さよなら
学校の裏側の道を走っている間にも何回か銃声が聞こえた。相棒が誘導しているに違いない。というか、運良く当たってくれたら儲けものだ。何故だろう、自分の中であの男に対して悪意があるのを感じる。今まで、殺したいと思って殺した人は一人も居なかったはず。なのに、あの男だけは何か許せない。自分の中で揺るぎない殺意を感じる。
「特に恨まなくちゃいけないことされた覚えはないんだけど」
走りながら呟く。少し不安が襲う。もしかしたら、自分もあの男みたいに、どうせ咎負い者なら踊るべきだなんて狂った思考に落ちたのではないかと。
「違う。そんなわけない」
嫌な予感を振り払う。この辺りが指定の場所だ。僕は指定の場所に到達した。と、男が現れた。その後を相棒が追いかける。僕は拳銃を前に構えながら男に走りよる。僕の方がどうやら少し早く指定の場所には来たようだ。いずれにしても挟撃は上手くいった。男が舌打ちし、忌々しげに言葉を吐いた。
「脇役にしては上出来だ。だが撃てるのか? もし俺が避ければ、お前達は刺し違える可能性だってある」
「……」
「……」
暫くの間、沈黙が流れる。が相棒が小声だが力強く言う。
「撃てるさ。俺達は勝つ。お前に教えてやるよ。願いは強く願ったものの願いが叶うんだ。主役だとか脇役なんて関係ない。俺達が勝つ」
なんだ? 何か相棒の声が苦しそうに聞こえる。
「撃て。撃つんだ」
相棒が僕に向かって言う。
「なるほど、なら、撃ってみろ」
男は両手を上に挙げて無防備を装う、僕は銃を構え男を睨み付ける。
――一度大きく息を吸う
――引き金を引く
――響く銃声
その瞬間、相棒はゆっくりと地面に倒れこんだ。男が笑い、言う。
「だから言わんこっちゃない。主役には勝てないんだよ。まあ、一人残ったがな」
そう言うと相棒の方に走って行き。相棒を跨ぎ
「じゃあな」
と捨て台詞を吐いて逃げていった。僕は相棒に走りより、半分泣きそうになりながら言う。
「大丈夫!?」
彼は辛そうに笑いながら応える。
「……大丈夫な……わけないだろ」
「ごめん」
「撃て……あいつを撃て!」
相棒は拳銃を空に掲げ、言う。
「分かった、撃つ。僕が必ず撃つから」
僕は、相棒から拳銃を受け取る。涙が頬を流れる。それをみて相棒が微笑みながら言う。
「……馬鹿、泣くな。……良いか俺は……大丈夫だ。後で……追いつく。だから……その時には勝って……俺の前に現れろ」
僕は相棒から離れられずにいた。拳銃は受け取ったものの、別れれば相棒は死ぬ。彼の腹部から血がたくさん出ている。だけど、僕は彼の目に抗えなかった。
「……後で会おう」
僕は相棒の銃をコートのポケットに入れて走り出した。ポケットからナイフを取り出す、光は校舎に向かって伸びていく。
「まだ逃げていない。あいつはここに居る!」
ナイフの光に導かれるまま、校舎の表に回り、昇降口を土足で駆け上がる。
「……なあ、……あいつは、……どんな願いのために……戦ってるんだろうな」
昇降口の前に着く、左手に持ったナイフを翳すと、光は二階に敵が居ると告げている。そうだ、今のうちに確認しておこう。ナイフを一回コートのポケットにしまい、代わりに相棒から預かった拳銃を出す。マガジンを抜いて弾数を確認する。そういえば、初めて確認したな。老人に言われるまでずっと撃ったら無くなって補充は聞かないものだと思っていたから。
「四発。おかしいな」
僕が学校の裏側を通っていた時に聞こえた銃声の数からして四発も残ってるとは思えない。
「もしかして、あいつも持っているのか?」
確信はもちろん無いけど、あいつも拳銃を持ってるのかもしれない。あの銃声は相棒とあの男が撃ち合ったときに起こったのかもしれない。
