十一話 二人の少年
「……むむ……」
「……んー……」
「……?」
「ああ、そうか…」
詩乃が立ち去ってから一時間以上が過ぎ、アルメルの執務室。
わずかに桃がかった金髪の女騎士は一人、時折ぶつぶつと呟きながら書類を整理している。
(…………いかん。眠くなってきた)
意図してしゃきりと腰を上げ、部屋の隅に置いてあるコーヒーメーカーを作動させる。親友、同じく六聖の位に名を連ねている女性から贈られた品だ。
コポポと注がれる褐色の液体。眠気覚ましに重宝している、が。
(私は、苦いのはあまり得意じゃ……)
角砂糖を二つ、落として溶かす。小瓶に入れたシナモンスティックを手に取り、かき混ぜて香りを移す。
苦味を和らげ、啜り、ほうと一息。
鼻腔へと芳香を吸い込む。味はともかく、深みのあるこの香りは好きなのだ。
「……」
もう一つ、角砂糖を追加した。
と、部屋の扉がノックされ、慌ててコーヒーをかき混ぜる。
歳も二十代半ば、ブラックで飲めないのは秘密だ。バレたところで別段、誰に見咎められるわけでもないのだが。
「入って構わないぞ」
「失礼します」
若干語尾が伸びていて“しまーす”に近く、マナーは今一つ。
背筋だけはしっかりと伸ばし、軍式の敬礼をしながら部屋へと入ってきたのは部下のリュイスだ。
小言を言いたくなるが、今は要件が先。彼を呼びつけたのはアルメルだ。
「少し、頼まれてくれるか」
そう言って茶封筒を差し出す。受け取り、リュイスは首を傾げる。
「機密書類か何かですか」
「や。それほどの物ではない」
開けても構わないと言うので、遠慮なく中に入れられた数枚、アルメル直筆の書面へとリュイスは目を通す。
そこに綴られていたのは“マルゲリータ”という人物の消息について。アルメルの立場で推測できる可能性の諸々が丁寧に書き連ねてあった。
「マルゲリータ? ふざけた名前だな、って、そういや帽子女……佐倉詩乃の育て親でしたっけ」
「ああ。詩乃へ届けてやってくれ」
アルメルは人が良い。
どうやら本当に何も知らないらしい詩乃を長時間拘留したことへのちょっとした詫びと、聴取で知った境遇への同情と。
職務が溜まっているにも関わらず、手間を割いて情報を集め、わざわざ一筆したためたのだ。
教皇付きの特務部隊だけあって、耳の広さと調べの早さには驚くべきものがある。
ただ、手ずから届けるまでの時間はない。
「というわけで、頼んだぞ」
「はあ……ま、いいっすよ」
新しい任務を命じられるか、説教でも受けるかと思っていた。
だが、街中に滞在している相手へ手紙を配達するというだけ。気楽な仕事だ。
シャルル・アルベールの家へと向かったのもわかっている。子供のお使い程度と言ってもいいだろう。
一礼、部屋を辞去しようとして、ふと思い出したようにリュイスは振り向く。
「そういや隊長、隊舎の方でお兄さんが探し回ってましたよ」
“お兄さん”と聞いた瞬間、アルメルの顔が引き攣る。
「よく知らせてくれた」と一声、机の上の物を慌ててまとめ、遁走の準備を整え始めている。
隊長も大変だな。
そんな呑気な感想を抱きながら、リュイスは部屋から去っていく。
「暇そうにしてたし、ニコラでも連れてくか」
同じ隊の友人を伴おうかと考えながら歩いていると……遠くから「アルメェル!」と頓狂な声が響いてくる。
肩をすくめ、厄介事に巻き込まれないうちにと足早にリュイスは去っていく。
(いやー大変だな、マジで)
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一方、兵馬たち。
