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 レストランを出て夜が来るまでの間、布で包んである刀を怪しまれないように気をつけながら抱えて街をうろついていた。正直、その姿はかなり怪しいものだと思うけど。色々な建物を見つめながら思うのは、相棒の言葉だった。

「願いは強く願った者の願いが叶うんだ」

 その言葉は、間違っている。だって、皆、強く願ってるに決まってるじゃないか。願いを知らないまま殺した人もいる。何を願っているのか知って殺した人もいる。だけど、知ってる範囲で言うなら、僕なんかよりも彼女達や彼の方がよっぽど全うな願いだ。

「違う、違う。それは違わなくちゃいけないんだ」

 彼の言葉は僕を救うために言われたもの。だけど、僕はそれを彼のようには信じられなかった。だからといって、紅い髪の彼女の言うように主役脇役などと決めてしまうのは論外だ。命はもっと大事なはずだ。そんなこと、僕が言う資格なんてないのか。答えが知りたい。全てを納得させる答えが。

「ん?」

 考え込んでいたら、もう日も沈もうとしていた。日が沈めば、戦いが始まる。頼む、もう少し考える時間がほしい。だけど、そんな思いを聞き届けてくれるほど、太陽は優しくはなかった。


 完全に太陽はその姿を大地にうずめ、夜がやってきた。僕は溜息を一つ吐き。ナイフを取り出し、鞘から抜く。すると、光が伸びていく。

「戦いが、始まる」

 この先にいるのはきっとあの殺し屋を名乗る男だろう。彼は今まで何を見て、生きてきたんだろう。教えてやると言っていた、彼に出会えば何か分かるのかもしれない。でも、その時は戦いの時なんだ。行きたくはない、だけど、足はナイフの示す方へと真っ直ぐ進んでいた。

 光に従い歩き続けると人気の全く無い野原に着いた。なんか向こうのほうに棒の様な物を地面に突き立てて仁王立ちしている人影がある。光はその人物こそ敵だと示している。僕はその人影の方へ一歩ずつ近づいていく。

「随分と遅かったな。待ちわびたぞ」

 人影は親しげに僕に話しかけてくる。やっぱり彼だ。間違いない。

「すみません。色々と有ったんです。でも、どうして僕がここに来るってわかったんですか?」

「勘! 以上だ。……といってもさすがに根拠はあるが」

「根拠?」

「お前、このゲームにだって当然主催者がいることぐらいは分かるだろう」

「あの老人だと思います」

「まあ、そうだな。そいつの意図を考えるんだ」

「意図、ですか」

「そうだ、このゲームは戦いが発生しなくちゃ面白いことは何もない。そうだろう?」

「面白いって! 人が死ぬんですよ! 面白いわけがないでしょう!」

 僕は怒りをこめて言う。ここに来るまでずっとそのことを考えていたから、僕の沸点は低かった。

「面白いんだよ。そいつらからすればな。理解できなくて、良い。その方がまともだ」

「狂ってますよ、そんなの! 命を何だと思ってるんですか!」

「お前、闘犬って知ってるか?」

「犬を戦わせるあれですか?」

「そうだ、あれは人間の娯楽だ。そうだろう?」

「まあ、確かに」

「それと同じだよ。このゲームの主催者は俺達を戦わせることを娯楽にしてるんだ」

「そんな、この戦いは願いを叶えるためのものじゃ……」

「なわけないだろう。そんなことをしてなんのメリットがある?」

「そんな。馬鹿な」

 彼と話をして早々に一つの真実を手に入れた。それは、この戦いの別の側面。今まで気付くことのなかった、別の意味。僕は愕然とする。

「呆然としてるところ悪いが話を進めるぞ。つまり、このゲームは戦いが発生しなければ何も面白くない。ということは当然そうさせるための仕掛けがあるはずだ」

「仕掛け、ですか」

 まだ、打ちひしがれている状況から、立ち直りきれてないながらも言葉を返す。

「そうだ、一番簡単な仕掛けは、戦闘相手がどこにいるか分かるような代物を誰か一人にでも与える。そうすれば、願いを持っている参加者しかいないんだから、それを持っている奴が標的へと向かうのは当然だ」

