクリアになってくるとすぐに夢の中身が追ってくる。
「あんたの願いはなんなんだ?」
「どうして俺を殺したんだ?」
「……分かりません」
僕は呟いた。
あれから眠ることなく朝を迎えた。今日もバイトがあるけど、行く気になれないので休むことにした。今日は病院に行こう、彼の娘さんの。自分の殺した人間の娘に会うなんて気の触れたことどうして思いついたのか分からない。だけど、そうしたかった。あの人が守ろうとしたものを奪ったものとして見なくてはならない、そんな気がした。
病院の階段を上って、紙に書いてある病室へ向かう。手には花束。とりあえず知り合いってことにでもしておこう。
部屋をノックしてみたけど反応がない。恐る恐る開けて見ると、ベッドの上ですやすやと寝ている女の子が一人いるだけだった。調子が良いのだろうか、それとも何か他の事情があるのか、彼女には思ったほどの医療機器は繋がれていなかった。だけど、彼女が死ぬことを知っているからか、病室から、彼女から、死の臭いがした。僕は本能的に恐怖感を感じた。狼狽える。でも、持ってきた花は活けよう。足音に気をつけながら近づいていき、ベッドの脇にある窓に置いてある花瓶に持ってきた花を活ける。そっと彼女の顔を見た。
「これがあの人が守りたかったもの……」
彼女の寝顔は僕を責め立てた。お前の自分勝手な願いと、私の父と私の命、どちらが大事なのか、と。なんで、来たんだろう。此処に来れば、自分の罪を再認識するだけなのに。帰ろう、これ以上いたら動けなくなってしまう。
と、そのとき目覚めてしまった……。
――彼女が……。
――僕の罪が……。
目覚めた少女は僕の方を見て
「お兄ちゃん、誰?」
と眠たそうな目で聞いてきた。僕は慌てふためきながらも冷静を装いながら、
「え、えと、怪しいもんじゃないんだ。君のお父さんの知り合いです」
「おとうさん? おとうさん? そっか」
どうやら納得したらしい。続けて色々聞いてみることにした。
「この病院に入院して長いの?」
「ずっとだよ。出たり入ったりしてる」
……色々聞いてみるつもりが会話は早々に頓挫してしまった。焦ってその場を何とかしようとしてみた自分を呪った。駄目だ、この子から未来を奪ったのは自分なんだ。寂しそうに何かを言われる度に言葉が胸を締め付ける。と、彼女が突然に
「お兄ちゃん、辛いの?」
と優しい顔で問うてきた。その顔にまた胸を焼かれながら必死に笑顔を作って
「分かるの?」
と聞き返した。
「うん。此処じゃ人の顔ぐらいしか違うものがないから。ずっと見てるから分かるんだよ」
そう笑顔で答えた。その時病室のドアが開き、
「どちら様ですか?」
彼女の母親が現れた。
「旦那さんの知り合いのものです」
僕はまた嘘をつく。しかし、今回は娘さんのようにはいかなかった。
「夫? 私に夫はいませんが」
「へ?」
最初は昔の夫に皮肉を言っているのかと思った。だけど、少し様子が違うことに気付き始めた。
「この子のお父さんですよ。その知り合いです」
「ですから、この子に父親はいません」
嫌な予感がした。その予感を振り切るように僕は彼女の母親の肩を強く掴んで半分祈るように繰り返し聞く。
「お父さんですよ! この子の! この子の病気を治そうとしたお父さんですよ!」
「痛っ。止めてください。そんな人知りません!」
「そんな、そうだ。娘さんは知ってます。さっき聞いたら、知ってるみたいに答えましたよ」
話題を娘に切り替えなんとか粘る僕に引導が渡された。
「私、知らない」
「へ?……でもさっき『そうか』って言ったじゃないか!」
強い語調で問いただすと彼女は悲しそうな顔をして答える。
「ごめんなさい。私、知らないことが多すぎるから……」
「そ……ん……な」
予感は的中した。彼女たちにはこの人たちのために命を賭けて戦おうとしたあの男の記憶がない。男の存在は消されているのだ。
「もう、お引取りください」
母親に病室を追い出され。僕は色々な感情が入り混じった頭を抱えて、帰路についた。
帰り道を俯きながら歩く。僕がそんなこと思うのはきっと間違いなんだ。それは、絶対だ。だけど、思わずにはいられない。多分、それがこのゲームのルールなんだろう。だけど、
「忘れるなんてないだろ」
僕は適当に突っ立ってる電柱に八つ当たりをする。どんなに強く望んでも、どんなにその魂が強く燃えても、他人には関係ない。それは、その人の内の問題なんだろう。なるほど、この星の裏側で誰かが死んでも僕らは平気だ。正直、痛くもかゆくもない。そうでなければ、生きていけないからなのかもしれない。でも、せめて隣にいる人は涙を流さなければ、その人の生きた証はどこにあるのだろう。誰かのために命を賭した人がいる。誰かを心の底から思った人がいる。なのに、誰一人として彼のために泣かなければ、彼の思いは、心は空しく消えてしまうのでは無いのか。
「誰か、泣いてやれよ……」
今日は家に帰ったらすぐに寝てしまおう。僕に泣くことは許されないから。だから、目を閉じて、世界のどこでも良い、どこかで彼のことを泣いて悲しんでくれる人がいるよう、祈りながら眠ろう。
目が覚めると雨が降っていた。ベッドからのそのそと抜け出して、立ち上がる。何の気なしに床を見る。憂鬱。彼を殺した日のこと、また、昨日のことを思い出す。
「だけど、引っ越すのは違うよな」
僕は冷蔵庫を開けてミルクを飲む。机の上に置いてある時計は午前十時を指している。時計を見たとき、ついでにあんまり見たくないものが目に入る。それを手にとって眺める。
