壊れた主役
俺の身体はもう動きそうもない。左脇で気を失ってる男にめった刺しにされたからだ。刺された側より刺した側の方が先に気絶するとはなんともおかしな話だ。俺はもう死ぬ。というか、死んでいる。ならば、この生きているのか死んでいるのかさえ怪しい今ならば、自分の今までを振り返ることも許されるのではないだろうか。俺は過去を振り返る。
思い出すのは一人の女の憎しみにあふれた視線。それと、他の影達の中身のない賞賛だった。俺は代々このゲームの選ばれた参加者となるべく創られた家系の長男として生まれた。選ばれた参加者というのは、このゲームが予期せぬ参加者によって以後行われなくなるなどといったことにならないように、参加して必ず他の参加者を破り勝利し、このゲームが次回も継続可能になるような当たり障りのない願いを願う特別な参加者のことだ。だが、俺が生まれた時には一人目障りな女がいた。その女はいつも俺を睨んでいた。あれは薙刀の使い方を習った時だ。俺があまりにも覚えがいいので、調子に乗った影達によって練習試合を早々にさせられることになった。選ばれた参加者の家系に生まれたものは、何が得物になってもいいように色々な武具の使い方を覚えなくてはならない。が、実際はなるときに選べるらしいから、精神的修練と考えるべきだろう。だが、俺には不必要だった。対戦相手は、その目障りな女。先に習っていたその女が当然勝つだろうと、さすがに影達も思っていたのだが、俺は開始数秒後に、
「王手」
相手の薙刀を飛ばし喉元に自分の薙刀を突きつけていた。ちなみに、王手という言葉を覚えていたのは、以前修練の一環として父親と将棋をしたときに勝ち、覚えたものだ。
「くぅっ!」
女の悔しそうな目、それから何度も見た。負けたときはいつもこの目で俺を見た。その都度影達は俺を褒め称えた。
「すごいわ。習ってすぐにこの子を薙刀で破るなんて!」
「ああ、こいつは立派な参加者になる!」
くだらなかった。俺はまだその時参加者と言うものが確実に死ぬものだとは知らず、ただ名誉なことだと言われていたが、どんな名誉も必要なかった。俺が欲しかったもの、それは俺であり、俺とは違う人間だった。だが、俺の周りには不必要なものしか存在しなかった。
「素晴らしいわ! 槍の練習でこの子を倒してしまうなんて」
「くぅっ!」
「ああ、素晴らしい。こいつは立派な参加者になる!」
「素晴らしいわ! 刀の練習でこの子を倒してしまうなんて」
「くぅっ!」
「ああ、素晴らしい。こいつは立派な参加者になる!」
何をやらせても出てくる結果は同じ、得られるものも同じ。つまらなかった。それでも女は俺を睨む。底知れぬ憎しみに燃えた目で。その憎しみだけは、俺でも勝てなかっただろう。ああ、無論、勉学の方も言うまでも無くこれと同じことが起きた。何をやっても得られるものは空しさと中身のない賞賛。そして憎しみに満ち溢れた女の視線。俺は、世界がそういうものなのだと理解した。世界は力の強いものにこそ希望も未来も与えない、愚かしい存在なのだと把握した。俺が欲しかったのはこんなものじゃない。こんなもののために生まれてきたんじゃない。だから、俺はこんなものは葬り去ると決めた。
失われつつある我に返る。身体の末端から消えていくようになっているんだな。と、足音が聞こえてくる。俺はそいつの方を向いてその名を呼ぶ。
「※※※※か」
その名は最早言葉でもなければ数字でもない。或いは名前とそれを称するのも人類の我侭なのかもしれない。それらを完全に超越したもの。俺でさえ、その名を呼ぶことくらいしか出来ない。老人は本名を呼ばれたのが余程嬉しかったのか微笑みながら話しかけてくる。
「負けてしまったのう」
「ああ、負けた。見事に完敗だ」
「何故じゃ? 何故負けた?」
「何故? そんなことは知らない。あんたじゃないんだ。全部に理由をつけられるわけじゃない」
「そうか」
少し残念そうな老人。俺は言葉を付け加える。
「強いて言うなら、二対一はきつかったかな」
「そうか」
「いるんだな、こんな人間も」
俺はそういいながら脇で転がっている愚かな勝者に目をやる。
「いるみたいだのう。こんな人間も」
老人も相槌を打つ。
「よかった」
俺はそう呟く。老人はその言葉に驚く。
「何故じゃ? お主はこの世界を壊したかったのじゃろう。それをこんな世界のど真ん中で生きているような輩に邪魔されたのじゃぞ」
「世界なんて壊れないさ。そんな願いを防ぐために選ばれた参加者は居る。そして、俺の世界は今、壊れた」
俺は微笑んだ。老人は不思議そうな面持ちをしながら消えていった。俺の身体も消えて、いった。
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