死ぬ死神の願うモノ
何もない草原、俺はそこで一人待ち続ける、最後の依頼人を。生きるということ、死ぬということを教えるために。だが、遅い。昨日も待っていたがついに朝まで来なかった。まあ、俺は眠ることも怖くて出来なくなってしまった、情けない殺し屋だから、徹夜は構わないが……。
「残念ですが心臓付近にある銃弾が危険なところに移動しています。少しでも衝撃を与えたら銃弾が心臓に刺さって死ぬ可能性があります。もうこれから先、いつ死んでもおかしくありません」
それは少し胸が痛いと思っていつも診てもらっている医師の所に行ったときに告げられた突然の死の宣告だった。
「馬鹿な。銃弾は摘出できないが安全だという話だったじゃないか」
「予想外の事態です」
「そうか……」
それからの日々は想像を絶する物だった。眠るたびに夢に現れる殺した人間の一つ一つの顔。眠ろうとするたびによぎる、明日起きることは無いのではないかという恐怖。俺は次第に眠ることが出来なくなっていた。
あれは、最初の依頼のこと。俺が十八だった時だ。その仕事は簡単、名も知らぬ一般人を誰にも気付かれることなく殺すという物だった。標的が外出中に家に侵入、帰宅後殺害。ただそれだけ。いつもシミュレーションでやったとおりだ。余裕だ。標的が帰ってくる。扉の鍵を閉める。もう逃げられない。玄関から部屋に向かうべく廊下を歩いてくる。電気のついてない暗い部屋に出た。
「ん?」
一瞬、目標は家に侵入者がいることを理解できずにこちらを疑いの目で見る。次の瞬間、射殺する。……そのはずだった。だが、俺が引き金を引くより前に、事態に気付いた標的が、恐れを成して叫び声を上げようとする。恐怖で引きつる顔。その時俺は引き金を引いた。標的は声を上げる前に死んだ。しかし、その顔は恐怖に引きつったままだった。俺にとってその表情は決して忘れることの出来ないものとなった。
それからはその顔から逃げ出すことで必死だった。殺すたびに殺されたものの顔の数が増える。それが、いつも、何処にいても脳裏をよぎる。逃げるためにまた人を殺す。その繰り返しだった。だけど、心の中で思っていた。いつまでもこの逃げが出来ると。いつまでも人を殺し続ければ、逃げ続けられると。だから、救いなど必要ないと。俺はこうして生きるしかないのだと。
そして、この心臓に銃弾を受けることになったあの依頼がやって来た。その依頼は自分と同じ同業者を射殺するという物だった。俺は例によって例のごとく家主が居ない家に侵入し家主が帰ってくるのを待つ。だが予想外の事態がそこにはあった。家にその標的の息子が一人居たのだ。まだ、幼い子供。すやすやと寝息を立てている。この子は標的ではない。まして、これから未来もある身だ。殺し屋とはいえ、当初は殺すつもりは無かった。しかし、悪夢は起きた。子供が目を覚ましたのだ。突然の事態に狼狽える俺。その子は知らない訪問者の来訪に当然のごとく怯え、泣き出した。さらに狼狽える俺。子供のあやしかたなんか知らない。誰かを笑わせる術なんて記憶にない。殺すことしか俺は知らない。泣き続ける幼子。俺は、耐えられなくなっていく。ついに、俺はその子を撃ち殺した。その直後、その子の父親であり標的が帰ってきた。俺は物陰に隠れる。異変に気付いた標的、息を殺してこちらに向かってくる。
「!」
息子の骸を見て言葉を失う父親。
「出てこい! 隠れているんだろう!」
俺は言われて男の前に現れる。
「どうして! どうして殺したんだ!」
「泣いたからだ」
涙を流しながら尋ねる標的に冷たい声で答える。
「どうして! これから足を洗って幸せに生きようと!」
そう言われ何故この男が死なねばならないのか理解した。人の命を奪って生きた者に幸せなど与えられてはいけないのだ。俺は銃を構える。男も懐から銃を取り出す。
「よくも息子を!」
引き金を引く男。銃弾は俺の胸に当たる。
「くっ!」
打ち返す、俺。銃弾は男の頭を貫き、命を奪った。その時、
「ただいまー」
女の声、嫁か。俺は急いで家を抜け出し、逃げた。その後、新聞で見た。件の家は一家心中として処理されたそうだ。記事によると妻の犯行で、彼女は息子と夫を殺した後、最後に自分の頭を拳銃で撃ち抜いたそうだ。
自分の胸に手を当てる。そこには数々の罪があった。結論から言えば救いなど無くとも良い、罪からは逃げ続けることが出来るというのは間違いだった。今、俺の胸には俺の命を奪おうとする俺の罪がある。俺の目の前には逃げること出来ない死がある。その状態になって初めて何処にも避けることの出来ない恐怖が押し寄せてきた。情けない奴だと思う。でも、救われたいと思うようになっていた。死ぬのは怖い。日々生きるのも怖い。この状態から抜け出す救いが欲しかった。そうこうしている時にあの老人に出会った。俺は元々殺し屋だ。他人を自分の願いのために殺すことなどわけはない。自身が救われるためなら他人がどうなっても良かった。
俺は標的を探した。無論、この大勢いる人間の中の誰が標的なのかなど判断する道具は持ち合わせてはいない。俺に与えられたのは刀一本のみだ。だが、このゲームの参加者ともなれば、誰か他の参加者を殺した奴も居るはず。そういう人間なら勘で分かる。もちろん、突然出会って早々に戦闘に入るなんて馬鹿なことはしない。得物の日本刀も隠し持つにしても街中を闊歩するには怪しすぎる代物だし。今は標的を見つけて、そいつを尾けて家を見つけること。それが分かれば、後はこちらのものだ。
ついに、俺は標的らしき男を見つけた。確証は無いが、俺は勘を信じた。まだ若い奴だった。その男はボロボロの格好で、目は死んでいた。そいつは一件の居酒屋に入った。俺も後を追って居酒屋に入る。遠くの席で動向を窺うつもりだった。だが、入って男の背中を見たとき、何か放っておけない、そんなものを感じた。
「まあ、そんなに嫌うなよ」
俺は男と話をすることにした。話していて、やはり男は参加者だった。人も殺していた。だけど、俺と決定的に違っていた点があった、それは、正義を求めようとしている姿だった。生きることに疲れて、無に帰るという救いを求めているにも拘わらず、他者を自分の都合で殺すことに疑問を抱いていた。正義を渇望していた。それは俺には無かったもの。俺はずっと逃げることしかしなかった。正直、この男に惹かれた自分が居た。
「教えてやるよ」
何故そう思ったのかは分からない。だけど、この男に教えてやりたいと思った。俺が、見てきたことを、それがこの男に何かを与えるのではないか、そう思ったから。
強い風が吹く。男がやって来たようだ。ここに最後の依頼が始まる。
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