準備
相棒からのメールは昼頃返ってきた。内容としては刀は貸してもらえるとのことで、落ち合う時間は夕方、場所はいつものレストランだ。夜しか戦闘は出来ないからそのくらいの時間が良いだろうとのことだった。まあ、確かに。それに一昨日の件で、あまり長いこと顔を合わせているのは気まずい。と、いうことで、今日は集合時間にちゃんと間に合うように来たのだけれど、相棒が今日は遅刻。待たされるっていうのはあんまり好きじゃない。無性に苛々する。
「すまん。遅くなった」
「予定より遅く来たね」
予定より十分程遅れてきた彼にきちんと皮肉を言う。
「いや、すまなかった」
布にくるまった棒を脇に置いて、あらかじめ僕が座っていたテーブルに向かい合うように座る。
「刀はそれ?」
「ああ、そうだ」
小声でやり取りをして僕は彼からテーブルの下で刀を受け取った。
「ありがとう、それじゃ」
「ちょ、ちょっと待てよ。何もそこまですぐに行かなくても良いじゃないか」
彼が、僕を呼び止める。あまり一緒に居たくないから早く解散したいんだけど。僕はあからさまに嫌そうに、
「何か用でもあったっけ?」
と尋ねる。
「ある。話がある。この前の件、怒ってるのかも知れないけど、ああしないとお前が死んでたんだぞ。俺が憎まれるのはお門違いってもんだろ」
「そんなことは分かってる。彼女が死ななければ僕が死んでいた。分かってはいるけど、気持ちの問題なんだ。ごめんけど」
僕がそう言うと彼は溜息を一息吐いてから
「分かった。いや、分かってないのかも知れないけど、分かったことにして、とりあえず座ってくれ、伝えたいことがあるんだ」
「まあ、そこまでいうなら、分かった」
僕は離れようとした席に再び腰を下ろす。
「それで伝えたい事って何?」
「一つ、その刀について。二つ、変な女について。三つ、お前の願いについて。」
「刀については聞きたい情報だけど、それ以外は興味ない」
「まあ、そう言うなよ」
あっさりと話題の三分の二をそぎ落とした僕に彼は食いついてくる。暫くの沈黙。僕は彼の視線に負けた。
「分かったよ。とりあえず全部聞くよ。それで?」
「よし。じゃあ話そう」
勝ち誇ったように彼が胸を張り、話をし始める。
「まず一つ目、この刀についてだが、この刀、俺が持っても何も反応しなかった」
「へ? 反応しないって言うか、持った! これ!」
驚きに声が裏返る。この刀は持ったらあの少女のようになってしまうかも知れないかなり危ない代物。それを不用意に触るなんて、馬鹿だ。でも、反応がなかったというのは気になるところ。
「反応がなかった? どうしてあの少女のようにならなかった?」
「本に表記が現れたから確認してみたんだが、その刀は敵に反応して、最も良い戦法を使用者に教えるものらしい。本来は、な。」
「本来は? ってことは何か違う能力が有ると?」
「ああ、その刀はその敵に対して殺意を使用者が抱かなかった場合、強制的に戦闘をさせる能力があるらしい。いわゆる、狂戦士ってやつだな」
「なるほど、それで彼女はあんな風になったんだ」
悲しかった、一つに僕らは僕らを殺そうとさえ思っていなかった少女を殺してしまったということ。二つ目は、彼が持っても反応しなかった。つまり、彼は殺意を抱いて戦いに参加しているということ。まあ、それが本来の参加者なんだろうけど。
「そっか、わかった。それでその他にこの刀についての情報は?」
「いや、それくらいだ。で、次の話なんだが」
「はいはい。何々?」
あからさまに二つ目からの話題に興味を示さない僕。彼はそんな僕などお構いなしに話を続ける。
「昨日、その刀を振るいながら扱い方の練習をしていたら、参加者だと名乗る女が現れた」
「!」
全然興味のなかった話だけど参加者と名乗る女性というワードを聞いて俄然気になった。もしかして、彼女が彼の目の前にも現れたのか?
「特徴は? どんな特徴の女性?」
「ん? 特徴は紅く長い髪をした華奢な女性だったが、知ってるのか」
やっぱりそうだ、彼女が現れたんだ。でも、何故? 彼女は何の目的のために動いているんだ?
「その女性なら知ってる。僕はその女性に助けられたことがある」
「そうなのか?」
彼が訝しげな顔をして尋ねる。
「うん。色々なことも聞いたし。でも、何で彼女が現れたんだ?」
「それが、俺に脇役だと伝えるために現れたんだと言っていた」
「へ?」
「そりゃ、俺が言いたいさ。突然現れて、『あなたはもう死ぬわ、脇役だもの。』だぜ。一体何者なんだ。それに刀も反応しなかったし。それで、お前が知ってるようなら、聞いてみようと思ったんだが、どうやら、お前もあんまり知らないみたいだな」
「うん。僕もそんなに詳しくは知らない。突然現れて、突然消えて」
「そっか、なら三つ目。そろそろ、お前の願い聞かせてもらえないか?」
「なんで?」
「え、そりゃ、やっぱり知っておきたいだろう、一緒に戦ってるんだし」
正直その話は本当にしたくない。僕はなんとかして言わなくて済む言い訳を考える。
「そんなこと言ったって。そもそも、僕だってそっちの目的聞いてないし」
「そりゃ、大したことじゃないし、俺たちそもそも最後には戦わなくちゃいけないんだぞ。教えたら余計に戦いにくいだろ」
「でしょ。だから、僕も教えない」
「うっ」
言葉に窮する彼。やった、何とか言わずに済んだ。彼は残念そうに、
「分かった、俺の負けだ。じゃあ、言いたいことだけ言う」
「何? まだ話あるの?」
いい加減うんざりしてきた僕の表情を真剣な面持ちで見つめる。
「さっき言った女は俺に脇役だと言った」
「それは聞いたよ」
「だから、俺は死ぬと。だから、俺の願いは叶わないと」
「それも聞いたよ」
「だけどな、俺は信じてるんだ。本当に叶う願いは、最も強く願われた願いだって。だからな、俺たちの願いは少なくとも俺たちが倒してきた連中よりずっと強く願われてる願いなんだ」
「!」
その言葉は僕にとってはとても辛い言葉だった。だって僕の願いは……。
「そんなことはないよ」
「いや! ある!」
彼は断言した。
「だから、俺は信じてる。脇役だろうと主役だろうと、強く願いを願ったものの願いが叶うんだ」
「そうなんだ」
僕は力なく答える。彼はそれとは対照的に力強く。
「だから、お前も強く願え。今まで倒してきた奴はお前より弱い願いを持った奴等だったんだ」
きっと、彼はこの前のことについて、いや、それだけじゃなくて、僕が今ここにいることについて、純粋に僕を励まそうとしてくれているのだろうと思う。だけど、僕の心には彼の言葉の一つ一つが突き刺さった。違う、違う、違うよそれは、あっちゃいけないんだよ、そんなことは。だけど、真剣な顔で語る彼に僕はそんなことを言い出すことは出来ず、
「分かった、そうするよ」
とだけ言った。それを聞いた彼は嬉しそうに
「それで、最後に俺たちが戦う。その時は恨みっこ無しだ」
と語った。その後、話題も尽きて、僕らはレストランを出て僕は戦場へと向かった。だけど胸の中に溢れる思いは、
「違うんだよ。そんなの違わなくちゃいけないんだよ」
ただ、それだけだった。
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