シャルルの後について街中を歩くにつれて、“聖都”と呼ばれるに相応しい壮麗な街並みは徐々に雑多に、みすぼらしくなっていく。
おかしいぞ? と兵馬は首を傾げる。
聞けばシャルルは宮廷音楽家、だったらきっと裕福なはず。
瀟洒な庭園、赤絨毯の敷かれた家、供されるめくるめく美食……そんなもてなしに期待していたのだが、随分と雲行きが怪しくなってきた。
(ねえねえ、ボロ小屋みたいな家ばっかりだね)
少し遠慮がちに、プリムラがひそひそと囁いてくる。
兵馬は眉をひそめてううんと唸り、努めてポジティブに声を返す。
(家への近道とか、じゃないか。きっと)
(そうなの? めっちゃ治安悪そうだよ。騙されてないかなぁ)
そんなやり取りの隣、詩乃は平然としている。雑多な歓楽街育ちは伊達でなく、スラム街にも気後れを見せない。
シャルルは時折ふりかえり、三人が付いてきているかを確認する以外は特に声を掛けてこない。
そもそも、何故家に招かれたのかも定かではない。兵馬はようやく、内心にたっぷりの怪訝を抱き始める。瞬間、足元にぬめりけ。
「っ、と……? うげっ」
足元にぐちゃりとした感覚、見れば吐瀉物を踏みつけていた。
黄色みがかった粘液の中には消化されていない縮れ麺や青菜。タンメンでも食べたのだろうか。
詩乃とプリムラが共々、「うわぁ……」と身を引く反応を見せてくる。
これだからスラムはと、兵馬はうんざりと靴底を砂に擦り付けた。
そんな道中、ぴたりとシャルルが立ち止まる。
「ここだ。ここが俺の家だよ」
三人は揃ってその家を見上げ……ため息を吐く。
「やっぱりボロ家じゃん」
ついにプリムラが不服を露わにする。
兵馬はアテが外れたと肩を落とし、詩乃は表情が死んでいる。
ただのボロ家ではない。二階建ての木造家屋、それだけならばまだしも、二階の壁が黒焦げになっているのだ。
兵馬たちが呆気に取られる傍ら、「まぁたカミロか」と、呆れ口調でシャルルが呟いた。
「ただいま」と声を掛け、シャルルは屋内へと上がっていく。
手でひょいひょいと促され、兵馬たちもその後に続く。
その外観に焼け跡かと驚かされたが、入ってみれば内装は存外に上品だ。
木目調、落ち着いた色味の家具で揃えられていて、何か香木のような芳香も漂っている。
決して嫌な匂いではない。むしろ心を落ち着かせるアロマめいていて、初めて足を踏み入れた兵馬たちにも不思議と安らぎを覚えさせる。
「おかえり。早かったな」
奥から現れた老翁は、その瞳に貧民街には似合わぬ理知の光を宿している。
シャルルは手にした楽器箱を下ろし、少し背伸びをして返事を。
「簡単な打ち合わせだけだったよ」
「ふむ、そうだったか」
血縁関係と一目でわかるほどに、二人の顔立ちは似ている。
年の離れた父子?
いや、老人は背筋が伸びていて若々しさを感じさせるが、肌の質感は経年を感じさせる。
歳を取ってからの子という可能性もあるが、接する表情に浮かぶ優しさは父子とは少し違って見える。
おそらくは祖父と孫だろうと、兵馬は推し量る。
「ん? おや、お客様か」
老人は兵馬たちの存在に気付き、目元を笑ませて歓迎の意を示す。
シャルルの祖父のゲオルグ。
老人はそう名乗り、兵馬ら三人は名乗り返す。
人の家に上がり込み、さらにその家族に遭遇。コミュニケーション力が要される場面に、詩乃は生来の人見知りを発揮していて俯き加減。
「……佐倉詩乃です」と、声がやたらに小さい。
「ゆっくりしていきたまえ。作業をしているのでね、何かあれば声を掛けてくれ」
ゲオルグはそう告げ、自室へと戻っていく。
あからさまに緊張している詩乃への気遣いもあるのだろうか? 優しげな印象の老人だ。
