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強き願い

 秋の夜風が気持ちいい。俺は家の近くにある人通りの少ない空き地で刀を振っている。無論、次の戦いに備えてのことだ。この刀、あの少女が用いていたときと違い、暴走させられるということもない。それとも、こいつは殺意を持たぬ善良な人間にのみ、そのおぞましい力を発揮するということなのか。まあ、それなら納得できる。俺には殺意がある、目の前に現れる敵は皆、殺す。そのつもりで常にいる。昨日も年端のいかない少女を手にかけた。その前は高校生くらいの少女を殺した。この刀の持ち主だった少女だ。女ばかり殺しているな。まあ、性別なんて関係ないか。俺のやってることは、最低で最悪だ。だが、俺はそれを成し遂げてみせる。そして最後には、俺と一緒に戦い、俺とは違い、いつも自分の業に葛藤を抱き罪悪感に苛まれながら日々を生きるあいつも、又、必ず殺す。俺は勝つ。勝って必ず願いを叶えてみせる。と、金木犀の香りが漂ってくる。俺は振るう刀を止めて暫く香りを嗅ぐ。

「良い匂いだな」

 そういえば、俺をこの戦争に放り込ませたあの女と出会った最悪の日も、こんな金木犀の香りのする日だった。


 俺は言うなればお坊っちゃま、良いところの息子だ。いや、自分で言うのもどうかと思うが。それが俺を殺人鬼にする根本の原因になるが、話は少し面倒臭い。少し時間を遡る必要がある。時は大学時代にまで戻る。俺には大学生のころから付き合っていた恋人がいた。俺たちは大学を卒業し、二人とも就職したが付き合いは続いていた。そして、三年の年月が経ち、お互いに結婚を意識し出し始めていたある日、父親に呼び出された。

「お前もそろそろ良い歳だ、身を固めてはどうだ?」

「それなら父さん、紹介したい人がいるんだ」

 父親の方から結婚について切り出されたのは行幸だった。俺からすればずっと付き合っていた彼女を紹介する機会が出来るのだから。まあ、彼女には唐突に会って欲しいと言わなければならないが、それくらい彼女も承諾してくれるだろう。だが、父親の思いは、俺の思惑とは大きく違っていた。

「何を言っているんだ。私はお前に身を固めろと言っているんだ」

「え、だから、父さん紹介したい人がいるんだって」

 俺がそう言うと、父は一つ大きな溜息をついて俺に告げた。

「そんなことはどうでも良い。私は、私の紹介するお嬢さんと結婚しなさいと言っているんだ」

 一瞬目の前が真っ暗になった。そうか、この男政略結婚をしろと、そう俺に言いたいのかと、やっとそこまで父親に言わせて気付いた。

「そんな、父さん! 俺には好きな人がいるんだ。俺はその人と結婚したいんだ!」

 必死に主張する俺の言葉など聞くつもりも無いらしく、言い放つ。

「そんな女別れなさい。お前は私の薦めた女性と結婚すれば良い。これがそのお嬢さんの写真だ」

 そう言って、写真を見せようとする男。俺は写真を渡そうとする彼の手を振りはなって怒声混じりに主張する。

「いい加減にしてくれ! さっきから何度も言ってるだろ! 俺には好きな人がいる。それ以外の女と結婚するつもりはない!」

「やれやれ」

 俺の様子を見ても動じることさえせずただ呆れる父。また一つ溜息を吐いて口を開く。

「そうか、なら。今すぐうちの会社を辞めてもらおう、家も今すぐ出ていってもらいたい」

「なっ」

「お前だってうちの会社の状況は知っているはずだ。うちは決して大きい会社ではない。今の厳しい社会を私たちは乗り越えなくてはいけない。何故なら、中小企業とはいえ、この会社にも社員がいるからだ。この会社が潰れたらどうする? 社員を路頭に迷わすことになる。お前はそういう会社の社長である私の後継者になるべく生まれ、そういう者として育て大学にも通わせた。今回私がお前に結婚をしろと言うのも、この会社の地盤をより強固にするためだ。それが出来ないなら、今すぐこの家を、この会社を出て行ってくれ」

