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斜陽世界《アフターグロー》に終止符を  作者: 抹茶
聖都セントメリア編
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十二話 恋人未満

 二度、三度と、どこか遠慮がちなノック音が続く。

 意識のほぼ全てを眠りへと落としかけていたシャルルは顔を起こし、「どうぞ」と声を掛ける。


「どうぞって、それなら鍵を開けないと」


 呆れ気味にプリムラが言い、そして扉へと歩み寄って引き開ける。


 そこに立っていたのは一人の女性だ。詩乃よりは少し上程の年頃か。

 髪は黒味がかった茶のショート、切れ長な瞳が少し驚いたようにプリムラを見つめている。


 向けられる視線はやたらに一点、プリムラの眉間の辺りを見据えていて、プリムラはその瞳の中にどこか偏執(へんしゅう)的な光を見る。


「えっと、どうぞ」


 その視線に居心地の悪さを感じつつ、プリムラはおずおずと申し出る。

 女性の目線は少女人形よりもわずかに高い。どこか見下ろすような印象の目で、けれど口調は丁寧に。


「……あなたは誰かしら?」と尋ねてきた。


「その子は客だよ。ノーラ」


 声を掛けたのはシャルルだ。

 アルコールに顔を赤らめたまま、机から上体を起こして片手を挙げる。


 ノーラ。

 そう呼ばれた女性はその様子を見て軽くため息を吐き、室内を歩み寄って甲斐甲斐(かいがい)しくシャルルへと水を飲ませる。


「また昼間から酒を飲んで。体を壊すわ」

「大丈夫……大丈夫さ」


 どこか朦朧(もうろう)と、視線を宙に彷徨(さまよ)わせるシャルルの身を支えるように手を貸し、仕方ないんだからとばかりにわずかに笑み。

 次に詩乃へと視線が向けられ、ノーラは「どなたですか」と。


 プリムラへ向けていたのと同様、強い敵意を感じさせる目。


(あっ)と。

 詩乃は諸々を察し、厄介に巻き込まれる前に片手を上げ。「ただの客です」と名乗る。

 そんな気のない表情に、ノーラは浮かべた悋気(りんき)を霧消させる。


「彼女さんですか?」とプリムラが尋ね、シャルルは「幼馴染だよ」と返す。 


 そうは言うが、ノーラの側は“ただの”幼馴染の表情ではない。

 部外者、見知らぬ女である詩乃とプリムラへの警戒は未だ解かれておらず、値踏みするような視線が痛い。


 と、酔いどれていたシャルルが口へと水を含み、少しばかりの正気を戻す。


「ノーラ、その荷物は?」

「今日も夕食を作ってきたの。みんなで食べてね?」


 そう言い、手提げからタッパーを取り出して机に置く。

 二個、三個と並べられる箱の中には煮物に焼き物、野菜や魚介を鮮やかに取り合わせたマリネまでが入れられていて、豪華で見た目にも美しい。


 パーティーか何かだろうか。

 そんな感想を抱いてしまうほどに余所行きの料理の数々に、詩乃とプリムラは思わず息を飲む。


 だが、シャルルはそれほど驚いた様子もなく軽く礼を。


「毎日ありがとう、ノーラ」

「ううん、私が好きでやってることだから……」


(毎日? こんな料理を……?)


