市場の大変動
「くそ、大打撃だ」
総理執務室
岸の怒りは凄まじかった。いや、怒りを向ける矛先が無い為に、余計に態度に出てしまった。
「総理、落ち着いてくれ。これは総理の責任ではない」
日銀の黒峰総裁が岸を宥める。
新ソ連を立ち上げたイワノフは、世界中から投資資金を集めるために、元CISの企業を次々にモスクワ証券取引所で上場させた。
そこは、さすがあの国という感じだが、本当に上場審査が行われているか、怪しい位のペースで上場している。
しかし、大半が資源、エネルギー、食糧関連企業で、リリーの力を見たものからしたら先行きは至極明るく見える。ヘッジファンド、親ソ連の国々の政府系投資ファンド、個人が買いに殺到している。
恐らく、機関投資家はバブルだと見立てたうえでの動きだろうが、一斉に資金が流入している為、株高は今のところ天井知らずだ。
政策金利も過去最低に設定され、国内でも設備投資拡大に力を入れ始めている。
機関は為替ヘッジを掛けて投資しているので、急激なルーブル高になっていない。そのため、更に輸出関連の先行きが明るいと個人の買いが増えるという。ソ連にとっては好循環が生まれている。
逆に日本は、世界の投資マネーがソ連に逃げて行き、円高株安の一途を辿っている。
他の先進国も同じだが、日本の値動きは特にひどかった。
すでに、前政権から引き継いだ時迄とはいかないが、円も株も惨憺たるものになっている。
「今は我慢の時だよ総理、完全にバブルじゃないか、下手に手を出したら、はじけた時に火傷じゃすまない。
為替は、いざという時は協調介入することを、以前の会議で採択して有るが、株価はその流れに任せるしかないよ」
岸にだってそんな事は分かっている。
しかし野党、マスコミが責任論を大合唱するが、かといって、今の自由党に手を上げる候補もいない。
当然だ、今の日本の政治家に、この荒波に飛び込んでいく、勇気がある者などいないのだ。
実際、総裁選まで目前まで迫ってきているのに、候補者擁立の動きが鈍い。
中には、総裁の任期延長論を出している者もいる。
「勘弁してほしいよ」
その言葉に、黒峰が反応する。
「市場もそうだが、総理どうするつもりなんだ」
本来は立場上するべき質問ではない、しかし盟友の岸の事は気にはなる。
「もし担がれたら仕方ないだろうね、未来ある有力者を潰すわけにも、俺以上の老いぼれを、引っ張り出すわけにもいかん。
更にいえば、無能は絶対駄目だ。野党とマスコミは解散して信を問うべきと言っているが、これで野党に政権が渡れば東シナ海は滅茶苦茶になる」
後半は、分かっていただけに黒峰も笑いをこらえていた。
「流石にね。今、政権交代だけは駄目だね。日本が世界地図から消える可能性を高めるだけだ」
「そういうことだ、取れる選択肢は少ないよ。ああ……。苦労をかけた妻とゆっくりするはずだったのにね」
そういうと岸は、長年連れ添いいつも支えてくれる妻を思い出す。
政治家の妻として、母として岸とその家族を守ってきた妻。彼女に今までの分の我儘をかなえさせてあげたかった。
すまん。もう少しかかるかもしれん。心の中で妻に詫びる岸。
きっと岸の妻が聞いたら、政治家の妻になる決意をした時点で、そんな事覚悟していましたと。さらりと言ってのけるのだろうが。
「まあ、愛妻家の総理の家庭が円満でいられるよう。私も全力を尽くすよ」
そう言うと、黒峰は立ち上がり退室しようとした。
「ありがとう黒峰」
黒峰の背中に礼を言う岸、黒峰は軽く後ろ手に手を振った。