「で、話だ」とシャルルが切り出す。
促され、兵馬たちは居間のテーブルの椅子に腰掛ける。向かいへシャルルも座る。
どさりと椅子に背をもたれさせ、どうにも所作が雑だ。と、シャルルは思い出したように棚からカップを取り出し、ティーバッグにポットのお湯を注いだだけの紅茶を三人へと供する。
「ふー。俺はこっちで失礼させてもらうよ」
そう断ると、シャルルが取り出したのは琥珀色の液体が入った瓶。
「お酒? まだ昼だよ?」
プリムラが問うが、シャルルは口元に乾いた笑みを浮かべるだけで受け流す。その様子を見るに、その手の質問には飽き飽きしているのだろう。
グラスに氷、酒を注ぎ、蛇口からの水道水で雑に割る。飲み方にそれほど拘りはないらしい。
一口含み、兵馬たちを無遠慮に観察して一言。
「旅行客か? よくわからない組み合わせだけど」
大鞄の少女、民族衣装の人形、大道芸人。
事実、妙な三人組だ。兵馬は曖昧な笑みを返す。
「成り行きでね」
「成り行きね。兄妹には見えない、恋人の距離感でもない。そっちの子は動くたびに関節から軋む音。人間じゃないだろ?」
その言葉、視線はプリムラを向いている。
詩乃は小さく驚く。確かに、人形のプリムラは動きにキシ、キシとした異音を伴う。だが、それは人々の寝静まった夜陰であれば微かに聞こえるかな、といった程度。
それをまだ真昼、屋外から人々のざわめきが聞こえてくる中ではっきりと聞き分けてみせる聴力は、さすが宮廷音楽家と言ったところだろうか。
「すごい、よくわかるね。私は人形だよ、詩乃のボディガードのね!」
プリムラが目を丸くしながら答え、シャルルはなるほどと頷いた。
しかしそれ以上突き詰める気もないようで、酒をもう一口煽って掌を揺らす。
「弾いてやるのは構わないが……」
兵馬へと目を向け、言外に含みをもたせる。
「何か要求があるんだろ?」
先んじて兵馬が尋ねる。わざわざ家まで連れてくる辺り、単に弾いてくれるという話でないのは明白だ。
そもそも、高名な音楽家であるシャルルがメリットもなく演奏を引き受けるはずもなし。厚かましく頼んだ側ではあるが、それくらいの道理は弁えている。
「君は大道芸人だと名乗ったよな?」とシャルルから問い。
頷き、ジャグリングを見せるために荷物から数個カラフルなボールを取り出した。小ぶりなそれを指の間に挟み込み、パフォーマーらしい表情を作って投げ上げる!
「あ、しまった」
……投げ上げた球の捕球に失敗。赤、青、黄色と信号機めいて、室内を空しくコロコロと転がっている。
詩乃とプリムラは知ってたとばかり、冷めた視線を兵馬に向ける。
シャルルはそれを目に、酒を煽って一言。
「下手だなぁ」
直球。誰でもが抱く感想だが、兵馬は酷く不満げな顔を見せる。
僕の実力はこんなものではないと次の芸を見せんとするが、それは手を振って遮られる。
「いやいや、芸の質は別にどうでもいいんだ」
全く、下手なくせにどうして芸にこだわるのか。プリムラが不思議そうに首を傾げるのも無理はない。
そんな事情の諸々にシャルルは興味を抱かず、テーブルの縁に腰を預けて言葉を続ける。
「これから数日、君たちにはこの家に泊まってもらいたい。空き部屋はある。宿泊費も必要ない」
「……は、それが要求?」
詩乃が怪訝な顔をする。が、もちろんそこで話は終わらない。
「君たち、主にそこの大道芸人。兵馬だっけ。君に頼みたいのは子守りだ」
「子守り? シャルル、君は既婚者なのか」
「いや、息子じゃなくて弟、みたいなものだ。とびきり手を焼くのがいてね」
と、二階で爆発音!!!