 詩乃はもう一度驚かされ、プリムラが無邪気に口を挟む。


「すごい! ノーラさん料理上手なんだねー」


 プリムラはまっすぐ、人心の機微(きび)にあまり気を払わない。

 だが、その態度はかえって目の前の嫉妬気質な少女からの敵意を薄れさせたようだ。


「ありがとう。量はあるから、あなたたち二人も食べてね」


 裏のない人形少女の無垢はノーラへと伝わったようで、二人は彼女にとっての敵対者でなく客人だと認識したらしい。

 詩乃はほっと胸を撫で下ろす。ノーラがシャルルへと好意を抱いているのは明白だ。恋敵などと見做されたのではたまらない。


(そういうの、面倒臭い)と詩乃。

 アブノーマルな人々に育てられたせいか、若い女子だというのに感性は灰色。


「シャルル、何か食べたい物はある?明日作ってくるわ」

「いや、特には……ああ、そういえばじいさまが煮魚を食べたいって」

「ゲオルグ様が? わかったわ。それじゃあ明日は煮魚にするね」

「はは、きっとカミロは嫌がるな」


 へらりと笑うシャルル、比べてノーラは眉を斜めに思案顔。


「カミロは好き嫌いをなくさないと。でもそうね……魚だけじゃ可哀想だし、クッキーでも焼こうかな?」

「いや、甘やかさなくていいよ。あのワガママ小僧は」

「ううん、カミロのためだけじゃなくて。シャルルにも食べてほしいな……って」


 詩乃とプリムラがいるのはお構いなし。ノーラは延々と二人での話を続ける。

 彼女はシャルルの気を引きたくてたまらない様子だが、シャルルはあくまで友人と見ている。詩乃の目にはそんな調子に見えている。


 シャルルに食べてほしい、という、割に直球な好意のアピールにも関わらず、「俺は甘い物より塩気のあるものがいいよ、酒に合うやつ」と適当な返し。


(こいつ、アルコールで頭のネジが飛んでるんじゃないの)と詩乃は考える。口を挟むつもりはないが。


 そんな様子でまるで好意に反応を返さないシャルルだが、決してノーラを悪く思っているわけではない。


 シャルルの両親は既に他界している。祖母も同様。

 祖父と養子の弟と、食卓が単調になりがちな男三人暮らし。そこへ足繁く通って食事を作ってきてくれる幼馴染を大切な友人だと思っている。

 それは食事を作ってきてくれるからという現金な理由だけでなく、子供の頃からお互いを知る親友として。


 だが、距離感が近過ぎる。

 シャルルがノーラを見る目は恋人ではなく家族の視線であり、食事を作るというノーラの試みは不幸にも、恋人ではなく家族という感覚を強めるばかりだった。


 そして、若くして宮廷音楽家というエリート中のエリートであり、かつ眉目秀麗(びもくしゅうれい)なシャルルは女性から好意を寄せられる機会を山ほどに得ている。

 10代にして様々な年恰好の女性たちとの恋愛もどきの数々を経て、異性に感情を揺さぶられることに飽いている。


 その意味ではきっと、気心が知れて身構えずに済むノーラという少女はシャルルにとって相性のいい存在なのだろう。

 だが、それに気付けるほどには成熟していないのだ。


 そして、日々異性からの慕情(ぼじょう)を集め続けるシャルルの姿はノーラの嫉妬心を強め続けている。


(そんなとこだね、きっと)と、詩乃。

 色恋沙汰に関心自体は薄いのだが、育った特殊な環境のせいで否が応にも耳年増な少女だ。

 二人のやりとりと細かな表情を見ただけで、その関係性を目敏く感じ取っていた。


 そして諸々を察した上で改めて、

(面倒臭い)と内心に呟くのだった。



 ……そして、しばらくの時間が過ぎ。



 シャルルは居間のソファーに寝そべり仮眠を取っている。

 詩乃とプリムラはノーラが淹れてくれた紅茶を飲みつつ、彼女との会話に興じていた。


「それじゃあ、その“マルゲリータ”さんを探して長旅を……」

「うん、列車で転々とね」


「私が護衛なんだよ」と言いつつ、プリムラはサクサクとお茶請けのビスケットを齧っている。


 おおまかにではあるが身の上を語ったことで、ノーラからの敵愾心(てきがいしん)は既に払拭されている。

 二階に兵馬、連れの男がいるという点も危険視されないため一役を買っていた。


「そして出会った“兵馬さん”と一緒に旅を……ふふ、楽しそう」


 ノーラはすっかり詩乃と兵馬の関係性にロマンスを見出している。


 詩乃から見ての兵馬は、腕は立つが得体の知れない胡散臭い護衛……というだけの存在なのだが、それを主張して得もないので伏せておく。

 

