主役現る
目が覚めた時には既にあの戦闘から数えて二日後だった。丸一日寝てたのか、僕は。横になったままで、もそもそと携帯電話をコートのポケットから取り出し、時間を確認する。もう昼じゃないか。ん? 携帯のLEDが点滅してる。メールが来てるみたいだ。確認してみると相棒からの着信と死亡確認メールだった。僕はそれに生きてると返事を送る。ついでに生きているなら、会いたいとのことだったので、じゃあ今日の夕方にと文章を付け加える。戦いは、まだ終わらない。僕らは今日も多分敵を探しに出る。そして、敵と戦い、命のやり取りをする。僕は、死ぬんだろうか? 戦いの最中にいるんだ。僕が死ぬことは何もおかしくない。あの老人が言ってたことに賛同するつもりは無いけど、正直僕がここまで生きているのが僕自身不思議だ。そう考えて思い浮かぶのはやっぱり相棒の姿だった。
「感謝……なのかな」
ありがとうと言わなければならないだろう。彼には命を救われた。だけど、それと同時に、誰かの命は失われたんだ。
「僕は咎負い者だ」
見知らぬ天井を見上げながら呟く。僕は一昨日の戦いでそれを認めた。だから、僕は生きて、ここに居る。人は皆生まれた時から何かの涙の上に居る。人は正義には成り得ない。
「だから、どうあることが一番正しさに近いのか、考えなくちゃいけない」
そうだ、そのためにも僕は死ねない。それを見つけるんだ、生きて、生き抜いて。
「とは言っても、もう一日くらい休みたいなぁ」
自分が殺した男の家だ、上がらせてもらうだけでも恐縮極まりないのに、ベッドなんて使えない。結果フローリングで寝てたわけで、身体の節々が痛い。まあ、そのほとんどは一昨日の戦いによる筋肉痛だと思うけど。とりあえず、シャワーくらい浴びさせてもらっても良いだろうか。僕はゆっくりと起き上がりシャワールームに入る。
シャワーを浴びながら考える。ここまでの戦いで僕は何故生き残り、何故死んだ人たちは死んだのだろうと。偶然と言ってしまえばそれで終わってしまうけど、やっぱりそれ以上の何かがあるような気がする。人が死に、生きることを偶然と言ってしまうのは、軽率な気がする。
「主役、脇役……」
一つ目の考え方、これはあの女性が僕に言ったものだ。だけど、僕はこれを受け入れることが出来ない。この世の命に主役だとか脇役だとかなんていう区別があってたまるか。漫画やアニメでは、主人公の放った一撃が例えば敵に当たらず、どこかのビルにぶつかってたくさんの人が吹っ飛んで死ぬという光景は多々ある。だけど、僕達は本当はあのまさしく吹き飛んで死ぬ、その命なのではないだろうか。その命が一つ一つの人生というストーリを形成するのではないか。だから、そう思うから、僕は人を主役、脇役に分けるのは間違っていると思う。
「なら、強い願いが叶うのか」
それも違うと思う。僕が出会ってきた人々は皆、それぞれに叶って然るべき願いを持っていた。まあ、願いも知らずに殺してしまった子もいるけれど。
「じゃあ、何だ、何が命を支配しているんだ?」
そうこう考えているうちに頭、顔と洗っていたのが身体まで洗い終わる。
「上がろう」
僕は身体を拭きシャワールームを出る。服を来てコートを羽織る。僕には分からないことがたくさん在る。もしかしたら、僕なんかでは触れることの出来ない代物なのかもしれない。
「でも、まだ眠いな」
相棒と会う夕方まではまだ時間がある。僕は床に丸まって、再び眠りに着いた。
一眠りしてレストランに着いた僕は、相棒から二十分の遅刻であると通達された。まあ、待つのは嫌いだけど、待たされるのはそんなに嫌いじゃないから良いや、というと、とても呆れた顔をされた。でも、表情の端々に生きてて良かったと思ってくれていることが伝わって、複雑な気持ちだけど、本当に嬉しかった。店員を呼んで、ドリンクバーを注文し、店員が去っていくと、早速相棒が、僕が刀を持ってきていないことに気がついて質問してきた。
「お前、俺が貸した刀はどうした?」
「あ、ごめん、その、なんて言うか、誠に申し上げにくいのですが……」
「なんだ? 今日だってこれから戦いに行くんだぞ? それとも今日は休みたいのか?」
「いや、そうじゃなくて……」
「んん? じゃあ、なんだ? 今ならお兄さん怒らないから言ってみろ」
彼がそう言うので、僕は両手を合わせて拝みながら
「ごめん、あれ壊れちゃった」
