★一話 駅町の出会い
ラディアと呼ばれる小さな町の、駅に汽車が止まっている。
燃料を補給するための一時停車だ。長旅に疲れた多くの人々が束の間の休息を求め、ホームはにわかに雑然の賑わいを見せている。
立ち上る蒸気と町並み、人々の装いは産業革命時代を思わせる。
だが文明はそれよりも歪に発展を遂げていて、電話網にテレビ、空飛ぶ巨大な飛空挺。バランス悪く発達してきた技術の数々は、魔素を用いた魔術の隆盛によって築き上げられたものだ。
そんな調子に見た目よりは便利な町で、弁当売りが声を張り上げ、サンドイッチの売店には列が並んでいる。
トイレの前では迷子が泣いて、駅員が困り顔でアナウンスを流す、そんな喧騒の中。
「さあ、お次は奇術! こちらのハトを消してご覧に入れましょう!」
大道芸人の女性が朗々と声をあげ、人だかりの中心で芸を披露している。その見物客の輪の端に、二人の少女の姿があった。
軽く背伸びをしながら芸を見つめ、一つ一つの芸にパチパチと拍手を送っている。
「見てよ詩乃! 本当にハトが消えた! え、死んじゃったの!?」
少女らの片方、民俗調の服に身を包んだ、どこか田舎びた印象の少女が目を輝かせて口を開いた。
「わぁ、すごい。でもプリムラ、ああいうのはタネも仕掛けもあるの。別に死んじゃったわけじゃないよ」
もう片方、“詩乃”と呼ばれた少女が、わけ知り顔で“プリムラ”へと訓示を垂れる。
詩乃の服はベージュのワンピース。
淡い茶色の長髪に、頭に被ったつばの広い帽子が印象的だ。名前は東洋系だが、色白な顔立ちには西の血も混ざっているだろうか。
芸人の帽子から白鳩が空へ舞い、「へああ」とプリムラが曖昧な歓声を上げた。
二人の容姿を見るに、十代の半ばを過ぎた頃か。抱えた鞄からは長旅の途中だと窺える。
大道芸人の手元から宙へとカードが舞った。投げ上げたコインを逆の懐へと移し、手にしたステッキを宙に浮遊させ、叩いてクルリと一回転。
観衆からは喝采が上がり、プリムラも合わせて拍手。ひねた目線を送っていた詩乃もまた、思わず拍手をしていた。
と、プリムラの背にトンと誰かがぶつかった。
「わ、ごめんなさい」と振り返るが、そこには既に誰もいない。
首を傾げながら、おもむろに懐へと手を差し入れ……さっと、プリムラの顔が青ざめる。
「げっ」
「どうしたの。変な声出して」
怪訝げに問う詩乃へ、プリムラはカクカクと、機械的な動作で振り向く。
「……られた」
「ん、何って?」
「す、すられた!」
「はぁぁ!?」
怒りと混乱、それに申し訳なさをないまぜにした複雑な表情で、プリムラは詩乃へとすがりつく。
「落としてはないからね!? 今まであったし! ど、どうしよう詩乃! は、半分、財産の半分がぁ!」
「スリを探すよ、今すぐ!」
「わ、わ、わかった!!」
二人が慌てふためくのも無理はない。
年端の行かない少女二人旅、何があるかわからないからと、所持金を半分ずつに分けて持ち歩いていた。
リスク管理は功を奏したわけだが、目的地への道のりはまだ長い。半分で足りるはずもなく、損失はあまりに痛恨!
人混みの中へと消えたスリを見つけ出すべく、二人は振り返り脱兎の勢いで駆け出した。
だが見知らぬ町で土地勘はなく、消えてしまった相手の影すら見つける事が出来ない。そもそも、どんな相手かも知らないのだ。
さらに、不運は重なるもので。
「ふぎゃあっ!?」
「おいガキ、どこに目ェ付けて歩いてやがる!」
周囲に視線を巡らせながら走っていたプリムラが、通行人とぶつかってしまったのだ。それもとびきりガラの悪い男に。
「おうコラ、どこ見て歩いてんだ。有り金出しな!」
「ひ、ひえぇ、詩乃~!」
スキンヘッドの男はプリムラを突き飛ばすと、鬼のような形相で凄んで見せた。
プリムラはすっかり気圧され、半泣きで詩乃へと助けを求めている。
詩乃は俯くとしゃがみこみ、アンティーク調の鞄を開けると、ごそごそと中身を漁り始めた。
殊勝に財布を差し出すつもりか。そう考えた男の虚を突く。立ち上がりざま、彼の顎先へと何かを押し付けた。
二連装のショットガン、その銃口を!
