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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
【第一部】それぞれの序曲
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☆四話 探索と遭遇

 同時刻。


 エルタの街、その片隅の路地に青年の影がある。

 リュイスの同僚にして友人、ルカ・ベルレアンは私服、見栄えのしないシャツへと着替え、旅行客を装い、当て所なく歩き回っていた。

 その姿は誰の目にも一般人。存在感は極めて薄弱で、短い前髪がその佇まいをより一層モブめかせている。


「名前が格好良いね!」


 初対面の女性からそう言われた事がある。

 名前が。つまりは本体はそうでもないと言っているようなものだ。


(別にいいけどね)


 ルカはこだわりを持たない。彼の自尊心は申し訳程度で、些細(ささい)な非礼は響かない。

 年齢は23。実家は香料として使われる果実の農家、田舎育ちだ。

 帰省すれば「結婚はまだか、良い女の子はいないのか」とリピートに苛まれる。

 田舎の感覚で見れば、彼は既に結婚適齢期だ。両親はルカに、危険な騎士職を辞して実家を継いでくれるようにと願っているのだ。


 しかし当人は飄々(ひょうひょう)としたものでどこ吹く風。今の仕事にやりがいを感じていて、身を落ち着ける気はさらさらないらしい。


(僕にしか出来ない仕事だから)


 故に、プライペートには比較的無頓着(むとんちゃく)。淡々、無味乾燥かつ、一見して空疎(くうそ)

 それがルカ・ベルレアンという青年の特質だった。


 そして事実、ルカは有能である。

 凡々な外見に反し、与えられた仕事はなんであれ着実に淡々とこなしてみせる仕事人だ。

 

 潜入と調査を命じられたなら、その変装に隙はない。

 今のルカは誰の目にも、これといった目的もなく彷徨(さまよ)うバックパッカー。持ち前の“薄さ”を活かして完全な擬態を果たしたルカはふらりふらり、うろついた裏路地の一角で足を止めた。


「お兄さん、“花”を買わないかい」


 一人、顔色の優れない青年が声を掛けてきたのだ。


(さて?)


 ルカは素早く思案する。

 

 薄暗い裏路地、声を潜めた青年。ただの花屋であるという線はまずない。

 この状況、隠語として用いられる“花”という言葉には二つの意味が考えられる。


 春をひさぐ“花”。娼婦たちの集う違法な売春宿への呼び込み。


(もう一つは)


 イビルアイ。市井(しせい)蔓延(はびこ)る麻薬の原料となる“花”の名であり、そのまま麻薬の名称ともなっている。

 俗に言うダウナー系の抑制剤でありつつ、幻覚作用も併せ持つ。使用者の精神の退廃だけでなく、幻覚からの重犯罪を誘発しかねない悪質な薬だ。

 ルカは内心で巡らせた考察に、敢えて虎口へ飛び込むことを瞬時のうちに決意する。


「欲しいね。いくらだい?」

「グラム売りだ。詳しい話は場所を変えてしようか」


 そう言うと青年は歩き出す。グラム売り、どうやら薬の取引で間違いないようだ。

 青年に先導され、ルカは路地の奥、地元民にしか勝手のわからないような細い道を進んでいく。

 見上げれば狭い空にはロープが張られ、洗濯物が夜風にそよぐ。ゴミ捨て場ではネズミの尾が揺れている。

 表通りとは異なる雑然とした生活感、ルカはこんな雰囲気が嫌いでない。と、見物ばかりしているわけにもいかない。


「君の名前は?」

「フランツ。フランツ・ハイネマン」


 青年フランツは答え、小さく咳き込む。口を押さえた掌には赤が滲んでいて……血?


「大丈夫かい?」


 問いかけるルカ。フランツは振り向き、薄く口元を笑ませる。


「ああ、心配しないでくれ。“騎士さん”」

「……おっと」


 ルカは周囲を見回す。狭い路地、前後に鈍器で武装した男たちが距離を詰めてくる。退路はない……嵌められたらしい。

 肉屋が肉を叩くためのミートハンマーが後頭部へと振るわれ、ルカの視界が衝撃に白く染まる。


(いてて、容赦ないね)


