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戦いへの誘い

 朝八時。いつもと同じように僕は目を覚ました。今日は朝から夕方までバイトだ。とりあえず、自分で用意した朝食を摂って家を出る。

「いってきます」

 僕が呼びかけても声は返ってこない。当たり前だ、僕は一人暮らしなのだから。

 九時。歩いて、十五分くらいのところに今のアルバイト先はある。歩いて十五分なら自転車で行けばいいとも思うのだけど、歩くのが好きなのだ。

「いらっしゃいませ」

 アルバイトでは決まった言葉を吐き、現れる相手を捌いていく……。冗長で、だけど易しいわけじゃない。

「ありがとうございました、またお越しくださいませ」

 決められた言葉で始まった仕事は、決められた言葉で終わりを迎えた。仕事仲間にお疲れ様ですと言って、僕は帰路についた。


 帰り道にある坂を下りながら、夕日を見ていた。秋の風は気持ち良い。だけど、僕の心は至って陰鬱だった。ありきたりに言うなら後悔していた。自分がこの路を今歩いていることに、そして、明日も歩くであろうことに。その後悔のもとを絶つ方法はあった。死ねばいいのだ。だけど、それは僕にとってはかなり難易度が高い。結局、後悔しながら明日もこの路を歩くわけだ。

 そんなことを考えながら歩いていると、不思議なものでいつもと違うルートを辿ってみたくなる。結構遠回りの方が良い。

 いつもとは違う道を歩いて数十分が経つ。

「……迷ったな……」

 どこかで願っていたことが叶ったのだろう。どうやったら家に帰ることができるのか、さっぱり見当がつかないところまで来てしまった。日はとうの昔に落ちて、きれいな月が出ていた。少しづつ心の中に恐怖が生まれてくる。それが不愉快で、僕は恐怖を足蹴にするように一歩一歩踏み出して進んだ。

「……」

 その行動が数学や科学で言うところの愚行に該当するということに気がつくのに少し時間を使いすぎてしまったみたいだ。周りを見渡してみると、取り返しのつかないことになっている。ここがどこだか完全に分からなくなった。

「しょうがない。とりあえず歩くか」

 僕はこの状況に少し悪態をついて、仕方なくまた歩き始めた。


 僕が少し不思議な町並みに出たのはそれから暫く経ってからのことだった。明るい月明かりのもとで、少し懐かしさを感じさせるような建物が迷路のように並んでいた。

「おにいさん」

 呼びかけられた僕は、咄嗟に声のした方を見た。すると、占い師のような格好をした老人がいた。僕が振り向いたので彼は続けて言った。

「あんたは生まれてきてはいけなかったんじゃ。あんたでなく違う魂なら、幸 せに充実した人生をあんたの肉体は送れたんじゃ」

 唐突に、見ず知らずの人から理解不能なことを言われ、僕は一瞬唖然としたけど、我に返って言い返した。

「なんで突然、見ず知らずの人にそんなこと言われなくちゃいけないんですか!」

 すると老人は、

「ワシはあんたが思っていたことを言ったまでじゃよ」

 普通なら、そんなことを言われたら胸ぐらを掴んで殴るものなんだろうが、僕は彼の言葉にまるで心臓を掴まれたような不思議な感覚に落ちて、怒る心を失ってしまった。

「あんた、生と死をもう一度やり直してみたくは無いかね?」

「えっ?」

「あんたの代わりに、もしかしたら本当に生まれてくるべき人間がおるのなら、そいつに人生を譲って、お前さんの魂は正しく元の無の状態に戻ってはどうかね?」

 ますます話が飛躍してついていけない……訳でもなかった。

「つまり、僕がこの世の中から消えて、代わりに違う人間が僕の立ち位置に立つということですか?」

「さすがに理解が早いのう。死ぬのは怖いじゃろうが、これは死ぬのではない。存在が最初から無かったことになるのじゃ」

 魅力的な話だ。だけど、信じるには無理がある。そう思った僕はからかうように、どうしたらそんな有り得ないことが起こるんですかと聞いた。

「簡単なことじゃよ、それを実現させるためのゲームがあるんじゃよ。そのゲームで無事に勝ち残った者にはそやつの命を代償として、一つだけ願いを叶える権利が与えられるのじゃ」

 そう言うと老人は、僕の反応など気に留めることもなく本と瓶に入った怪しい飲み物、拳銃の玩具みたいなのを渡してきた。訝しげに渡されたものを見る僕に老人は

「ゲームの内容は今のワシからは教えてはやれん。その飲み物を飲んで、本を読んだときゲームの内容は教えられることになるじゃろう」

 などと、無責任な言葉を吐いた。

「でも、飲んだらゲームは始まってしまうんでしょう? 飲んでからじゃ引き返せないじゃないですか」

「だから、やるかやらないかはお前さんの心次第なわけじゃ」

 結局、僕は老人に言いくるめられて、ついにゲーム内容は聞き出せなかった。不満そうな顔をする僕を相手にするのが面倒になったのか、

「お前さんとの話は終わりじゃ、このゲームをやるかやらないかは あんた次第、ともあれ、ワシは疲れたからもう帰るぞい。明日、目が覚めたらよく考えて決めるこった。では、待っておるぞ」


