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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
【第一部】それぞれの序曲
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五話 詩乃の生い立ち

「で? テメエは何者だって聞いてんだ」

「だから、単なる大道芸人だって言ってるだろ!」


 街の一角の憲兵詰所、リュイスはしょっぴいてきた兵馬と机を差し向かいに顔を突き合わせて取り調べの真っ最中。

 兵馬の手には手錠が掛けられたままだ。


「荷物は調べたろ! 検査もした! 麻薬なんて持ってないし使ってない。そして売買の情報も知らない!」

「……いーや、胡散臭え!」

「くそう! 横暴だぞ!」


 兵馬の主張にリュイスは頷かない。何故だかこの青年が気に食わないのだ。

 実のところ、もう麻薬への関与については疑っていない。単なるスリなら牢屋にぶち込んでおけばいいだけの話なのだが、しかし。


(どうにも臭う。コイツはもっと大きな何かに関わってやがると俺の勘が叫んでるんだ)


 リュイスは感覚派。仕事も私生活も、感性に従って生きている。

 視線はますます鋭さを増し、意地でも解放する気はない。

 

 そんな頑なさを察してか、兵馬はついに諦め調子で両手を上げて天井を仰いだ。


「だぁ、もういいや諦めた。今夜はここで寝るから毛布くれよ」

「フン、牢屋の中のを勝手に使え」

「腹が減ったよ。夕食に出前とかあるのかい? ステーキとは言わないから、ハンバーグプレート的なやつが食べたいな」

「厚かましい野郎だな……水でも飲んでやがれ」


 すっかり居直った兵馬を、リュイスは苛々と眺める。

 ジャグリングのクラブを直撃させられた脳天はコブになっていて、まだ少し痛い。触れればヒリリ、彼の苛立ちをなおさら募らせていく。


 詰所の隅に置かれた古めかしい柱時計が、ボーン、ボーンと間延びした音を立てた。

 時刻は8時。リュイスは兵馬から意識を切り、小さく首を捻る。


「ルカとアイネ、遅いな」

「お仲間かい?」

「あん? まあな」


 その時、街中に響き渡ったのは銃声だ。


「大変だ! 街中で銃撃戦が!」

「いきなり炎の壁が!」


 血相を変えた憲兵たちが詰所へと駆け込んできた。

 リュイスと兵馬は同時に立ち上がり、それぞれに声を上げる。


「詩乃たちだ!」

「アイネか!」


 リュイスは押っ取り刀、壁際に立て掛けた軍刀を手に取ると、兵馬へと指先を付きつける。


「テメェなんざに構ってられなくなった。大人しくしてな」


 しかし兵馬は飄々(ひょうひょう)と、その手に掛けられていた手錠をスルリ。

 金属は床へと落ち、鎖がジャラリと音を立てた。両手が自由になっている!


「いいや、僕は僕で用がある」

「な、テメェ……手錠抜けだと!?」

「大道芸人だからね」


 そう言って悪びれる様子もなし。

 リュイスは憤るが、しかし仲間の危機。明確に罪を犯したわけでもない兵馬へと構っていられないのも事実だ。


「チ、勝手にしろ」

「そうするさ」


 そして二人は詰所から飛び出す!




----------




「……うっ」


 呻いて目覚めたのはルカだ。冷たい石床の上に投げ出されている。

 両手は後手、荒縄で体を拘束されている格好で、頭がズキズキと痛む。殴られた箇所が腫れているのだろう。

 しかし幸い、命に別状のあるような怪我ではないらしいようだ。


 ルカは慌てない。

 自由の利かない格好で這い、俯せたままに周囲を見回して状況の把握を試みる。

 薄明かり、湿った空気。大量の木箱が並べられていて、イビルアイの花に特有の甘苦い芳香が室内に漂っている。


(さて。地下貯蔵庫ってとこかな?)