 息を吐きだして昏倒しつつ、ルカは魔力を込めたコインを物陰へ投げた。

 その仕草は素早く、周囲の誰にも気付かれてはいない。こうしておけば、アイネの魔術で道を辿る事ができるだろう。


「捕らえておこう。何かしら使えるかもしれない」


 そんなフランツの声を最後に、ルカの意識は断ち切れた。




----------




「……気になる」

「何が?」


 ホテルの一室。窓際の机に腰掛けた詩乃が唸り、プリムラが小首を傾げて問いかける。

 詩乃は夕闇の街に視線を落とし、お茶請けのゴーフレット、ほのかに柑橘(かんきつ)風味のそれをパリリと噛みながら顔をしかめる。


「兵馬。さすがに悪かったかも」


「ああー」とプリムラが相槌。兵馬が見ず知らずの騎士に引きずられていってからおよそ一時間ほどが過ぎている。


 詩乃は素っ気ない性格をしているが、本質的には優しい子だ。わりと。

 スリなのは確かだが、一応、財布はすぐに返してきた。

 命を助けてくれたのは事実で、ナンパ目的だったにしても軍に突き出すのは可哀想だったかな? と気にしている。


 しかし、「別に大丈夫じゃないかなー」とプリムラは気のない様子だ。

「明日迎えに行ってあげればいいよ」と続ける。冷たい。


 彼女が兵馬を冷遇するのは、立場からすれば当然とも言える。兵馬が半ば強引に旅に加わった事で、旅費を浮かせるために鞄詰めの憂き目に遭っているのだ。

 それよりも何よりも、詩乃の護衛役であるプリムラは彼をまるで信用していない。


 アントンとエーヴァ、戦闘人形のプリムラが手を焼く暗殺者たちを退けてみせた。

 その一連の出来事が演技でない保証は? 兵馬が暗殺者たちとグルで、詩乃の傍で暗殺の機会を狙っているのでは?

 同行して問題のない人間なのか否か、軍が取り調べてくれればはっきりするだろう……というようなことを、ぼんやりと考えている。

 

 そんなプリムラの逡巡(しゅんじゅん)を知ってか知らずか、詩乃はアメニティの緑茶をするると(すす)ってから口を開く。


「まあね」


 気のない声で返じ、ほっ。と声を出して椅子から立ち上がる。


「出掛けるの?」

「お腹へった。晩ご飯食べに行こ」


 つば広の帽子を頭に乗せ、鞄を手に取って部屋を出る。プリムラが「はーい」と言い、スタスタとその背に追従する。


 フロントに鍵を預け、通りへ出た二人は食べ物の香りに誘われてフラリと歩き出した。

 湯気を立てる点心、春野菜のパスタ、削ぎ切りのケバブ、野趣溢れる地鶏の串焼き……旅行客狙いの看板がしきりに目立つ。飲食店を探すのには困らなさそうだ。


「ねえ詩乃! なに食べよ!」


 プリムラが無邪気にはしゃぐ。彼女は詩乃を守る自律戦闘人形(オートマタ)であり、人間ではない。だが食事は摂る。むしろよく食べる。


(プリムラの食費がなきゃもう少し旅に余裕が出るのに)と思うが、一日三食プラス間食が一番の楽しみ、そんな様子のプリムラからそれを奪うのは流石に酷で、口にはしない。


 それにしても人が多い。何がある街でもないのだが、通りには人が溢れている。その多くは詩乃と同じ、列車の旅人だろう。

 入ろうかと覗いた大衆食堂にラーメン屋に、二軒続けて満席。辟易し、わずかに空席が目に付いたパスタ屋へと二人は飛び込んだ。


「カルボナーラ。それに茸とベーコンのピザ」


 詩乃がテキパキと注文を済ませる。

 人がごった返している中で空席がある店、となれば味に期待できない可能性がある。

 そんな中、カルボナーラなら致命的なハズレは少なく、せいぜい味がぼやける程度。そして茸はこの近辺の特産だ。

 当たりを探すよりも地雷を踏まない選択は旅慣れている証だろう。

 

