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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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十五話 動き出す計画

 そろそろカミロは寝た頃だろうか。そんな事を考えながら、ファミレス食を満腹に堪能した兵馬はアルベール家への帰路へと就いていた。

 時刻も更け、夜街には極彩(ごくさい)、いかがわしげなネオンが灯っている。

 軽薄な表情の呼び込みたちが路上に立ち並び、その目は爛々(らんらん)と。


 目も眩むような賑々(にぎにぎ)しさ、田舎者なら思わず尻込みしてしまうような光景。

 だが兵馬は意に介した様子もなくその中をすり抜けていく。


 彼の出身地は都会なのだろうか?

 今のところ、誰にも細かい身の上は語っていない。リュイスからの事情聴取でさえ適当に煙に巻いていた。


 ふと天を仰ぎ、はぁ、と小さく溜息。帰ればカミロの相手をしなくてはならない。それが憂鬱なのか、足取りはなんとも重たい。

 夜風の抜けるオープンテラス、酒場の横を通り抜け、活気溢れる光景へと憧憬(どうけい)の目を向けた。


「まったく、酒でも飲んで眠りたい気分だよ」


 しかし金がない。肩を落とし兵馬が立ち去って行き……

 

 今し方、兵馬が去っていった、その酒場。

 目を向けていたオープンテラス席の中に、二人の青年が腰を下ろしている。

 二人は共に酒を手にしていて、その片方、これといって特徴のない青年が声を発する。


「なぁリオ。例の仕事、どうなんだ?」


 リオ。そう呼ばれた青年は偉丈夫とでも呼ぶべき体格をしている。

 330mlの小ぶりなビール瓶を片手に、野性味のある笑みを口元に浮かべた。


「順調だ。余裕でイケるぜ」


 髪は無造作なセットながら、色味は雰囲気を感じさせるゴールドアッシュ。

 上質な艶のあるフライトジャケットを羽織っていて、大柄かつ鍛え上げられた体に良い塩梅(あんばい)にフィットしている。

 首元にフライトゴーグルをぶら下げているのを併せ見るに、彼はどうやら飛行士らしい。


 笑みに唇から歯を覗かせ、表情が強い。が、その顔立ちからは育ちの良さも感じられる。

 グビリと煽って一瓶を空にし、片手を挙げて店員へと声を掛ける。


「ビールもう一本。あとピザ。このペパロニのやつ」


 メニュー表を指差しウェイターへと注文を済ませ、それとは別に店内の女性店員へと目を留めて口笛を鳴らす。


「おっ、好みのタイプだ」


 リオ・ブラックモア。自前の飛空艇を駆り、武器商人を生業とする青年だ。

 一般に、飛空艇乗りには荒っぽい(やから)が多い。彼もその多分に漏れず、酒! 金! 女!と三拍子を並べた生活を送っている。

 

 そんなリオへ、テーブルを挟む青年が呆れ気味の声を上げる。


「まーた手を出す気か。お前、いつか刺されても知らないからな」


 広大なユーライヤ教皇国全域を飛び回って商売をするリオには、各地に親しい女性がいる。

 その人数は二人や三人ではなく、優に二桁へ届いている。“まーた”と言われる通り、見境(みさかい)節操(せっそう)のないタイプなのだ。


 責任の取れない事はしてねえよ、とは本人の弁。


「お前が地味すぎんだよエドガー。空の男は遊んでこそ(ハク)が付くって言うじゃねえか」


 荒々しい男たちの業界、そういう風潮は確かにある。が、リオの相棒の青年エドガーは渋い顔を。

 堅実誠実をモットーとして生きている男だ。


 お姉さん彼氏いんの? いない? マジか~美人なのに! 俺飛空艇に乗ってんだけどさ、etcetc.

 ベラベラと話しかけるが、店員は途中で会話を切り上げ去っていった。


「ほら、忙しそうにしてるじゃないか。迷惑だろ」

「背の高い子が好きなんだよ、俺は」


 エドガーからの忠告や警告の類をリオが聞き入れる事は少ない。

 遊びが過ぎれば火の粉を被る。エドガーの警告は至極真っ当なのだが、リオはまるで意に介さず女性店員を目で追っている。


 とはいえ二人の付き合いはそれなりに長く、お互いに気にする様子はない。


 運ばれてきたチープなピザを齧り(かじ)りつつ、二人は他愛もない会話を交わす。

 話題はもっぱら店内のテレビ。魔術で相手のコートへ鉄球を叩き込むスポーツが中継されていて、二人の贔屓(ひいき)チーム同士が対戦しているのだ。


 風の魔術が螺旋を描き、精緻に制動された鉄球が高空から降り注ぐ!


「ほら見ろよ、やってやったぜ!」


 リオの贔屓(ひいき)チーム、ベルツ39ersへと3点が追加される。巨大な工業都市である“ベルツ”をホームタウンとする金満球団だ。

 対してエドガーの贔屓は弱小チームで、大差を付けられての劣勢に苦い顔。と、店内に悲鳴が響く!!