「邪魔なんだけど」
低く沈めた声の詩乃は、引き金にかけた指へゆっくりと力を入れていく。躊躇はない。荒事に慣れているのだろうか?
が、男もまた暴力沙汰に慣れている。とっさに腕を払って銃口をずらすと、詩乃へと勢いよく前蹴りを繰り出した!
「ざけんじゃねえ!!」
男の大声を聞き、見物客がなんだなんだとばかりに集まってきた。
そんな状況は余計に男の怒りを募らせて、彼の額には青筋が浮いている。
辛うじて蹴りをやり過ごし、詩乃は慌てない。
号令めいて腕をさっと横に伸ばすと、プリムラへと声をかけた。
「プリムラ、右腕」
「わかった!」
プリムラは頷くと、自分の右腕を掴み……なんと、肘から先をガポリと取り外してしまった。
「なんだありゃあ!?」
人々がざわめく。怒り狂っている男でさえ度肝を抜かれ、驚愕に目を見開いている。
「撃って!」
詩乃の決断的な指示に応じ、プリムラの右腕、筒状になった付け根が発光――ズドン!!
プリムラの右腕が火を吹き、その勢いはさながら大砲。
絡んできていた男の足元は粉々に砕け、彼は後ろ向きに倒れて白目を向いていた。転んだ拍子に頭を打ったらしい。
「うん。プリムラ、ナイス」
「直撃はさせてないよ!」
人々の驚きを浴びて自慢げに、プリムラはふふんと鼻を鳴らす。
右腕が砲身。その異様な少女を間近でよく見れば、体の関節やところどころにうっすらと継ぎ目があることがわかる。
そう、プリムラは人間ではなく自律人形なのだ。
珍しいものを見たとばかり、周囲に集っていた見物客たちが俄かにざわめき立つ。
「やばい、目立ちすぎた。行くよプリムラ」
そう告げ、詩乃はプリムラの手を引く。
「で、でも行くってどこに?」
困惑に眉を寄せるプリムラ。
そう、どこへ向かうにせよ、とにかく財布を取り戻さない事には話にならないのだ。
詩乃もそれはわかっているのだが、まずは極端に人目を引いてしまっている現状から逃れなくては。
「私たちは逃げなきゃいけないんだから……」
と、背後からポンと、一人の青年が詩乃の肩を叩いた。
「あの、財布取り戻しておいたよ」
青年はふわりと人の良さそうな笑みを浮かべる。が、詩乃は振り向きざまに拳を振り上げる!
「不審者っ!!」
「うぐうっ!?」
鉄拳一閃。詩乃の右アッパーが青年の顎を打ち抜いた。
「ど、どうして……っ!」
驚きに目を見開き、白黒とさせて背後に昏倒。綺麗なノックアウトだ。
慌ててプリムラが青年の背を支える。
「し、詩乃ぉ!? この人不審者じゃないよ!?」
「しまった、気が立ってて……で、誰なの?」
「大道芸人!」
「大道芸人? さっきの? 女の人だったけど」
「私たちが見てた人じゃなくて、その隣でやってたよ!」
プリムラの言葉に、詩乃は脳内に記憶を辿る。
見物していた光景、女性の大道芸人が大勢の観客から喝采を浴びていた場面を思い出す。その脇に……
「あ、いたかも」
そこでようやく詩乃の脳裏に映像がよぎる。
言われてみれば少し隣でもう一人、大道芸人が芸を披露していたような。
しかし芸は拙く、周りにも客がまるで寄り付いていなかった、そんな記憶が薄ぼんやりと蘇り、呟く。
「なるほど、この人が」
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「いやぁ、まさかいきなり殴られるとは」
苦笑いを浮かべ、打たれた顎をさすり、青年はアイスティーを一口含む。
「ごめんなさい。いきなり後ろから手を掛けられたもんだから、つい」
そう答え、詩乃はあんぐりと口を開けてトーストに噛み跡を付けた。
駅前のカフェの一角。
青年のおかげで財布を取り戻した詩乃とプリムラは、お礼と浴びせた一撃のお詫びを兼ねて彼へと昼食を奢っていた。
「せっかちなんだよ。詩乃はさ」
プリムラからの非難に、詩乃はバツの悪そうな表情を浮かべる。
「はは、まあ気にしないで」
大道芸人の青年は苦笑を浮かべつつ、ピンとコインを弾くと手の甲を覆ってそれを隠してみせた。
「さ、二人とも。コインは表裏どっちでしょう?」
芸人らしく、若干おどけた口調で問いかける。むむと唸るプリムラ。