 プリムラも文句はないようで、脚をパタパタと泳がせる。


 やがて運ばれてきたやたら盛りの多いパスタを二人で取り分け、チーズのとろけるピザを頬張ってプリムラが一言。


「おいしーい!」



 ……もぐもぐと食べ進めて時間が経ち、バジル混じりのバターをパンへと塗りつけて最後の一口。

 水を飲み下し、二人が店を出る頃にはすっかり夜の(とばり)が下りていた。


 腹ごなしにとホテルまでの道を歩く二人。通りに人は多いが、それでも暗殺者はどこに紛れているかわからない。二人はそれなりの警戒を巡らせている。


 ふと、通りの向かいから、奇異な帽子を被った小柄な少女が歩いてきた。


 顎に手を当てしかめつらしく、「おかしいな、おかしいなー……」とブツブツ。

 歳はおそらく詩乃よりも下。流石に暗殺者という事もないだろう。暗殺者はあんなに目立つ服を着たりはしない。


 気まぐれに、詩乃は声を掛けてみる。


「何か困り事?」

「えっ? あっ」


 詩乃から突然声を掛けられて慌てたのか、少女は両手を顔の横でわたわたとさせて慌てた様子を見せる。


「な、なんでもないですうわあ!!」


 躓いて転んだ。なんとも慌ただしい少女だと詩乃は呆れる。


 転んだ拍子に少女が提げていた鞄のフタが開き、石畳の上へと中身がばら撒かれた。

 わあ……と悲嘆にくれる声。拾うのを手伝おうと屈んだ詩乃は、一冊の小さな手帳を手に取って開く。


「軍隊手帳、アイネ・ブルーレイン、宮廷魔術師。階級は騎士相当……と。軍人さん?」

「わ! か、返してくださいー」

「んー……」


 アイネは小柄だ。

 詩乃もそれほど長身ではないが、手帳を持った手を上に伸ばすとアイネの手は届かない。

 取り返そうと飛び跳ねる魔術師の少女。別に、詩乃は意地悪をしているわけではない。


(兵馬の釈放をお願いしてみようかな。でも冷静に考えて、私がそこまでしてあげる義理はない気も)


 と、考える間を作るために手帳を掲げているのだ。

 だが、アイネからすれば単なる意地悪でしかない。ついにむむっと怒り、魔法を使おうかと触媒(しょくばい)の鎌を構える。そんな折に。


「いたぞ! 殺せ!」

「え?」


 突如、周囲から剣呑(けんのん)な声が集まってきた。「殺せ」とは穏やかではない。

 詩乃は掲げていた手帳を手放しアイネへ返したかと思うと、鞄から散弾銃を取り出して腰だめに構える。短く切り詰めた銃身、取り回しを重視したレトロクラシカルなショットガン。すかさず発砲!

 その隣では詩乃の連れの少女が、なんと腕を取り外してキャノン砲にしてみせた。アイネは驚きに目を見張る!


「え、えっ? ええ!?」


 状況がまるでわからない。突如街中、二人組の少女と通行人との銃撃戦が始まったのだ。

 しかも少女の片方は体に武器を仕込んでいる。人形!?


「あの! これはどうなってるの?」


 流れ弾に当たらないよう屈み、アイネが尋ねる。


「あいつらは暗殺者。シャングリラって組織の連中で、私を殺そうと狙ってきてるの」

「シャングリラ?」


 詩乃の答えにアイネは反応する。

 そう。リュイス、ルカ、アイネの三人が調査している麻薬売買組織、カルト宗教団体こそがシャングリラだ。


 アイネは理解する。

 この二人組の女の子は、自分たちが追っている組織に狙われている。思わぬところで掴んだ手掛かり!


(何か大事な情報を握ってるのかも!)


 少女らが善か悪かはわからないが、とりあえず話を聞かない手はないだろう。

 そもそもたった二人の少女に寄ってたかっての襲撃、助けるべきがどちらかははっきりしている。一般人を守るのも軍人の責務!

 そう判断したアイネは、先ほど手にしていた触媒の鎌を握り直して集中。銃火が飛び交う中にも驚異的な集中力を発揮し、全身のマナを手元へと凝縮させ始める。


 持ち運びやすいよう、アイネの鎌は柄が短い。

 大鎌(サイズ)ではなく小鎌(シックル)の部類。腰に下げて行動しても怪我をしないよう刃引きをしてある。

 その鎌へ、アイネは大気からかき集めたマナを流し込む。と、刃も柄も大鎌へと変化する!


「二人とも伏せてて!」

「え? うわ!」


 振り向いたプリムラが驚く。アイネの手には大鎌。結集した魔力に刃が輝き、夜の街角を煌々と紅く染める。


「“蛮火甲陣、爛れよ真舌。赤熱、遍く悪害に隔絶を”」


 唱え、ブンと下薙ぎ。

 刃が描く下弦をなぞり、見る間に地下から熱が競り上がる。猛火炎上!!!


銅火の砦(シンデミア)


「すっご!」


 プリムラが驚嘆する。通り一つを完全に遮断する炎壁!

 例を挙げれば暗殺者エーヴァなど、戦闘用の魔法を見るのは初めてではない。

 だがアイネのそれは、今までに見た中でも凄まじい火力。規模、発動速度、そのどちらもが図抜けている!


 それも単なる炎ではない。その性質は熱と明かりだけでなく、質量を有した隔壁としてそこに在るのだ。

 撃ち掛けてくる暗殺者と詩乃らの間を隔て、盤石の封鎖を成している。厚みと硬さがある以上、体に水を浴びて無理やりに突破できるような代物ではない。


 赤みがかった髪を炎風に煽られながら、振り向いたアイネは詩乃たちに手を差し伸べる。


「長くは持たないですけど! えっと、あなたたちは……」

「私は詩乃。こっちはプリムラ」

「詩乃さんとプリムラさん、シャングリラについてのお話を聞かせてもらいます! 一緒に来て!」


 詩乃とプリムラは顔を見合わせつつ、助けてもらったし、と、手を引かれるがままに付いていくのだった。

挿絵(By みてみん)

女子力不足。

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