プロローグ
この世界は閉ざされている。
黒く。黒く染まった丘の上で、金髪の青年は達観した瞳で、確かめるように呟いた。
「この世界は閉ざされているんだよ。リュイス」
青年が声を向けた先にはもう一人、黒髪の青年が立っている。
頬に血糊の筋を走らせ、両腕を鮮血に濡らして。見れば、彼ら二人の周囲を染めているのも血だ。
大量の血が溢れ、土をドス黒く濁らせているのだ。
黒い長髪を後ろで結わえた青年、リュイスと呼ばれた彼は対照的に、瞳に赫赫と怨讐の炎を燃やしている。
片手には厚刃、鉈のような大振りの剣を。もう片手には直剣を握り、腰には刀、足元には軍刀や剣が刺さっている。
身長には満たない程度、大剣に類されるだろう鉈の刃は曇天に鈍く照らされ、重々しい光を湛えていて。
リュイスはそれを容易に、片手で逆袈裟に振り上げた。
——ォン、と風切り音を残し、大鉈は金髪の青年が握っていた剣を根元から叩き折った。
そしてリュイスは睨み、吼える。
「兵馬ァァァッ……!!!」
兵馬。金髪の青年の名だ。
憎悪の塊のような声をぶつけられ、しかし兵馬は臆さず、まっすぐにリュイスを、叫ぶ青年を見る。
「お前が……お前らさえいなければ!! 世界は壊れなかった。俺は何も失わずに済んだ!! 兄貴も、ルカも、カタリナも……!」
「……悪いけど、知ったことじゃない。君から奪ったのは僕じゃないし、世界はまだ壊れてない。壊させはしない」
嗚咽めいて憎悪を吐いたリュイスに対し、兵馬の声はあくまで淡々とした調子で。彼の足元には大量の武器が転がっている。
剣、槍、斧、鎌、銃に鞭、他にも無数、その大半は折られ、砕かれていて、激しい戦いの残滓と予兆を感じさせる。
兵馬の瞳は揺るがず、手には新たな武器が。
銃剣を着けた長銃を左右に二丁。兵馬の戦闘スタイルは柔軟で、扱う武器を選ばない。
「殺す……! ここでお前をぶった斬る!! 兵馬ァッ!!!」
「させないさ。僕はここで止まるわけにはいかない。君が前を向くことをやめるのなら、ここで君の道を断とう、リュイス!」
トリガー。兵馬の銃が立て続けに火を噴き、弾丸がリュイスの頬を掠める。
だがリュイスは頬が裂けるのを意に介さず大股に踏み込み、左手、直刃の剣を深く突き出す!
首筋への一突きを、兵馬は身を反らしながら銃身で跳ね上げた。
そのまま後方に素早く歩を踏み、距離を開けながらさらにトリガーを引く。
三、四と重なるマズルフラッシュと弾丸、リュイスは右手の大鉈で土砂をすくい上げてそれを防ぐ。
「どラァッ!!!」
凄まじい腕力だ。両手で扱うサイズの大鉈を片手で軽々と振るい、重量に負けず身のこなしも軽い。
そこからの二歩も速く、宣言通りに“ぶった斬る”ための間合いへと踏み込みを。
瞬間、目の前に飛来した刃を左剣が弾く!
「銃剣? 銃を投げやがったのか!」
そう、兵馬は銃を撃つのではなく投げ付けた。
距離を開けての戦いを放棄し、砂煙を潜り、彼もまた前へと踏み込んだのだ。
その手には新たな武器、雷を帯びた両刃剣。
刃を水平に、沈めた姿勢で駆ける青閃。兵馬がリュイスへと力強く迫っている!
「君を斬らせてもらう! リュイスッ!!!」
「上等だ……来いよ! 兵馬ァァアッ!!!」
意思を、全力を叩きつける!!
斬撃が重なり、衝撃に火花が弾け……!
——戦いから遡ること、およそ一年。
広大な国家、ユーライヤ教皇国の片隅。
春の陽気に賑わう小さな駅町で、物語の幕が上がる。