 ノーラが最初に見せた(くら)い表情、目が据わった悋気(りんき)の色は今はなく、静かな笑顔を浮かべている。

 会話を交わし、詩乃はある程度ノーラを理解した。少しクセはあるが悪い子ではない。夢見がちで、思考の基盤は恋愛感情。献身と独占欲をちょっとしたスパイスに。

 

(恋愛脳ってやつだね)と内心に独りごちる。



 そんなノーラは生まれも育ちもここ、聖都セントメリアだという。

 家族構成は両親と姉が一人。このスラム区画の住人ではなく、中流家庭が多い居住区の実家住まい。


 シャルルの両親が存命だった頃、アルベール家とノーラの家はごく近所だった。

 それで幼馴染と、そういうわけだ。


 両親はおおらかな人のようで、スラムへと転居したアルベールの家へ娘が足繁(あししげ)く通うことに難色を示していないらしい。娘を信頼しているのだろう。


「いいご家族なんだね」と詩乃。

「ええ。両親も姉も大好き」


 そう言って、ノーラは素直に笑みを浮かべる。


 時計が鳴る。

 ふと見れば時刻は7時を指していた。ノーラはうっかりしていたようで腰を上げる。


「長居しすぎちゃった。二人の話が面白くて」


 初見の悪印象から一転、気に入られたようで、詩乃とプリムラはもちろん悪い気はしない。

 窓の外はすっかり暗く……と、玄関にノックの音。


 また来客?

 詩乃はシャルルを見るが、寝息を立てていて起きる様子もない。


 だがノーラは慣れた調子、家人のように自然に玄関へと向かい、客を確認してドアを開けた。


「お邪魔します、っと」

「げえ」


 詩乃は顔をしかめる。入ってきたのはリュイスだ。



「いきなり嫌な顔してんじゃねえよ」


 顔を合わせてほんの一秒、あからさまに眉をひそめた詩乃へとリュイスは異を唱える。

 それでも詩乃はすげない様子。逮捕の()き目に遭ったのがよほど気に食わなかったらしい。


 対してプリムラは人懐こい笑顔。すっかり顔なじみの調子で手を振っている。

 その様子に、ノーラは横で少し驚いた様子。


「二人とリュイスは知り合いなの?」


 プリムラが不思議そうに首を傾げて問い返す。


「こいつ、さっき話した私たちを捕まえた騎士」

「ノーラこそ、リュイスと知り合い?」


 聞けば、リュイスの実家であるルシエンテス家もノーラの家のすぐそばなのだと言う。


 つまりリュイスとシャルルも幼馴染だ。

 ソファーで酔い潰れて寝ているシャルルの姿を目にし、リュイスは呆れ顔で片眉を上げる。


「まーた飲んだくれてんのかよ」

「ほら、ストレスが多いから……」


 すぐに庇うノーラ。好きな相手へとことん甘くなる性格だ。リュイスは小さく肩を(すく)める。


「世間って狭いね」とプリムラ。


 偶然の流れで幼馴染ばかりが集った状態。詩乃は疎外感に、微妙な居心地の悪さを感じてしまう。

 と、そこでリュイスがなにやら封筒を手渡してきた。


「これは何」

「ウチのアルメル隊長からだ」

「もう一回取り調べとか嫌なんだけど」


「違えよ」と言われ、(いぶか)しみつつ封筒を開こうと……した瞬間、上の階で爆発!!


