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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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十四話 人見知り少女と老魔術師

 一方、アルベール家。

 兵馬が飛び出していってから一時間ほどが経過している。

 帰ると言っていたノーラだが、諸々の掃除や片付けをしているうちにすっかり夜分。


「私は帰るけど……シャルル、あんまり飲みすぎないでね」

「善処するよ、ノーラ」


 曖昧な口ぶりを見るに、あまり節制の気はないらしい。

 そんなシャルルの様子に、リュイスは呆れも(あら)わに息を吐く。


「その歳でアル中かよ。理解できないぜ、酒飲みって奴は」


 リュイスは23歳。

 既に成人しているが、アルコールはまるで飲めない下戸(げこ)だ。


「それじゃあ詩乃ちゃん、プリムラちゃん。また明日」


「ん、またね」

「帰り道気をつけてねー!」


 行く宛もない。節約もしたい。必然、詩乃たちは数日この家に留まることになりそうだ。

 毎日通っているノーラとは明日も顔を合わせることになるだろう。ある程度打ち解けることができたのは幸いか。


 玄関を開けると外はすっかり夜。

 慣れた道とは言え、貧民街の夜の一人歩きは流石に危険だ。

 

 だが問題はない。ノーラとは隣家住まいのリュイスとは帰り道が同じ。二人もまた幼馴染だ。


「お、終わったかい」


 玄関脇に座っていた騎士ニコラが声を掛ける。


「悪いな、一時間も待たせちまって。だから上っとけって言ったのによ」

「いやあ、気にしなくていいさ。僕って結構気を使うタイプだから」


 良い人然としたゆるめの笑顔、テノールボイスが印象的な男だ。

 リュイスとは気安い関係で、仕事終わりに飯でもと連れてきていた。


 夜の街。

 ふと見れば道端では、いい年をした大人の男がヘラヘラと笑いながらタンポポを毟っている。

 春の陽気のせいだろうか、相変わらず街には夢見心地の狂人が多い。

 あるいは蔓延(はびこ)る薬物のせいか……。


 さておき、騎士二人に伴われての帰り道ならノーラに危険はないだろう。


 三人を見送った詩乃たちは屋内へと戻る。

 カミロは二階で作業をしているようで降りてくる気配がない。


 シャルルはまだアルコールが抜けていないようで、来客が帰ってネジが切れたかのように再びソファーへとへたり込んだ。

 そんな青年へと詩乃は文句を。


「お腹減ったんだけど。ノーラさんが置いていってくれた料理、食べないの?」

「俺は後でもらうから。好きに食ってくれ」


 そう言うとシャルルはテレビのリモコンを片手に、当たり障りのないバラエティへとチャンネルを合わせて気力なく眺めている。


「じゃ、食べよ食べよ」


 プリムラはお構いなし。気にした様子もなく食卓へと着座する。


「食べよう詩乃!」

「……ま、いっか」


 居候させてもらう身で、しかも初日。家人よりも先に食べ始めて良いのかと詩乃は気になるのだが、仕方なく着座する。 


 無愛想だが変に気を使うタイプ。

 そんな詩乃は、来客のノーラたちが帰って静まり返った他人の家に落ち着かなさを覚えている。

 ノーラの料理はどれも美味しい。が、落ち着かない環境で食べる食事は味がイマイチわからない。


 そんな詩乃を尻目に、プリムラは「美味しい!」と無邪気な笑顔を浮かべている。


(兵馬はどこをうろついてんの。早く帰って来なよ)


 内心に過るそんな思い。あんなのでも一応、いれば気まずさは紛れる。

 そんな事を考えていると、ガチャリと音を立てて奥の部屋から老人が現れた。

 アルベール家の主、シャルルの祖父ゲオルグだ。

  