と素直に謝った。まあ、いずれ言わなくちゃいけないことだし。
「……」
「……」
「は? 壊した!? あれ一体どういう使い方したら壊れるの?」
若干、呆れ混じりに聞いてくる。
「相手の得物も刀でね、能力は本が無いから分からないけど、振るたびに威力が増すけど、その代わり何かのリスクがあるみたいなんだ。それで、十三撃目の最後の一撃を受け止めた時、パキンって折れちゃった。その日本刀は僕が最初に殺した男の人の家に置いて来た。正直、武器拳銃持ってるし、良いかな、って思って。だって、とんでもないリスクかもしれないじゃないか」
僕がそう答えると、再び二人の間を沈黙が包み込む。そして、彼が驚きと若干の怒りをこめて僕に言葉を吐いた。
「なんだそれ!? てか、だったらその刀は順当に考えて俺のだろ! 持って来るべきだろ! てか本がないってどういうことよ!?」
「ごめん。ああ、本がないって言うのは実は本の中の老人と口論して、意識飛ばされて、目が覚めてたら無くなってた」
「……」
「……」
「はぁ。分かったよ。まあ持ってきてないなら仕方ないって言うか。俺も自分の得物はあるから良いよ。てか、本と喧嘩するとか。はぁ」
あ、この人呆れてる。僕にあからさまに呆れてる。
「ごめん」
僕はもう一度謝っておいた。
折角ドリンクバーを注文したので僕はココアを取りに行ってきた。戻って椅子に座ると。相棒が、
「でもなんかお前吹っ切れたって感じだな」
と僕の雰囲気が変わったことを指摘してきた。僕はココアを一口飲んで、それに素直に答える。
「うん。まあ一つには借りた刀のおかげでもあるよ」
「そうか、何が、変わったんだ? お前の中で」
そう尋ねられて、僕は少し唸りながら言葉を選んで、彼に告げた。
「自分がずっと違うって思いたかったものが違うってことに気付いたことかな」
「はぁ?」
言ってる意味が全く分からないと、首をかしげながら彼が僕に言う。それに対してさらに噛み砕いて説明する。
「今まで、自分はずっと人は正義に成れると思っていた。だから、誰かを殺してまで自分の願いを叶えようとしていることが間違っていることだと思っていた。まあ、僕自身の願いがつまらないっていうことも原因の一つではあると思うけど。だけど、それは違っていた。僕がずっと否定したかったことは、誰かを犠牲にしている罪が自分にあるということだったんだ。人は正義には成れない。生まれた時から誰かの涙の上に立っている。だから、それを認めた。それで受け入れた上でどうあることが一番正義に近いことなのかを探すことが大事なんだと理解した」
それを聞いて彼は唸り、暫くして真剣な顔をしながら、言う。
「でも、その道は辛い道だぞ。そこまで認めたなら、いっそ、俺が言ったことを信じろ」
「願いは強く願った者の願いが叶う。つまり、強いものが生き、弱いものが退くということ。僕はそれを認められない。僕の殺した人は、出会った人は、皆叶って然るべき願いを持っている人だったと思う」
「そうか……。でも、お前の探している答えは人の手には入らないものかもしれないぞ」
「分かってる。だから、僕は戦って生き残る。この戦いの先にはあの老人がいる。もう一度あいつに会って、問いただすんだ」
そう答えると彼は溜息を一つ吐いて、
「どこまでも、一本気な奴だな。まあ、最後の戦いは」
「恨みっこなし、だろ?」
彼の言葉を遮って、彼の言いたかったことを言ってやる。
「ああ、そうだ」
不敵な笑いを浮かべながら、彼はそう答えた。
それから日が沈むまで、そんなに長くはない間に僕は総計八杯のココアを飲んだ。あの後はお互い大した話しをするわけでもなく、比較的静かに時が過ぎるのを待っていた。実は僕はちょっと肘をテーブルに立てて寝かしてもらってた。そして、夜がやってきた。
「そろそろだな」
転寝している僕を起こし夜がやってきたことを告げる彼。僕は目を覚まし、
「ん、おはよう。分かった。行こう」
と少し間の抜けた返事をした、それを見た相棒は真剣な顔をして、
「お前これからどこに行くのか分かっているのか? そんな緊張感の無いことでどうする」
と叱り付けてくれた。それで僕も普段のモードに切り替わり、
「うん、ごめん。寝ぼけてた。よし、行こう」
そう答えた。
レストランの会計を済まして、外に出る。僕はナイフを取り出し、鞘から抜き、かざす。そうすると光が一本伸びていく。だけど、そこで、おかしなことに気付く。ナイフの色が、違うのだ。