「ナイフ……」
蘇るのは、昨日の少女の横顔、彼女を救いたいと言ったこのナイフの本当の持ち主。彼女の言葉、彼の、言葉。
「いけない、押しつぶされてしまう」
首を振る。このままでは罪の意識に押しつぶされてしまう。それが、正しいのかもしれないけど、僕はそれが辛かった。だから意図的に逃げた。
「このナイフに特殊な能力があるのかな?」
なんの変哲もないナイフ。だけど、このナイフを持ったあの人はなんの迷いもなく真っ直ぐに僕のところに来た。あの人がエスパーか何かって可能性もあるけど、だったら娘さんの病気も治せるんじゃなかろうかと。となるとやっぱり、このナイフに仕掛けがあるとしか思えない。
「うーん。しかし手に取ったかんじ、なんともないしなぁ」
ん、そうだ、こんな時はあの本を見ればわかるんじゃないだろうか。と、いうことで本を読んで見ることにした。本を開くと白紙の上に望む情報が映し出されていく。
「なんか不気味だよな、これ」
なるほど、本の説明を読むに、このナイフは夜の間、持ち主に光の線で標的を示す力があるらしい。その他、武器には特殊な能力があり、その能力によって発動条件や殺傷能力に違いが出るらしい。
「で、これをどうするか、だよな」
正直、使うのは気が引ける。奪い取った様なものだし、だけどこのまま内に思いを積んでいったら、僕は壊れてしまう様な気がして。それが怖くて、何か動くことで忘れたかった。
「とりあえず、バイトが終わったら試してみるか」
こうして僕は始めてのアイテムを手に入れた……。
バイトが終わり、僕は誰もいない家に一声かけて中に入った。バイトが終わった頃には雨は止んでいた。手には帰ってくる途中で買った、拳銃の玩具と爆竹、ガンホルダーが入った袋。銃弾が無くなったら生き残る手段は無い、そこで無駄弾を使わないために引き金を引くと音がなるこの玩具を買った。これならいくら撃っても銃弾は減らないし、相手から見れば本物に見えるって寸法だ。爆竹は相手を怯ませるのにでも使えるかと思って買ってみた。相手だって本気のはず、死なないためにはちゃんと準備しなくては。僕は今の季節にはかなり早そうなコートを身にまとい、ポケットに買ったものを詰め込んだ。そして、本物の拳銃とナイフの置いてある机の前に立った。玩具と区別がつくように買ったガンホルダーに銃を差し込む。
「といっても、敵が僕を攻めて来ないのが分かればそれで良いんだよな……」
こんな大層な装備を買い込んだけど、正直、誰かを傷つけるつもりなんて毛頭無い。死ぬのは怖い。だけど、人を傷つけるのも、命を奪うのもそれと同じくらい怖い。人一人の命を奪っておいて何を言っているんだと自分でも思う。だけど、何をするのも怖かった。
「正義ってどこにあるのかな……」
呟く、僕。ナイフを握りしめる。
「よし、試してみよう」
胸の高さくらいにまで上げる。と、光の線が部屋の壁に目掛けて走った。
「そっちにいるんだな。その敵が僕を攻めてこなければ僕はそれで良いんだよな」
僕は唾を一度飲み込み、お腹に力を入れ、その光の先にいる人物と相対するべく部屋を出た。
ナイフの光を追ってもう一時間くらい経っただろうか。まだ、光の先の相手には会えない。あるいは会いたくないから会うことがないのかもしれないと思ったりしながらも、歩く。
「この辺初めて来たな」
普段は来ることのない夜の街の道に足を踏み入れる。僕のかなり季節を先取りした格好に道ゆく人が好奇のまなざしで見てくる。
「まだ、見えないのか」
もう何度この言葉を口にしただろうか。目の前にある恐怖を早く終わらせたい自分と逃げ出したい自分とのせめぎ合いに正直僕は耐えられなくなりそうだった。分かるだけでいいんだ、今日僕は戦わなくて良いということを。知ることさえ出来れば良いのだ、今日は誰の命も奪うことなく、自分の命も奪われないということが。
光を辿っていく中でふと考える。在り来たりな展開なら、きっと正義の主人公がいて、その人がとても高尚な願い事を秘め命がけで戦う。周りに現れるライバルたちは皆、自分勝手な願いのために残虐なやり方で主人公を追い詰めていく。そんな風になるんだろうな、と。だけど、もしそうならきっと僕は悪役だ。だって僕が殺したあの男はとても高尚で、純粋な願いを持つ人だった。多分これから会う人もそうなんだろうと思う。皆それぞれに本当に願うものがあってこの馬鹿なゲームに参加しているんだろう。……そう、僕を除いて。僕の願いはそんな人たちの願いを足場にしてでも成り立たせる価値のあるもなんだろうか。
「駄目だ。違う!」
そんな意見が脳内で沸きあがり僕は強く首を振る。死ぬのは恐い。死にたくない。死なないためには勝つしかないんだ。
「まだ見えないのか」
僕の出した結論の矛盾を突く脳内の連中の言葉を必死に無視しながら、僕は前に進む。
僕がそんなことを一人で躍起になってやっていると、人ごみの少し向こうの方で、僕とよく似た格好をしてあたりをやけに気にしている不審者を見つけた。試しにナイフをかざしてみると、案の定そいつだと光がさした。
「バレバレじゃないか、あんな格好してちゃ」
僕は慎重に男と思しきその影の後を尾ける。分かるだけで良いんだ、分かるだけで。息を殺して後を追い続ける。だが、不幸なことにも彼の足取りは方向を変え、方向を変え、僕が来た道の方を辿ろうとしていた。
(どうしよう。このまま家に来られたら。また、戦わなくちゃいけない。命がけで。嫌だ!! 人の命を奪うのも奪われるのも嫌だ!!)