 父の言葉に返す言葉を失う。この男は決して自分の会社を私物化するような人物ではない。彼が俺に結婚を無理強いしようとするのも、彼が抱えている社員を守るため、この男のこの言葉には嘘は無い。暫くの沈黙。俺は何を言えばいいのか考える。最後に尋ねるべき言葉が見つかった。俺はそれを吐き出す。

「父さん、俺は会社を回すための歯車なのか? 俺の気持ちはどうでも良いのか?」

「そうだ」

 彼は本心から力強く言った。俺はその言葉を聞いて、自分の思いをへし折った。それが自分の弱さの為だったのか、それとも父親の主張を納得してのことかは今でも解らない。逆に、解りたくないのかも知れない。


 翌日、俺は彼女を呼び出した。二人はよく行くレストランでテーブルを挟んで向かい合わせに座る。何かを彼女も悟っていたのだろう。沈痛な空気が流れる。俺は切り出した。

「突然ですまないが、俺と別れてほしい」

 彼女は何も言葉を返さない。ただ、奥歯をかみ締める。ついに耐え切れなくなって、涙を流す。そのまま、少しの沈黙が経ち、彼女が口を開いた。

「私より、会社を取ったのね」

「ああ、そうだ」

 出来る限り冷徹に簡潔に答える。そうでなければ、俺自身自分を保てなかったから。

「分かった、別れましょう」

 彼女は涙ながらに承諾した。その後すぐにレストランを出て、互いの帰路についた。とは言うが、本当は俺は彼女が帰っていく後姿を暫くの間見つめていたわけだが。あの時の彼女の寂しい背中は自分自身への、これから出会う女への、運命への憎しみを呼び覚ました。


 彼女と別れて数日後、俺は父親の薦めた女性とお互いの両親を交えて会うことになった。所謂、お見合いという奴だ。事前に写真で見たとおり、なかなかの美人だった。お互い軽い挨拶をする。

「不束者ですが宜しくお願いします」

 いや、結婚するとまだ決まったわけではないのだから、と心の中で思わずツッコんでしまう。まあ、実際はほぼ確実に結婚させられるのだが。

「こちらこそ、よろしく」

 俺も挨拶をするが、その言葉の中には溢れんばかりの憎しみが込められていた。正直、自分でもここまで冷たい声が出るとは思わなかった。お互いの両親が少し焦っているのが解る。そうだ、このまま破談になれ。そうすれば今ならまだ間に合う。そう思ったその時、

「こ、こちらこそ、宜しくお願いします!」

 彼女が緊張した声でそう言った。大した女だ、と思った。自分に向けられている悪意に気が付かないとは。俺はかなり露骨に示したぞ、悪意。

 まあ、最初に出会ったのはそんな具合で、その後はお互いの両親の思惑通り、あれよあれよという間に結婚させられた。それからの生活は、本当に苦痛だった。一日の仕事を終えて、帰る先にいるのは、自分の愛した女ではない。まったく素性も殆ど知ることなどない女性。無論、知ろうと思えば、いつでも聞くことは出来る。問題は俺に聞く気がそもそも無いということから、どう見てもこの結婚は破綻していた。

「ご飯出来ましたよ」

 可愛いエプロン姿をしたいかにもな新妻は笑顔で夫に食事を振る舞う。出された食事は肉じゃがとみそ汁、その他諸々。口に含む、旨い。だが、ポソッと呟いたその後に彼女に伝えるべく吐いた言葉は

「味付けが微妙だ」

 だった。それを聞いて彼女は向かい合って座っているテーブルを乗り出すようにこちらに顔を寄せて

「そうですか。なかなかの自信作だったんですが。どの辺が微妙でしたか!」

 微妙な箇所、そこを訂正しようと、俺に味について真剣に尋ねる。

「何処が微妙。うぅむ難しいな」

 当たり前だ、旨いんだから。微妙にしているものを強いて指摘するならば、今までの諸々の経緯? と言ったところだ。だが、そんなことは言えない。いくら悪意を持っているとはいえ一応夫婦なわけであり、また、恐ろしいほどにこの女がいい女なのだ。