「あれ?」
「どうした?」
疑問の声を上げる僕に訝しげに彼がどうしたのか尋ねてくる。
「ナイフの色が違うんだ。今までは青白い光だったのに、なんか今回はより濃い青でしかも光が太い」
「ほう」
ナイフの色が違う。そこで思いつくのはあの紅い髪の女性の言葉。
「これから戦うのはもしかしたら主役様ってことかもな」
僕の思いを知ってか知らずか彼が代弁する。
「そうだね」
僕もそれに同意する。
「まあ、関係ないけどな、そんなの。そうだろう?」
「ああ、関係ない。行こう!」
僕らはそういうとナイフの示す光の先へと駆け出した。
ナイフの光の後を追った先には学校と思しき建物があった。そのグラウンドの中央にやっぱり仁王立ちしている人影があった。最近の流行なんだろうか、仁王立ち。僕らは拳銃を手に警戒しつつ近づいていく。次第に正体がはっきりと見え出す。と、人影がこちらに話しかけてきた。
「遅かったな、脇役。しかも二人そろってお出ましか」
「!」
「!」
二人とも驚く。この男、主役、脇役を知っているのか。それにこの口調もしかして、
「その口ぶりからして、あなたが主役だとか思い込んでいる痛い人のようですね」
僕は痛烈な皮肉を交えつつ、彼が主役なのか聞いてみる。確かに、ナイフの光が今までとは違う。僕は人影の姿がはっきり見えたところでナイフを鞘に入れてコートのポケットにしまう。
「やれやれ、そのナイフの光は示さなかったのか? 俺が特別な存在だと」
「!」
「!」
再び二人とも驚く。この男、僕のナイフに敵を教える力があるってどうして知ってるんだ?
「どうしてそれをあなたが知ってるんですか?」
僕は警戒しながら尋ねる。男は応える。
「最初から全て分かるようになってるんだよ、俺の本だけ特別に、な。だから、そろそろかなと思って、良いゲーム会場を予約して待っててやったんだろうが」
「それは、どうも。でも、学校となれば門衛さんだっているでしょう?」
「ああ、あれな、殺した」
「こ、殺した!?」
「知らないのか? このゲームに参加してない人間を殺すのは自由なんだぞ?」
さもそんなことも知らないのかと言いたげに僕に聞いてきた男。相棒は隣で冷静に僕に耳打ちしてくる。
「こいつ、頭がおかしい、あまりまともに話をしようと思わないほうが良い」
だけど、僕はなんの関係もない人間を殺したという彼の発言で既に怒りの沸点まで感情が行ってしまっていた。
「殺した、本当に殺したのか? 何も関係ない人間を?」
「だからそうだって言ってるだろうが」
面倒くさそうに僕の質問に答える男。
「貴様! 外道がぁぁあああ!」
「何怒ってんだよ。殺してることに変わりは無いだろう? お前達も俺も」
「違う! 部外者を殺すのは間違ってる! なんで、殺されなくちゃいけないんだ!!」
「落ち着け! 怒りに堕ちたら相手の思う壺だぞ!」
相棒が耳打ちしてくる。だが、あの意味が分からないという顔をしている男が許せない。
「人は生まれながらに悪者だ」
「!」
「!」
男がまた僕らの知ってる言葉を言う。だが続きは僕の考えかたとは大きく違っていた。
「……だから、踊ろうじゃないか、そういう者として、神様の手の上で愚かに、踊ろうじゃないか! どうせ誰も助けちゃくれねぇ。だから、踊ろうぜ!」
「違う!」
僕は男の言葉をすぐさま否定する。
「人は生まれながらに咎負い者だ。だからこそ一番正義に近い生き方が何なのか悩みながら生きなくちゃいけないんだ!」
「やれやれ、とんだ偽善者だなお前は」
呆れながら男が言う。
「真っ直ぐ邪の道に突っ込んで行ってるお前よりは数倍ましだ!!」
「なるほど、意見は真っ向から対立か。まあ、仕方がないな。認めてやるよ、お前達は脇役の中でも準主役級だ。だが、主役の俺には勝てない。それは、お前達がこれまで勝ち進んできたようにな」
「そんなの結果論だ!!」
お互い何を言っても永遠に交わることは無いようだ。話していて、そう感じた。
「じゃあ、一つプレゼントをやるよ」
「「プレゼント?」」
突然の男の話題変更に訝しげに尋ねる僕ら。
「怪しい。信じない方が良い」
相棒は僕にまた隣から声をかける。
「やれやれ、用心深いのは結構だが、少しは信じてもらいたいもんだな」
嘆く男。いや、どこを信じればいいんだよ、今までの一連の会話で。心の中でツッコミを入れる僕。