「だとしたら、注意しないといけないな」
もし拳銃も持っているのだとしたら、ただでさえ厄介なのが余計に厄介だ。
「とりあえず、確認できることは確認したな」
僕は昇降口を上がる。
ナイフの光に従い階段を登り二階の踊り場に着く。
「あいつはこの階に居るはず」
光は右の廊下へと屈折している。ということは、もしかしたら右に曲がったら、そこに銃を構えて立っているかもしれない。ナイフを左手に、拳銃を右手に持って、勢い良く廊下に飛び出し銃を突きつける。
「居ない、か」
ちょっと安堵しながらも、ナイフをかざし敵の居場所を探す。光は階段すぐ手前にある教室の奥側の扉で折れている。
「教室の中か」
もしかしたら、扉のすぐ横で潜んでいるかもしれない。ならば手前の扉から入った方が良いだろう。僕はそっと扉に手をかけてまた勢いよく開けて教室に飛び込み後ろ側の扉に拳銃を突きつける。と、男が声をかけてくる。声がするほうを見ると、男が教室後ろ側の壁に寄りかかって退屈そうに僕を待っていた。
正直、あまりにも普通にそこに居たので気が抜けてしまった。
「なんで、そんなところにいるんだ!」
理不尽な怒りをぶつけられて、不快そうに男は応える。
「お前、敵がどこにいるか分かる武器持ってるんだろう? なら、隠れたって無駄じゃないか」
「あ」
納得してしまった。確かに。実際、分かった上で警戒してこの教室にも入ってきたわけだし。でもなんか、腹が立ったので適当にいちゃもんをつける。
「そんなことはない、性根が腐っているお前みたいな奴なら隠れていたっておかしくない!」
「なんで俺の性根が腐ってるってお前が知ってるんだよ」
「あ」
またもそう言われて納得してしまった。男が溜息をついて俺に言う。
「まあ、人の性根が腐ってるっていうなら、せめてその参加理由くらい聞いてから判断してほしいな」
「なら、聞いてやる。お前の願いは何だ?」
半分やけになって尋ねる僕。男はうつむいてまた溜息を一つ吐き、言葉を吐いた。
「この世界を滅ぼすことだ」
「……」
「……」
お互いの間を暫くの沈黙が支配する。
「や、やっぱり、腐ってるじゃないか、性根」
僕がそれ見たことかと言わんばかりに言うと男は少し呆れ気味に
「お前なら、分かり合えると思ったんだがな」
と言った。
「分かり合える? どうして? 分かり合えるわけないだろう。そんなの!」
「分かり合えるはずさ。俺はお前の願いを知っている。自分を消すことだったな」
「そ、そうだ」
「ってことは、自分に飽きたってことだろう? 俺はその逆。世界に飽きた」
「な、なんだそれ? わかるわけないだろう!」
僕は強く拒絶反応を示す。男はそれを見て少し寂しそうな声のトーンで
「そうか、そうだな、いずれにしても戦わなくてはならないのだから、分かりあえないほうがいいのかもしれないな」
そう呟いた。それを聞いて僕は力強く応える。
「そうだ、俺はお前なんか認めない! 必ず勝ってみせる!」
右手に持った拳銃を相手に向ける。
「お前、片手で拳銃なんて撃てるのか?」
男は尋ねる。
「撃てる!」
僕は引き金を引く。するとすごい反動で身体が後ろに大きくよろめく。
「く」
男はそれを見て笑う。
「それみたことか、お前程度にそんな芸当できっこないんだよ」
僕は言われて悔しくて舌打ちする。
「ちなみに、片手撃ちってのはこうやってするんだ!」
敵は拳銃を取り出し僕目掛けて撃ってくる。僕は床に倒れこむ形で辛うじてそれをかわす。
扉を開く音。男は教室を出て行った。
「逃がすか!」
僕は男の後を追いかけた。
逃げる男を追いかける。やはりあいつは拳銃を持っていた。ということは、あいつも誰かを殺したのか。
「世界に飽きた」