「表!」「裏で」
プリムラは元気に、詩乃は適当に答えた。それを受けて青年はにやりと笑う。
「ふふ、実はコインは……消えているのさ」
甲から片手を退けると、そこにあるはずのコインは忽然と姿を消していた。
「もったいない!」
「や、もったいないとかそういうのじゃなくて、続きがあって……」
詩乃は財布を盗まれかけたばかりで金銭に敏感になっているのだ。
青年はその勢いにたじたじに面食らいつつも、すっと詩乃の帽子を指差した。
「消えたコインは、なんと君の帽子の中に」
「え?」
詩乃は胡散臭げに帽子を脱ぐと、その中を確かめた。
しかし眉をひそめた表情は変わらないまま、少女は憮然と言い放つ。
「……ないけど?」
「あれ?」
手品の不発に、青年は首を傾げながら周囲へと視線を巡らせる。
「そんなはずは」
と、彼の背後、老婦人が肩をプルプルと肩を震わせている。
青年はその様子に気付かず、振り向いて彼女へと尋ねかけた。
「失礼マダム。僕のコインを見かけませんでしたか?」
大道芸人らしく気取った調子で問いかけた青年へ、唾を交えた怒声が落とされる。
「ここにあるわよ!! 私のスープの中に!!」
要は、失敗だ。ペコペコと頭を下げ、青年はスープ代を弁償した。
どうやら仕掛けの手元をしくじり、背後へコインを跳ね飛ばしてしまったらしい。そしてスープの中へポチャリと。
「ポンコツだね」
「客がいないはずだね」
詩乃とプリムラ、二人は白け顔で会話を交わす。
ドヤ顔で披露しておいてこの有様、あんまりにあんまりだ。
「ま、ちょっとばかり見苦しいところをお見せしたわけだけど……」
「今さら有能気取るのは厳しいよ」
詩乃の指摘に、青年はガックリと肩を落としてため息を一つ。
「はぁ。大道芸人を目指しちゃいるんだけど、まぁ、ご覧の通りで」
へらりと苦笑を浮かべ、青年は帽子を取る。
髪は金、赤地のシャツに黒いベストを羽織っている。
背格好は少し細身の中背、顔立ちはそれなりに整っているが、人目を惹くほどの風貌でもない。
「とりあえず自己紹介。僕は兵馬。兵馬樹っていうんだ」
「ひょうま、さん? 変な名前だね」
青年の名乗りに、詩乃は不躾な言葉を返す。
「はは、まあ、よく言われるかな」
「私は佐倉詩乃。こっちの眉毛が太いのはプリムラ」
説明を太眉の一言で雑に済まされたプリムラがギィギィと喚くのを横目に、兵馬は詩乃の名前に興味を示した様子だ。
「ふーん、君も東洋系なんだね」
「ナンパとかはお断りなんで」
詩乃が返したのはにべもない返事。お嬢様然とした格好の割に、どこかシニカルな雰囲気を漂わせた少女だ。
冷たいようだが、十代の少女が旅をしていれば身の危険も多い。特に旅人の行き交う駅町はトラブルも多い場所だ。警戒心は持ちすぎるくらいでちょうどいい。
そんな詩乃の言葉に兵馬は首を傾げ、少しの後、「ああー」と納得した様子で唸る。どうやらナンパという意識は微塵もなかったらしい。
「ごめんごめん、確かにそう見えるな。けど違うんだよ、そんなつもりはまるでなくって……」
「財布を抜き取ったのはあなたなのに?」
「……」
鋭く問われ、兵馬は目を丸くして息を飲む。
それからお手上げとばかりに諸手を挙げた。
「なんでわかったんだ?」
「げっ……」
「うわぁ」
詩乃とプリムラが同時に表情をしかめた。どうやら確信があったわけではなく、カマをかけてみただけだったらしい。
「しまった」と呟いた兵馬だが、露見してしまえば対立は免れない。
詩乃はショットガンを抜き放ち、同時に兵馬も銃を構えている。
互いの額へと銃口を突きつけた状態で、兵馬は詩乃へと問いかけた。
「やけに気が立っているみたいだけど、その警戒心はどこから?」
「……追われてるの」
「へえ、誰に」
「殺し屋に」
プツリプツリと短いやり取りの途中、突然に飛び出した物騒なフレーズが兵馬の興味を惹いた。
“殺し屋”と。
「なるほどね」
ぽつりと呟くと、兵馬と詩乃は同時に引き金を引く。
鳴り響いた銃声。明確な殺意を持った銃弾が、それぞれの銃口から放たれた。