驚く兵馬たち三人。対し、シャルルはうんざりした顔を見せるのみ。
「大道芸人なら子供の相手くらい楽勝だろ?」
シャルルの要求をまとめるとこうだ。
彼の弟……血縁はないらしいが、カミロという少年はとびきりの問題児だ。
普段はシャルルが面倒を見ている。だが、数日後に国の式典での大事な演奏を控えている。
それに備えた準備と調整のため、カミロに構っている暇がないのだという。
「……って具合でね。誰も見てなきゃ際限なく暴走するようなクソガキさ。君たち、面倒を見ててくれ」
「なんだ、それだけ? お安い御用だね」
一も二もなく兵馬は快諾。子供の面倒程度なんのことはないだろうとタカをくくっているのが一目にわかる。
対し、詩乃は顔をしかめている。
そもそも伴奏を頼むのは兵馬の都合、彼女には諸々知ったことではない。ないのだが、安請け合いする兵馬をほんのりと不安視している。
「子供の相手って兵馬が考えてるほど楽じゃないよ、たぶん」
「フフ、舐めてもらっちゃ困るな。詩乃とプリムラに見せてない芸はまだまだたくさんある。風船芸を披露すれば子供のハートなんて鷲掴みさ」
「まあ……いいけどさ。兵馬が面倒見なよ」
「そうだそうだ」
プリムラも詩乃へと追従。それほど考えの深いタイプでもないが、そんな彼女でさえ好条件を不審に感じている。
二人の協力は得られそうにないが、それでも兵馬は涼しい顔で笑み。
「余裕さ」
その時、二階から、ドタタ! とやかましく駆け下りてくる足音。
降りてくるのを知っていたとばかり、シャルルはその方向へと目線を向けて示す。
「紹介するよ。カミロだ」
「シャルルゥゥゥ!!!」
叫びながら騒々しく現れた少年は、兵馬たちの姿を見てピタリと立ち止まる。
怪訝げに首を傾げ、けれど人見知りという言葉とは真逆の尊大な表情で問う。
「誰? あんたら」
問いに答えるのは兵馬。芸人らしく、芝居がかって帽子を取る。
「兵馬樹、旅の大道芸人さ。これから数日泊まらせてもらうからよろしく」
「あっそ。うっさんくせえー」
バッサリと切り捨て、好青年風味の笑顔を浮かべた兵馬を半ば無視してソファーへ座る。
気になる番組でもあるのか、テレビを点けてチャンネルを回す。
「く、愛想のない子だ……」
「実際、胡散臭いしね」
兵馬と詩乃のやりとりに一瞥もくれず、ザッピングを止めて時計を見る。
プリムラも時計へと目を向け、ふと気付いたようにカミロ少年の横から軽い調子で声を掛ける。
「あ、今からアニメだよね」
「うん」
カミロは頷く。アニメを楽しみにしている辺りは年相応か。
テレビは貧富を問わず、人々に共通の娯楽だ。
魔術を転用した技術で放送網が敷かれていて、深夜を除けば常に何かしらの番組が放映されている。
夕刻の視聴層は主婦と子供。
おもちゃ、夜の番宣、アイスクリームとCMが流れ、そして5時。画面が番組へと切り替わる。
「あっれぇー!? なんだよこれ!!」
突然、カミロが素っ頓狂な声を上げた。
冒険活劇系のアニメが始まるはずの画面にはユーライヤ国旗が映り、流れるのは国歌。
すぐにリモコンを手にしてチャンネルを確かめるも、どうやら間違ってはいないようだ。
カミロが不満に唸り、他のチャンネルへと切り替えるがどの局も映像は同じ。
「諦めろカミロ。教皇猊下の月次放送だよ」とシャルルが声を掛ける。
映像は会見場のような場所へと切り替わり、そこに映し出されたのは気品に満ち溢れた相貌、黒髪の少年だ。
微かに、アルカイックに笑み、やがてゆっくりと口を開く。
「親愛なる臣民の諸君、いかがお過ごしだろうか」
そんな調子、悠然とした態度で切り出された挨拶の文言は差し障りない内容。
シャルルが口にした月次放送という言葉通り、月毎に一度行われる教皇からの放送、いつものそれと大差なし。
着目すべきは内容よりも教皇、エフライン14世の容姿。
「あっ」と小さく、詩乃は驚きに息を飲んでいる。