「何だぁ!?」


 リュイスが驚き、ノーラも青ざめた顔で上を見る。

 詩乃とプリムラも何が起きたかわからずに顔を見合わせ、「まぁぁたカミロか!!」とシャルルが跳ね起きた。


 全員の視線が二階へと続く階段へと向く中、悲鳴じみた苦悶(くもん)の声とともに足音が駆け下りてくる。

 ドタタタと逃げるように現れたのは兵馬だ。

 いつものどこか飄々(ひょうひょう)とした態度はどこへやら。顔は恐怖に青ざめていて、服に髪にと盛大な焦げ跡が。


「もうゴメンだ! 付き合ってられないぞ!」


 そう言い放ち、玄関のドアへと向かって逃げ出そうとする。

 ノーラや詩乃が呆気に取られる中、シャルルが大声を上げる。


「待てっ、逃げるな!」

「いいや、君の説明不足だ! あんな過激なガキだとは聞いてなかった!」


 兵馬の言葉はカミロのことを指しているらしい。

 その顔は恐怖に染められていて、いったい何があったのかと詩乃が訝しむ中、兵馬があえなく取り押さえられる。

 捉え、後手に肘を固め、強引に床へと引き倒したのはリュイスだ。


「ぎゃっ!? なんで邪魔するんだ!」


「なんとなくだ」とリュイス。

 逃げる相手を見れば捉えたくなるのが治安の維持者、騎士の職業病だ。


 加え、リュイスは依然として兵馬を胡散臭い大道芸人と見ている。不審を抱いている。

 それが逃げ出そうとしていれば一も二もない、拘束する理由には十分だ。


 兵馬は叫ぶ!


「爆弾はごめんだ!」


 と、少し遅れて二階からもう一つ。少年の足音が降りてくる。


「へへ、もう一発行くぜ兵馬!」


 そう言いながら悪ガキめいた笑み、カミロの手には簡易式の爆薬の束が握られている。

 どうやら兵馬はそれを幾度も食らったようで、恐怖に顔を強張らせる!


「いい加減にしろ馬鹿」

「痛え!」


 爆弾を手に高笑いするカミロへ、シャルルの拳骨が振り落とされたのだ。

 かなり強めに殴られたようで、爆弾少年は頭を抑えてしゃがみこむ。


 室内に人数は多くいるが、しかし誰もカミロを庇わない。


 子供なんだから勘弁してやれよ。


 そんな発想がまるで出てこないほど、誰もが因果応報だと思ってしまうほどに、兵馬へと仕掛けた爆弾遊びはこっぴどい有様だったのだ。

 前述の通りに兵馬の髪や服は部分部分で焦げていて、二階への階段には黒煙が立ち込めている。


「なんだよ。別に、怪我するような爆弾は使ってないのに……痛くも熱くもなかっただろー?」


 カミロは不服げにそう呟く。

 まあ実際、兵馬に怪我はない。けれど悪戯や遊びと言うにはかなり度を越していて、兵馬は全身の煤を払いながら立ち上がる。


「この仕事は下りさせてもらう。僕には無理だ!」


 この惨状ぶりでは無理もない。

 シャルルは「やっぱりか」と嘆息し、他の面々は兵馬へと哀れみの目を向ける。


 兵馬をやたらに訝しんでいたリュイスでさえ、その憔悴(しょうすい)しきった様子には(いささ)か同情的な表情だ。

 と、その中でただ一人が異論を唱える。


「ええー! 兵馬どっか行っちゃうのかよ! もっと遊ぼうぜ!」


 声高にそう主張するのはカミロだ。

 帽子を被り直して今にも去ろうとする兵馬の腕へとしがみついて引き止め、その瞳に浮かんでいるのは寂しさの色に見える、


「気に入られてるじゃん」と詩乃。

「ええ……」と兵馬は困惑の声。


 気に入られるも何も、ひたすらこの暴走発明少年の爆弾やら怪しげな薬やらの実験台にされていただけなのだが。

  けれど、横からシャルルが神妙な顔で口を挟む。


「俺からも……是非頼みたい。カミロには寂しい思いをさせてるんだ」



 カミロはその背に孤独の付きまとう少年だ。


 その境遇はまず孤児。実の両親の顔さえ知らない。

 ゲオルグとシャルルの孫子に愛されて育てられてはきたが、シャルルは多忙な宮廷音楽家。ゲオルグも何かと忙しい。

 