「そう、味が、味が微妙なんだ」

 答えになってない答えを返す。彼女はそれを聞いて、一通り唸った後で

「精進します」

 そう応えた。食事で言うなら、殆どが毎日こんなやり取りだった、ハンバーグの時も、きんぴらごぼうの時も、パスタの時もそうだった。とはいっても、食事は言葉のやり取りだけで済んだから良かった。もっと辛かったのは、彼女を抱くときだった。愛してもいない女に嘘を吐き、抱く。最悪のときだった。辛かった。全てが本当に辛かった。そんな日々を数ヶ月程、過ごした。


 そして、俺にこの戦いへの参加を決定づける、その日が近づいてきた。それは、いつもと同じ、俺が仕事から帰って来て、風呂に入り、食事を頂こうという時のこと。彼女が配膳中に突然、床に頽れた。突然のことに瞬間動揺したが、俺はすぐに救急車を呼び、彼女はなんとかその時は死なずに済んだ。その翌日、俺は医者に呼ばれた。

「奥様ですが、誠に申し上げにくいのですが、もう余命幾ばくもありません」

「は?」

 瞬間、驚きで言葉が発せなかった。俺はなんとかすぐに冷静になり、医者による彼女の病状説明を聞いた。話によると、もはや治せる見込みはないらしく、ならば、自宅で死までの人生を過ごした方が幸せだろうとのことだった。その後、病室に戻ると、彼女はベッドから上半身を起こした状態で外を眺めていた。病室に入ってきた俺に気付いた彼女は尋ねる。

「お医者様、何か仰ってたんですか?」

「ああ、お前はもう余命幾ばくも無いそうだ。だから、落ち着いたら帰って今まで通り過ごした方が幸せだろうとのことだった」

 最低の男だと自分でも思った。何一つ隠さず、彼女に医者に言われたとおり全てを打ち明けた。彼女はそれを聞いて、

「分かりました」

 とだけ言い、少し暗い顔をして考え込んだ後、

「教えて下さってありがとうございました」

 と言ってのけた。自分の矮小さを痛感させられた。

 暫くの日を病室で過ごした後、体調も落ち着いたので二人は家に帰ることにした。その晩、俺は彼女を抱いた。彼女は俺の胸の中に抱かれながら、尋ねる。

「私と結婚したことを後悔していますか?」

「分からないな」

「そうですか」

 ここに来ても自分はまだこの女に憎しみを消せないでいた。そんな自分に自己嫌悪しながらも、感情を抑えることは出来なかった。一方の彼女は、

「私は、貴方と結婚できて嬉しかったです」

 そう言った。その晩はそんなことをずっと言いながら自然と眠りに着いた。

 その数週間後、彼女はまた倒れ病院へと運ばれた。医者にはもう死ぬだろうと告げられた。

「実は、私、貴方に隠していたことがあるんです」

 病室で彼女の手を握っていると彼女が突然切り出した。

「なにを隠していたんだ?」

 俺は尋ねる。

「貴方が私のこと憎んでいたこと知っていました。その理由も。付き合ってらした方がおられたのでしょう?」

 自分の内心を見透かされ俺は目の前が暗転した。確かに俺は憎しみを持って接していた。それに気付かれていたことはある意味喜ばしいことのはずなのに、俺は明らかに動揺した。そんな俺を見ながら、彼女は言葉を続ける。

「でも、私は貴方と結婚できて本当に良かったと思っていますし、貴方に悪いことをしたとは思っていません」

「そう、なのか」

 ほぼ頭が回っていない状態だったので、意味の分からない返しをしてしまう。

「私は貴方のことが好きでした。貴方と結婚したいと強く願いました。だから、その願いが叶ったんです」

「強く願った?」

「そうです。願いは強く願った者の願いが叶うようになっているんですよ。叶った願いが一番強く願われた願いなんです。だから、私は悪いとは思っていません。嬉しいと思っているんです」

