戦いの終わり、そして――
戦いは再開された。だけど、さっきの戦いとは明らかに何かが変わった。正直に言うなら、彼女が帰って来た、そんな感じだろうか。彼女は優しく微笑んで僕に言った。人の思いが神の定めた運命をも覆す程の力になることを証明して欲しい、と。それはつまり、私に勝って見せろ、ということなんだと思う。必ず勝たなくちゃいけない理由がまた一つ増えた。僕は、刀を捨てたところまで戻り、刀を拾い上げる。
「つ!」
刀の重さで腕が軋む。八撃目まで放った刀。これから先は自分との戦いでもある。持つことを諦めたら、それで終わりだ。刀を構えて、彼女を見つめる。
「勝負!」
彼女が叫ぶ。
「うおおおおおおお!」
僕の先制。彼女の掛け声を聞くやいなや雄叫びを上げて彼女に突っ込んでいく。
「九撃目!」
重い刀を意地で振り降ろす。彼女は薙刀でそれを受け流す。また、薙刀を回転させ強烈な突きを放つ。
「!」
さっきの戦いでの突きとは明らかに質が違っていた。何というか、冷たい。冷静で綺麗だ。さっきまでの憎しみに染まった突きと比べて格段に強力になっていた。僕は辛うじて身を翻して交わす。だが、その時、刀の重さのあまりバランスを崩し数歩後ろに下がる。
「くっ!」
彼女が語りかけてくる。
「その程度では私を倒すことは出来ないわ」
「そんなこと分かってます! でも、勝ってみせます!」
何か無いか。そう思って思い出す。そうだ、スタンガンがある。多少卑怯な感じはあるけど、勝つためなら使ってやる。僕はスタンガンを取り出す。と、彼女がそれを見て、
「無駄よ」
と言ってきた。
「無駄?」
「さっきは直撃を喰らって気を失ってしまったけど。この薙刀には特殊能力があるの」
「特殊能力?」
「だってそうでしょう、最後に勝利を約束されて登場する私が、飛び道具に負けたら洒落にならないでしょう」
「まさか!」
「この薙刀は遠距離攻撃、つまり飛び道具を無効化する能力がある。そのスタンガンは放電することが出来るのでしょう? だけど、それでは無駄よ。私に直接宛がって電気を流さない限り、そのスタンガンは役に立たない。だけど、そんなことをする暇があるなら、その刀で切り込んできた方が賢明だと思うわ」
「うっ……」
スタンガンは使えない、か。僕はポケットにスタンガンを戻す。刀で戦うしかない。
「今度はこちらから行くわ」
そう言うと彼女が猛スピードでこちらに突っ込んでくる。刃が左斜め下から迫る。
「十撃目!」
襲い来る刃目掛けて十撃目を放つ。
「!」
彼女の姿勢が少し崩れた。今がチャンスだ。僕は振り下ろした刀を切り返し十一撃目を放とうとする。が、
「甘い!」
それより早く彼女から蹴りが左腕目掛けて放たれた。
「ぐっ!」
今度はこちらが態勢を崩される。僕は何とか後ろに下がる。彼女は薙刀を頭上でくるくる回し構える。
「さあ、来い!」
彼女が叫ぶ。
「うおおおおおおおお!」
僕が叫ぶ。彼女目掛けて懲りずに突進し、
「十一撃目!」
また右斜め上から袈裟斬りを放つ。彼女はそれを受け流し、器用に薙刀を回転させ、突きを放つ。そこまでは同じだ。
「うおおおおおおおおおお! 十二撃目!」
違っていたのは僕が続けざまに左斜め下から右上に刃を切り返したということ。彼女から突きか薙が来るのは予測できた。だから、意地で刀を振るいそこに再度攻撃を加える。もう腕は馬鹿になっている。だけど、その分刀の威力は増しているはずだ。
「ぐっ!」
彼女が態勢を崩す、
「このおおおおおおお!」
だが、彼女は叫びながら薙刀を左上から袈裟斬りしてくる。僕も
「十三撃目!」
右上から袈裟斬りする。
そして――
僕の刃は――
彼女の薙刀を――
へし折った――
「参りました」
彼女は微笑みながらそう言った。
戦いは終わった。僕の勝利だ。放った回数は十三回。腕の感覚はもう、無い。
「貴方の勝ちよ。おめでとう」
彼女は笑顔で僕に語りかける。だけど、それは彼女が死ぬと言うこと。僕は辛い顔をする。
「戦う前からどちらかがこの立場になるのは分かっていたはずよ」