「! 確かに」

 そう言って、持っているナイフを見つめる。確かにこれをもっていた男は僕を殺しにきた。そして、それを手に入れた僕は今ここに居る。

「全て、仕組まれていたんですね……」

「そうだ。だからこれはゲームなんだ」

 男はそう言い放つ。だけど、僕はそれは違うと思う。

「違います。たとえそうだとしても、これは僕達にとっては命がけの戦いです」

 それを聞いて男は溜息を一つ吐く。そして、

「そうだな。まあ、話はこれくらいだな。さて、なら俺の最後の仕事をこなすとするか」

 そういって彼は地面に突き刺している持ち、引き抜いた。

「刀、ですか?」

「そうだ、だが、お前の得物も刀だとはまるで決闘だな」

「この刀は僕の本当の武器じゃありません。あなたと戦うために持ってきたものです。答えを探すために持ってきたものです」

「嬉しいじゃないか。ならば、お前も刀を抜け。勝負といこうぜ」

 そう言うと男は抜刀し、鞘を投げ捨てた。僕も、刀を包んでいる布を解き、刀に触れる。その瞬間、危険な感情がこみ上げてくる。

(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ)

「ぐっ」

 こみ上げてくる感情を押し込みながら刀を掴み思い切り抜く。

「勝負!」

 男が叫ぶ。今、戦いが始まった。


 戦いは今、始まった。恐らく、今まで戦ってきた中で最強の敵であることは間違いない。加えて、僕はもう一つの敵と戦わなくてはならない。

(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ)

 頭の中に充満してくる気持ち悪いまでの殺意。少し気を許すと、支配されてしまいそうだ。

「ぐっ」

「何だ? 刀を持った途端苦しみだしたが。容赦はしないぞ!」

 男は刀を持ってこちら目掛けて走って来る。このままじゃいけない。殺される。そう思った瞬間、

(殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ。殺せ)

 身体が支配されていく。

「うああああああああああああ!」

 僕は叫びを上げて、こちらに迫り来る男目掛け走り、向かっていった。意識はある。自分が何をしているのかも分かる。だけど身体が、心が言うことを聞かない。殺意がこみ上げてくる。

「ああああああああ!」

 振り上げた刀を男目掛けて振り下ろす。男は持っている刀で受け流す。僕は振り下ろした刀を切り返す。男はそれも受け流す。金属と金属がぶつかり合う音が遠くから聞こえている。

「なるほど、その刀そういうことか」

 男の声が聞こえる。どうやらこの武器の能力を見抜いたらしい。

「だが、心のない攻撃で俺を倒せると思うな!」

 男は防戦に徹しながらも強気の言葉を吐いている。

「あああああああああ!」

 またも叫び声をあげながら僕は男を切りつける。それを受け流されて切り返す。と、突然背中に物凄い寒気が走った。咄嗟に身体をのけぞらせる。瞬間、相手の鋭い剣先が左斜め下から右斜め上へ走る。その攻撃に、服が切れる。

「一撃目」

 男がボソッと呟いた。僕の身体はまたすぐに刀に支配されて、男に攻撃を浴びせる。男はまた防戦へとシフトし只管に僕の刀を受け流す。

「はぁはぁ」

 暴走しているとはいえさすがに疲れたらしい。身体が男から距離をとり、肩で息をする。

「なんだ、これで終わりか。俺はまだ一度しか攻撃していないぞ。このままだとお前は刀に操られて消耗し、やがて死ぬ」

「ああああああああ!」

 言葉をかき消すように叫びまた攻撃する。それを受け流し、続けざまに二度目の攻撃が来る。今度はこちらがそれを受け流す。

「二撃目」

 男は冷静に自分の放った攻撃の回数を勘定している。と、今度は男が距離をとり、こちらに語りかけてくる。

「人という生き物は他のものを犠牲にせねばその存在を維持できない。認めろ、人は正義にはなれない!」

「うがあああっあああ!」

 思考が彼の言葉を拒否する。すると身体は余計に僕の支配下から離れ、今まで以上の強さで攻撃を繰り出す。殺したくない。認めたくない。そう思えば思うほど身体は強力な攻撃を相手に放つ。

(止まれ。止まれ。止まれ。止まれ。止まれ。止まれ。止まれ!)

 心の中で叫ぶ、だけど声は届かない。

「ああああ!」

 無茶苦茶な攻撃を続ける。彼は平然とそれを受け流す。火花が散り、鉄と鉄がぶつかり合う音が響く。

「はあああああ!」

 僕の身体が繰り出す連続攻撃の隙を突いて彼が三度目の攻撃を繰り出す。今度も再びそれを受け流そうとする。……が、

「!」

 彼の一撃に刀ごと後ろに弾き飛ばされる。

「三撃目」

 おかしい。彼の攻撃がさっきとは比べ物にならないくらい強力になっている。

「うああああああああ!」

 僕の身体は懲りずにまた敵へと突っ込む。

「四撃目!」

 何も考えずに突進してくる僕の身体に四度目の攻撃が加えられる。同時に振り下ろされ、切り結んだ二つの刀。勝ったのは相手だった。僕の身体は思い切り後ろへと吹き飛ばされた。やっぱりおかしい。回数が重なるごとに確実に威力が増している。