 スパリ。ルカはシャツの内袖に仕込んだ刃を尖らせ、見事に荒縄を切り解いた。

 器用な男なのだ。たちまち全身の自由を取り戻し、「やれやれ」と一声。ぐいと肩首の凝りをほぐし、上体を捻ってストレッチを済ませてぽつり。


「調査といくかな」


 木箱の中身は案の定、粉末状に精製、加工された魔花イビルアイの麻薬だった。


 アイネのような専門には大きく劣るが、ルカも魔術を少し扱える。指先を擦り合わせてマッチめいて小火を灯し、粉末を(あぶ)って様子を見る。

 やがて立ち昇る怪しげな煙。吸いはせずに色を見る。


「粗悪品だね」


 麻薬イビルアイ。その中で品質の高い物は、花の色と同じ鮮やかな紫の煙を撒き散らす。

 しかし目の前の煙は白。効果が薄く高値の付かない粗製乱造の代物だ。


(ということは、この街はシャングリラにとっての重要拠点ではない。と)


 麻薬から興味を失したルカは立つ。この地下室からの脱出を試みるためだ。

 既に調査の価値は薄い。イビルアイの低品質ぶりを見るに、ここはシャングリラの中で末端の施設に過ぎないのだろう。小分けにされた数袋を懐に収めて物証を確保し、立ち上がる。


「ま、とりあえず……逃げなくちゃならないね」


 壁際に立てられたデッキブラシを蹴倒し、故意に物音を立てる。

 部屋の出入口、扉の外に立っていたらしき男が鍵を開け、様子を見に……すっと。袖口の仕込み刃で喉を掻き切った。


 悲鳴さえ上げさせない瞬間の妙技。暗殺を成し、躯をそっと床へ横たえ、腰に提げていたシミターを奪う。


「粗末だけど、ないよりはね」


 二人の敵。背後から忍び、左の口を塞ぎ喉を掻き切る。

 右が大声を上げるよりも一瞬速く、掌に生んだ火弾を開いた口へと叩き込む。


「……ガ!!」


 たちまちのうちに口、喉、肺。呼吸器を焼き焦がし、発声機能を奪い取って首を()ねる。

 ルカに躊躇(ちゅうちょ)はない。

 職務に忠実にして淡々、友愛には(あつ)いが敵には冷然。隙を付き、着実に殺傷せしめていく。当然、悲鳴を上げさせるようなヘマはしない。


 二人を裂いたシミターを一振り。血糊(ちのり)を払い、しかし脂に切れ味が鈍るのを嫌って床へ置く。

 そして殺した男の懐を探り、数本のナイフを掠め取る。


 投擲。首へと突き立て眉間を刺し、逆手握りに顎から脳へと突き通す。


「練度が低いな。素人と変わらない」


 薄暗い地下施設、その闇に紛れて十人を始末。その間わずかに10分足らず。

 ゴウンゴウンと音を立てる機械に目をやり、鉄の大扉を押し開けた。


「これは……?」


 扉の先、ルカは歩みを止めた。予想外だったのだ。

 眼前に広がるのは一面の花。鮮やかな薄紫、その柄が眼球のようにも見える事から付いた名はイビルアイ。

 魔花は人の気配に反応を示す。数千数万の花、その眼球が一斉にルカを見据え……



「どうだい、壮観だろ?」



 声を発したのは顔色の悪い青年、ルカに売買の話を持ちかけて罠に陥れたフランツだった。

 ルカは油断なく掌にナイフを乗せ、投擲の構えを取ったままに声を返す。


「君が育てたのかな?」

「そうさ、大切な花畑だ。僕と“ドニ様”のね」




----------




 アイネ、詩乃、それにプリムラ。少女三人が逃げ込んだのは街の路地、飲食店の裏手に乱雑に積まれた段ボールの陰だ。

 足元にはやけに小型のゴキブリ。薄茶色、かさかさと蠢くそれは幼虫だろうか?

 誰ともなく、(うげえ……)と小さく声。三人は一様に顔を引き攣らせるが、隠れている以上は飛び出すわけにもいかない。


「うぁぁ、災難やぁ……」


 アイネは微妙な声で肩を落とし、嘆息してから問いかける。


「それで、詩乃さんたちはどうしてシャングリラに狙われてるの?」

「……わかんないんだよね」


 詩乃は相変わらずの淡泊な声色。しかし本音の困惑が混ざっている。


「え、わかんないの? ううーん……?」


 アイネは首を傾げる。麻薬を取り扱う邪教に狙われる理由、犯罪に加担しているか、重要な秘密を知ってしまったか、パッと思いつくのはその辺りだ。

 だが、詩乃がごまかしの嘘を吐いているようには見えない。


「はあ~……ホテル帰りたい~」


 そう言って鬱々(うつうつ)と愚痴を述べているのはプリムラ。こちらの人形女子にも心当たりはないらしい。

 そんなプリムラをじっと見つめ、アイネはさらに首を捻っている。


(この子も別の意味で怪しいんだけどな……)