 構われたい年頃の少年なのだが、遊び相手がいないのだ。


 兵馬の袖を掴んだままに俯き加減。

 カミロの無茶苦茶な振る舞いに一度は逃走を決め込んだ兵馬だが、なんだかんだで10歳の少年だ。殊勝にされては気の毒になる。


 これまでも周囲に迷惑をかけないようにとシャルルが遊び相手を探してきていたが、全員がカミロの過激さに耐えられず逃げてしまっていた。


 しかし兵馬は曲がりなりにもそれなりに長く、爆破だなんだの遊びに付き合えていた。

 それはカミロにとって衝撃であり、すっかり兵馬がお気に入りだ。


「いいじゃん! 遊んであげなよ兵馬」

「そうだ。ファン一号じゃねえか」


 プリムラとリュイスが好き勝手を言う。


「フ、ファン一号か……」


 しかし兵馬、意外にもリュイスの適当な言葉が刺さったようで、考慮の表情を見せている。

 ファン一号という言葉を素直に受け入れてこだわりを持つあたり、芸でまともに評価された経験は皆無なのかもしれない。


(ま、あの芸の質じゃね)と詩乃。


「ファンと来れば仕方ないな。引き続き相手をしてあげるとしよう」

「よっしゃあ! 食らえ兵馬ァ!」

「ぐっはあ!?」


 気持ちを(ひるがえ)し、機嫌よく滞在を選んだ兵馬。

 その顔へとカミロはすかさず癇癪玉(かんしゃくだま)のようなものを投げつける! 炸裂! おまけに顔が墨塗りに!


「くそっ!!」

「あ、逃げんなよ!」


 顔を真っ黒に染めたまま、兵馬は家を飛び出していく。

 追って攻撃を加えようとしたカミロの襟首をリュイスが掴み上げて一喝!


「外でやんじゃねえ!!」

「うっ」


 屈強な青年騎士の威圧には、流石の悪ガキも萎縮(いしゅく)する。


「ええと、兵馬さん。結局外に行っちゃったけれど……」


 ノーラが首を傾げながら言う。が、プリムラがケラケラと笑いながら手を横に振った。


「荷物あるからどうせ帰ってくるよ」


 詩乃も首を縦に。それならとカミロはリュイスの手からするりと逃れて二階へ。次の遊び道具を作っておく腹づもりらしい。



「まったく! 困った子だ!」



 家から飛び出した兵馬は煤を拭いつつ深呼吸をし、そこで玄関脇にしゃがみ込んでいる青年と視線が合う。


「おや、これはどうも」


 柔らかな物腰で兵馬へと挨拶をしてきた青年の髪にはゆるいウェーブ、青を基調とした衣服から、リュイスと同じく騎士だとわかる。


「ええと、あなたは?」


 問う兵馬へ、騎士の青年は感じの良い笑みを浮かべて返事。


「ニコラと言います。リュイスの同僚ですよ」

「……なるほど。僕は兵馬樹、お見知り置きを」


 兵馬の目には値踏みの色。新たな騎士ということで警戒をしているのだろうか。

 しかしニコラはそんな兵馬の様子を気にする風もなく、寒さに両肩を震わせ苦笑を浮かべる。


「リュイスのやつとは友達で、ちょっとした用に付き合ってくれと来たはいいんですけどね。うっかり外で待ってたら、体が冷え切ってしまいました。ははっ」


 小さく、ふぅんと兵馬。その目からは警戒の光が消えない。 

 騎士という人種によほど嫌気が差したか、もしくはこの好青年風の人物が気に食わないのか。


 さておき、どちらにせよ長話をしている間はない。

 身を休めるためにカミロから逃げなくては。一時退避だ。


「兵馬さんはお出かけですか?」

「まあ、そんなところかな」


 簡潔なやり取りを交わし、軽く目礼をして兵馬は街へと駆けて行った。

 その背を見つめつつ、騎士ニコラは春先の冷え込みに両手を擦り合わせる。そして、「兵馬樹、ねえ」と静かに呟いた。

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