「はぁはぁ」

 男の息が少しだけ荒くなる。また男が語りかけてきた。

「認めろ! このままだとお前は刀に支配されて死ぬことになる。認めるんだ! 人は生まれた時から咎負い者なんだ!」

 認めたくない。自分に殺す資格なんて無かった、彼らを。奪う資格なんて無いんだ、命を。

(いや、待て)

 心の中で僕は呟く。

(彼は言った。人は生まれながらに咎負い者だと。だけど、それは資格も無いのに誰かを傷つけるからだ。つまり、僕が認めたくないのは、本当は、彼らの死ではなく、僕の罪なんじゃないのか。なら、それは間違ってる。僕は今までずっと誰かを傷つけて生きてきた。そして、誰かの願いを蹂躙し、彼らを屠って今ここに居る。だから、僕は、認めなくちゃいけないんじゃないのか? 僕の罪を。それを彼は言ってるんじゃないのか。罪を否定するのではなく、それを認めて、それを受け入れた上で、僕はそれを償う生き方を考えなくちゃいけないんじゃないのか? そのためには死ねない。そのためには殺すしかない。彼を)

 そうだ、僕が認めたくなかったものは、誰かの死でもなく、誰かの願いを自分程度の人間が踏みにじったということでもなく、紛れもなく僕自身の罪だ。そうだ、そうだったんだ。

「認める」

「ほう、何をだ?」

 男は尋ねる。僕はそれに対して答える。

「自分の罪を。そして僕はあなたに殺意を抱いている」

身体を支配していた熱気が冷めていく。

「上出来だ。じゃあ、ここからが本当の勝負だ。行くぞ!」

「うおおおおおおおおおお!」

 僕は叫びを上げる、今までのように刀に支配されてではない。自分の意思で、自分の罪への認識で。刀の暴走は嘘のように消えてなくなり、代わりに僕に最善の攻撃手段を教える。響く刀と刀のぶつかる音。僕は、認めた。


 それから幾度、刀を交えただろう。戦いが始まってどのくらいの時間がたったのだろう。

「はぁはぁ」

「はぁはぁ」

 両者ともに肩で息をしている状態。

「さすがに、十二撃目まで放つと腕の筋肉がボロボロだ」

 繰り出すたびに威力が増す刀、恐らく何かしらのリスクがあるはずだ、それが彼の腕にかなりの負担をかけるものだという事もわかった。だが、こちらも、

「十二発も攻撃を受け流すのだってかなり大変なんですよ」

 かなり、疲弊していた。刀の示すとおりに動いても、相手と互角、あるいは多少劣るくらいにしか動けない。こちらは武器の力に頼ってるって言うのに、化け物かこの男は。と、男が宣言した。

「次が最後だな」

「最後?」

「そうだ、次の一撃で俺はもうこの刀を握れなくなる。多分、な。だから次の一撃に命を賭ける。お前も命を、全てを賭けて来い。最後の勝負だ」

 彼は真剣な眼差しで僕を見つめる。僕もそれに静かに応える。

「はい。全力を賭けます!」

「そうだ、行くぞ」

「はい!」

 二人の間を沈黙が流れる。風が草むらを揺する。

「十三撃目!」

「あああああああああああああ!」

 二人が叫び、刀を繰り出す。彼は右上から左下へと袈裟切りしてくる。僕はそれを思い切り刀で受け止め、払いのける、その瞬間僕の持っていた刀が真っ二つに折れる。そのまま彼の懐に飛び込んで僕はコートのポケットからナイフを取り出し彼の右胸に突き立てた。

「うぐっ」

 頬を涙が伝う。

「僕の勝ちです」

「そう……だな……」

 口から吐血する殺し屋。

「最後の依頼……、完了だ……」

「はい」

 嗚咽交じりに応える僕。

「すみません。すみません」

「……あとは……自分で……探せ……」

 そう言って彼は息絶えた。僕はその場に頽れる。

 少しずつ彼の躯は蒸発していって、最後には消えてなくなった。

「すみません。すみません」

 その後も嗚咽交じりに僕はずっと謝り続けた。僕が最初に殺した男の家に着いたときにはもう、翌日になっていた、それから僕は一日中寝続けた。

今回もご覧いただきありがとうございました。また次回もご覧下さい。

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