そんなつまらない理由で誰かを殺したのか。許せない。必ず殺してやる。逃げながら器用にナイフを投げてくる男。僕はそれをかわしながら追いかけるので精一杯で銃を撃つことなど出来ない。
「痛っ!」
ナイフが太ももを掠める。長い廊下を走り。もと来た階段とは別の階段を下へ降りる敵、僕も後を追いかける。渡り廊下を渡り、大きな建物の中へと消えていく。
「体育館か」
僕も後を追いかけて体育館の中に入った。
月明かりだけが体育館の中を照らす。
「もう逃げられないぞ」
息を切らせながら、僕は言う。
「逃げる気なんて最初から無いさ」
「何?」
いや、実際ここまで逃げてきているわけで。相手の真意が分からない。と、男がここにきた理由を述べ始めた。
「ここならおあつらえ向きだろうと思ったんだよ。俺達の戦いにな」
「向いている、だと」
「そうだ、ここなら、いくらでもナイフを投げられるし、銃も撃てる、良い会場だろう?」
なるほど、だからここまで逃げたのではなくて、僕を誘導してきた、と言うわけか。僕は息を切らせながらぎりぎり追いかけてたのだけど。僕は両膝に両手をついて中腰の状態で息を吸っているのを何とか起こして、胸をはり、言葉をかえす。
「確かに、お前を倒せる絶好の場所だ」
「やれやれ、息を切らせてやっと追いかけてきたくせに、虚勢だけは大したものだな」
「うるさい! お前だけは許さない。必ず殺してやる!」
「なんで、そんなに憎まれなきゃならないかなぁ?」
男はとぼける。僕はその態度に怒りが頂点に達し。思い切り怒りをぶつける。
「そもそも、お前のあり方が許せない! 世界に飽きた? だったら一人で勝手に死ねよ!」
「まあ、そうだな。」
「それに武器を二つ持っているってことは誰かを殺したってことだ。お前のそんな理由で殺された人の敵を僕がとってやる!」
「なあ、一つお前勘違いしてるぜ。」
「何だと!?」
男が冷静に僕の言葉に突っ込みを入れる。
「俺が武器を二つ持っているのは最初からだ」
「な、ばかな。武器は最初一つだけ与えられるはずだ」
「だから、それが視野が狭いって言うんだよ。天は二物を俺に授けたんだ。それが、主役の証」
「うそだ! 誰かから奪ったに決まっている!」
「そんな嘘を吐いても仕方がないだろう。どうしても俺を悪者にしたいんだな」
男は寂しげに言う。
「そんなこと知るか!」
僕が憎しみをこめて言うと、男は呆れたように
「お前にも飽きた。おしゃべりはこれまでにして、ゲームと行こうか」
と言った。
「望むところだ。必ず勝つ!」
戦いは始まった。
体育館の奥側に敵、手前に僕。二人は対峙する。僕は左手に持っているナイフをコートのポケットに入れ、拳銃を両手で構える。さっきのでよく分かった、僕に銃の片手撃ちなんて出来はしない。
「……」
「……」
二人の間を沈黙が支配する。どちらからでもなく、ゆっくりとお互いに右方向へ円を描くように動き出す。次第に歩いていたのが小走りになり、全速力で走るようになる。
「勝負!」
僕は叫ぶと相手目掛けて拳銃を撃つ。男も片手でナイフを投げ、片手で銃を撃ってくる。明らかに僕の方が不利だった。敵は軽々と僕の放った銃弾を避ける。僕はギリギリ当たらなかったという感じ。
「ちっ!」
その場に止まり銃を撃つ。またしても相手には当たらない。敵も動きを止めこちら目掛けてナイフを投げてくる。僕は身体を丸めて両手を顔の前でクロスして防御の姿勢を採る。
「痛っ!」
ナイフが両腕を掠める。すかさず拳銃で反撃するも当たらない。と、敵が全速力でこちらに向かってくる。まずい、もしゼロ距離に詰め寄られたら銃で撃たれて殺されてしまう。焦る気持ちで銃を連射するも当たらない。自分の拳銃の銃弾が切れる。自分の拳銃をポケットに入れて、相棒の拳銃を取り出そうとしたその時、強い蹴りを右わき腹に喰らい、後ろに飛ばされる。むせ返る僕。それを見て敵は哀れむかのように語りかける。