正直、どうかしてたとしか思えない。だってここは自分の家から交通機関を使って一時間はかかる場所。そんなところで偶然、彼の向かう方向が僕の家に向かう方向だってだけのことなのだから。でも、怖かった。どうしようもなく怖かった。あの人を殺した時の記憶が鮮明にフラッシュ・バックする。
「今、上手く爆竹とか玩具の拳銃で驚かして、相手の行く方向を変えることが出来れば……!」
僕の最初の戦いが始まろうとしていた――。
人ごみに紛れて慎重に標的に近づく。まだ、相手は気付いてないらしい。だけど、どうする。このままただ追い続けてもどうしようもない。どこかで動かなければ。そうこうしている間に男が路地を左に曲がる。
「しまった」
僕は焦って走って追いかけ、彼が曲がった路地の前まで行き、顔を覗かせて様子を見る。男は変わらず落ち着かなそうに、警戒するように歩いていた。
「見失わなかったか」
僕も道を曲がり後ろを再び尾ける。
道が次第に細くなり人通りも殆どない裏道のようになる。
「そろそろか」
驚かすだけで良いんだ。驚かすだけで、それで僕の家に来ないで、自分の家に帰ってくれれば、それで良いんだ。ナイフの光は確実にその男だと示している。僕は玩具の拳銃を取り出し、一度唾を飲み込む。
――そして引き金を引く。
賽は投げられた。
乾いた銃声が鳴る。それを聞いて今まで辺りを窺っていた男が急に走り出した。僕もその男の後を全力で追いかける。道の途中に転がってる丸いゴミ箱を倒したりして男は何とか逃げようとする。中々に走るのが速くて近づけない。だが、こんな細い道はそう長くは続かないはず。
「体力あんまり無いんだぞ」
息を切らせながら、僕はこの道の先が早く行き止まりになるのを願った。行き止まりに追いつめて、今日は大人しく家に帰るように言うんだ。
だがその願いは一向に叶う気配を見せない。
「もう一度っ!」
トリガーをもう一度引く。乾いた音が鳴る。しかし、それが予想外の展開を引き起こしてしまう。その音が鳴ったと同時に男が躓いて転んだのだ。男は銃弾が足に当たったと勘違いして、恐怖に駆られて懐から拳銃を出した。
「撃たれる!」
僕は咄嗟にその場に伏せる。その瞬間、本物の銃声が鳴る。幸い別のところに当たって助かったようだ。まだ生きている。銃を撃って気が動転したのか、男はすぐさま立ち上がって逃げた。追いかけようと足に力を入れる。
「……腰が抜けた」
暫くしてようやく立つことができて、男の後を追うことにした。注意深くナイフの光が導く方へ警戒して歩き出す。さっき転んだ時のせいか、なんか生臭い。歩き出して程なくした頃、十字路に出た。
「待ち伏せされてるかもしれない」
持ってきた爆竹に火をつけて向かって光の指し示す右側の通路に投げ込む。
豪快な音が鳴る。とはいえ、この雑居ビルの間を縫う細い道では近所迷惑みたいなことにはならないと思うけど。
……反応が無い。そこに居るということは、さすがに無いはずだ。どこかに逃げたに決まっている。
「ここまで来たらもうどこに行ったのか分からないな」
とうとう、僕の頭の中での恐怖から逃げ出したい派が勝ってしまった。だけど、あそこまで追いかけ回されれば、大人しく家に帰るだろう。僕はその場に座り込んで、狭い空を見上げる。
「あぁ、恐かったぁ」
僕の最初の攻勢は僕の目論見どおりに落ち着いたみたいだ。
今回もご覧頂き有難うございました。また次回も是非ご覧ください。