「ああん?」

「悲鳴が聞こえたけど、なんだろうな」


 リオとエドガーは声のした方向、店内へと目を向ける。

 そこにはいかにもガラの悪い男が二人。今し方リオがナンパを試みていた女性店員の手を掴んで絡んでいる。


「やれやれ、荒っぽいな」とエドガー。


「港湾労働者だな、ありゃ」


 タバスコで赤く染まったピザを一切れ口へと押し込み、咀嚼(そしゃく)しながらリオが呟く。


 セントメリアは国軍のお膝元。スラム地区までを含めても治安の良い街だ。

 だが、港湾地区だけは荒れた印象がある。流れ者や、(すね)に傷のある者が多く就労しているのだ。


「ちょっと付き合えよ」

「お客様は神様だろうが、オラ!」


 焼けた肌に刺青が目立つ二人組。

 屈強な体格は恐ろしげで、周りにいる客たちも声を掛けられずにいる。


「おいおい見ろよ、天は我に味方せりってか?」


 リオはさらに一切れピザを口へと運んでムシャリ。


「リオお前、俺の分まで食うなよ」


 八等分、一人頭4枚のピザ。だがリオの口の中にあるのは5枚目だ。

 エドガーは顔をしかめて抗議するが、掌をひらり、受け流してリオは立つ。ズカズカと足音も(あら)わに、女性店員に絡む男たちへと歩み寄っていく。


「おい」

「ああ? なんだテメ……ぐげっ!!」


 リオの拳が悪漢の顔面を捉える! 殴られた男は呻き、よろめき、鼻血を垂らしてたたらを踏む。

 リオに対話の意思はゼロ。不愉快な相手をブン殴る。ただそれだけのシンプルな思考に沿って、もう一発!!


 怒声、物が壊れる音。殴り合いが開始される!

 リオは一人、相手は二人。だがエドガーは頬杖をついてぼんやりと戦況を眺め、加勢の意思はまるでないようだ。


「毎度、喧嘩っ早いな」


 飛空士には血気盛んな者が多く、喧嘩慣れしたリオは二人相手を苦にしない。

 殴り合いくらいは日常茶飯事。常々行動を共にしているエドガーからすれば特に気にすることでもない。


「らあっ!!」


 180後半の高身長を活かし、高い打点から拳の振り下ろし。

 鉄槌めいたリオの一撃が悪漢の片割れの脳天を叩き、数分の殴り合いが一段落を迎える。


 特殊な戦闘訓練を受けたわけではない。カウンターを受け、リオの顔面にも殴打の傷跡が残されている。

 それでも怯まず、身を沈め気味にもう一打! ジョルトブローが勢いよくクリーンヒット、二人目が大の字に床へと伸びる。堂々の勝利。リオは勝ち誇った顔で親指を下へと向ける。


「寝てなチンピラ!」


 客からは喝采(かっさい)

(お前も十分チンピラだよ)とエドガーは笑いつつ内心に呟く。


「あの、助けてくれてありがとね」


 リオへと声を掛けたのは絡まれていた女性店員だ。同年代か、少し年上か。モデルのように背が高い。

 それは彼のストライクゾーンど真ん中を射抜く容姿で、リオはたちまち相好を崩して彼女の手を握りしめる。


「いやいや怪我がなくて良かった。なぁ、良かったら連絡先教えてくれない?」

「それより怪我を冷やした方が……」


 怪我を気にする様子もなくアプローチを掛けていく様はなんともガツガツとしている。

 肉食系と呼ぶべきか、良くも悪くもひたすらバイタリティに溢れた男だ。


 と、倒れた男が呻きながら身を起こす。その手に輝くのはナイフの切っ先!


「おい、気を付けろよ」


 エドガーが声掛け。

 察し、 リオは刃物へ応対すべく転がっていた酒瓶を手に取った。


「危ない!」


 叫び、女性店員がリオと男の間へ割って入り……ずぶ、と。刃物が女性へと突き刺さっている。

 

 騒然、酒場を悲鳴が包みこむ!

