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首脳会談

 官邸4階 特別応接室


「改めて、内閣総理大臣岸総一郎です。」

 そう言って手を差し出す岸。

「魔王クライドルだ。宜しく頼む」

 クライドルも手を差し出し、堅く握手をする。

握手の後、席につき岸は切り出した。

「クライドルはとても日本語が上手だ。魔族というのは話に聞いていたが、素晴らしい知力の持ち主なのですな。それとも魔法で我々と会話ができるようにしているのですかな」

クライドルが固まる。

「大したことは有りません岸様。少し日本の皆様の知識を頂いただけです」

 さらりと本当の事を言うシェイラ。

凍り付く応接室。

逃げ出したくなるクライドル。

 駄目だこいつ、早く何とかしないと。

誰が、魔族領一の頭脳の持ち主だ。

「クライドル。これはどうことですかな」

「申し訳ない」

 深々と頭を下げるクライドル。

 クライドルはここに来るまでの経緯を説明した。勿論、ホテルの無賃宿泊についてだけは伏せたのだが。

「そういう訳で、我々は恐らく日本の平均的な知識、常識は有しております。また、知識を頂いた方、我々の為に動いてもらった人達には、一切の後遺症などは残らない事を、申し添えておきます」

「そ、そうですか。まあ、やむを得なかったという事で、聞かなかったことにしておきます」

「すまない。そう言っていただけると助かる」

「岸様、日本の文化は素晴らしいものですね。私BLという物に興味がございますの」

 唐突にとんでもない事を言い出したシェイラ。本人はただ日本を褒めたかったらしい。

自称、魔族領一の頭脳はついに腐敗を始めていた。

「シェイラ頼むから黙っていてくれ」

「シェイラ殿すまないが、私にはBLという物が分からない。部下に調べさせておきます」

 真面目に答える岸。後ろの女性職員何名かがビクリとしたようだが、気のせいだろう。

「岸、大丈夫だ、この件に関しては一切気にしないでくれ。頼む」

「そうですか……」

 岸は少し困ったような顔押した。

 まあ、知るべきことではないという事なのだろう。岸はそう理解した。

正しい判断である。


「ところでクライドル。先程、貴方は我々が勇者の要求に困っていることを言っていたがどういう意味ですかな」

「ああ、多分だと思うのだが。領地や金、奴隷などの要求をしてきたのではないかと思いまして。それに、だからこそ、私たちの話を聞こうと思われたのではないですか」

 その通りだった。しかしまだそれをそのまま肯定すべきではないと判断した。

「あと、助力して頂けるとの事でしたが、いったい何をしていただけるのですか」

「残念ながら、私とシェイラだけでは勇者達全員は倒せない。しかし、私が頂いた知識からすると、この世界にある兵器であれば、勇者たちを打倒する事が出来ると思います」

「そ、それは本当ですか」

 古谷幕僚長が身を乗り出す。

 馬鹿者。岸は思ったが、今まで、不可能に近いと判断されていたことが、急に可能だという事に傾き始めたのだ。

 まだ、どこまでこの魔王を信じていいのかわからない。

しかし、聞く価値はあると判断せざるを得ない。

少なくとも、今までの情報では魔王と勇者は仇敵であることは間違いがなさそうである。

その魔王が勇者を倒せると言っている。

 その後の腹積もりまだはまだ分からないが、倒そうと意思は、そのままの受け取っていいだろう。

岸は腹を括った。

「その通りです。我々はディル達から不当な要求を受けている。要求内容も貴方の言ったとおりだ。そして、日本がその要求を受け入れる事が出来ないという事も、貴方方なら理解して頂いていると思う」

「やはりそうでしたか。それならば我々は日本国への助力を惜しみません」

 そう言って、クライドルは岸を真っ直ぐに見据える。

 岸は悩む。建前は自国領の魔物達による日本国の損害への贖罪。ただ、それだけとは到底思えない。

「失礼ですが、この度わが日本は大変な損失を被った。しかし、クライドル、貴方自身の協力への見返りが見えてこない。ここは腹を割って話すことはできませんか」

 最悪、勇者たちと同じことを言ってくる可能性はある。しかしそれなら、こんな交渉の仕方はしてこないだろう。もしかしたら、勇者達を滅ぼした後にゆっくり侵略する等と考えている可能性はあるが。

「ふむ」

 クライドルは顎に指を当て、考える仕草をした。

実は特に何も考えていなかった。あれだけの事をしでかしたのに、何かくれそうな雰囲気なのだ。

クライドルは恐る恐る、しかし悟られないように言った。

「我々は祖国に帰る方法を今だ解明できていない、そのため住む場所の保証、後は生活費。それと、可能であれば我々は知識はあっても、こちらの世界に不慣れゆえ、側仕えを一人つけて頂けないか」