「ああ、疲れた疲れた」


 背を反らして体を捻り、腰をトントンと叩きつつ老人は居間へと歩いてくる。

 途端、人見知りの詩乃は硬直する。口に入れた野菜をモゴ、モゴと咀嚼(そしゃく)しつつ、ガチガチにこわばった表情で一言。


「お先にいただいてます……」


 詩乃が思うに、老人というのは得てして当たり外れが多い。


 世間一般に、“温厚”、“智慧者”、“人生の先達”と扱われることの多い老人だが、とんでもない。


 どんな馬鹿も粗暴者も老いては老人。まともだった人間も老いれば耄碌(もうろく)する。ボケてしまえば賢者も形無し。


 むしろ厄介なのが多いんだよね、年寄りって。……とは詩乃の考え。

 とにかく警戒に身を竦めていて、無遠慮にパクパクにこにこと食事を続けているプリムラとは対照的だ。


 だが、ゲオルグはそんな二人の様子を見比べ、知的かつ好々爺(こうこうや)めいた笑みを浮かべてみせた。


「すまないね、お客様を放っておくような真似をしてしまって」

「いえいえ、お構いなく! おじいさんも一緒に食べよう?」


 つくづく図太い。

 老人を食卓へと手招きする人形少女の人懐こさに、詩乃は呆れと感心を抱く。


「では、ご相伴(しょうばん)させていただくよ」


 食卓を挟み、ゲオルグはノーラの作ってくれた料理を皿へとよそって食べ始める。

 老人ながらに中々の健啖家(けんたんか)らしく、皿にたっぷりと料理を盛っている。

 歯応えのあるパンを嚙み切り、トマト煮込みと一緒にモグモグと。マリネにサラダに、気持ちのいい食べっぷりだ。


 わぁ……と眺めている詩乃とプリムラに気付き、照れたように頭を一掻き。


「いや、お恥ずかしい。朝から何も食べていなくてな」


 そう言って口を綻ばせる。笑った老翁の目元はシャルルに似て、祖父と孫の血縁を確かに感じさせる。


「あの……食事せずに、何を?」


 詩乃が問う。

 捉えようにプライベートの詮索だが、少なくともそれくらいの質問で怒り出すような老人ではなさそうだと判断しての問いだ。

 老人は朗らかな表情のまま、先ほどまで篭っていた奥の部屋へと視線を向ける。


「少々、魔術の研究をな」

「魔術師なんですか」

「なぁに、老人の趣味さ。さて、ご馳走様」


 ふと見れば、こんもりと料理の盛られていたゲオルグの皿はもう空だ。

 テーブルに着いてから3分と経っていない。なんという早食い!


「早っ!?」

「はやっ!」


 詩乃とプリムラは双子のようにリアクション。いや、誰でもこう反応するだろう。

 そんな反応に慣れているのだろう。ゲオルグは軽く笑って食器を流しへと運ぶ。


「研究が道楽でね。少しでも時間を割けるようにと早食いになってしまった」


 あまり老体には良くないだろうが…と付け加え、スポンジを泡立てて食器を擦っている。


「すごいなー」とはプリムラ。

 思考回路が単純至極な彼女にしてみれば、大食い早食いは一つの華なのだ。


 対して、詩乃はその食べ方よりも別の点を気にしている。


(食事をこんな雑に済ませてまで研究って、一体どんな?)