 こんな精緻な自律人形(オートマタ)絢爛(けんらん)の大都会、聖都セントメリアの宮廷に仕えているアイネでも初見だ。

 思わず手を伸ばし、頬へと指先を触れさせる。その質感は人の肌とほぼ変わりなく、ぐにと押せば頬裏の歯ぐきの感触。

 アイネの知る自律人形の類は樹脂製かビスクドールの二種で、プリムラの存在はオーバーテクノロジーとさえ思えるほどだ。と、頬を指で押され続けたプリムラが間の抜けた声で問いかける。


「へ、何?」

「ううん、なんでもないです。あの、詩乃さん」

「ちゃんでいいよ。私もプリムラも」

「あ、はい! えーと……詩乃ちゃん、プリムラちゃんはどこで買ったの?」


 しかし、アイネの期待するような回答は得られない。


「それもわかんないんだ」

「え? どういう……」


「私、子供の頃の記憶がないの」


 詩乃はそう口にする。依然、その瞳に嘘の色は見出せない。

 そのまま訥々(とつとつ)と語を継ぐ。曰く、記憶喪失。実の両親の顔も知らないのだと。


「物心付くよりも少し上、うーん、7歳とかぐらいかな? それくらいまでの記憶が全然ないの」


 語る詩乃、その横顔に悲壮の色はない。両親というものの記憶がまるでない以上、悲しむべくもないのだ。


「育ての親はオカマの集団。パンチ効いた顔の人たち」

「お、おかま?」

「そう。結構ネチネチして性格悪いのが多いんだよ? 私には、みんな優しかったけどさ」


 思いもしない頓狂(とんきょう)な生い立ち。驚くアイネへ、詩乃は軽く笑ってみせる。

 その横でプリムラは欠伸(あくび)をしながら背筋を伸ばす。人形なのに背や肩が凝るのだろうか?