 岸は舌打ちしそうだった。結局領土と金と奴隷か。言い方は紳士的だが、こいつも勇者達と変わらないのか。

「そ、それは領土と金と奴隷を一人という事かね」

 岸は絞り出すように言った。

 青い顔をしたのはクライドルの方だった。

「ち、違う。違うぞ岸。住む場所は例えばあれだ、マンションとかだ。間取りも2LDK、あ、いや、側仕えもいるので、3LDK位欲しいのだ。

それに側仕えというのはメイドだ。奴隷ではない。魔族領でも、奴隷所持は犯罪だ厳しく罰せられる。

金も、我々はこちらでの戸籍も何もないゆへ働けない。だから食うに困らぬように生活費が欲しいのだ。月30万もあればよい生活が送れると知識にあった。そこまでの贅沢も言わぬ、せめて20万位は頂けないだろうか」

 余りにも拍子抜けするような内容だった。その場で身構えた全員が力が抜けたように、深く椅子にもたれかかった。

「それに、魔王様の肉奴隷事、私シェイラがおりますので」

 全員の視線が、クライドルとシェイラの行き来する。何やら深く頷く者も。

更に顔色が悪くなるクライドル。

「シェイラよ頼む、これ以上話をややこしくしないでくれ」



「こほん」

 わざとらしく、咳払いをするクライドル。

早くこの話題から離れたいらしい。


 岸は余りのクライドルの無欲さに気味が悪くなった。一体何を探ろうとしている?

「すまない岸、もう一つ頼みがあるんだ。今回の勇者達の件が終わってからでいいのだが」

 これからが本題か。生唾を飲み込む。

「我等も祖国に帰りたい。しかし方法分からないのが現状だ、なので、大魔法などをつかっても人的被害が出ない場所を貸してほしい。常時でなくて構わない、数日に一度貸してもらえれば十分なのだ」

 これも、飲める条件であった。本当に協力しようとしているだけなのか。

岸はクライドルの腹を探り切れないでいた。


「分かりました。要望頂いた分に関しては、全てご用意いたします。さしあたって、ホテルでの滞在、メイド、滞在費としての30万、今からご用意します」

「ほ、本当か。それは助かる。30万。いいのか?」

 クライドルは殊の外嬉しそうであった。

「食事はホテルで取れるよう手配しておくので、足りると思いますよ」

「食事を別にもらってもいいのか。すまない岸。何かとても申し訳ない気分になってきた」

 表情に少し影を映すクライドル。岸はさらにクライドルの魂胆が分からなくなってきた。

 費用は直ぐに内閣官房報償費(官房機密費)より支出され、ホテルの予約も取られた。


「他にはないのですか」

 後で、色々追加で言われるとたまらない。要求は先に把握しておきたい。

「後は出来たら、新居に越した際。細かい物品のお願いするかもしれないが……家電製品とか」

岸は少し信じられないという顔をする。

しまった甘えすぎたか。と、内心ハラハラするクライドル。

「もう、良いのですかな」

「もう十分だ、我々は不可抗力だったとはいえ、日本国に多大な被害をもたらした。この度の協力だけでは、本来罪滅ぼしにすらならない。それを、手厚く遇して頂けるという心遣い。これ以上何を望もう」

 本心と思っていいのだろうか……

話すほどクライドルの本音と建前が分からなくなってくる。素直に捉えていいものなのか。

 岸はあまりにも長い間政治の世界に身を置いてきた。そして、あまりにも疑り深くなり過ぎていた。

今は、これ以上詮索しても仕方がない、いや、余り深追いすると大怪我をするかもしれないな。

「クライドル。そう言ってもらえるとありがたい。新居が決まった際は、家電をこちらで用意させてもらうよ」

「岸、その、気持ちは本当に嬉しいのだが、家電は自分の目で決めたい。駄目だろうか」

 何故かクライドルが懇願するような目で岸を見てくる。

「貴方がそれでよいなら構いませんよ。面倒かと思ったのですが、不要だったようですな」

「何から何まですなまい岸。心から感謝する」

 クライドルはとてもご機嫌の様だった。

 分からない。岸は頭を切り替え本題に入る事にする。

「ところで、条件も決まった事ですが、勇者達を倒す方法というのは」

「それについては、貴国の戦術を聞いてからの方が良いかと。私の知識では日本国内で艦船、戦闘機からのミサイル攻撃や戦車による砲撃を使用するという事はあり得ないという認識なのですが」