「見てみるかね、私の部屋を」


 老人の言葉に、詩乃は「あ、いや……」と慌て気味に返事。

 思考を覗かれたようでバツが悪かったのだ。


 と言っても、ゲオルグは別に考えを読み取ったわけではない。

 老人が寝食を投げうち研究に夢中になっていると聞けば、興味を示す人が多いのは当然。


「見たい見たい!」とプリムラ。

 詩乃も「じゃあ……お願いします」と。


 ゲオルグからすれば二人共に孫の年。

 まあ人形のプリムラの実年齢は不詳なのだが、それはともかく二人は老人の研究室へと招き入れられる。


 そこは異様にして静謐(せいひつ)、鼻に絡む古草の芳香。言い知れない深々の漂う空間だ。


 さほど広い部屋ではない。

 壁際には大きめの研究机と椅子。その上にはフラスコやビーカー、他に用途のわからない品々。

 書架には言語も新旧も様々、大量の魔術書が並べられている。さらに戸棚には魔力鉱石や触媒の数々……

 素人目にもはっきりとわかるほどに本格的で、とても“趣味”という域には見えない。


 とりわけ目を引くのは壁一面に貼られた紙。

 複雑な術式らしいものがビッシリと書きつけられていて、威圧さえ感じさせる光景だ。


「わぁ……」


 詩乃の口から思わず感嘆が漏れる。

 魔術に関する知識はないのでまるで意味はわからないが、とりあえず凄い。


「これは全部魔術ですか」

「うむ、そうだ。落書きじゃあないぞ」


 そう言ってゲオルグは軽く笑う。

 雑多な文章に数式や図形、読めるだけの知識がないので確かに無為な落書きにも見える。

「はは……」と、詩乃は老人の冗談に薄く愛想笑いを返した。


 面前の紙の数々が老人にとってどれだけの価値があるのかわからず、ジョークにどう返せばいいか迷い、結果が曖昧な愛想笑い。

 この愛想笑いという表情を作るのが昔から苦手で、口元が引きつったような顔に。

 変に気を回して失敗する辺りはコミュ障とでも呼ぶべきか。


 幸い、ゲオルグは温厚だ。

 詩乃の微妙な顔に気にした様子もなく、棚から枯木のような触媒や(スミレ)色の小瓶を取り出して机へと並べている。


 と、プリムラが声を上げる。


「あれ! これってアイネちゃん?」


 詩乃が目を向けると、プリムラは一つの写真立てを手に取っている。


 写真には10人ほどの人々が並んでいて、中央にゲオルグの姿。

 その中には巨人ピスカとの戦いで詩乃と肩を並べた魔術師の少女、アイネの姿も映されていた。


「本当だね」


 記念写真のような雰囲気だが、年齢も性別もバラバラ。一体どういう集まりなのか。


「おや、君たちはアイネ君と知り合いだったか」


 二人のアイネへの反応に、ゲオルグが興味を示す。


「ふむ、あの子は優秀だ。素晴らしい魔術師になるだろうな」

「あの……これ、どういう集まりなんですか?」

「私が宮廷魔術師を引退した時の記念写真だよ」


 事もなげにそう言うので、詩乃は大きくリアクションを示すのに失敗し、「あー……」と相槌。


「宮廷魔術師ってすごいんだよね? ゲオルグさんやっぱりすごい魔術師なんだ!」


 その分の反応はプリムラが示してくれた。すごいを二度並べる語彙力の乏しさはともかく、いい驚き方だ。

 

 ゲオルグ曰く、写真に写っている全員が宮廷魔術師だという。

 つまり、この一枚にユーライヤ教皇国における魔術師の最高峰が勢揃いしているというわけだ。


「確かに、みんな頭良さそう」

「はは、そうかもしれんね」


 アイネを除けば全員が大人、それも老年が多い。いや、よく見れば端の方にもう一人、詩乃と同じほどの歳に見える少女がいる。

 さておき、子供でその座にいる希少性に変わりはないだろう。

 

 詩乃はアイネに聞いた宮廷魔術師の説明を思い起こす。

 武力としての魔術を評価されて登用される者と、研究面の功績を認めれられて登用される者がいるという。もちろん、両面に秀でているのが最善だが。


 アイネの場合、火術の圧倒的な才を認められたそうだ。


「アイネは天才なのさ」とは列車内で聞いたルカの弁。


 アイネ本人はまだ若いこともあり、自身の立場に重圧と力不足を感じていると言っていた。

 だが、写真で大人たちと肩を並べているのを見ると、彼女の力量に実感が湧く。


「へー、すごいんだなー」とプリムラが呟いた。


 写真の中の見知らぬ人々を眺めている中、詩乃は一人の男に視線を留める。


「この人……」


 特徴的な大型の帽子を被っていて、アイネほどではないが歳若い。外見は20代の後半ほど。

 口元には静かな笑みを浮かべているが、どこか影のある眼差しだ。


「わ、詩乃ってそういう人がタイプなんだ!」


 横でキャッキャとプリムラがはしゃぐ。恋話の類が大好きなのだ。人形のクセに。

「そういうのいいから」とテンションも低く制し、詩乃は顔を伏せて考え込む。


「どこかで会ったことあるような……」

「ああ、彼はザシャ・エーヴェルト。宮廷魔術師にして六聖(ベネデッタ)。今この国で最も優れた魔術師だよ」

「ザシャ、エーヴェルト」


 ゲオルグが名前を教えてくれたが、特に聞き憶えはない。


(気のせいかな)


 小首を傾げ、手にしていた写真立てを机に置いた。

 

「ちなみに、壁に貼ってある研究は全てエーヴェルト君に頼まれているものでな」

「へえ……仲がいいんですか」

「さて、どうだろうか。彼は変わった男だからな」


 笑みを含んでそう言うと、ゲオルグは机の上に置いてある冷めたコーヒーを一息に飲み干す。


「私が研究にかかりきりで、カミロには寂しい思いをさせてしまっているが……完成させねばならんのだよ。この魔術だけは」


 そう口にすると老人は椅子を引き、机へと向かい紙へと文章を書き記し始める。

 その眼差しは強い意志を感じさせるもので、ここにいては邪魔になるだろう。


(行こっか)


 目線で伝えあい、詩乃とプリムラはそっと部屋を後にする。

 集中すると周りが見えなくなるタイプなのか、ゲオルグは先程までのにこやかな表情を忘れたかのように作業へと没頭している。

 魔術師は変わり者ばかり。彼も多分に漏れないらしい。


 居間に戻り、兵馬はまだ帰ってきていない。


(まあ、別に待つ義理もないし)


 詩乃は心中でそう独り言ち、両手を組み合わせて小さく伸びを。と、不快感。どうにも全身が埃っぽいのだ。


 考えてみれば昨日から風呂に入れていない。

 わりと綺麗好きな少女、旅路にあっても一日一度はシャワーを浴びたいタイプだ。


 浴室は廊下にある。

 使用の許可は得ていないが、泊まらせておいて風呂場は使うなという話もないだろう。

 詩乃は着替えを片手に浴室へ。と、プリムラへ一言。


「見張りよろしく」

「えー」


 代謝のない人形に風呂は必要なし。文句を垂れるプリムラを残し、浴室へと姿を消した。

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