教皇、国家元首のエフライン14世はまだ幼い少年だ。齢は10、ようやく2桁に達したばかり。
だが既に、その眼差しは理知的だ。
つややかな漆黒の髪は癖がかって波の質感。目鼻立ちは美しく、口元の微笑は釈然さえ感じさせる。
もちろん詩乃も、その容姿を見知ってはいた。
毎月放送が行われる以外にも式典や諸々、国民の前へと姿を晒す機会は頻繁。
なによりもこの国、ユーライヤ教皇国の国教である“ユーライヤ正教”においては、現教皇が現人神として崇められる。
驚いたのは教皇に対してではない。
テレビの中に写っている少年教皇、“神”の顔と、すぐ傍らで憮然とテレビを眺めているカミロの顔が瓜二つである事にだ。
「え、似てる?」
粗雑な雰囲気のカミロを見ただけではエフラインと結びつかなかったが、いざ両者を見比べるとまるで生き写し。
兵馬とプリムラも同様の気付きを得たようで、視線を横滑りさせて教皇とカミロを見比べながら、微妙な表情を浮かべている。
その目に気付いたようで、カミロは口を尖らせて不平顔。
「嫌いなんだよ、コイツ。俺にそっくりなんて気味悪いっての」と。
「他人の空似だろ。世界に三人はいるらしい」とはシャルル。
そのセリフは事もなげに。が、どこか言い含めているような雰囲気がある。
詩乃たちは怪訝を拭えずに二人を見比べ、兵馬は思慮に口元へと手を当てる。
やがて、エフラインの挨拶は終わりへと向かう。
主な内容は、近日彼の父、前教皇エフライン13世の法要が行われるという知らせだった。
シャルルはその言葉を聞きながら、少しだけ緊張を滲ませた面持ちで口を開く。
「俺が演奏をするのはこの式典さ。失敗するわけにはいかない」
なるほどと、兵馬は得心した風で頷く。
さらに聞けば、絶大な人気を誇る宮廷歌手“リーリヤ”との共演だと言う。
少年教皇エフラインが即位して、まだそれほどの年月は経過していない。
崩御から日の浅い先代教皇の法事、国民の耳目が一斉に集まる場。
シャルルが宮廷音楽家の肩書きを得ている以上、万が一にも失敗すれば教皇の沽券にも関わる場面。集中しなければならないのは当然だろう。
(それで、僕にやんちゃ少年の世話を頼んだ……ってわけだ)
兵馬はカミロを見下ろす。
やがてエフラインが高貴な笑みを浮かべ、無声の国家が奏でられる中で少年教皇からの月次放送が終了する。
国教であるユーライヤ教は広く深く信仰されている。液晶越しに“神”の姿を見るだけで平伏するような人々も多い。
だが詩乃とプリムラ、それに兵馬はあまり信心深い性格でない。
対してシャルル。
聞く様子は神妙な面持ちで、酒を煽る手も止めている。
宮廷音楽家として直に仕えているという立場故か、頭を垂れてこそいないが、かなりの信仰心を持っているようだ。
そしてカミロは……まるで興味なし。
自分に生き写しの教皇へと敵愾心を抱いているのだ、信仰心などあるはずもない。
心待ちにしていたアニメは結局来週へと延期だったらしく、憮然とした表情のカミロがくるりと振り向いて兵馬を見る。
「オレ、二階行く。兵馬だっけ、暇つぶしに付きあってくれるんだろ? アンタも来てよ」
「ああ、構わないよ」
遊び相手と認識してもらえたのだろうか?
兵馬は促され、引き連れられて二階へと上がっていく。
タンタンと階段を登る足音を聞きながら、一階に残された詩乃とプリムラは手持ち無沙汰だ。
ふと、シャルルが廊下の方向を指差した。
「そこの奥に二つ空き部屋がある。広い方は君たち二人が。狭い方を大道芸人が。好きに使ってくれ」
眠そうにそう言って、くたびれた様子で机に突っ伏した。
品の良い顔立ちに似合わぬアルコール臭を漂わせ、今にも寝息を立て始めそうな調子。人を招いておきながらロクな態度ではない。
詩乃とプリムラは顔を見合わせ、(好感持てないね、こいつ)という目線を交わす。
……と、その時。玄関のドアがコツコツと叩かれた。