 刃渡りは12センチ。大ぶりな刃ではないが、人が刺されたという事実が人々をパニックへ陥れる。

 もはやありがちな喧嘩ではなく、殺人未遂だ。


 幸い、女性店員が刺されたのは腕。命に関わる怪我ではない。と、悪漢は彼女を蹴り飛ばす。


「邪魔だクソアマ!」

「きゃあっ!」


 悪漢二人の目には既にリオしか映っていない。知性に欠ける彼らにとって、殴り合いで負けるのは屈辱らしい。

 悪漢の片方は大柄、片方は小柄。古典的なファンタジーに例えればオークとゴブリン、そんな容姿の二人組は憎悪に瞳を(たぎ)らせる。


「ブッ殺す!!」


 荒く息巻く二人組に殺気、刃物を手にリオを睨む。重心を前に傾ける。体重を乗せ、体ごとナイフを刺そうとしているのだ。

 瞬間、パン! と銃声。


「は……?」


 ぐらりと体を傾がせたのは悪漢の片割れ、女性店員へとナイフを突き立てた大柄な男。

 発砲に硝煙が(くすぶ)る。銃を手にしているのは……リオだ。


「あ? なに、銃……!?」


 リオの手には小口径の短銃。

 銃弾が撃ち抜いたのは男の額。目にも留まらぬ早撃ちだ。


 だが今、問題は銃の取り回しの技術ではない。

 街中で、衆人の目がある中で、何の躊躇(ちゅうちょ)もなく人を殺し……構わず笑む。


「バカな、こいつ、こ、殺……!」

「殺った殺られた。命の取り合いを仕掛けたのはテメェらだ」

「く、狂ってやがる!!」

「そうかい」


 発砲! 二発目の弾丸は極めて的確に、もう一人の心臓を射貫いた。

 一見すれば熱血漢。だが、銃弾を放つ瞬間のリオの瞳には淡々とした光が宿っている。

 殺すと決めれば即、迷いなし。

 リオ・ブラックモアはそういう男だ。


 目には目を、歯には歯を? そんな考え方はヌルいと嘲笑(ちょうしょう)

 拳には鈍器を。刃には銃を。それが彼のポリシー。


 リオは自身の信念に忠実に、悪漢二人へと死を以って制裁を加えてみせた。

 刃物の恐怖に騒然としていた酒場の人々は一転、突如の発砲と殺人に静まり返る。


 しかし、客たちは恐慌へと陥らない。

 発砲者のリオは既にその短銃を懐へとしまい込んでいて、殺人者であれど、悪漢たちより秩序を持ち合わせている。そんな雰囲気を感じさせているからだ。


「アンタ、大丈夫か?」

「あ……はい……」


 刺された女性へと声を掛ける。


 傷は二の腕、大きな血管が損傷した風でもない。

 やれやれと一つ安堵の息を吐き、リオは手近にあった清潔な布巾を引き裂いて応急処置を済ませた。


「庇ってくれてありがとな。で、これは俺の連絡先なんだけど」

「そ、それより、捕まっちゃいますよ?」


 あくまで先に暴れたのは悪漢たち。

 一応の理はリオにあれど、殺人は殺人だ。


 巻き込まれるのを恐れ、早々に店から逃げ出した客もいる。既に軍へと通報が行っているだろう。

 事を収めるために軍人が来てみれば死体が二つ。いかに荒事に慣れていようと法律からは逃れられない。

 

 女性店員の心配は妥当で、しかしリオにはまるで動じた様子がない。

 喧嘩に荒れた店を眺め、おもむろに懐から札束を掴み出して店長へと手渡した。


「修繕費と迷惑料。と、客全員の支払いはそこから引いてくれ」


 居合わせた客全員へ奢ると言っているのだ。


 なんだ? 口封じの買収のつもりか?

 店内の全員が身を硬くする。


 が、リオは「全員奢るぜ。好きに飲めよ!」と一声だけ発してビール瓶に口を付ける。


「あの、逃げたりしなくて大丈夫なんですか……?」


 おずおずとした女性店員の問いに、リオは軽快に一笑を返す。

 

「大丈夫大丈夫。頼りは親の七光りってな」


 七光り。そう、リオの親は息子の殺人を揉み消せるほどの権力を有している。

 実家であるブラックモア家は国内有数の豪商。軍需産業で巨万の富を成したのが彼の父。


 堅苦しい立場を嫌い、好きに生きるべく親友のエドガーと飛び出したのが長男にして一人っ子のリオだ。


 反抗として家を飛び出した。が、使えるコネは存分に使う。

 父は一人だけの息子である自分へと甘い。今でも一報を入れ、軽く頼めば大抵の願いは聞き入れてくれるのだ。


 親の威光をかさに悪事を働くつもりはない。

 だが、生き方を貫くためなら七光りを使うことは厭わない!


 究極の自由人でいられる権利を生まれの幸運で手にしたのだ。それを矮小(わいしょう)なプライドから縛り、制限するのも馬鹿馬鹿しい話。

 柔軟かつ合理主義、その辺りは商人の息子らしさと言えるのかもしれない。

 一般に流通していない技術である高価な連絡用のデバイスを指でなぞり、軽い調子で父へと連絡を入れる。


「親父、揉み消し頼みたいんだけど」


 やがて訪れた軍人たちは目を伏せ、リオへ視線を寄越すことなく淡々と現場処理と死体の回収を終えて帰っていった。


「あの連中にも家族がいたのかね。ま、知ったこっちゃないが」


 ナイフには銃で。リオはそんな行動理念に準じたのみ。

 結果、少なくとも女性店員は救われた。


「よくやるよ、全く」


 エドガーが掛けてきた声へヒラリと手を上げ、壁のポスターへと目を向ける。

 自由かつ無法に生きるリオは、次の仕事の対象へと狙いを定めている。


 宮廷音楽家シャルル。その隣には宮廷歌手リーリヤ。

 前王の法要式典で楽曲を披露する二人だ。


 “仕事”とはいえ、金銭に困ったことのないリオは稼ぎではなく面白さを基準に仕事を選んでいる。


 右手に銃を象り、シャルル・アルベールの隣、うら若く美しき宮廷歌手リーリヤへと照準を定める。


「この女を誘拐する」


 一陣の強風が、夜街を駆け抜けた。

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