作戦会議(魔王)
東京都内ホテルの一室
そこに、ツインの客室の片方のベットに腰かけ、頭を抱える魔王の姿が有った。
「やってしまった……」
10分前 ホテルの前
「魔王様、緊急事態です。やむを得ません」
「シェイラよ、緊急事態だからと言って、何でもしてよい分けではないのだぞ」
「では、どうするのですか、やはりファストフード店で……」
ずいっと、クライドルに顔を近づけるシェイラ。
「分かった、それ以上言わんでいい。入るぞ」
シェイラの立てた作戦、それは魔術による洗脳である。
文無しのクライドル達が、直ぐに宿をとる方法はこれしかなかった。
「やってやる、やってやるぞ!」
「流石、魔王様です」
「シェイラよ、汝は楽しんでいまいか?」
肩を落としながらクライドルはホテルに入っていった。
しかし、これは魔王領では重犯罪である。
洗脳などは、相当な力の差がなければかからない魔法で、簡単に抵抗されてしまう事が多い
これは、圧倒的な魔力を持つ者が、弱者を意のままに操る為に使う魔法なのである。
そのため、魔王領では奴隷を所持する事よりも、洗脳魔法の行使は重い犯罪として取り扱われるのである。
ホテルのフロントの前にたったクライドル達、ロビーに入った瞬間から開始していた洗脳魔法の詠唱を終えて、魔法を発動させる。
「二名でお越しのクライドル様ですね。決済も確認しておりますので、こちらがお部屋の鍵になります。
ご不明な点がございましたら、お申し付けください」
クライドルは引きつった笑顔で鍵を受け取り、部屋に向かった。
相変わらずベットに腰かけ頭を抱えるクライドル。
「祖国の重犯罪者、そしてこの国の小悪党になってしまった……」
「宜しいではありませんか、魔王らしくなってきたという事です。
それに、すでに眷属達がビル街を蹂躙したではないですか。この国でも立派な重犯罪者ですよ」
「うるさい、うるさい!それはこの国の魔王像だろうが!
それに、眷属たちは魔王領を守る為の者であって、他国の民を苦しめるためにいるわけではない」
更に頭を抱えるクライドル。
生まれて間もなく、先代魔王である父から帝王学を学び。
民草の為に働く事こそが魔王であると。
そして、偉大な統治者は、種族間などの小さな違いで差別をせず、全ての国民に慈悲深く有れ。
その様に教育された自分が、今では犯罪者である。
「もし祖国に帰れたら、次代に魔王の座を譲ろう」
もうすでに、引退まで覚悟をしていた。
そんな、クライドルの前にシェイラは急に跪いて、優しく首に手をまわした。
上目づかいで、クライドルの目を見つめるシェイラ
「魔王様」
シェイラの息遣いを感じる。
まずい、駄目だ。落ち込んでいるからといって、こんな時に勢いで部下に劣情をぶつけるなど、魔王として、上司として有ってはならない事だ。そう思い。
「まて、シェイラよ、それはダメだ。お前は大事な部下だ、やはり部下と上司等いうのはだな……」
しかしシェイラは止まらない。
シェイラはクライドルの耳元まで口元を近づけた。
「魔王様。犯罪も、ばれなければ、やっていないのと同じです」
クライドルは崩れ落ちた。
「祖国に帰れたら、必ずお前のこの国の記憶を、きれいに残さず消してやるからな」
「あらあら魔王様、それは立派な犯罪ですよ」
クライドルが立ち上がるまでに、数十分の時間を要したという。
「とにかく、我々はこの国の行政の長である、総理大臣と話をしなければならない」
とあるホテルの一室で、日本国を勇者から守るための会議が始まった。
罪悪感とシェイラの悪乗りで打ち砕かれた、クライドルの心を癒す為に時間がかかってしまった。
「しかしだ、我々の知識にも有る通り、簡単に総理大臣とは会えるものではないようだ」
魔族領での魔王への謁見は、魔王本人の意思により、順番さえ守れば出来るようになっている。
「私に腹案があります」
シェイラは自信ありげにニコリと笑みを浮かべる。
「おお、聞こうではないか」
そう言って身を乗り出す魔王。学習能力が無いようだった。
「既にご存知の通り、この国には行政機関の末端である交番というものがございます。その中に入りこう言うのです。『我は異世界の魔王クライドルである。同じ世界から来た勇者について話が有る。総理大臣を呼べ』と。
更にこの時に左目に眼帯、右手を包帯で巻くとより効果的に……」
謎のポーズを取りながら解説するシェイラ。
「それは事案が発生するやつではないか。汝に期待した我が愚かであった。最悪、しばらく出てこれなくなるぞ」
「場合によっては、ネットのまとめ記事に乗るのも夢ではないと、私は楽しみにしております」
「貴様、確信犯ではないか。シェイラよ、汝は私をどうしたいのだ」
「お慕い申し上げております」
会話にならなかった。
「汝はどうしてこんなにポンコツなってしまったのだ。魔族領ではあれほど優秀であったのに」
「そういう属性が殿方に喜ばれるとの知識を得ましたので…。喜ぶ、いえ、違いますね。『萌える』ですかね。「シェイラは俺の嫁」と、魔王様に言っていただけるのを、私は楽しみにしております」
「そんな順応性は捨ててしまえ。頼むから元のシェイラに戻ってくれ。
それに、もし私が本当に、シェイラ萌やシェイラは俺の嫁等と言ったら、汝はどうするのだ」
「その時は、一生ごみを見るよう目で、接する事になると思います。また、呼称が魔王様からゴミ虫に変わります。」
「やめろ。我にはそんな殊勝な性癖は無い。やはり、祖国に帰れたら、必ずお前の記憶だけは消さねばならんようだ。この点に関しては、法律を破る事もやぶさかではないぞ」
息を荒げ、クライドルはシェイラをねめつけた。
ふっとため息をつきシェイラが話を続ける。
「仕方ございませんね。冗談はさておき、魔王様に覚悟があれば、比較的簡単に会える方法はございますよ」
冗談という言葉にも引っかかったが、もう気にしても仕方なさそうなので、魔王は流すことにした。
しかし、覚悟という言葉は流すことではなかった。
「シェイラよ嫌な予感しかしないのだが、私に一体何をさせるつもりなのだ」
「それはですね」