 そう老人が言うと、僕の記憶はそこで途切れた。


 気がついたら、僕は自室のベッドに横たわっていた。

「よくある展開だよな……」

 僕は頭を掻きつつベッドから起き上がり、一通り部屋の中を見渡した。昨日渡されたものが部屋のどこかにあるはずだ。

「やっぱりあった」

 それらは机の上に並べて置かれてあった。近寄ってビンを手にとって眺める。一晩寝て少しは理性が働きだしたのか、少し疑念が現れた。そもそも、信じて良い物かが謎だし、もしかしたら、この中の飲み物がただの毒という展開も在り得る。それは本当だとしても、ゲームの内容だって分からない。液体は禍々しい色をしている――。僕は正直、中身の様相に恐れを成して、常識を盾にして、昨日のことはなかったことにしようかと思い始めていた。

 と、突然僕の脳裏に言葉がよぎった。


(お前はこのまま生きて居たいのか、そして死にたいのか……)


 それが誰の言葉かは分からない、だけど、その言葉にそれまでの思考を覆すくらい僕の心は強く反応した。「生きる」ことへの恐怖、「生きている」という現状への怒りのような感情。そんなものが湧き上がった。

 もし嘘でも、もし大変なゲームだったとしても、もし死んでしまうとしても、今よりはずっとましだ! 頭の傍らで、必死にそれを飲むのは危険すぎると主張する誰かを蹴り飛ばすように封を開け、僕は中身を飲み干した。


 飲んですぐに身体が異常をきたした。身体中を何かが蝕んでいくような感覚。焦点が定まらず回りだす世界。失敗した、やっぱり毒だったんだ。死んでしまうんだ。遠退いていく思考の中でそんなことを考えた。


 目が覚める。

「……ん……」

 どうやら気を失っていただけらしい。さっきまでの身体の異常はすっかり退いて、元通りに戻っている。

「あれ?」

 さっきまで明るかったはずの窓の外が真っ暗だ。僕はのっそりと起き上がって、机の上に置いてある時計を見る。

「二十二時? 十二時間以上も倒れてたのか」

 どうやら、本格的に生死を彷徨っていたのかもしれない……。そう思うと背筋がぞっとして身震いしてしまう。

 とりあえずここまできたらゲームが嘘ということはないだろうし、中身も飲んでしまったわけだし、早めにルールを確認した方が良いよな。目尻に溜まっていた涙を指で拭って本を読むことにした。

「うわっ!?」

 本を開くと、突然この本を僕に渡した老人が白いページの上に現れた。

「やはり、来たか。久しぶりじゃの」

「昨日会ったじゃないですか。てか、あなたが出てくるんなら昨日説明してくれれば良かったじゃないですか」

僕は不満を言った。老人はまあまあと僕を宥めながら言う。

「それは出来んきまりなんじゃ。にしても、驚かんのか。こんな常識を逸脱した登場をしたのに。つまらんのう」

 どうやら、この老人はそれなりに茶目っ気のある人物なのだろう、上辺だけでなく心の底から僕が驚かなかったことにつまらなそうにしている。だから、「もっと前の段階で常識を逸脱していたでしょう」という追い討ちは許してやることにしよう。

「さて、瓶の中の血を飲み、この本を開いたということは、早速このゲームの内容について説明せねばならんということじゃな」

 老人の口調が少し真面目になり、ゲームの説明が始まる。まあ、ここまで来れば、ある程度の非常識なら飲み込めるだろうな。

「……」

「……」 

 説明が終わり、二人の間に沈黙が生まれた。

「えと、はっ?」

 とりあえず、思ったことを口に出してみたらこうなった。老人によると、このゲームは参加者が互いに殺し合いをする、というものなのだそうだ。死んだら本当に死ぬらしい。

「まあ、死ぬためにゲームに参加したわけじゃし。生き残りたかったら頑張って他の参加者を倒すしかないのぉ」

「こんなの無茶苦茶だ! こんなゲームは降りる!」

 さすがに色々な危機が迫っている。僕は四の五の考える余裕もなく必死でこのゲームから降りることを主張した。

「無理じゃよ。お前さんだって分かっていたじゃろ。このゲームは参加したら最後、死ぬか生き残るまで止めることはできん」

 そうだった、確かに知っていた。知っていた上で僕は参加したんだ。

「だけどっ!」

 それでも食い下がろうとする僕を気に留めることもなく、

「とりあえず、言うことは言うたし、あとはこの本をよく読んで細かいルールは憶えていっていけばいいじゃろ。では、勝ち残ったときにまた会えることを楽しみにしておるぞ」

 とだけ言って、老人は本の中に消えていってしまった。


 老人が消えて一人だけになった暗い部屋。やばい。このままじゃ確実に殺される。僕は本当にただの一般人だ。命の危機なんて訪れたら、きっと恐怖で身体が動かなくなって、あっさり殺されるに決まってる。背筋が少しづつ冷たくなる。まだ、殺されるその場に立っているわけでもないのに、怖くて涙が出てきた。

と、玄関の方から何か物音が聞こえた。普段なら大したことのない音に身体が過剰に反応する。恐る恐るドアののぞき穴をのぞくと、そこには今まさに我が家の鍵を開けようとしている男がいた。

「えっ? えっ??」

 意味が分からず扉の前で戸惑う僕。


 あまりにも早く、僕の人生は終わりの危機を迎えた。

今回もご覧頂き本当に有難うございました。また次回もご覧ください。

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