「悲しいな。絶対にお前じゃ俺には勝てない。実際、俺がここまで近づいてきてやっていると言うのに銃弾の一発も浴びせられない」
「はぁはぁ。ま、まだわからない。戦いはまだ終わっていない!」
僕は叫びを上げて相棒の銃を構えて、引き金を引く。だが、軽々と相手は避けた。男は溜息を一つ吐く。
「お前じゃ俺には勝てない。もともと、違うんだよ。そうだよな、お前に俺が理解できるわけがない。お前はゴミだもんな!」
そう言って、また走りより、僕の腹部を蹴飛ばす。僕は痛さのあまり床に転がって丸くなる。
「無様だな。なんでお前みたいのが生き残ってるんだ?」
そう問われ、必死に息をしようとしながら応える。
「そんなこと知るか。その理由を知るためにも僕は死ねない!」
渾身の叫びを上げて銃口を敵に向け引き金を引く。だが、今回はそれとほぼ同時に敵のうめき声が聞こえた。
「ぐ。うああああああ」
「!」
相手の余裕綽々の口調が一変苦しみの叫びに変わった。
「貴様ごときが、よくも俺の肩を!」
そう叫びながら後ろに引き下がっていく敵。どうやら、僕の放った銃弾は奴の肩に当たったらしい。
「殺してやる。貴様もあの男と同じように殺してやる!」
「! あの男と同じように? 相棒のことか! 相棒は僕が撃ったんじゃ無かったのか!」
あの時相棒は僕の撃った銃弾に当たって死んだのではなかった。そうなのか? 懇願するように、脅迫するように、僕は問いただす。男は応える。
「ああ、そうだ。貴様と挟み撃ちになる前に俺が致命傷を負わせてやったんだよ。」
「なんだと?」
「お前なら分かり合えるかと思ったが、所詮お前もクズだ! ならば葬ってやる。」
「二度目の攻撃」
彼はそう宣言した。それは、僕の拳銃の能力、最後の一撃と同じようなものか、ならばまずい、殺される。
「最後の一撃」
僕も拳銃の特殊能力を宣言する。だけど、相手のは二度目の攻撃、つまり次がありうるわけだ。僕はこれともう一つしか拳銃はない。
「確殺の一撃!」
男が唱え、引き金を引く。僕もすぐさま宣言する
「全てを防ぐ最強の盾!」
敵の銃弾が散弾し僕に降りかかる、と僕の銃弾も散弾し、敵の銃弾を全て防ぐ。銃弾と銃弾がぶつかり合い光を放つ。
「ちっ」
男が舌打ちする。なんとか一発は防げた。だけどすぐ次が来るはず。僕は使い終わった相棒の銃を捨て、ポケットの中から僕の拳銃を取り出す。銃弾が無くても最後の一撃が使えることを願って。
「三度目の攻撃!」
「最後の一撃!」
「神の鉄槌!」
「全てを貫く最強の矛!」
二つの銃弾が放たれた。そして、二つの銃弾はぶつかり合い。互いの存在を消しあった。
「馬鹿な! 俺の一撃が防がれただと!」
驚く彼。今がチャンスだ。
「うおおおおおおお!」
僕は拳銃を捨て、ナイフを取り出し敵へと突進する。
「く、来るな!」
男はナイフを投げてくる。僕は顔面を腕で庇いはするものの勢いは殺さない。
「うああああああ!」
男目掛けてナイフを振り下ろす。ナイフは男の左肩に突き刺さる。
「ぐわあああああ!」
男が叫び声を挙げる。僕はナイフを抜き取り、相手を押し倒す。
「これは門衛さんの分!」
そう叫んで刺す。
「これは僕の大事な、大事な相棒、兄ちゃんの分!」
そう言ってまた刺す。
「これはお前が消そうとした世界の皆の分だ!」
ナイフをまた刺す。
「うわぁぁぁぁぁあああ!」
吠えながら男をめった刺しにする。
僕の記憶はそこで途切れた。
今回もご覧いただきありがとうございました。また次回もご覧下さい。