 彼女はそう言った。私の願いが勝ったのだから、悔いることも恥じ入ることも何もない、と。その言葉が俺の胸に強く刺さった。

 それから、数日後彼女は逝った。俺は遺品整理のため、一人になった家の中で彼女の物をまとめる。と、彼女の日記が出てきた。俺は衝動を止められず中身を覗いた。

「○月×日。今日、彼に料理を誉められた。小声だったけど確実に旨いと言っていた。その後はいつも通りの言葉だったけれど、今日の料理は成功だ」

 それは、いつか俺が彼女の料理を酷評した日の日記だった。そう、本当はとても旨かった。それが許せなくてきつく当たった日の日記だった。

 涙が止まらなかった。彼女はこんなにも俺を愛してくれていた。なのに、俺はいつも辛く当たっていた。自分の悲しみを押しつけるように。自分の辛さを忘れるために。それを受け続けてもなお、彼女は俺を愛してくれていた。断言した、後悔は無いと。自分一人が矮小だった。自分一人が辛いと思っていた。彼女を悪にすることで、恋人を見捨てた自分を守ろうとしていた。そう思った時、自分の中で強い思いが沸き上がった。

「彼女に謝りたい」

 愛しているかは分からない。だけど、彼女に謝りたい。そして、こんな自分を愛してくれたことにありがとうと言いたい。そう強く願った。そして、俺はあの老人に出会った。


 我に戻って、刀をまた振り始める。と一人の紅く長い髪をした華奢で美しい女がやって来た。参加者か? いや、ならば少なくともこの刀が殺意をもっと帯びるはず。女は俺に近づいてくる。

「こんばんは」

 俺の前までやって来て、彼女は挨拶してきた。俺は咄嗟に彼女目掛けて思い切り刀を突く、彼女はそれを軽く避けて俺の胸元に飛び込み、俺の胸に手を宛がう。

「はい。今のであなたは死んだわ。まあ、私に武器があったらの話だけど」

「あんた、何者だ?」

 静かにでも殺意と警戒心を込めて尋ねる。

「私は参加者よ。だけど、ちょっと都合があなたとちがうの」

「都合? どういう事だ?」

「あなたより主役に近い存在といったところかしら」

 主役? この女何を言っている。彼女は続けて言う。

「私は参加者が最後の一人になるまで武器を持てない、その代わり、それまで誰とも戦わなくて良いの。私は言うなれば参加者達の最後の敵として選ばれた参加者なのよ。だから、今あなたが私と戦うことは出来ないわ」

「ほう、そんな都合の良い物が在ったとはな」

そう言いながら、訝しげに睨み付ける俺に、彼女は告げる。

「あなたはもうじき死ぬわ。あなたはこの戦いの主役ではないもの。ただの脇役よ」

「脇役? そりゃ、知りもしないあんたからすれば俺は脇役かも知れないな」

「そういうことではないわ。世界の脇役という意味」

 俺は舌打ちして、失礼な女にもう一度刀を突く。こいつも参加者だと言っていた。殺しても構いはしない。だが、女は待たしても軽く受け流し、かわす。

「物わかりの悪い人ね。良いわ。いずれにしてもあなたは死ぬ、あなたは主役ではないもの」

「そうかい。関係ない話だな」

 冷静な彼女に対して怒りを込めて言い放つ。女は言いたいことだけを言った後、

「それじゃ、伝えたいことは伝えたから。さよなら」

 そう言って去っていった。

 また一人に戻る。秋風が気持ちいい。再び、金木犀の香りが漂ってきた。俺は一人呟く。

「脇役か。だが、俺にはそんなの関係ない」

 月を見上げる、そして、天国にいる彼女に向けて言う

「何故なら、願いはより強く願ったものの願いが叶うのだから。そうだろう?」

 彼女は何も言葉を返さない。だけど、俺の胸の中には、確固たる自信があった。



今回もご覧いただきありがとうございました。また次回もご覧下さい。

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