「そうですね。本当は使いたくありません。ご存知の通り、日本はもう戦争などしない立場をとっているのですから。しかし、今回の場合やむを得ないと思っております」

「でしたら、使わない方向で行きましょう」

 クライドルはさも当然のように言った。同席した閣僚、次官らが顔を合わせる。

「そんなことが可能なのですか?」

「総理、出鱈目です。あの映像を見たでしょう」

 押谷防衛大臣が席を立って反論する。

「押谷防衛大臣。落ち着きたまえ。」

 押谷大臣を席に座るよう指示する岸。

「クライドル。私はあの戦闘の様子を見た。貴方の事は信じたいが、とてもそのままの受け入れる事が出来ない。説明をおねがいできないだろうか」

 クライドルはこめかみをポリポリと掻きながら少し考えていた。

「分かりました。まずは論より証拠というやつですね。実演してみましょう。包丁か、カッターナイフか何かを貸していただけますか?」

 応接室にざわめきが走る。

「ああ、そうですよね。当然警戒されますよね。私は一切刃物に触れません。刃物で私を切ってもらうだけです。」

 ざわめきは一層大きくなる。

「大丈夫ですよ。傷はシェイラが治してくれますから。」

「皆さま、ご安心ください、一思いに心臓を一突きして頂いても結構です」

「おい、やめろシェイラ。私だって痛いのは嫌なんだぞ」

 何故かシェイラは残念そうだ。やっぱり嫌われているのかもしれない。クライドルは静かに傷ついた。


「わかりました、刃物ですね。直ぐに用意します」

 そう言って、岸は食堂から包丁を持ってくるよう指示した。

どうせ自分たちに危害を加えるなら、刃物などいらないのだろうから。


数分後、スタッフが持ってきた包丁を古谷幕僚長が握っている。古谷幕僚長は顔は真っ青である。

「緊張なさらないでください。大丈夫ですよ。痛いのは私だけです」

余り大丈夫そうな感じではなかった。

クライドルは手の甲側を上にテーブルの上に手を置いている。

「さあ、思いっきり刺してみてください。思いっきりですよ」

古谷幕僚長の手はガタガタと震えていたが、意を決してクライドルの手を突き刺した。


「おお!」

 応接室の誰もが声を上げた。分かってはいたが、その目でみるとつい声が出てしまう。

包丁の先端が、クライドルの手の甲ギリギリで停止している。

「これが、基本の常時起動型の魔法障壁です」

 そう言って、クライドルは手の甲をその場の全員に見えるようゆっくりと振って見せる。

「では、次にこの魔法障壁を解除します。今回は今と同じ手の甲のみです。それから、今度は突き刺すのはご容赦ください。とっても痛いので。そうですね、軽く当てて、引いてもらえると位だと助かります」

「は!」

 また古谷幕僚長が包丁を構える。まだプルプルと手が震えているのが遠目で見ても分かる位だ。

「では、いきます」

 手の甲に当てた、包丁を古谷幕僚長が引いた。但し緊張感ゆえか思いっきり。

「痛っい―、いたいいたいいたいー」

 絶叫して、血があふれ出る手を押さえ、蹲るクライドル。

 シェイラは椅子にすわったままだ。

「おい!シェイラ早く治してくれ。痛い、痛いぞ」

「宜しいのですか、皆さんに見せて差し上げなくても」

「もう十分だろ!血が止まらんぞ、痛い痛い痛い」

 もはや威厳のかけらもなかった。

「仕方ありませんね」

 回復魔法を詠唱してクライドルの治癒を完了した。

「こんなに痛い思いをしたのは何十年ぶりだぞ」

 治った手をふりふりして、感触を確かめる様に手を開いたり、閉じたりした。

クライドルは古谷幕僚長の方を見た。

 殺される。古谷幕僚長は死を覚悟した。

「いやー。こういう時は、もう少し優しくしてもらえると助かります。流石に痛かったですよ」

 クライドルはそう言っただけで、元の席についた。

助かった、古谷幕僚長は崩れ落ちる様に席についた。

「今のがですね、魔法障壁を解いた場合の皮膚の強度です。皆さんと変わらないでしょう?」

「身を挺しての実演ありがとうございます。確かに論より証拠ですな」

 岸も目の前で流血ショーを見せられたため、額に大量の冷や汗が出ていた。

「我々魔族、中でも魔力の強いものは、どんな時もこの位の障壁を張っておくことができます、シェイラも同じです。ただ、人間は24時間展開し続ける事は不可能なのです」

 一瞬で、応接室は静まり返った。

 クライドルは言っているのだ、障壁魔法がかかってさえいなければ、勇者でもナイフ一本で殺害する事ができるのだと。

「しかし、どの様な時に障壁が切れるのですか?」

「人間が意識がない時、一番長い時間なのは眠っているときですね」

 少し光が見えてきた。いけるかもしれない。応接室にいた閣僚たちの顔が少し明るくなった。

「後は……」

「後はなんですか」

「すいません。一昨日から、勇者たちが攻めてきて何も食べていないのです。続きは明日でもいいですか」

「それは、大変だ。では明日にまたお願いします」


 貧血と空腹でフラフラになったクライドルは、シェイラに肩を借りて、官邸を後にした。

 ホテルに向かうハイヤーの中で、シェイラの言った、本日のクライドルへの感想は

「話し方が大変気持ち悪うございました。」の一言だった。

 それが、ハイヤーに乗ってからホテルにつくまでの、クライドルの最後の記憶だった。 

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