「それはそうですけど……」
「さあ、殺して。」
「わかってはいます。これは戦いなんだ。だけど……」
「躊躇っていないで、殺して」
「――出来ません」
「そう……」
微笑みながらそう言う彼女。彼女は僕の刀の刃を持って自分の首に宛がう。そのままこちらに近づいてくる彼女。
「貴方みたいな人にもっと早く会いたかった。残念、でもありがとう」
そう彼女は言って、僕にキスをした。暫くの沈黙。
「さよなら!」
そして、勢いよく僕を突き飛ばした。僕は倒れまいとしてもがき刀を握る。刀は彼女の首に宛がわれている。
「いけない! 刀を放さないと。彼女の首が!」
だが、僕のからだは刀を放そうとしない。刀が彼女の首を切り裂いていく。
「頼む、離してくれ! 彼女が、彼女が死んでしまう!」
しかし、僕は刀をもったまま、地面に倒れ込む。刀は彼女の首をかっ裂いた。勢いよく彼女の首から血が吹き出る。
「う、うわぁあああああああ!!!」
彼女は頽れる。僕は彼女に走り寄る。顔を見る。表情は笑顔だった。だけど、その笑顔は断言できる。世界で一番寂しい笑顔だった。
「ちくしょぉぉぉおおおぉおおぉ!!!!」
僕は泣き叫んだ。
嗚咽が止まらない。戦いは今、終わった。彼女の骸は静かに消えていった。いよいよ会うのだ、あの老人に再び。許せない。涙を流しながら、胸に誓う。と、周囲の景色が光に変わる。眩しくて目を閉じる。
「数日ぶりじゃの、青年」
声が聞こえて目を開く。そこは真っ白な空間だった。そこに一人ポツリと佇んでいる映像。あの老人だ。
「そうですね、久しぶりですね」
涙を拭って言葉を返す。続けて彼に近寄りながら尋ねる。
「ここはどこですか?」
「ここはお主たち人間でも辛うじて存在を許される空間。といったところじゃ」
「なるほど」
それ以上この場について問う必要は、無い。それよりもしなくてはならないことがある。老人に近寄り間合いを詰める。
「実は僕にはやらなくちゃいけないことが一つまだ残っているんですよ」
「ほう。それはなんじゃ?」
老人は問う。僕は答える。
「それはこれだ!」
持っていた刀で老人の目をかっ裂いた。
「ぐああああああああ!」
痛みで呻く老人。僕は怒りをこめて言い放つ。
「黙れ! お前は僕たちの認識を超えた存在。その姿だって借り物のはず、痛くなどないはずだ! 僕が出会ってきた人々はもっと痛い思いをした。もっと辛い思いをしたんだ!」
そう言うと老人は静かになる。
「ならば無駄だと知って何故私の目を斬った。聞かせてもらおう」
「お前は僕に名前を聞かれ、『ある』と答えた。だけど、それは違う。そんな言葉など当に超えた存在だった。そして、楽しんでいた、僕たちが殺しあうのを。互いに願いをつぶしあうのを」
「なるほど」
「だけど、人間は、お前が、そのお前の目で楽しんでいいほど、つまらない存在じゃない! 確かに、人間は愚かだ。自分の勝手な願いで他のものを平気で傷つけ、蹂躙する。しかし、人間の根幹にある思いは、その根元は、本当はとても美しくて素晴らしいものなんだ。それを、それを、お前なんかの娯楽の道具にさせるわけにはいかない!」
そういうと、老人の姿が光り、若人の姿に変わった。もちろん、目は元通りだ。彼は言う。
「ほう。言うじゃないか。高々人間の分際で」
不敵な笑いを浮かべて返す。
「言ってやる、何度でも。人間の分際で」
「人間は愚かだ。このゲームはそれを象徴している。このゲームは人間が愚かであるからこそ成立するし、俺の娯楽として相応しい」
彼はそう言う。僕は心を静めて冷静になり、答える。
「それは違いますよ。確かにさっきも言ったとおり人間は愚かな生き物です。自分の欲望のために平気で他者を傷つけ蹂躙する。だけど、僕は出会ってきました。色々な人に、この戦いで。僕は確かにその人達全ての願いを知っているわけじゃない。だけど、僕が知っている人たちは皆、叶って良い、素晴らしい願いを持っている人たちでした。この戦いは確かに人の愚かさ故に成り立っている部分はあるかも知れない。だけど、人の存在のすばらしさを同時に証明しているんです」