 ともあれ今のところ、詩乃の話に口を挟むつもりはないらしい。


 アイネは齢14。若くして宮廷魔術師となり、軍属として社会の様々を見てきた。

 そんなアイネの経験値をもってしても、詩乃が語る生い立ちの話はカルチャーショックの連発だった。



 ……国土中央に位置する歓楽都市カンパネラ、詩乃の記憶はその街に始まる。



 国内有数の大都市カンパネラ、その繁華街に位置する、“スナック『不夜城』”。

 禍々しい…もとい、煌びやかなショッキングピンクの看板が誘蛾灯の如く、血迷った客たちを引き寄せる。

 やけに重厚な扉を開けば漂う濃密なコロン臭、一斉、「いらっしゃぁ~い!」と野太い声。

 出迎えてくれるのはロビンソンちゃん。浅黒いガタイと顎髭がチャームポイントだ。


「たっぷり楽しんでってネェ~」


 引きずり込まれた客が席へと座り、隣に付くのはパピヨンちゃん。身に纏うはスパンコール、そして名前通りのパピヨンマスク。

 席へと強引に座らされた客は早速パピヨンちゃんから熱烈なウエルカムキッス。


 やあ彼は幸運だ、なにせ彼…彼女はナンバーワンの人気嬢。少々サービス過多に、惜しげもなくその大胸筋を押し付けてくれる。


「僧帽筋と広背筋……どっちがオ・ス・キ?」


 地獄の囁き、耳たぶをペロリ。客はたまらず断末魔めいた悲鳴を上げ……! と、まあ。『不夜城』はゲイバーだ。


 詩乃はそんな店の二階、ケバケバしい夜の蝶……もとい、蛾たちの下宿の中で庇護され育ってきた。従業員のオカマ全員が親代わりというわけだ。


 今に変わらないが、詩乃は比較的愛想の薄い少女だ。満面の笑みを浮かべてみせることは少ないし、年の割にシニカルな面がある。


 これは育った環境のせいもあるが、生来の部分が大きい。一言で言ってしまえば、可愛げのない少女なのだ。

 しかしそんな可愛げのない様子が、ひねくれ者のオカマたちには却って可愛く見えたらしい。

 珍妙な面々からではあるが愛情を受け、それなりにしっかりとした教育も受け、そんな経緯で16歳まで育ってきたのが佐倉詩乃という少女なのだ。


 アイネは目を丸くしている。

 つい数年前まで実家暮らし、優しい両親の元でたっぷりと愛情を注がれた一人っ子。

 そんな至極まともな環境で育ってきた彼女からすれば、詩乃の生い立ちは、まるで想像も付かないほどに破天荒だったのだ。


「す、すごいんだなあ、詩乃ちゃんは」


 フフンと小さく鼻を鳴らして高々。思っていたよりアイネの反応が芳しく、詩乃は少しばかり気を良くしたようだ。

 が、その脇でプリムラが不服げに頬を膨らませている。


「私の話が出てない! 詩乃とずっと一緒にいたのにー」

「あ、ごめん」


 軽い調子で謝ると、詩乃はそのまま言葉を続ける。


「プリムラはずっと一緒にいるんだ。人形で歳は取らないから、前々からこの見た目のまんまだけど」

「詩乃に見た目の年齢で追い付かれて悔しいよ。詩乃が老けてきたら自慢するけどね!」


 そんな会話を交わす二人に、アイネは疑問を投げる。


「プリムラちゃんは、詩乃ちゃんが記憶を失う前の事は知らないの?」


 アイネの疑問は妥当だろう。詩乃の記憶の初頭から共にいるのであれば、それより前の事を知っていてもおかしくない。

 しかし……プリムラは残念そうに首を左右に振るってみせた。


「私の記憶も、それ以前のはリセットされてるんだ。誰がそうしたのかは知らないけど…」


 そう言って太めの眉を潜めて、残念そうに困り顔。


「私の記憶の一番最初は、眠ってる小さい詩乃を背負ってて。手には住所のメモ用紙。それを頼りに辿り着いたのが不夜城で……あとは詩乃の話の通り」


「うーん、そうなんだぁ」とアイネが天を仰ぐ。

 プリムラにも嘘の色はない。優れた魔術師であるアイネは話を聞きつつ、大気に揺らぐ魔素(マナ)を介して詩乃とプリムラの感情の揺れを眺めている。

 だが二人共に嘘の色はなく、覚えていないのではこれ以上の掘り下げは難しい。


 しかし、詩乃の話には少しばかりの続きがあった。


「オカマの中に、特に可愛がってくれてた人がいてさ。マルゲリータって名前なんだけど」

「ま、マルゲリータさん?」

「あ、源氏名だよ。その人フリーのジャーナリストもやってて。『世界を見ておいた方がイイわよ~?』 なんて言うから、ここ一年はその旅に付いてってたんだ」

「ははぁ。それで、その人は今はどこに?」

「はぐれていなくなっちゃったんだよね。『ファルセルへ行って、将軍に保護してもらいなさい』って置き手紙だけ残して」


 城砦都市ファルセル、国土北西に位置する大都市だ。その話にアイネは怪訝な顔を浮かべて、推測を巡らせて口を開く。


「うーん……ジャーナリストの失踪かぁ」


 フリーのジャーナリスト、となれば少々突っ込んだ取材をしていたのかもしれない。

 もしかすると、シャングリラについて調べていたのでは?

 そして何らかの秘密を握り、身の危険と詩乃を巻き込むリスクを考えて姿をくらましたとすると、話に一応の筋が通る。


 シャングリラは詩乃がその情報を握っているのではと危惧し、抹殺すべく襲撃を掛けてきている?


 アイネがその予想を伝えてみると、詩乃とプリムラは揃って難しい顔、声を低めてムムと唸った。


「私は何も知らないのに、迷惑な」

「私も知らないよー」


 シャングリラに対して怒り心頭な様子で、詩乃は嫌そうに顔をしかめる。襲撃される心当たりがないとまで言っていたのだ、何も知らないのは事実だろう。

 これ以上憶測を深めても仕方がない。逃げつつの話は一旦ここまでか。


「マルゲリータさん、無事だといいね」

「んー、そうだね。けっこう強いから大丈夫だとは思うけど」


 詩乃にそれほど心配の様子は見られず、その表情には信頼と親愛が見て取れる。

 極めて特殊な環境の育ちの詩乃だが、決して不幸とも限らないのだな……と、アイネは内心にそう感じた。


 依然、街の夜風は不穏を孕んでいる。

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