「プレゼントってのはお前達の武器についての情報だ。どうせまだ本に載ってないんだろう?」
「確かに。それは教えてもらえるならありがたいな」
答える相棒。男はそれを聞き、一つ溜息を吐き述べる。
「全く、こうもうまく二人が生き残るとはな。これも配役なのかもしれないが」
「そんなことは良いから教えてくれないか?」
男の言葉に興味はないと、相棒が急かす。
「わかったよ。実はな、お前達の武器の拳銃は一人が持って初めて本に本当の能力が載るようになってるんだよ」
「ほう。それで、その能力とは?」
「やれやれ、そう急かすなよ。その能力ってのは、『最後の一撃』」
「『最後の一撃』?」
相棒が訝しげに尋ねる。
「そうだ、その二つの銃は一人の所有者が持って『最後の一撃』を宣告した時に、それぞれ『全てを貫く最強の矛』と『全てを防ぐ最強の盾』になるんだよ。そのかわり、その能力を使っちまったら拳銃は使えなくなるがな」
「なるほど、それは良いことを聞いた。素直に礼を言おう」
相棒が礼を言っている。僕はすかさず
「罠かもしれない」
と忠告する。それを聞いて男は
「そんな嘘ついても意味ねぇよ」
と言う。相棒も
「そんなことを言うくらいなら、最初から何も言わないさ」
と言う。なんか居場所がない感じだ。
「で、どうする?」
男が尋ねてくる。
「何を?」
何をどうするなのか意味が全く分からなかったから、思わず僕が聞き返す。男はそれを聞いて呆れながら応える。
「だから、その拳銃は二人が持ってちゃ効果がないただの拳銃なんだよ。ということは、どっちかが持ったほうが俺に勝てる率も多少は上がるだろう? それで、先にお前達で殺しあうならその様を見といてやるって言ってるんだよ。で、どうする?」
背筋が一瞬ぞっとした。今もし相棒がここで二人で殺しあうと言ったら、僕らは戦わなくちゃいけない。だが、相棒は真の通った声できっぱりと言った。
「その必要はない。この銃の能力がどんなに魅力的でも、俺達のチームワークの方が上だ」
正直僕はその言葉がとても嬉しかった。僕もそれに続いて応える。
「そうだ、銃の能力なんか頼らなくともお前なんかには負けない。僕らは最後に戦うと誓ったんだ」
男はまた呆れながら
「そうかい、なら余計なお節介だったか。んじゃまあ、始めようとするか。ゲームをよ」
「戦いだ!」
僕が彼の台詞を瞬殺する。自称主役との戦いが始まった。
かくして戦いは始まった。僕らは耳打ちしながら相談し、両脇から挟み込む作戦に出た。二人居るのだから挟撃するのが一番良いだろうということで。銃弾は零時に自動的に補充され、最初の段階では八発装填されている。まず、相棒が一発撃って左に動く。続いて僕が一発撃って右に行く。負けるわけにはいかない。勝って、先に進むんだ。
「なるほど挟撃か。二人居るんだもんな」
男は僕らの撃った銃弾を軽々避けながら台詞を吐く。と、男が懐から何か取り出し、僕の方目掛けて何かを投げる。
「うわ!」
僕は前に飛び込む形でそれを何とかかわす。これは投擲用ナイフ。自分の右手すぐ横の地面に突き刺さっているものを発見し、あることに気付く。
「あの時家を荒らしに来たのはお前か!」
「お、気付いたか。そうだ、のこのこ油断して帰ってる馬鹿な参加者がいたんでな。戒めておいてやったんだよ」
男が喋る間に響く銃声、相棒が隙をついて銃を発砲した。しかし、それは男に当たらない。
「何で当たらないんだ!」
嘆きの叫びを上げる相棒。
「俺が主役でお前は脇役だからだよ」
「そんなこと知るか!」
男の台詞を切って捨てる相棒。
僕も立ち上がり男を挟み撃ちにするべく動く。
「簡単に挟み撃ちにされてやると思ってるのか!」
今度は相棒にナイフを投げて逃げる。男は僕の前を通って右手側に走っていた。その男を追いかけている関係上合流する二人。僕らはまた走りながら作戦会議をする。
「どうする?」
「校舎の右手の細い道で挟み撃ちにする。お前は校舎の裏を回ってくれ」
「やけにこの学校のこと詳しいね」
「ここは俺の母校だからな」
「なら、勝たないとね」
「ああ!」
二人の中で作戦が決定する。相棒が威嚇しつつ校舎の右側にある細い道に敵を誘導する。その間に僕が校舎の左側からぐるりと回って相手の退路を奪う。
「作戦開始!」
僕らはお互いの行く道へと別れた。
今回もご覧いただきありがとうございました。次回もまたご覧ください。