「ほう、なら聞こう、あの主役だと言って憚らなかった坊やはどうなんだ? 奴の願いはこの世界を終わらせることだったんだぞ」
「それも違うんですよ。僕は彼の死に際も人生も全く見ていない。彼がああいうふうになった過程をしらない。間違っているんですよ。人をその場だけで評価するのは。人はその根本は素晴らしい。この戦いはそれを僕に教えてくれた」
男は舌打ちする。
「だが所詮俺より低次元に存在する下等な生き物だ。それをゲームの駒として楽しむのは俺の当然の権利だ。実際、人間だってやっているだろう? 同じ事を」
「確かにそうです。だから、あなたの正義感を否定するつもりなど無いし、そんなことは出来ないんでしょう。でも、僕は人間として言う。人は愚かでも間違いだらけでも、それでも素晴らしい存在だと」
再び男の舌打ちが聞こえる。
「ならば問おう。お前の願いは何だ? 人類の繁栄か? 愚かな。奴等は他者を犠牲にすることでしか栄えることを知らない」
「誰がそんなことを願うと?」
「何?」
「僕の願いは最初と変わらない。自分の存在を消して、代わりの存在を生み出すこと」
「ほう。何故最初と同じ願いを願う。お前は変わったはずだ。それこそ、あの少女でも生き返らせてやればどうだ?」
「それも違います。僕は戦いが進んでいくうちに正義になることを願った。でもそんなものは人間には最初から無かったんだ。人間は正義になんてなることはできない。だからこそ、誠実に、自分が傷つけたものに、自分が奪ったものに、仲間に、そして何より自分の根元に誠実に生きることが大事なんだ。誰かを蘇らせても僕の罪は消えない。この戦いに参加した全ての人を復活させても、それは僕が今まで歩いてきた道に誠実だとは思えない」
男の顔色が変わった。
「ほう、それで良いのか。そんな願いで」
僕はまた不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「その願いが良いんですよ」
男は舌打ちした後、確認する。
「ならば、お前の存在を消し、別に変わりの存在を発生させるということで良いのか?」
「はい」
「良いだろう。ならばお前を今すぐ消してやろう」
「その前に一言だけ言いたいことがあります」
僕がそう言うと。男はまた少し不安そうな顔をする。
「なんだ?」
「簡単な話ですよ。確かに僕はここで死にます。だけど、憶えておくといい。あなたがこんなふざけたことを、人の心をもて遊ぶような真似をする限り、僕はまたここに現れ、あなたの目を何度でもかっ裂く!」
「ちっ!」
男は今まで見たことが無いほどの悔しそうな顔をした。
「ならば消えろ。今すぐに俺の前から!」
そう彼が言うと、僕の意識はそこで途絶えた。
全てはここに終わった。青年の願いは叶えられた。残るは、一人苦々しそうにしている若人だけだ。彼は、また気に入っているのか老人の姿に戻る。そして嘆く。
「やれやれ、今回もまた来おったのう。今回は条件の相当良いゲーム会場じゃったのに、しつこい奴じゃ。次はどうするかのう。どこの世界に奴を送り。ゲームを始めるか。それが問題じゃ」
確かに悔しそうな横顔、だが少し嬉しそうでもある。最早、彼の中でゲームの意味は変わりつつあった。人の愚かさを証明し楽しむ。それが、このゲームの本当の目的だったはず。しかし、今となっては、自分の前に現れては人間の素晴らしさをとく青年をいかに敗北させるかに目的がすり替わりつつあった。彼との一連の会話を終わらせ老人は呟く。
「だが、お前達の方こそ覚えておくべきじゃ、人間。お前達が間違って他の生き物を虐げ、自分の仲間達を無為にあるいはその自身のわがままに任せて傷つける限り、お前達に未来は無いということを」
そう言うと彼は静かに笑いながら消えていった。青年の戦いはここに終わりを告げ。また始まりの鐘が再び鳴り響く。
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